「ある設計士の話」松崎洸司朗

 電車の音が聞こえて達也は顔を上げた。湘南台からきた電車がゆめが丘駅に走り込むところだった。
 ゆめが丘駅はまるで龍の肋骨のようである。未来的とも言える形で電車はその中に滑り込むように入っていった。
 この電車はこれから横浜へ向かうのだ。
 相鉄線ゆめが丘駅。名前からすれば夢多き町並みを想像するが、初めてここに降り立った宮口達也は当惑した。
 畑と若干の家、店のほかに何もないのだ。
 食事をとるにも歩き回って店を見つけなければならず、ようやくパスタを食べさせる店を見つけて息をついた。
 彼はつい先日会社をやめ、無職の身の上だった。今日はこれといって明確な理由のないまま相鉄線に乗って天王町からゆめが丘までやってきたのだった。
 彼は天王町で電車に乗ると、いつも横浜駅に向かうのみで、反対の方向、つまり二俣川や湘南台、大和といった場所を目指すことはほぼ皆無だった。
 職場はみなとみらいにあり、毎日横浜駅からみなとみらい線に乗り換えて通っていた。そこにある建築会社が彼の職場だった。
 しかしもう、通うことはない。
 彼が故郷にいたころ、横浜は憧れの地だった。日本海に面した潮風が冷たい故郷に、達也は高校卒業までを過ごした。
 進路を迷った彼に、母親は地元の大学へ行くよう勧めた。家業の魚屋は弟が継ぐことになった。
 彼の土地では海とは荒々しい日本海だった。冬の寒風の中、日本海は耳をこするような波音を立ててうねった。沖には漁師の船が浮かんでいた。
 しかし彼が雑誌で見る横浜の海には壮麗な不夜城のごとき船が浮かんでいた。白と黒に塗り分けられた外国からの豪華客船は、少年の達也の目を捉えて離さなかった。
 もともと工作やプラモデルが好きだった彼は大学では建築学科を選んだ。世間はバブルで建築学科を出た学生は引く手あまただった。就職先を横浜に決めた彼は、いくつかの建築会社を周った。
 就職活動中にも彼は横浜港を往来する船を見に行った。それは彼が故郷で想像していた横浜の姿だった。世界各地から船が訪れ、人と荷物を運ぶ。現在動いている船はもちろん魅力的だったが、彼を強烈に惹きつけたのは今はもう動いておらず、歴史的な遺産として山下公園に繋がれている氷川丸だった。戦前、戦中、戦後と活躍し、多くの人や物資を運んだこの船は、達也の心を魅了した。
 そうして就職した会社はバブル期には好調で、多くの注文を受け、ビルや個人宅など数々の建物を作った。達也も毎晩徹夜し、ときには仕事をマンションの自室に持ちかえり、設計図を作成した。
 しかしやがてバブルも終わり、建築業界も受注がなくなり、仕事が目に見えて減少した。
 達也はそのころ、すでに課長になっていた。設計士としてよりも、部下の管理の仕事が主だった。
 やがて幹部連中の放漫経営のせいか、会社の業績は日毎に低下して、その影響は達也の課にも及んだ。
 ある日人事部の部長に呼び出された。
 「あなたの課で二人、解雇したい。選定をお願いします」
 この言葉を耳にした達也は、息が止まるのを感じた。自分の部下を解雇する。彼らには何の落ち度もないのに、会社幹部の放漫経営の余波で彼らは会社を追われる──
 達也は抵抗したが、しかし各課で平等に解雇する人員を配分するということで、達也の課のみゼロにはできないと言われた。
 (解雇って一体誰を? みんな生活がある。子供がまだ小さい者もいる。だめだ、一人も首にできない)
 かれは何日も悩んだ。
 そしてある日、人事部を訪れた。
 「解雇する人間が決まりました」
 「そうですか。で、誰ですか」
 「私です。私が辞めます」
 伏目がちだった人事部長が顔を上げた。何か言いたげな目をして達也を見つめた。
 こうして達也は十数年勤めた会社を辞めた。
 少々蓄えがあり、再就職へ血眼になる気持ちにもなれず、しばらくぶらぶらしようと思った。天王町のマンションに閉じ籠もり、ベッドに寝ころんで天井を見つめた。
 かつてつきあった恵と連絡をとろうか。佐々木恵は達也と同じ会社にいた女で、達也より入社が早かったが、何歳か年下だった。バブルのころに達也とつきあった。双方とも結婚を意識したが、特に理由もなくつきあわなくなってしまった。そして突然、恵は会社を辞めた。
 (電話しようか……)
 しかしやめた。もう結婚しているだろう。美しい女だった。
 天井のシミを眺めながら思う。故郷から横浜へきて二〇年か。夢みていた横浜は横浜の一部だった。横浜の大部分は日本のどこにでもある地方都市だ。人々の生活の場であって、きらびやかでも華やかでもない。そして市民の多くは自分のように他の土地から転居してきた人や、その子孫で、生粋のハマッ子は多くないことも知った。
 特に相鉄線は、まさに横浜の中の田舎だった。なかんずく二俣川から湘南台にかけての相鉄いずみ野線は、緑が多く、同じ横浜でもみなとみらいとは別世界だった。
 今日思い立ってゆめが丘まで来たのは、特に理由もなかった。あえて言えば「ゆめが丘」という地名に惹かれたせいかもしれない。
 降り立てばゆめのようなものがあるかと思ったが、実際は驚くほど畑ばかりの土地だった。
 (横浜にはまだこんな場所があるんだ)
 達也は思った。ここからどう発展していくのだろうか。
 (自分ならあそこらあたりにマンションを建てて、コンビニも何軒か持ってきて)
 長年の習性で広い土地があるといろいろ想像してしまう。たしかにゆめが丘は想像しがいのある土地だった。
 帰りの電車は、空いていた。平日の昼過ぎは、相鉄線も空いている。
 これから何をすべきか。再就職の準備をすべきか。たしかにいつまでも遊んではいられない。自分も若くないのだ。四〇代に入り、将来、あるいは老後についても考えなければならない。
 天気がよく、平和な午後だった。
 会社時代を思い出す。こうして電車に乗って、あるいは車で、各地の建築現場に通った。バブルのころは活気があり、仕事も楽しかった。しかしよい時代は長く続かない。バブルが崩壊するとあれよあれよというまに仕事が減り、会社も苦しくなった。
 そんな中でも彼は仕事に手を抜いたりせず、設計に昼夜力を尽くした。
 そうした果てに待っていたのが退職だった。これも人生か。彼は窓の外を流れる風景を眺めた。
 ふいに彼は〝地蔵原の水辺〟という言葉を思い浮かべた。最初は自分でも何の言葉か思い出せなかった。
 そして記憶をたどって、それがいずみ中央駅の近くにある川岸のことだと気付いた。
 なぜこの言葉が記憶にあったのか──
 設計士として働いていた時代、ある建築雑誌に載っていたのを見たことがあった。いずみ中央駅の脇を流れる和泉川の岸辺で、その美しさが印象的だった。コンクリートで囲まれた部分の、幾何学的な形に目を奪われた。水辺をいかに美しく演出するかという意図が見えて、興味を覚えたことだった。
 地蔵原の水辺か。次の駅がいずみ中央だ。彼は降りて見物することにした。
 駅の改札を出て、外に出て、和泉川にかかるあけぼの橋を渡ると、そこに地蔵原の水辺があった。
 (広い)
 まず彼はその広さに驚いた。建築雑誌で見たときはさほど大きくは見えず、こじんまりした印象だったのだが、実際ははるかに広く、伸びやかなたたずまいだった。
 岸はコンクリートや自然石で固められ、流れる水をしっかり受け止めている。それでいて周囲には土もあり、決して無機的な風情ではなかった。
 春や夏にはここには多くの親子連れが訪れ、憩うのだろう。彼らの歓声すら、達也には聞こえるようだった。
 何カ所か川から水を引き入れ、ちいさな水たまりを作っていた。そこにススキのような植物も生えている。ちょっとした親水公園だった。
 発想がいいと達也は思った。腕のいいデザイナーがいて、全体の構想を立てたのだろう。
 かつて川は危険なものであり、人は川から離れて住むのがよしとされたが、近年は安全性を確保しつつも人をより水辺に引き寄せることがテーマとなっている、と達也は耳にしたことがあった。なるほどこういうことか。
 少し歩きたくなった。藤沢市との境に近い泉区のこの周辺は、緑が多い。達也の足どりも軽かった。
 ふと見ると、少し離れた場所に寺の門が見えた。臨済宗天王山長福寺である。門はさほど大きくはなく、人を招いているようにも見えた。
 達也は招かれるままに、寺に近づいた。しかし近づくにつれ、寺の門の隣に白い大きな鳥居があることが気になった。寺のすぐ前に神社があるのである。
 鳥居の向こうには急角度の階段があった。見上げると、上り切ったところに社殿があった。須賀神社である。建速須佐之男命と櫛名田比売之命を祭神として祭っている。
 彼は階段を上った。相当に高い。上りきると社殿があったが、これも小さい。
 達也はポケットから財布を出して一〇〇円玉をつかむと、賽銭箱に入れた。そして鈴を鳴らし、手を合わせた。彼は信心深い方ではなかったが、神社にくれば手を合わせるくらいの敬虔さはあった。
 さて、何を祈ろう。何を神様に頼もう。再就職先が早く見つかりますように、というのはいかにもだが、何かちがう気がした。今は別のことを祈りたい。
 「私にとって一番必要な人に会えますように」
 自然に口に出たこの言葉に、彼自身も驚いた。なんだこれは。自分は今、こんなことを願っていたのか。
 しかし別の願い事があるでもなく、彼はそのまま手を合わせ、祈った。
 長い階段を降りて、駅に向かう。神社で手を合わせたのはいつ以来だろう。故郷では正月が来ると初詣に出かけたが、横浜に来てからはそのような習慣はなかった。仕事に追われ、忙しい日常ではあまり神仏に心を向けることもなかった。
 彼は和泉川に沿って駅に向かった。これ以上、立ち寄るべきところもない。
 駅に足を踏み入れ、券売機に足を向けたとき、彼ははっとした。一〇メートルほど向こうの女性の横顔に見覚えがあった。
 佐々木恵だった。
 どうしてここにいるんだろう。彼女の家は京急線の子安駅近くだと聞いていた。こんな方面に何か用事があるのか。
 それよりもう何年も会っていない。彼の胸は高鳴った。実は今でも好きだ。
 近づいてよく見た。やはり恵だ。
 「あのう…」
 彼は言葉をかけた。こんなときにどんな言葉をかけていいかわからず、他人行儀な言い方になり、恵も怪訝な顔を向けた。
 「あっ」
 目を大きく見開いて達也を見つめた。
 「久しぶり」
 そういったのは恵だった。達也は自分から声を掛けながら、戸惑っていた。
 「なんでここにいるの?」
 「私、こっちに両親がいるの。兄夫婦と同居しているんだけど、母が認知症気味で、兄嫁が大変なのよ。それでときどき手伝いに来てるの」
 「ふうん。おれは今日、ちょっと散歩でここまできてさ。いずみ中央って来たことなかったからどんなところだろうと思って」
 「まだ田舎でしょう。田んぼなんかもあって」
 「いや、いいところだよ」
 二人はそのまま、駅構内の最近開店したばかりのベーカリー&カフェ「ヴィクトワール」に入った。二人ともコーヒーを注文して席に座った。
 「ねえ、なんで会社やめたの?」
 達也がまず聞いた。一番知りたいことだった。
 恵はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
 「あの会社にはね、もういられなかったの。私に濡れ衣が着せられそうになって」
 「えっ、どういうこと?」
 「営業部の草島課長。あの人が結局、馬鹿だったの」
 初めて聞く話に達也は当惑した。
 「草島課長。あの人は遣り手だったろう」
 「そう思った? 一見エネルギッシュよね。でも人の話を聞かなかったじゃない。人が話し始めるとすぐに自分がしゃべりだして」
 達也は思い出した。たしかに草島課長は人の話をあまり聞かず、すぐに自分が話し始めるタイプだった。恵は続けた。
 「営業の人が仕事をとってくるじゃない。それを草島課長に報告すると、草島課長が早合点して解釈することが多かったの。訂正しようにも一人でしゃべり続けるから口が挟めないし。それで話がおかしくなって、依頼主さんの希望とはちがう条件で話が進行して、できあがってから依頼主さんから『当初の話と違う!』とクレームを受けることが多くなったんです」
 達也の記憶の中でも草島課長は独断専行型で、スピード感はあったが結果を反省するということがあまりなかったような気がする。部下たちは後始末に追われていたのかもしれない。
 「そんなあるとき草島課長は仕事でちょっとした失敗をして、その汚名を挽回しようといつにもまして周囲の忠告を聞かないで突っ走っちゃったの。数十億の工場建設プロジェクトに参加する仕事をとってきて、どんなもんだいと鼻高々になったのも束の間で、それはうちの会社には最初から無理な案件だってわかったのよ。それで責任問題になって、草島課長は営業の中堅だった私に責任をかぶせようとしたの。とんでもない話だわ。自分が資料を読み間違えたくせに、資料を取り寄せてファイルにした私が悪いだなんて」
 「そういうことだったのか」
 「人のことをすぐ『鈍い』とか『愚鈍』とか言って馬鹿にした人だけれど、一番鈍かったのは草島課長本人よ。一見元気一杯で反応が早く、よく働くように見えたけれど、自分の思い込みばかり目がいって、そのほかの可能性を考えようとしないんだから。
 本当に鈍い人って、鈍そうには見えないものだってわかったわ」
 「あの人たしかにそうだったな。よく周囲の人を馬鹿にしていた」
 「口もうまいし、頼もしそうに見えるから、会社の外の人は信用するの。でも会社の内部から見たら、あんな迷惑な人はいなかったわ。とにかく独りよがりなんだから」
 草島課長のようなタイプは、少なくないのではないか。達也は漠然と思った。思い込みが激しいタイプは一見、信念の人のように思われるが、ただ自分の想定以外の状況が存在するということを考えない、想像力に欠けた人物にすぎないのかもしれない。
 「でも、君が突然会社を辞めたときにはおれは驚いたよ。やっぱりおれと一緒の会社にいるのがもう耐えられないのかなと」
 「そりゃ気づまりではあったけれど、辞めるほどではなかったわ。私に辞めるように言ったのは、総務の田代さんよ。あの小さな、メガネをかけた人」
 「田代さん。ああ、そんな人いたな」
 「あの人が私に『佐々木さん、あなた辞めなさい。これ以上濡れ衣着せられたらお終いよ』と忠告してくれたんです。それで辞める決心がついた」
 達也は総務の田代リヨを思い出した。無口で目立たない、いるかいないかわからないような初老の女性だった。
 「田代さんとは口をきいたことがあるかどうかすら、覚えていない」
 「草島課長はあの人のことを本当に馬鹿にしていたわ。鈍いとか、何の役にも立たないとか。でも、会社のことがわかってて、何が大切かを一番わかっていたのが田代さんだった。
 本当に繊細で物事をよく見ている人は、一見鈍く見えたりもするのね」
 たしかに年配で、地味な風貌の田代リヨは達也の記憶にもあまり残っておらず、しっかりした印象など何もなかった。しかし社歴の長い彼女は草島課長の行動パターンを把握しており、いざとなると周囲に責任を転嫁することを知っていたのだ。
 これらのことを話し終えると、恵はコーヒーを口にした。達也もつられて飲む。そう言えばコーヒーの味を覚えたのも、横浜に来てからだった。
 「それであなたはどうしたの? 今日は会社じゃないの?」
 当然ながら恵は達也が会社を辞めたことを知らなかった。
 「うん、会社はもう辞めたよ」
 そう言って達也はことの次第を話した。人事部からリストラの命令を受けたこと、どうしても従えずに辞表を出したこと。恵は静かに聞いていたが、聞き終わると
 「へぇー、あなた、いいところあるじゃない」
 と笑った。
 「偉いわよ、部下をかばって自分が辞めるなんて」
 「まあおれも一級建築士だし、会社を辞めてもなんとかなるだろうと思ってね」
 「資格があれば強いわよね。それでこれからどうするつもり?」
 「またどこかの建築会社で図面でも引くかな。君は仕事はしていないのか」
 「近所のスーパーでパートよ。もう会社で働くのはいいかなと思って」
 「そうか」
 達也は恵を見つめた。相変わらずきれいだ。そろそろ四〇歳になろうが、少しも老けていない。思い切って聞いた。
 「結婚はしないんだ」
 「うん、そういう気になれない。恋人もいないのよ、あなたと別れてから」
 「でも、言い寄る男はいるだろう」
 「いるけど、相手にしない。子供のころからそういうの慣れているから」
 やっぱり美人は違う。達也は内心苦笑した。
 「じゃあなんでおれなんかとつきあってくれたの?」
 「あなたが純朴だったから」
 純朴? この言葉は意外だった。
 「おれは純朴だった?」
 「そうよ。故郷から出てきたばかりで垢抜けなかったわ。だから私はあなたに注目したの。当時はみんな都会育ちのチャラ男が多くて、私もずいぶん言い寄られた。でもあなたは都会育ちの人にはないものがあったわ。やっぱり故郷が地方の人はこうなのか、と好感が持てたの」
 「いや、必死に都会人らしく見られるように頑張っていたんだけれど…」
 「そう、それもお見通しよ。でもどこか隠せないものがあるものよ。何かおかしかったわ」
 「…」
 達也はうんざりした。すべてバレていたのか。
 「あなたはまだ独身? 恋人は?」
 「いない。君と別れてから仕事も忙しくて恋愛どころじゃなかった」
 「じゃあこれからよね」
 「そういうことになるのかな」
 二人は黙った。やがて恵が口を開いた。
 「私、引っ越そうかと思うの」
 「ふうん。どこへ?」
 「この近くよ。お母さんの近くにいたいの。ゆめが丘もいいかな」
 「ゆめが丘。なんにもないよ、あそこは」
 「だからいいのよ、静かで。それにこれから発展するわよ」
 「そうかな。一人暮らしならなんとかなるかな」
 「いや、一人じゃないかな。誰かと住みたい。あなた、私と住まない?」
 「うん?」
 達也は思わず笑った。無論冗談に決まっている。
 「何言ってるんだい。おかしな冗談やめてよ」
 「冗談じゃないわよ」
 恵は真面目に答えた。おやっと達也は思った。
 「本当にあなたと住みたいのよ。私じゃいやなの?」
 「結婚してくれっていうことか」
 「違う。同棲。夫婦のまねごと」
 恵はこんな大胆なことを言う女だったか。達也はコーヒーをすすった。
 「それ今考えたのか」
 「あなたと話している間に思いついたの。私、あのころ本当にあなたが好きだった。でもあなたが時とともに純朴さを失っていくのがわかったの。あのころはバブルで、あなたも上司の人たちにいろいろな遊びを教えられたでしょう。それで最初の純な気持ちをなくしていったのね。私はそれが辛かった。給料も高かったから、人が変わったんだと思ったわ。でもさっきの話を聞いて、あなたが元の純朴さを取り戻したんだとわかった。私はあなたの、そういうところに惚れたの」
 恵がしゃべっている間、達也はテーブルの一点を凝視していた。
 本気のようだ。そしておれがこの申し出を断る理由は、ない。
 「わかった。仕事のこともあるから、考えさせてくれ」

 相鉄線ゆめが丘駅の近くに、「宮口建築事務所」がオープンしたのは、それから半年後のことだった。
 経営者である達也は妻の恵を事務員にして、依頼される仕事をこなした。彼は思った。 (みなとみらいもいい。しかし、相鉄線沿線のような人間の生活の実感に満ちた場所こそ、本当の横浜なんだ。そうした場所に、自分は建物を作りたい)
 会社を辞めて正解だったかなと今では思う。当時は設計士と言えども組織の一員であり、自由がなかった。しかし今はのびのびと仕事ができる。
 かつて自分は華やかな世界に憧れ、とらわれていた。みなとみらいはたしかに華のある世界だった。しかし人生後半のこれからは、華やかさにとらわれず、地に足のついた世界に降り立ちたいし、降り立たねばならない。
 目の前に広がる風景を前に、彼はあの地蔵原の水辺のような仕事ができればと考えた。

著者

松崎洸司朗