「あるものがたり」湯道恵梓

 今日も博は相鉄の最終電車になんとか滑り込んだ。金曜日の深夜、車内は隣同士が触れる程度に混んでいた。酒と汗の入り混じった嫌な臭いが、仕事帰りのしらふの身にはこたえる。人をかき分け、空調の送風が直接当たる位置にまで移動して顔を送風口の方へ向ける。新鮮でひんやりとした空気が顔に当たり汗が急速に引いていった。ワイシャツの固い襟が冷たくなって首に触れると気持ちが良い。博は時折頭を前に曲げてうなじから背中へ冷気を流し込む。既に定刻を過ぎていたが、遅れているJRとの接続をとって出発する、との車内放送があった。博は軽く舌打ちをした。
 車内でも、ホームでもJRとの接続をとる旨の放送が繰り返されている。まだ出発しない。今抱えている仕事が溜まっていることを考えると、翌朝もいつもの時間に出なければならないだろう。
 ――今すぐに出ても二俣川にはたぶん一時十分か十五分頃、家に着くのは半を過ぎてしまうだろうか。風呂には浸からないでシャワーだけにしても寝られるのは……。
 博は指を折って寝られる時間を数えた。今から帰っても結局は四、五時間後には家を出なければならないと思うと、寝るためだけに片道一時間半もかけて帰るのももったいないような気がする。若い時分であれば事務所にそのまま泊まってしまうところであるが、六十代も後半になっての徹夜や、事務所のソファーでの仮眠は身体へのダメージも大きい。
 定刻を十分以上も過ぎて、ようやく出発する旨の車内放送があった。と同時にホームでは発車ベルが鳴った。遅れていたというJRの乗客らしき人たちがなだれ込んでくる。グイッ、グイッと、人が電車に乗り込もうとするのに合わせて身体が圧される。
 JRからの乗り換えがなかなか終わらないのか、発車ベルが鳴り続けている。最後の一圧しを身体が感じると、ようやくドアが閉まった。
 西横浜で偶然目の前の乗客が降りた。博はすぐに空いた座席に腰を下ろした。座ると同時に、電車が西横浜を出たことも気づかぬうちにそのまま意識が遠のいていった。

「……んまちだにゃん!」
 ――だにゃん?
 コンプレッサのずっしりとした、それでいて細かい刻み音が意識の向こうから聞こえてきた。それはやがて圧縮された空気の抜ける音とともにゆっくりと消えていった。
「ドアが閉まるにゃん」
 博は飛び起きた。そして慌てて電車から走り出た。いつも見ているのとは違った光景に「あ、」と思って振り返ったが、片開きの大きな一枚扉は既に閉まっていた。濃い緑とグレーに塗り分けられてその境に赤白のラインが引かれた鋼鉄の車体は重い音を上げながらゆっくりと走り出していく。塗り立ての塗料の香りが電車の動きとともに博の鼻をかすめていく。見慣れない、というより懐かしい印象の、かつて「湘南型」と呼ばれていたその丸みを帯びた五〇〇〇系の電車が博の前を通り過ぎていく。最後部の大きな二枚窓の左側には中からそうにゃんが短い手をいっぱいに伸ばして無理矢理敬礼をしているのが見えた。博も思わず敬礼を返す。
 電車が行ってしまうと、誰もいない深夜の駅にはただ静寂があるのみだった。草に覆われた土手が覆い被さるように迫っている狭い板張りのホームを、駅舎の方に向かって歩いて行くと靴音がやけに響く。
 ――大塚本町?
 青い駅名表示板に白い字でそう書かれていた。
 見回すと瓦屋根に鎧張りの木造平屋の駅舎、屋根のないホームの所々には白熱灯の赤みがかった光がスポットライトのように照らしている。そのもっと先にはまだ単線のレールが海老名の方へと続いていた。確かに遙か昔の記憶の中の大塚本町駅だった。
 駅の事務室は電気も消えて何の気配もなかった。木組みの改札口を抜けて外へ出る。駅舎入口の脇の売店は板戸がはまっていて固く閉ざされていた。博は子供の頃のことを思い出す。まだ小学校に上がる前、ここからすぐ近くに住んでいた母親の実家によく預けられていたのでこの駅には馴染みがあった。祖母のところへ行くにはいつも決まって一人で海老名方面行きの電車に乗せられた。母親が家から二俣川駅までは荷物を持って連れて行ってくれたが、改札口のところで博の着替えや祖母に届ける荷物の入った重いリュックサックを背負わせると、
「いい、大塚本町で降りるのよ。間違えないでね。そこにお祖母ちゃんが迎えに来ているから。切符は絶対落としちゃだめよ、降りるまではしっかりポッケの中に入れて出さないの。あんたはすぐにいたずらして挙げ句に落としちゃうから気をつけなさいよ」
 と早口に言って、自分は先に到着した横浜行きの電車に乗って行ってしまうのだった。五、六歳の幼児が二俣川から大塚本町まで二、三十分かけて一人で電車に乗るというのは大変な大冒険であった。が、博には全く不安がなかった。むしろ、母親と乗る方が「後ろ向きで椅子に乗っかって座っちゃだめ」だとか「足をブラブラさせてはだめ」「歩き回ってないで、ここでおとなしくしてなさい」などと口うるさくて窮屈だったからである。その点、一人だと自由だった。運転席のすぐ後ろに陣取って窓の手すりにぶら下がるようにして中を覗き込み、運転士の一挙手一投足――加速、減速、指差し確認から車掌とのボタンでの交信――全ての動きに注目したり、運転士の気分で前方の景色を眺めたり。はたまた横向きのロングシートに靴を脱いで正座になり、窓に額を押しつけて外の眺めを楽しんだりと、なんでも思いのままにできたのだ。博はホームから母親の乗った電車が鶴ヶ峰方面へとカーブを曲がっていくまで見送ると、今度はその先から反対に自分の乗る電車が現れてくるのを心待ちにした。当時導入されたばかりだった最新式の流線型の電車の姿が見えると心躍ったものだった。博はその五〇〇〇系の電車に未来を感じていたのだ。ただ、一人を良いことに時々自由にやり過ぎてしまい、お目当ての電車が現れるのを待ち続けたために、祖母の待つ大塚本町駅へ一時間も二時間も遅れて到着することもあった。さすがにその時は普段滅多に怒ったことのない温厚な祖母にこっぴどく叱られたものだった。
「おや、ひい君。遅かったじゃないか」
 突然、祖母の懐かしい声がした。
「だいぶ遅かったね、またなんとかっていう電車を待ってたのかい」
 ――あれ、お祖母ちゃん、もう死んじゃったはずじゃない? 四十年も前に。
「おやまあ。この私を殺しちゃうのかい、お前さんは。ほら、ご覧の通り、私はこうしてここで生きてるよ」
 昔のままだった。決して大きな声は出さないが、通りの良い、ピンと張った声で祖母はそう言った。
「今日は何がいい? ラムネ、氷、キャラメル……」
 いつも博が来る時にはそう言って祖母が売店で何か一つ好きなものを買ってくれるのだった。
「あらあ? 今日は閉まっているねえ。これじゃ、ひい君に何も買ってあげられないよ。困った、困った」
 ――そりゃそうだよ。こんな夜中にコンビニじゃあるまいし。
 祖母は着物の帯から出した財布を手にして売店の前を右に左に、さらに踏切側の戸口にも回って中を覗き込もうともしたが、何の気配もないことに諦めたようで「家にミルクせんべいがあるから代わりにそれを出してあげようかね」と言いながら家の方へと歩き出した。
 母親の実家には祖母の他に祖父がいたが会社をいくつも経営しているとかで忙しく、子供の頃にはほとんど会った記憶がない。また、跡取り息子――母親の弟もいたのだがこちらも東京の大学で寮に入っているということで普段会うこともなかった。夏休みや春休みに行くと、帰省中の彼に出くわすこともあったが、いつも自室に籠もって難しい本ばかり読んでいてたまに廊下ですれ違ったとしても愛想もなかったので、博にとっては全く面白味に欠ける叔父だった。他に一時期若い行儀見習い兼お手伝いの女の子がいた。喜美という名のその娘は、外孫の博には愛想が良かったし、何かと面倒も見てくれていた。博は祖母の次にこの喜美が好きだった。
 何軒かの商店の前を通り過ぎて、なだらかな細い砂利道を上がっていくとすぐに祖母の家はあった。何百年も続くという旧家の古い大きな家で、母屋の裏には二階の屋根にまで枝を張った柿の大木が一本と、白壁の土蔵が二つ並んで建っていた。五、六歳の頃には馴染みのあったこの家も、博が学校へ上がると自然に足が遠のいていき、祖父母が亡くなってしまうと、互いに法事で顔を合わせる程度でほとんど行き来がなくなってしまった。聞いた話では、跡を継いだ叔父夫婦も亡くなってしまうと、京都に嫁いだ夫婦の一人娘である博の従妹が家を処分したはずだった。そして、そこには何階建てかは知らないが、かなり大きなマンションが建ったと噂で聞いた。
 祖母の後に付いて行くと、昔の記憶そのままに長く黒い板塀が見えてきた。車も出入りできる屋根もある大門は、深夜だというのに開けたままになっている。中に入ると正面にはやはり記憶通りに二階建ての立派な屋敷が健在だった。
 建物から大きく張り出した家紋入りの瓦屋根を載せた玄関の、磨りガラスのはまった引き戸には鍵がかかっていた。
「喜美には出る時にすぐ帰るから鍵を閉めないように言っておいたんだけど……。ひい君、ちょっと待ってな、お勝手から入って中から開けてあげような」
 博は待っている間、玄関前の踏み石に腰を下ろした。祖母はなかなか出てこなかった。
 ――さっきお祖母ちゃんが言っていたミルクせんべい、もう何十年も見てないけどまだあったんだ。久しぶりに食べたいなあ。
 博が来るとおやつの時間によく祖母が出してくれたものだった。その白くて丸い薄焼きのせんべいは、「せんべい」とは名がついてはいるが、博にはどこかオシャレなイメージがあった。ミルクせんべいを出してくれる時には決まって祖母はお手伝いの喜美に勝手から食用の着色料を持ってこさせた。色は赤、黄、緑の三色。小皿にそれぞれ少量ずつ取り、そこに水を一、二滴垂らして竹串で混ぜるのである。すると、三色鮮やかな絵の具ができあがる。それを使って三人で思い思いにそのミルクせんべいをキャンバスにして絵や文字を描くのだった。絵は喜美が一番うまかった。胡瓜、柿、人参、キャベツ、サツマイモ、ミカン……、その時々の季節の野菜や果物を勝手から持ってきてはそれをモデルに竹串で器用に描いていった。喜美は一通り描き終わると、いつもその中で一番気に入ったものを博にくれた。そして裁縫箱を持ってきて針を取り出して先をひと舐めすると、これも器用にせんべいに穴を開けて糸を通し、「はい、メダル」と言って博の首にかけてくれるのだった。祖母はたいてい俳句を書いていた。自分で作ったのか、誰かの作品を書いただけなのか、子供の博にはわからなかったが、わざわざ自分の小筆を持ってきて達筆な草書で数枚を短時間に仕上げていた。一方、博はというとこれがなかなかうまく描けなかった。竹串の力加減がわからず、つい力を入れすぎてせんべいを割ってしまうのだ。しかし、失敗してもさほど悔しくもなかった。割れたそのキャンバスはそのまま口に放り込んでしまい、また一枚袋から取り出して新たに挑戦すれば良かったからである。博にとっては美味しい失敗だった。それを見た喜美はいつも、
「ひいちゃんは一枚描くだけでもうお腹いっぱいになっちゃうわね。絵描きさんになる頃にはぶくぶくに太っちゃうわよ」
 と言って笑っていた……。
 いつしか博は玄関脇の柱にもたれて眠ってしまっていた。

 目覚めると博はかしわ台駅西口の駅舎の壁にもたれて座っていた。目の前を車が何台も行き交っている。車からは運転手が、同乗者がチラチラと博の方を見ながら通り過ぎていく。ずっと同じ姿勢で座っていたとみえて腰や膝が固まっていて痛む。
 ――こんなことならそのまま事務所に泊まってしまえば良かったかな。
 博は大きく伸びをして腰や足を伸ばす。そして、ズボンの尻についた汚れを手ではたいて落とす。時計を見ると四時二十三分だった。駅舎の前の橋の上からは眼下に相鉄のかしわ台車両センターが広がっていた。本線に沿って何本も電車が並んでいる。七〇〇〇系から八○○○、九〇〇〇、一〇〇〇〇、一一〇〇〇系まで。確か、神中鉄道時代の機関車や客車、六〇〇〇系も車両センター内に保存されているはずだ。相模鉄道の全てがここに収まっているのだった。辺りはもうすっかり明るくなっていた。車両センターの向こうには大山に始まる丹沢の山並みがくっきりと見える。この辺りも今ではマンションや民家、海老名や厚木のビルが林立し、そのすき間に緑が残っているといった感じであるが、子供の頃にはこの車両センターもまだ存在すらせず、平地には田んぼと畑が広がり、緑のこんもりとした丘や山が点在していていた。高台に建つ祖父母の家の二階からはそれらがよく見えた。祖母はその風景を気に入っていたようで、二人でよく二階へ上がって一緒にこの風景を眺めたものだった。
「ひい君、ほら見てみな。良い景色だろう。大昔にはここが神奈川県の中心だったんだよ。横浜なんかよりずっと栄えていたんだから」
 博にはこの長閑な風景が神奈川県の中心だったなどとは到底思えなかった。
「うっそだあ。柏久保には何にもないじゃん。こないだ港に行ったけどいっぱい大きな建物が建ってたよ。横浜の方が絶対中心だよ」
「それはそう、今はな。でもな、ひい君、それは黒船が来て明治になってからのことなんだよ。それよりずっとずっと前には国分寺だってここにあったんだからな。そら、あっちの方、そうそう。向こうの目久尻川にはそれよりもっと前の古墳だってあるし、もしかしたらずっとずっと昔、縄文時代よりももっと前から人がいっぱい住んでいたのかもしれないんだで」
 今思えば確かにそうであった。国分寺が海老名にあったことも勿論知っているし、千何百年前に作られたという秋葉山古墳群があるのも知っている。さらには祖母が亡くなってからの発見ではあるが、結果的に祖母の言っていた通りに二万五千年前の旧石器時代の遺跡が祖母の家のすぐそばにあったこともわかった。しかし、当時の博にはどうしても納得できなかったのだった。
 ――どうせ今日は土曜日だし来客もないだろう。着替える必要もないかな。このまま家に帰らないで事務所へ出るか。
 駅のホームには既に始発電車が停車していた。車体全体が深い海の青一色に塗られた九〇〇〇系のリニューアル車だった。八号車の四人がけボックスシートを一人で占領した。ずっと外で座っていて痛んだ腰をグレーの本革シートが優しく包み込んでくれた。
 四時四四分、電車は速度を上げながら、かつて大塚本町駅と呼ばれていたかしわ台駅東口への連絡通路の脇を走り抜けていった。

「二俣川だにゃん」
 博は目を覚ました。車内には天井の二カ所に丸い電灯があり、その暗めのオレンジ色の光で、厚くニスが塗られ磨き上げられた板張りの壁や座席の背もたれが光っていた。見たところきれいに整ってはいるが、白く塗られた天井の一部を除いて床から窓枠から網棚までの全てが木製のかなり古そうな車両である。つい先程横浜で乗った電車とは明らかに違う。博は「また……」と思った。ただ、前回と違って今夜は博が見慣れた電車ではなかった。
 ――さっきウィスキーを飲んだせいかな。
 今夜は仕事がひと山越えたことを祝って、帰り際につまみもなしに事務所で一人ウィスキーを飲んできたのだった。
「この列車は最終なんだにゃん。上りは既に終わってるから、乗り過ごすと戻れないにゃん。気をつけるんだにゃあ」
 大きな頭がつかえて車室には入れないそうにゃんが、車両後方の引き戸の木枠に頭を押しつけながら博に直接声をかけてきた。
 博はホームに下りた。砂利敷きのホームは歩くと石と石が擦れて乾いた音が響く。乗ってきたのは蒸気機関車に引かれた一両編成の客車だった。前後にオープンデッキがある濃い焦げ茶色の木造の車両には、赤いラインが横に一本引かれていて中程に「神」をデザイン化したマークと「ハ 二四」という文字が白く書かれていた。かしわ台車両センターに保存されている神中鉄道時代の客車だった。博は前に小学校へ上がったばかりの孫を連れて行った時に見たことを思い出した。
 汽笛が鳴った。機関車のボイラ胴上部の装置から蒸気が勢いよく噴き出したのが見えた。月明かりに照らされた白い蒸気がまっすぐに上っていく。蒸気が奏でる和音の響きが、他に物音のしない深夜の町の隅々へと染み渡っていった。
 客車が一旦前後に大きく揺れて、機関車の蒸気を排出する音と共にゆっくりと動き出す。機関車前方のホーム下から多量の水蒸気が舞い上がり、霧がかかったようにホームに立ちこめる。車両最後部のオープンデッキからそうにゃんが大きな声で、
「今夜はおまけのサービスをしてあげたんだにゃあ……」
 と言って手を振っている。そして、列車は霧の中へと去っていった。
 博はホーム後方の端にある階段を七、八段下りて信号小屋の前を左に、北口の方へと線路を渡った。子供の頃に見慣れていた木造平屋の駅舎を抜けて駅前に出ると、雨上がりなのだろうか、まだ舗装もされていないでこぼこした広場の所々には丸く黒々とした水たまりができていた。月明かりで町や周囲の丘の輪郭がうっすらと浮かび上がっている。
 広場を出ると、車通りも人通りもなくひっそりとしている厚木街道を自宅の方へと向かった。街灯がなくとも月夜の道は充分に明るい。道路には一応砂利が敷かれてはいるが、土がむき出しの部分がぬかるんでいて、博は轍に溜まった泥水に足を突っ込まないように、また滑らないように道路の中央を慎重に歩いた。左には駐在所、お菓子屋、郵便局、床屋、文房具屋、ストアーと並んでいる。駐在所を除けばどれも子供時代には世話になった店ばかりである。道路向かいには博が六年間通った小学校もある。数段の階段を上がった正門の奥には校庭を挟んだ向こう側に二階建ての木造校舎が黒々と見えた。スレート葺きの屋根が月の光を柔らかく反射させて光っていた。
 博は下駄屋の奥を厚木街道から分かれて左へ折れた。踏切を渡ると道路はしばらく線路に平行して進むが、やがて線路が徐々に右へカーブしながら離れていく。その間には田んぼも現れた。道路の左側、土手の下には川が流れており、道路から直接川面を見ることはできないが下から水の音が立ち上ってくる。夜が更けても湿度が高く蒸して暑い夜だったが、その軽やかな川の音がなんとも涼しげである。川のさらに向こうは崖になっていて木が鬱蒼としていた。その時、土手の草むらの中から緑がかった小さな灯りが一つ、ゆっくりと点滅しながらゆらゆらと上がってきた。蛍だった。一つを見つけるとまた一つ、二つとその数は次第に増えてくる。それらは横に平行移動したかと思うとふわっと浮き上がったりまっすぐ何かを目指して川の方へと急降下したりしている。
 万騎が原へ上がる道が左に分かれる丁字路に出た。その角にある東屋の下には大人の背丈は充分にあろうかという大きな漬物樽が六つほど並んでいた。その影から不意に子供が飛び出してきて、
「おい、博」
 と、声をかけられた。小学校で学年が三つ上の清だった。
「お前、あれ誰にも言ってないだろうな」
 ――あれ? なにあれって。
「とぼけんなよ」
 すると、奥の漬物樽からもう一人、
「とぼけんなよ」
 と言って、清の弟で博の同級生でもあった誠が飛び出してきた。清が続けて言った。
「本当にあれ覚えてないのか?」
 勿論、博は覚えていた。小学校に上がったばかり、一年生の秋のことだった。学校帰りにこの丁字路にさしかかった時、東屋の奥の方からかすかに人の声が聞こえた。何か作業でもしているのかと、つい好奇心で博はその漬物樽の間に入り込んで一番奥の樽の後ろを覗いてみた。すると、清と誠の二人が漬物樽の影で小便をしていたのだった。
 ――あ……。
 博は清と目が合った。とっさに博は逃げ出した。清が「てめえ、待てよ」と言いながら追いかけてくる。
「待って、お兄ちゃん」
 漬物樽の奥の方では誠が泣きそうなうわずった甲高い声で叫んでいる。小学校一年生と四年生の脚力の差である、清にすぐ追いつかれて後ろからランドセルを掴まれて引っ張られた。誠も程なく追いついてきた。途中で無理矢理小便を止めようとして漏らしてしまったのか、色褪せた黒いズボンの左側が全体的に濡れてくっきりと黒い染みになっていた。
「誰にも言うなよ、言ったら許さねえぞ。ゼッテエぶっ殺す」
 清が博の胸ぐらを掴んで博の首を締め上げた。
「ゼッテエぶっ殺す」
 誠も目に涙をためながらも清に同調してそう言うと、二人は走って帰っていった。
 二人がたまたまこの時だけだったのか、それともいつもやっていたのかは知らない。また、樽の中に用を足したわけでもなく、漬物には全く影響もなかったはずなので全く問題はなかったろうが、博はそのせいでたとえ衛生的に厳重に管理しているような市販のものであっても、漬物そのものが、特に黄色の沢庵は食べられなくなってしまったのである。
 ――そう言えば、卒業前にどっかへ引っ越していったけど、その後どうしてたの?
「引っ越し? なに馬鹿なこと言ってるんだ?」
 と、清が言ったのに続けて、誠も「お前馬鹿だろ」と言って博の腹に頭突きをした。清が後ろから飛びついてきて首に腕を回して引っ張った。三人は道路脇の田んぼの畦に絡み合ったまま倒れ込んだ。草の露が跳ねて博の顔や腕にかかる。博はそのまま仰向けになって空を見上げた。気がつくと清と誠の姿は消えていた。満月の夜であったが、空には最近見たことがないほどの星が見えた。天の川もはっきりと見える。なるほど、天の川は確かに「川」であった。蛍は何灯も点いたり消えたりゆらゆらとまだ宙をさまよっていた。むしろ、それは先程よりもさらに数が増しているようだった。蛍はだんだんと空へ舞い上がっていく。そして、やがて星空の中へと溶けていった……。

 気がつけば博は自宅のベッドにいた。いつ、どうやって帰ったのだろうか、と思いながら夏掛けを剥ぐと自分がきちんとパジャマを着て寝ていたことを知った。隣のベッドを見ると妻はもう起きているようで、夏掛けもパジャマも丁寧に折りたたまれて足の方に積まれていた。窓から朝日が差し込んでハウスダストがきらきらと光りながら舞っている。かすかにコーヒーの香りが漂ってきた。パジャマのまま階下の居間へ下りると、夫婦二人分の朝食が食卓に用意されていた。席に着くとすぐに妻がコーヒーを持ってきてくれる。いつもより寝坊をして時間は遅めであったが、それ以外には普段と何も変わらない朝食である。いつものようにまずコーヒーを一口、そしてトーストにバターを塗りながら妻に言った。
「そろそろもういいかな」
「何が」
 妻が何もつけないトーストをかじりながらそう聞いた。
「事務所畳んでのんびりしようかってことさ」
 博は一旦トーストを皿に置き、その上にケチャップをかけた目玉焼きを載せて両手でトーストごと二つに折る。
「いいんじゃない? もういい加減世間では引退している歳よ」
「いやいや、六十代じゃまだまだみんな働いているよ」
「ならまだやれば? ひと山越えるたびにそんなこと言っているけど、結局まだ仕事したいんでしょ? ワーカホリックだもの、あなたは」
「なんだよそれ……」
 そう言って博は目玉焼きを挟んだトーストにかじりついた。
 久しぶりの休日、遅い朝食を終えると博は散歩に出た。まだ十時を過ぎたばかりだというのに六月とは思えない蒸し暑さである。粘り気のある汗が滲み出た顔に陽の光がまとわりつく。家の前の通りを駅の方に向かって歩く。あちこちに拡がっていた田んぼや畑も跡形なく消えて今では家がすき間なく建ち並んでいる。蛍も大池公園まで行けば見ることができるものの、もうこの辺りを飛ぶことはなくなってしまった。清と誠に出くわした丁字路にあった漬物樽は既になく民家と病院に変わり、さらにその病院も先代の医師が亡くなってからは閉まったままである。丁字路の先には陸橋が線路を跨いでいる。陸橋の先には駅前に建設中の巨大なマンションが真正面にズドンとそびえている。躯体は既にできあがっているようで、ついこの間まで屋上に据えられていたクレーンも既にない。あとは内部の工事を残すのみといったところなのだろう。二十九階建て、全四百二十一戸。そこにはどんな人が新たな住人として加わるのだろうか。そして、そこでどんな「ものがたり」が始まるのだろうか。
 夕べ渡った昔の踏切も今は地下道になっている。地下道に入ると頭上を電車が通り過ぎる。レールの繋ぎ目を跨ぐ重くこもった車輪の音が残響とともに地下道全体に響く。後ろからジャージ姿の高校生が自転車で追い抜いていく。そして、立ち漕ぎで地下道の坂を上がっていった。外へ出ると四車線に拡がった厚木街道が渋滞していた。排気ガスの臭いが鼻を刺激する。
 街の風景は子供の頃とはすっかり一変してしまった。小学校は丘の上に移転し、その跡地は銀行や農協になった。郵便局や床屋は道路の拡張に伴って、だいぶ前に近代的なビルに変わっている。ストアーや文房具屋、下駄屋、お菓子屋は既になく、代わりに寿司屋、焼き鳥屋、チェーンの中華料理店などといった飲食店ができた。そして、バレエスクールにスポーツクラブ、もう少し希望ヶ丘方向に行けば塾が道路両脇に建ち並んで……と、かなり現代的な街並みになった。
 塾のカバンを背負った小学生の一団とすれ違った。道路拡張で広めにとられた歩道いっぱいに友達同士横に並んで、あるいは前を行く友達を走って追いかけて、はたまた友達同士で押したり引っ張ったりしてふざけあったりしながら、中には一人離れてスマホを操作しながら歩いているのもいる。農協の前に置かれた石のベンチでは二、三歳の幼児が一つ一つよじ登っては乗り越えて遊んでいる。それを見守りながらも気長に待つ母親。その並びにあるドラッグストアの前でガチャガチャに興じる数人の子供。目当てのものが出れば歓声を上げ、期待外れなものが出るとちょっと悪態をついたりしている。彼らも未来に向かってどんな「ものがたり」を紡いでいくのだろうか。
 博は不意に孫に会いたくなった。そして、彼がこれからどんな「ものがたり」を紡ごうとしているのか、自分も行って手伝ってやりたいと思った。博はタクシー乗り場脇の工事中の仮囲いに挟まれた狭い通路を通って駅の方へと階段を上がっていった。
 こうして新しい「ものがたり」がまた始まろうとしていた。

著者

湯道恵梓