「あぶないナツ」リッキー樋口

1.兆候
朝、目が覚めると何となく気だるい…
昨夜の酒が残っているのとも違う気だるさ…
そんな朝がたまに来る…

2.日常
朝の支度を終え、軽い朝食を摂る。出勤前に窓を開けると夏手前の朝日と風が気持ち良い。
相鉄本線瀬谷駅発06時34分の横浜行き各駅停車に乗るべく家を出る。この電車は隣の大和駅始発なので比較的空いていて、ほぼ毎日座れるのだ。座
席に座るとスマホを操作したり、本や雑誌を読み、眠くなったら寝る。横浜駅に着くまでの約30分は朝の自由時間だ。
「ブーン、ブッ」座席に座るとすぐにラインの着信を告げるスマホの振動がきた。発信者は飲み仲間兼、ジョギング仲間の「タカ」からだ。
『おぅ!今度の日曜日…暇か?暇だろ?!昨夜「れん」でカオルと一緒になってな、日曜日にお前も連れて映画を観に行くことになったからヨ・
ロ・シ・ク!!』
…おいおい、なに勝手に人の週末の予定を決めてんだよ?まぁ、確かに暇ではあるが…
…いやいや、その前に昨夜俺も呼んでくれよっ!!
『金曜日に細かいこと決めるから「れん」に集合だぞっ!』
…まったく…いつも通り勝手だなぁ…まぁ、そこも楽しくて毎週のように遊んでいるのだが…

タカとカオルとは駅前の「居酒屋れん」でたまたま出会った。お互いに年も近く、ジョギングが趣味ということもあり「あっ」という間に意気投合
した。
それからは「居酒屋れん」で会う以外にも、毎週日曜日の朝に瀬谷駅前へ集合して三人でジョギングをしている。
線路沿いの道を大和駅へ向かい、途中の境川にある「大和藤沢サイクリングロード」を南下する。このコースはジョギングを楽しむ人が多く、すれ
違う時に挨拶を交わすのが「お約束」だ。
綺麗な水色のタイルで出来た「ヴィラ泉」で境川を離れて「日向山」へ向かう。
そのまま日向山を真っすぐ進み、今度はいずみ川の遊歩道を左折。
長閑で自然豊かな遊歩道を、四季折々の草花や風景を楽しみながら走ると瀬谷駅に戻れる約10kmのコースだ。
1kmを約6分のゆったりとしたペースでお喋りをしながら走っている。
平日の夜に2~3時間「れん」でお喋りをして、日曜日に10kmを約1時間かけてお喋りをしながら走り、締めは瀬谷駅前のマクドナルドで「朝マッ
ク」をしながら30分程お喋りをする。タカは割と無口なクールタイプなので喋り倒すのはもっぱらカオルと俺だ。
何をそんなに喋っているのか?自分でも不思議なほどにお喋りをしている。
まるで町内会の奥様方がしている井戸端会議のように…(奥様方がしている井戸端会議の議題は知らないが…(笑))
そんな事を考えていると電車は横浜駅に到着した。
人であふれたコンコースを人波に揉まれながら進む。
そして更に混んだ電車に乗り、品川にある会社へ向かう。
いつもの一日の始まりだ。

3.魔性
金曜日。仕事を終えてから「居酒屋れん」へ向かう。「れん」は相鉄瀬谷駅南口の階段を下りた、左斜め前にある細い路地を進んだところにある。
カウンターとテーブル席で7人も座れば満席になるような小さな店だ。
その小ささ故に客同士が仲良くなりやすい。
店に入るとタカとカオルは既にカウンターで談笑をしていた。
他に客は居ない。
俺に気付いたタカが『遅せーんだよっ!』と煙草の煙を吐き出しながら言う。
仕方ないだろ?!会社が遠いんだから…
「れん」の大将にいつものハイボールとカラアゲを注文する。
透き通った氷の入ったハイボールがすぐに届く。
『カンパーイ♪』『お疲れぇ~!』
すぐにグラスを合わせる。楽しい夜の始まりだ。
『今日は何をしていたの?』カオルが俺に聞いてくる。
『普通にオ・シ・ゴ・ト。。。決まってんでしょ!?(笑)』
『なぁ~んだ、つまんないのっ!…プっ!ケラケラケラ』
カオルは本当によく笑う女だ。(箸が転がるダケで可笑しい歳はとっくに過ぎているが…)
この三人の会話は本当に面白い。次から次へと話題が変り、その変わった話題同士がまた繋がっていく…ムカつく上司の話、駅のベンチにお弁当が
置き忘れられていた朝の話、何かデカい事をしたい話、受付の女の子と食事をした話…
『ちょっと待って!なに?!受付の女と食事って?!私聞いてないんだけどっ!!』
いや、だから今喋っているんじゃん!?。
『ふ~ん、まぁ別にいいけどっ!!』
あれ~、カオルちゃん、なに怒っているのかな??俺に惚れているからヤキモチ焼いちゃったかなぁ~(笑)
『ふん!そんなんじゃないわよ!!』
ふてくされながらカラアゲを食べるカオルの横顔を見る。
相変わらず綺麗だな…左手にビールジョッキを持ち、右手に持った箸でカラアゲを頬張る顔が絵になる女も珍しい。
カオルが俺の視線に気付き
『何見てんのよ??』カラアゲを食べながら文句を言いつつ何かを考え始めた。こうゆう時のカオルはやばい。きっと「良からぬ事」を考えてい
る。
『ん~…ねぇ、カラアゲ食べる?』
そう言うとカオルは食べかけのカラアゲを箸で俺の口元に持ってくる。
『はいっ…』『あーー…げない!ふふふ笑笑』と笑いながら手を引っ込める…
やられた…おもわずドキドキしながら口を開けちまったよ…
というか、そのカラアゲ…俺のですけど?!(笑)

4.不覚
ところでさ、日曜日の映画ってどうするの??
『あぁ、何を観るかはカオルに任せてある。問題…無いだろ?』タカが煙草の煙を吐きながら答える。
『カオル!何を何処で観るか決めて連絡しろよ!』タカはいつもクールだ。
ジョギングの時も大概黙々と走っている。俺とカオルの会話に突っ込みを入れながら…(笑)
カオルは瞳をキラキラさせながら、どの映画が良いか、ストーリーや監督、出演者が誰かを織り交ぜながら話している。
何処へ観に行くか知らないが、車を出そうか? そう俺が聞くと、
『えっ??』とカオルの顔の動きが止まる…
『アンタの車??嫌よ!!だってすぐに壊れるんだもん…ね?タカさん!』
ハハハ…実は先々週の日曜日、ジョギングの後にカオルと二人で鎌倉ドライブデートをしたのだ。

俺の愛車は日産のF31レパード、ゴールドメタリックツートンの美しい車だ。
そのスタイルの良さに中古車屋で一目惚れをしたのだ。
こいつがとんだ「じゃじゃ馬」というか…「じゃじゃババ」で、30年以上前の車のせいか、よく故障する。
先々週のドライブデートの時も突然エアコンが停止。まだ暑くなかったのでパワーウィンドウの窓を開けて、風を楽しみながらドライブをしてい
た。喋り疲れてコーヒーを飲みにカフェへ寄ったら…
電気系統の故障で窓が閉まらなくなっていた。仕方ないのでスターバックスのドライブスルーで済ましたのがお気に召さなかったようだ。
まぁ、俺はそんな軽い事件も楽しめるタイプなので問題ないが…

『じゃぁ日曜日は電車で海老名へ行くので決定な!映画が11時10分からだから…瀬谷駅10時30分発の電車で十分だな。遅れるなよっ!遅れたら置い
ていくからな…』タカが見事に締めてくれた。
ん?映画を観に行く前にも朝のジョギングはするのか?
『当たり前でしょ!?』
『当たり前だろっ!?』

5.心願
朝のジョギングとマクドナルドでの「朝マック」を終えたら二人とは別れた。(また1時間30分後には会うのだが…)
帰宅してシャワーを浴びたら、今度は出掛ける準備をする。準備をしていると、こんな思いが頭をよぎる。
(あと何回この夏を迎えられるのだろう?)
こんな日がずっと続いて欲しいと思った。

6.幕開
海老名駅からビナウォーク(ViNAWALK)の広場へ向かう。ビナウォークは、海老名駅に隣接する複合商業施設だ。ファッション、グルメ、ペット、銀
行、映画館なんでも揃っている。
カオルが俺とタカの手を取り、今にも走り出しそうな勢いで俺達の手を引っ張る。
『ねぇ!、早く早くっ!』
『映画館は逃げないって…』タカがぼやく。
でもカオルはそんなのお構い無しにグイグイと俺達の手を引く。
さすがにカオルも男2人を引っ張るのはシンドかったのか、急に手を離して前を向いて歩き出した。
後姿からでもルンルン気分なのが良く分かる。
ビナウォークの広場へ出た。
俺は空を見上げる…眩しい…
この季節にしては珍しく空気が澄んでいて空が高い。
(今年の夏も…いつも通りかな…あと何回この夏を迎えられるのだろう?)
また、そんな事を思う。
カオルが叫ぶ『もう!タカさんっ!ユージっ!!早く早くっ!!』
ん?ユージ??
カオルが俺の名前を呼ぶのは珍しいな…
いや…初めてか??
………
違和感を感じつつも、なぜか心地良い。
………
カオルの笑顔に何がしてあげられるだろう?
何をしたらあの笑顔が続くのだろう?永遠に…
そんな事を考えながら3人で肩を組みながら映画館へ向かった。

今年は『あぶないデカい夏』になりそうだ。

著者

リッキー樋口