「くーちゃんの陰謀」小田文男

 「だいじょうぶ 幹ちゃんならできる」
 くーちゃんは、いつものように請け負ってくれるけれど こればかりはムリ。
 「だって 幹ちゃんの仕事は 夢を形にすることなんでしょ」
 そんな 何十年も前にお見合いの席でつい口走ってしまった話を持ち出されても こればかりは。あの時は「建築設計のお仕事ってどんなこと?」の質問に見栄を張っただけだから 「小説を書いてくれない?」と頼まれても・・・。
 「くーちゃん」「幹ちゃん」と呼び合っている我が妻 久美子さんは 私には
もったいない前向きな明るい性格で、後ろ向きの私がここまでがんばれたのは、
「だいじょうぶ 幹ちゃんならできる」の根拠のない激励と笑顔のおかげだし、「私の話を最後まできちんと聞いてくれるのは 幹ちゃんだけ」だから結婚してくれたようなので、がっかりさせたくはないのだけれど・・・。

 緑園都市に引っ越してきて 何年になるのかな。
 明るい性格で、激励しているのだか脱力させているのだかわからない「アドバイス」で、励まし育ててきた子供達も独立して 夫婦ふたりの生活に戻りました。 
 西武線沿線に育って「相鉄線なんて知らなかった」くーちゃんは、子供に向けていた その「激励」を 今度は相模鉄道に向けているようで、「一生懸命やっているのはわかるけれどねえ」などといいながら 日頃の会話に「相鉄にアドバイス」が増えてきました。「誰も最後まできちんと聞いてくれない」のがよくわかるような「アドバイス」ではあるのですが。

 そのくーちゃんが。駅に貼ってある「鉄道小説募集」のポスターを見つけてしまいました。
「ねえねえ、私の話を小説にすれば きちんと聞いてもらえるよね」
「小説に?誰が?」
「幹ちゃん以外に誰かいる?だいじょうぶ 幹ちゃんなら・・・」
くーちゃんに笑顔でそう言われると「できない」と言える選択肢がないのは、
いつもの事です。
 でも 「できないものはできない」のも厳然とした現実です。
 で、「誰も聞いてくれない」アドバイスをそのまま書いて送ることにしました。
「書いて送っておいたよ、きっと読んでくれると思う」
「なんでもやれば できるのよ」
私の仕事に関して 激励はしてもいっさい詮索はしないくーちゃんは 私が
どんなふうに書いたのかは知りません
「貴重なご意見をありがとうございました」と返信いただければ幸いです。

    その1 「JRに負けないで」
孫のお祝いを誂えに 横浜の相鉄ジョイナスへ向かう特急が天王町駅を過ぎた
あたりです。
「悔しいわよねえ」
くーちゃんが まさに「憤懣やるかたない」のカタログのような顔です。
「そうだね」
幹ちゃんもそう思っているに違いないという信頼感を裏切ることはできないので、そう答えてから何が悔しいのか考えるのはいつものことです。
くーちゃんが「悔しい」のは 誰かが偉そうに威張っている時が多いのですが・・・。
「第4コーナーを廻って直線の叩き合いで JRに差されるなんて」
「第4コーナー!?直線の叩き合い!?差される!?」
「あら、違う?お見合いの後 次のデートで連れて行ってくれた競馬場で、そう言って悔しがっていたじゃない」
 いやいや それはいいのだけれど、何を悔しがっているのかわかりました。
 相鉄線は 天王町を過ぎた辺りで コーナーを廻って、JR横須賀線・東海道
線と並んで走る横浜駅のメインストリートの直線に入ります。ここで 相模鉄道が、それも「特急」がJRの電車に抜かれるのが悔しいらしい。
「運転士さんもだろうけれど、社長はもっともっと悔しいはずよ。JRには いつも威張られているだろうから。ほら 乗り入れとかで交渉やっているじゃない。」
「そうだろうね」
知らないけれど そうなのかもしれない。
 「どらえもん」をご存知の方はすぐに、くーちゃんの頭の中をおわかりいただけるかと思います。JRがいつも威張っている「じゃいあん」 ふがいない「のび太」が相模鉄道 。がんばれと応援しているくーちゃんは「しずかちゃん」。
「絶対に抜かれるなと極秘指令を出せばいいのよ、社長が」
 いやいや それは・・・。
「じゃあ JRが追いかけてきても抜かれないよう 早めに二俣川を発車するとか ハナでもクビでも勝ちは勝ち。なんでもやればできるのよ」
あの競馬場でそこまで言ったっけ?
JRは追いかけてこないでしょうけれど いかがでしょうか。 

その2 各駅に’元’鉄道娘
 たまには映画でもと、横浜の相鉄ムービルへ向かう特急が西横浜駅を過ぎたあたりです。
「悔しいでしょうね」
「そうだね」
今日は考える必要もなく、説明がありました。
「星川からこっちの駅の人たちは、星川ばかりちやほやされて。いずみの線ができる前は 同じ急行通過駅の仲間だったのに」
 横浜から二俣川までの間に8駅あって 星川からこっちの駅と言うのは、横浜から「平沼橋」「西横浜」「天王町」「和田町」の各駅のことのようです。
いずみの線ができて、「快速」が走るようになったとき、星川が快速停車駅に
なりました。
「星川と上星川には 若者に人気の鉄道娘がいるらしいよ。『星川みほし』だって。こっちは、大人で対抗したらいいんじゃない? 『各駅おばさん』。」
 わかりにくいので 私が聞いた範囲でまとめますね。
各駅に「キャラ」おばさんを設定して名前をつけてあげようという話です。
 平沼橋駅は 「平沼ハシ子」
「ハシ子」って変じゃない?と聞いたら 本当は「ハツ子」とつけたのに
誰が間違えたか 戸籍が「ハシ子」になっていたそうです。
そんな安易な設定でいいのかな。元気な下町おばさん。
 西横浜駅は 「西尾小浜」
 「小浜」という古風な名前の通り 着物の似合うおっとりおばさんで どうでしょう。
天王町駅は 「天王寺蝶子」
 「元宝塚?」「マダムバタフライ」「お蝶夫人」
 派手でインパクトのあるキャラにしましょう。
和田町駅は 「和田真知」
 「ちょうど キャリアウーマンにぴったりでしょ。メガネが似合うよね、きっと」とのこと。真面目で頭がよくて子供のころから優等生ということで。
「ハシ子」「小浜」「真知」の幼馴染トリオVS「蝶子」の「天王町大戦」なんて
おもしろそうじゃない。
だから 小説なんてムリだって。
「社長だって 各駅全部をわが子のように可愛いと思っているはずだから、きっと乗ってくれると思うな」
くーちゃんは「可愛いはず」と断言していますけれど、社長 いかがでしょうか。 

くーちゃんの「陰謀」は まだまだ続きます。

「運転手さんは、子供が電車に向かって手を振っているのを見たら 必ず振り返してくれたらうれしい。それが駄目なら 運転席に手を振るロボットを置いてくれるとか、年1回 社長が手を振ってくれるとか、相鉄100年だし」

「ゆめが丘のキャラは、『ゆめが森』の神様にして、実は「そうにゃん」のおじいさんというのはどうかしら。社長が神主をやってくれたらいいなあ」

「議員さんが 駅前で『おはようございます』『行ってらっしゃい』って挨拶していることがあるけれど あれを 毎年4月 新入社員に全駅でやってもらったら、うれしいよね。さらに 一駅だけでも社長が先頭に立ってくれたら ぐっと親近感が増すと思うけど」

「貴重なご意見ありがとうございます」と言っていただけたら 幸いです。

 
 

   
 

著者

小田文男