「くぬぎ台」浅川清子

 年に数回、JR横浜駅で乗り換えて、相鉄線で母へ会いに行く。孫の顔もみたいだろうと、二人の子どもを連れて。
 西荻窪の自宅から乗り換えも含めると、一時間以上電車に乗る。遅い朝食を済ませて家を出ると、母のいる施設に着くのは昼過ぎだ。鶴ヶ峰駅で降りてバスに乗る前に、スーパーで、母と食べる弁当を買う。
 駅前のバス停から20分ほどで、分譲マンションのような介護老人福祉施設が見えてきた。玄関を入ると、消毒液の匂いがする。エレベーターで3階へ上がると、母のいるフロアだ。ロビーにはテレビを観ながらお茶を飲んでいる、同じフロアのお年寄りがいる。その中に母がいなければ、係の人に声をかけて、母の部屋へと入る。ベッドにいるときの母は、たいていまどろんでいる。
 「お母さん」声をかけると、眠そうに、こっちを見る。
 「来たよ。お昼いっしょに食べようよ」
 母が起き上がってにっこりしながら、孫の名前を呼ぶ。
 廊下に設けられたテーブルと椅子に、持ってきた弁当を広げ、親子でランチタイムだ。それぞれ、食べたい弁当を選び、食べ始める。母は、上手く食べられずによくこぼす。それでもなんだかうれしそうだ。しゃべりたそうだけれど、スムーズに言葉が出ずに、だまって微笑んでいる。
 「お母さん、娘は高校に入ったんだよ」
 「長男はもう大学の二年生なの」
 まずは家族の近況を報告する。
 「お母さん、風邪ひいてない?」
 こちらからの質問に、母は答えようとするが、待っていた返事は出てこない。
「これおいしいね」と、ときどき脈絡なく自分のことを話す。それで、精一杯なのだ。
 外はいい天気。いっしょに来た夫が言い出す。
「お母さん、今日ぼくカメラ持ってきたんですよ。みんなで写真を撮りましょう。ほら、そこの窓際に並んで」
 弁当を食べている私たちに指示をする。
 義母の前では、こんなに明るく言えるんだ。改めて、結婚相手のことを、少し見直す。ふだんは感謝の気持ちを意識しない自分が、この人と結婚してよかったと思う。
 母は孫二人に囲まれて笑顔になり、私たちは施設の廊下の窓際に並ぶ。
 レンズ越しに差し込む日の光に、母はまぶしそうに目を細める。家族写真は、長男が七五三のときに、地元の写真館で撮って以来だ。父の葬儀では、その写真が遺影となった。そう言えば出棺の際に、近所の人たちへお礼のあいさつをしたのも、一家の長男の弟ではなく、夫だった。やっぱりこの人は頼りになる。もっと頼っていいんだ。あのとき感じた感情が確信に変わった。
 帰り際、母がエレベーターまでついてきて一緒に乗ろうとする。気づかれないように様子を伺っていると、夫は頃合いを見てさっと立ち上がり、「夜、寒くなりそうだから、そろそろ帰りますね」と言って、エレベーターに歩き出す。それを機に、私も急いで立ち上がり荷物を持って帰る支度をする。 母に「私たちは帰るから、じゃあね。そのうちまた来るね」と言い、介護士さんたちに、「母をよろしくお願いします」と言ってエレベーターに向かう。母は、部屋のベッドに座って少しさみしそうに手を振った。短い訪問は終了。また次にいつ来られるかわからない。施設をあとにして、駅までバスに乗り、同じ経路で帰宅する。電車が鶴ヶ峰の駅を遠ざかると、ため息が出そうになった。
 口に出さないが、心の中で、夫にお礼を言う。あなたのおかげで、母の笑顔の写真が撮れました。正直、億劫だったけど、今日ここまで来てよかった。子としての役目を終えた気がして、気が楽になる。久しぶりに乗る相鉄線の窓からの眺めはのどかで、今日一日の疲れと、少しの後悔を癒やしてくれる。また、来よう。いつになるかわからないけれど、必ず。

 母は、その後、食事をまともに摂れなくなった。施設から「そろそろ、胃ろうを考えたいがどうしますか」と連絡があり、「看取り」もするという別の、もっと自宅から遠い施設に移った。その施設の職員と面談のときに、40代の独身だという看護師が、「こういう面談にいらっしゃる方の世代が、自分と同じくらいになっているので、私も明日は我が身です」と、独身の弟に言っていた。それを聞いて弟も苦笑するしかなかった。
 相鉄線沿線は、高校生まで過ごした地元の鉄道だ。クラスメートも大勢住んでいる。年に数回、窓からの眺めは、四十年前のなつかしい気持ちを蘇らせる。この車両に乗って、友だちの家に遊びに行ったこともあった。横浜駅西口で友だちと会うために、休日待ち合わせた。夏休みにアルバイトをしたのも横浜だ。私にはこの一帯に青春の思い出がたくさんある。そして母はおそらく、この沿線が終の棲家になるのだ。母のことで、夫を見直したり、弟と久しぶりに出かけたり。そんなことを繰り返しながら、これまでの生き方を振り返って「これでよかった」と思えるだけでも、遠い道のりを、ときどき母に会いに来る意味はちゃんとあるんだ。帰り道、いつもそう思いながら、夫と子どもと電車で家路に向かう。

著者

浅川清子