「きぼうへの線路」宇佐乃リコ

 十二月二十日。冷え込みが厳しくなってきたが、今日の寒さはここ数日の中ではマシな方だった。エリカは、ヒロキの誕生日祝いをするために、相鉄ジョイナスでケーキを買っていた。今日は誕生日の当日ではないのだが、当日はお互い仕事があるので少し早い誕生日パーティーをしようとエリカが提案したのだった。せっかくの誕生日だから、と奮発してお洒落なディナーに誘いたかったが、ヒロキの家でささやかなお祝いをすることに決まった。ヒロキの好きな沢山のフルーツが乗ったケーキを選び、プレートに名前を書いて貰った。ろうそくは大きいサイズを二本。小さいサイズを三本。エリカはヒロキの喜ぶ顔を想像して相鉄線の改札に向かった。

 ヒロキの家は相鉄線で約十五分、希望ヶ丘という駅が最寄りだ。改札に入ろうとする直前、ICカードに残高が残っていないのを思い出し、チャージをしようと切符売り場に向かった。その切符売り場に、なにやら困っていそうな老婦人がいた。いくつも荷物を持っていて、切符を買うのに苦労しているようだった。待ち合わせ時間を特に決めているわけではなく、急いでいないので、エリカは放っておけず声をかけた。
「おばあちゃん、お困りですか?お手伝いしましょうか?」
老婦人は振り返りエリカを見ると戸惑いながら、
「あら、ありがとう。普段遠出しないものだから、切符の買い方がよく分からなくて」
と申し訳なさそうな表情を見せた。
「急いでないですから、そんな顔しないでください。お手伝いしますよ。どこの駅までですか?」
「ええと?」
たくさんの荷物の中の一つである小ぶりなかばんから携帯電話を取り出して確認しているようだ。
「希望ヶ丘駅というところまで行きたいの」
偶然にもエリカの目的地と同じ駅だった。
「私も希望ヶ丘駅まで行くんです。良かったら、一緒に電車に乗りませんか?」
エリカは、お節介が過ぎたかな、と思ったが老婦人は
「本当に?助かるわ」
と深々と頭を下げた。
「ちょうど急行が来る時間ですから、乗りましょう」
エリカは老婦人と一緒にホームに向かった。

 電車に乗り、エリカはスマホで希望ヶ丘駅への到着予定時刻をヒロキに送ると、改札まで迎えに行くと返信が来た。席に座ると老婦人が話し始めた。
「これから孫に会いに行くのよ。今年の四月から一人暮らしを始めたばかりなの。少し心配ね」
「そうなんですね。その荷物、お孫さんにですか?」
エリカは老婦人の持つたくさんの荷物に目を向けた。
「ええ。好物をいくつか作ってきたの。まだ下ごしらえのものもあるけどね。孫の家に着いたら手伝って貰おうと思って。小さい頃は両親が共働きでね、よく私が面倒見てたのよ。夕飯なんかも、簡単な調理を孫に手伝って貰いながら、しょっちゅう私が作っていたのよ。たまに休みの日にお母さんが手料理を作っても、ばあちゃんの作るご飯の方が美味しい!だなんて言ってお母さんを困らせていたわ」
老婦人は、目を細めて穏やかな笑みを浮かべた。
「お孫さん、きっと喜びますね。料理上手なおばあちゃん、羨ましいです」
エリカの祖父母は遠くに住んでいたし、エリカが中学生になろうかという頃には他界していたため、ほとんど会った記憶が無かった。もちろん、祖母に手料理を作ってもらった記憶もない。だから、私にも、こんなおばあちゃんがいたらな?と、この老婦人の孫を羨ましく思った。
「ちょっと張り切って作りすぎちゃったわ。喜んでもらえるかしら」
確かに、老婦人と孫の二人分にしては少し多いように見える。老婦人の表情がわずかに曇ったので、エリカは
「絶対に喜んでもらえますよ!」
と、元気づけるように明るい声を出した。
「そうかしら。孫と同じ年頃の子にそう言って貰えると安心するわ」
老婦人は、言いながら携帯電話で画像フォルダを開いていた。孫の写真が入っているのだろうか。他人のプライバシーの塊である画像フォルダを覗いてはいけない気がして、エリカはとっさに目を逸らしながら質問した。
「お孫さん、おいくつなんですか?」
「今月二十三歳になるの。社会人一年目よ」
エリカは驚いた。まさに、エリカと全く同じだった。
「すごい偶然!同い年です!そして、私も同じく社会人一年目なんです。行き先も同じ希望ヶ丘だし、お孫さんと私の年齢は一緒だし、なんだか、私とおばあちゃん、運命みたい!」
偶然が重なった驚きで盛り上がってしまったが、ここは電車内だという事を思い出しエリカは恥ずかしくなった。老婦人はエリカの顔を見つめてニコニコと上品な笑みを浮かべて言った。
「こんなに明るくて可愛らしいお嬢さんが孫のお嫁さんになってくれたら嬉しいわねぇ」
一人暮らしが心配だとか、料理を手伝っていたと言うのを聞いていたのでエリカは勝手に老婦人の孫は女の子だと思っていた。
「お孫さん、男の子なんですね。てっきり女の子かと?」
「男の子よ。今日は、誕生日祝いをするから、良かったら来てくれって。昔よく誕生日に孫の好物をたくさん作っていたから誘ってくれたのね。ああ、でも、本当は誕生日は二十二日なのよ。クリスマスに近いからよく誕生日とクリスマスを一緒にされて、拗ねてたわ」
老婦人が言い終わると同時にエリカは口を開いた。
「まさか!こんなに偶然が重なるなんて。私、これから彼氏の家に行くんです。少し早い誕生日パーティーをするために。私の彼も、誕生日は二十二日なんです。」
「本当?すごい偶然だわね。孫からのメールの続きには、彼女も来るから、ばあちゃんの自慢の手料理を、僕の未来のお嫁さんに振舞ってくれ、なんて書いてあったのよ」
「それでこんなにたくさんのお料理を?」
なるほど。料理は三人分だったのかとエリカは納得し、改めて老婦人の顔を見る。度重なる偶然のせいだろうか。凛とした明るい茶色の瞳がどことなくヒロキに似ているような気がしてきた。
(まさか、このおばあちゃん…)
(このお嬢さんはもしかして?)
エリカと老婦人は、同じ事を考えて黙り込んだ。頭の中は整理しきれないまま、二人を乗せた車両が希望ヶ丘駅に到着した。エリカは改札まで老婦人を案内する。改札には、ヒロキが迎えに来ていた。

 「エリカ!ばあちゃん!一緒に来たの!?」
「ヒロキ!おばあちゃんって、まさか本当にヒロキのおばあちゃんだったの!?」
「ヒロくんの言っていた彼女って、このお嬢さんだったのね」
老婦人とエリカの頭の中で、パズルのピースがばっちりと当てはまった。
「エリカが誕生日パーティを企画してくれたから、こっそりばあちゃんを呼んで逆サプライズを仕掛けようと思ったんだけど?失敗しちゃったな」
まさか、ヒロキのおばあちゃんが来るなんて。まさか、たまたま駅で一緒になったおばあちゃんが、ヒロキのおばあちゃんだったなんて。エリカにとっては充分サプライズ成功だ。
「ヒロキはパーティーの主役なんだから、サプライズなんていいのに!おばあちゃん!お家に着いたらヒロキの大好物の作り方教えてくださいね!」
「もちろんよ。お手伝いお願いね。未来のお嫁さん」
電車内で思った、こんなおばあちゃんがいたらな?が、突然現実味を帯びた。エリカはくすぐったい気持ちになった。

 三人は並んでゆっくりとヒロキの家に歩き出した。

著者

宇佐乃リコ