「あなたへ」高崎ユーリ

相模鉄道様

拝啓
 今年もいよいよ押し迫り、さぞお忙しい事と存じますが、ご健勝のこととお喜び申し上げます。
 何度も四季が巡るのを経験されているので、私よりもずっとずっと季節の流れに敏感でいらっしゃるのでしょうか、それとも、逆に鈍感になられているのでしょうか。
 さて、本日は貴方様の100歳のお誕生日をお祝いしたく、筆を取らせていただきました。本当におめでとうございます。
 私はずっと、お世話になってきたのです。一番昔の相鉄線での記憶は(もちろんそれよりも前に、乗せていただいたこともあるでしょうが)、小さなキャラクターものの靴を揃えて並べ、正座をして車窓からの景色を眺めているものです。もしかしたら、特別これといって面白い風景が見えるわけではなかったかもしれないのですが、その頃の私は、流れていく景色を眺めるだけで、楽しくて、楽しくて、電車に乗るのが大好きでした。その時は、ありがたいことに電車賃も必要のない年齢でした。母も静かに外を眺める私を、にこにこと見守ってくれていたような気がします。景色のほかに印象深いのは、私を受け止めてくれるのは、赤いふかふかの座席シートです。
 それから私は小学生になり、子ども料金で乗せていただくようになりました。改札を通るときのピヨピヨという音が印象深いです。近いところで70円、少し遠くても200円せずに乗れました。まあ、そんな遠いところまで行く機会はそうそうありませんでしたが。小学校の高学年になると、最寄り駅から一駅先の大和にある学習塾に通い始めました。夏休みの夏期講習では、お母さんに500円玉をもらいました。行き帰りの電車賃ですが、余ったお金でジュースを買ったりしていいよと言われていたので、塾に行くのはとても楽しみでした。
 中学生になると、私は毎日相鉄線にお世話になるようになります。そう、通学です。私の通っていた小学校の近くには中学校がなく、一駅先の、これまた大和にある中学校に通いました。楽しいこともそうでないことも経験し、まあそれなりに可もなく不可もないような中学生活を送ることとなりました。この頃は、友達と遊びに行くと言えば、海老名に映画を見に行くことが多かったです。初めてのデートも、海老名でした。まだ、ららぽーとはありませんでしたね。
 高校生になる頃でしょうか、ずっと磁気定期をウィーンと改札に通していたのに、ピッというあのカードが登場しました。電車もバスも、なんてCMソングが頭から離れなかったし、実際に使っている大人を見て、憧れを抱きました。普及してすぐは、まだなんとなく手が出なかったICカードですが、私は定期を買い替えるとき、思い切って言いました。
「この定期を、パスモにしたいのですが」
今ではファミリーマートになっている大和駅のあのスペースで、ドキドキしながら係のおじさんに声をかけました。1000円払って、500円チャージされたあのかっこいいピッとできるICカードを、私は手に入れました。ほんの少し、大人になった気がしました。
 大学生になっても、相鉄線を使う生活から離れることはありませんでした。ずっと実家を出る機会がなかったからです。私の実家は相模大塚駅から十数分の、泉の森公園の近くの一軒家です。そりゃあ、もちろんそうなのです。相模大塚に住んでいる限り、相鉄線を使わずには生活ができません。私の住んでいる相模大塚は、自然が溢れて、長閑で、よいところです。悪く言えば、少々田舎です。それでも横浜や海老名などの街へ行くのに、便利なのです。横浜と海老名を結ぶなんて、先人のセンスを感心せずにはおれません。なかなか、やりますね。
 そして、社会人になった今でも、ほぼ毎日お世話になっております。
 私は相鉄線の赤いふかふかのシートが大好きです。ただ、少しずつ少しずつ、時代が移り変わっていることを感じているのです。なんとなく幼いころの印象は、シルバーに赤のラインの入った電車。最近よく見るのは、シルバーに青と黄色のラインの電車。また、今年からはとてもスタイリッシュな、なんとも現代的な、ネイビーの車体が走っていますね。何度か乗りました、鮮やかな、新しいものの匂いがします。
 その匂いに包まれて、私の知らない相鉄線を感じました。知っているものが減ってゆくのだと、ほんの少し寂しいような気がしました。しかし、未来を走る貴方には、必要な変化です。これから先も相鉄線は、多くの人の毎日の足で在り続けるのでしょうから。平易な言葉しか使えず申し訳ないのですが、とても、すごいことだと思います。
 これからも、地域の人に愛される沿線でいてほしい。私は、私の生活になくてはならない相鉄線を、本能的にたぶん、愛しています。
 さて、私の気持ちは伝わりましたでしょうか。私事ですが、私は今年で25歳になりました。25年の感謝を込めて、書かせていただきました。25年後にも、またお手紙差し上げようと思います。
 実は、私は来年の4月から、しばらく神奈川県を離れてしまいます。ですが、相鉄線のファンであることは変わらないと思います。でも、もし、相鉄線を超えるふかふかの座席シートや、かっこいいデザインの車両にときめいてしまったら、そのときはごめんなさい。
 でも、私は忘れません、25年間お世話になり、どうもありがとうございました。
 次は、125歳を迎えられるよう、元気に頑張ってくださいね。一世紀と、四半世紀です。私も次は半世紀、50歳というおばさん目指して、元気に生きてゆこうと思いますので。
 遠くから、あなたの横浜、海老名、湘南台間の安全な走行を、心よりお祈り申し上げます。
 それでは、来年も素晴らしい年になりますよう願っております。
敬具
 平成29年12月吉日
 25歳の相鉄ユーザー

著者

高崎ユーリ