「ここには、今も、昔も、明るいこれからの、未来もある。」ジェイムス・小判

 
 相木鉄男は毎日、よほど大雨や台風のような天気が荒れているときを除いて、寒くても暑くても相鉄大和駅前の広場に来て、朝の二時間ほどを過ごすのが日課である。プラタナスの並木のある駅へ通ずる歩道に面した、ベンチに腰掛けて前を通るおびただしい数の通勤通学の人の波を、眺めている。そうそう土日も関係なく来る。ただ月一度は将棋仲間の佐藤や中村たちと朝から集まり、終日過ごすので来ないが。それ以外は時計より正確なくらいに、朝八時にはここにいる。
 相木鉄男は、何の関係もない人々が目の前を、足速に通過して行くのを見るのが楽しみである。
 三年前退職した彼は、ほとんどの時間ここで、このように過ごすことを日課としてきた。そうすることが、自分にとりとても快いのである。
 時間を無駄にしてる。ほかにやることないから仕方なく来てる。家にいると気まずいので出かけるふりをしてくる。これからやろうとすることが見つからないか探さない。未来に希望がない、未来がない。
何もしようとしない気力がない。
 いずれも当たらない、がすべて的外れではなく、うんうんそうだな、一部はな、という点は勿論ある。
鉄男の場合どちらかといえば、今までの現役の時の仕事を通して自分の人生の生きざまの基礎ができ、毎日の仕事を通して、男として親としてどう生きるか、どう向き合うか、常に仕事がベースにあった。
 それをもとに、楽しく平和な家族を守ってきた、という自負があり、やはりそれが退職した後でも、彼の毎日を生きると言う事の基本になっているからだ。
 鉄男は現実として、これから平均余命20年余をどう生きてゆくか、特に経済面でどうしようとしているのか。
 大まかに計算してみて、それこそつつましく生活すれば食うには困らないようだ、多少甘く見積もってはいるが。幸い今まで大きな病気やけがはないので、今後あることは頭で予想するものの、現実にならなければなかなか、真剣に対処できないのは凡人の常だ。
 が、なんか少しでも何かに役立ち、そこそこの報酬が得られれば、物心両面で安らかな気持ちで日々を送れるということは明白であるが。彼の心の中にこの考えは常に暖められてはいた。
 で、つい三月まで嘱託をしてて四月から本当の意味で第二の人生に突入したばかりなのだ。
当面は彼の脳裏には今までの、現役中の考えが支配してるはずで、そう大きくこれからの人生指針のかじを切るとは考えにくい。
 当面は過去を見ることで毎日を過ごしてきた。
過去はいい、つかないし予想しなくていい事実の歴史だから。第一未来は期待できないし期待できるほど自分に備えがない。
 目の前の人々は、ほとんど自分より若い人だから、目の前は自分の過去の情景が流れているのだ。
自分の過ごして来た、若いときから今の年齢までの、多様な年代の人々の様は、過去の自分のその時に重ね合わせて。
 すると、そのころの自分が思い出されてきて、あのころは良かった、あの頃は苦しかったと感慨にふける事が出来て。幾多の至福の時である。
 
 高橋美柑は相鉄ジョイナスにいる。友達と会うために来ている。これは口実の一つで、実はまだ高校に入学したばかりの初夏なのに、母親から、やれ将来の進路どうするんだ、やれどこの大学行くんだ、私立なら、いいとこたくさんあるよ。どうするんだね、と聞かれている毎日で。逃げ出してきた。
 四つ上の姉・美葉がいる。今F大学2年生。キャビンアテンダント希望で、バイトはもっぱら羽田空港で地上スタッフとして、経験と実益を兼ねて働いている。接客や英語会話はあとでも大いに役立つはず。
 小さいときから母の肝いりで、姉とともにバレエ教室に通わされていた。姉はもともと人前で話したり演技をすることが好きなようで、短いパ・ド・ドウの演目をいただいた時もよく練習して、先生に「美は葉ちゃん、いつも一生懸命ね。」と、褒められていた。
 横浜芸術文化センターで毎年秋に発表会をしていたのを思い出す。私はステージ中央でパ・ド・ドウを踊るカップルの左右に一列になり、ラインダンスのように沢山のおなじくらいの子たちと、単純な動作を繰り返して踊っていたのも思い出す。
 週に一度、土曜日の午後は、先生のスクールでレッスンがある。友達と外で遊びたい土曜の午後、当時は土曜は午前中、学校があり、午後の休みは貴重だったのに。
 姉は中学受験のため小学校五年でバレエをやめ、私も同じ時期小一年でやめた。私に理由は特になかったが、もういいなと感じて。
 親は良しと思い、早くから準備するようにとの心からだろうで。美柑も良く分ってるつもりだ。有難いのだが、如何せん、しょっちゅうやいや、やいや言われていると、うっとしい梅雨の雨の日のように心が湿りこみ、息さえ詰まる気がして。
 友達と会う約束があったので、これ幸いに出て来た。外の自由気ままに吹いてる風に当たりたいのと、しぼみがちの胸に新鮮な活気のある街の空気を思いっきり吸い込みたくて。
 美柑は結局、中学受験はしなくて、公立中から高校も県立に進んだが、両親から私立中高受験のことは一、二度話があった。行かない、というとその後、その話は消えた。
 高校に入りすぐに、「美柑、進路調査票書いたかな。」母と顔を合わすと問いだされて。第一声がこれで、毎日あいさつ代わりに、いつもこの声に付き合っている。
 まごまごしてると、次々と母の問いの矢がビュンビュン来る。最初のころは遠くに落ちてたその矢も、だんだん距離が縮まり近くにぽつぽつと落ちだす。下手をすると当たりかねない。じっとしてると危ないのだ。
 もうエマージェンシードアーを広く開けて、エスケープするしかない。
 僅かな時だが気分を変えようと、友達と会う為に横浜来た。 
 姉美葉はその後、念願のJ社のインターンシップに参加できて、会社全体で、ほかの仕事も体験させてもらい、前よりも元気なくらいだ。友達は美柑のお姉ちゃんてすごいね、と言ってくれて、そうなのかなあと思うのだが、みんながそう言ってくれるのは嬉しい。
 美柑もお姉ちゃんみたいに頑張んだよう。と一言も言わない両親に、感謝と尊敬の気持ちが心の隅にはある。
 だから高校に入りすぐに進学進学という母親のことは、理解しているつもりだ。そのうえで、でもしかしそうは言っても、高校受験の勉強から解放されて、高校生になって、新しい制服で通学して、新しい友達もでき始めて、やっとのんびり気持ちを整理できるGWを過ごしたばかりなのに、もう3年先の進路なんて。
「じっくり自分を見つめて、将来を決める、親ともよく相談して。」と、太い黒縁眼鏡の奥の細い目が厳しく、何でも見通しているような、担任の中村サヨリ先生が、諭すようにおっしゃったのだが、その割には考える期間が短く、進路調査票の提出期限は、すぐ迫っている。
「美柑、まった?」
中学まで同じクラスで、高校は同じだがクラスが別になった、同級生吉川ささのが、かわいい前髪を気にしながら来た。
「大丈夫、まだまだ時間あるよ。アッッ、さっさー、美容室行ってきたの?かわっいーい。」
「切りすぎかなあ。どお、おでこ出ちゃって、ちょい恥ずかしい。えへへ。」
 ささのは緑園都市に住んでいて。いずみ野線で直で横浜に来れる。
高校受験が済み、新学期が始まる前の春休み中に、緑園の新居に移った。それまで、美柑の家の近くのアパートに住んでいて、小中学共一緒だった。通学は二俣川に出て、本線の希望が丘で降りて、美柑と同じK高校に通う。
 父の話だと、大和市や横浜の瀬谷区で持家を探していた昭和六十年頃には、もう緑園や弥生台の街はあった様な話をしていた。緑園も弥生台も大規模な住宅地需要に応えて開発された、緑豊かな中の閑静な住宅地だ。電車もいずみ野までは先に開通して、その後、湘南台まで伸びたそうだ。
「夏のT-シャツとジーンズ見たいなあ。」 と、ささの。
「そうねえ、私も。一つくらいほしいね。」美柑が応じる。
「じゃあ、ジョイナスの1Fに行こうか。」「うん、うん。」
 海老名と湘南台までとに、横浜から急行、快速に加えて特急が走しっている。
「 あれ、快速だけど、乗ろうか?」
「そうねえ、座れそうだし。美柑は二俣(川)で乗り換えるんだけど、いい?」
「うん、うん。オーケー。」
  長い間駅の改良工事をしている星川駅の、下り線だけ高架線が運用開始されて、眺めがよくなり、新幹線とクロスする西谷駅近くでは、東急東横線乗り入れのための、大掛かりなトンネル工事が行われている。どんどん変貌する、活力ある沿線の風景を垣間見た。

 鉄男は地元横浜で、港湾関係の荷揚げ会社で四十年勤めあげ、三年ほど嘱託として後輩の指導に専念して、今年の年度末で職を辞した。彼の人生で高度成長期の会社の社会貢献は顕著で、そこに働く鉄男たちのモチベ―ションもプライドも大いに高いものがあった。
 決して会社人間と言うのではなく、家族とも休みの日は、月賦(ローンのこと)で買った中古のパブリカ(トヨタの車)で、妻のねね子や一人息子の保男と共に、鎌倉、逗子、葉山へとドライブも楽しんだ。昼はドライブイン(道路沿いの車で行ける昔の大型レストラン)で、お昼にした。
 びっくりしたのは、横浜駅の西口の一等地に、二十八階建のホテルができたこと。西口正面にだ。
横浜ベイシェラトンホテル。子供たちと家内とで、わざわざ見物するために、電車で横浜に行ったくらいで。勿論、ジヒデルゴット泊まれないし、レストランに行くなど論外なのだから、外から見上げるだけなんだけれど。周囲は横浜高島屋やジョイナスビルが八階建て。横浜三越(現ヨドバシマルチメデイア横浜)も同じくらいなので、周囲から抜きんでて高く、凛としてそびえてる。
 結局、ジョイナスの地下でお昼、美味しく頂いて、家内が「中、見て行こう、何か冬のコート欲しいわ、イイものなにかないかしら。子供たちにもね。」と、言いだして、即「今日は見るだけ、見るだけ。」とくぎを刺す始末で。
 でも、我が家の幸せの原風景だからいいか。幸い、自分の冬のコートもここで家族のみんなと同じに買えて。ちょっとサプライズ。ありがとう、まさかのまさかで、家内、サンキュー。
小さな幸せの一時でした。
 港に陸揚げされ品物は、時代とともに変わって行ったが、いつも「世界の人々に役立つ物を送り出し、みんなの為に役立つ物を荷揚げしているという、プライド。」があった。
 会社の持つ大きな社会的使命が自分の身近に感じられて、自分の仕事が本当に人に役立つことをしてるのかと、ある年齢の時、自問して即座に、会社の仕事を通して役立ってと答えることができた。
 世の中では、仕方なく単にお金のために労働を売るというような考えも一部にはあった。幸いなことに、鉄男はこの荷揚げのガントリークレーンで働くことに、毎日大きな意義を感じて働けた。
 それこそ、あっという間に40年過ぎた感がある。体を動かす仕事だったので、今も体は動き健康でいられている。

美柑は漠然とした希望があり。それは絵を描くことだ。
 小さい時、よく父に野毛山動物園に連れていってもらい、トラやゾウをスケッチするのが好きだった。大きい公園になっていて、中央図書館があり、かつては五十メータープールもこの公園にあったのだ。
 絵の好きなのは、その後も変わらず、中学でも絵画部で、それこそ楽しみという程度で描いていた。描いてるときは楽しく心休まる時間だった。夏屋外で写生に向かう時、雄大な入道雲がむくむくと沸き立つと、もうそのままそこで入道雲を書き出すほど、夏の入道雲は最高に好きでした。
 が、毎日の生活時間割で絵を描く時間が全然取れなくなる。
受験の子たちの勉強のスケジュールに、絵を描く時間はない、残念だが。仕方なく、父の一眼レフを借りて中学では夏、入道雲を撮りに出かけたほどだ。
写真だとすぐ見れてとりあえず結果を出せて、精神的に良い。
 勉強は嫌いではないが、高校入ると同時に進学進学で、学校としては生徒に受験競争で後れを取らせないようにとの気持ちで、駆り立てているので、ある意味ありがたいことなのだろう。
 が、物理の面白さ、英会話の通じた時の快感、数Ⅰの問題の解けた時の達成感よりも、そんなことはどうでもよくて、すべてテストの点数で人間の良しあしも決められてしまいそうなところが怖い。
 高校はそういうところなので仕方ない。そういう中で泳ぎ切るしかないのだが。
それが今の私の最良の高校生としてのできること。そして父母の喜びでもある。先生の安心でもある。
 でも美柑は、今でも漠然と絵を描きたいなとおもっている。が現実は無理。勉強して、勉強は嫌いじゃないから、第一志望の大学に進むのだ。
 大学に行ってどうする、何するなんてことは、その時そこで考える。行かなくちゃ始まらないし、行くための準備はこれからできる。大学に行ってから考える為の時間は十分すぎる程ある、四年間も。

 初夏の柔らかな日差しがプラタナスの並木を照らし、その葉陰からこぼれ落ち、歩道脇のベンチにざっくりと座る鉄男の肩に背に、明暗マダラの影を落としている。相変わらず昨日と同じように、鉄男は歩道に面したベンチに腰掛けて、歩道を行き交う人々を見ている。植え込みが広く歩道沿いに作られていて、白いユリの花が今盛りと、咲き誇っている。
 ビルを渡ってくる風もさわやかで、いつもと変わらぬ朝なのだが、座ってみているだけの鉄男の心も軽くしてくれている。
 朝、間もなく十時近く。ラッシュの時間はもう過ぎたと思われるのだが、相変わらず人通りは多い。
今朝も前を通る多くの人たちは足早に歩いてゆく。皆昨日の続ずきを忠実に今日も履行するかのように、サラリーマンもオーエルも学生も、よどむことのない川の流れの一部のように、滑らかに歩道を流れて駅に向かう。
 そして旅行に出かける風の初老の夫婦達だけは、その日常の自然の流れに時々乗れず、立ち止まって周囲の大きな建物を確認しながら、移動スピードが遅くなったりで、よどんだり滞ったりしながらも、それでも駅の方に進んではいる。

 美柑は3年間青春の謳歌をしようと大いに期待して入学した高校で、早くも将来の進路は?、志望大学 は?とせっつかれて、希望に満ちて大きく膨らんだ柔らかなハートが、だいぶダメージを受けてきていて。
 今日はウイークデイだが学校は振替で休み。図書館に行くと家を出たが、まだ早くてオープンしてない。 自分の未来は自分で決めたい。広い選択肢の中から。いつかはどうしたいか決めるが、今全んぶ決めるなんて無理無理。未来と言われるものがあるとしたらそれは、楽しく明るい物にしたい。いろいろやりたいし、何となくできそう、何の確信も根拠もなく言い放てるのは恐れ知らない、これも若さか。いい未来を手に入れるぞ。
 でもゆっくりと考えたい。高校へまだ入いったばかり。今わかる人は今の目標を、まだの人は探し、3年で何とか方向でも見つかった人は、それが可能な大学に進み、そこでまた自分探しをしても遅くはないかな。早ければそれに越したことはない、早く準備できる。でもそうならなくても、自分の中で問いつつ考えて相談して、でいいんじゃない。そうは言っても、先生も熱心に、親もいい意味熱心に心配してくれてるので、今現在での最良の報告はすべきとの認識はある。
 電車降りて、図書館までの道。
街の中初夏の日差し覆うものがない。少し歩いて4,5分。 プラタナスの並木に入ったとこで、今まで交差点を渡ってきた間中の強い初夏の日差しが、急にさえぎられて、まぶしくなく暑くなく、オアシス気分。気持を変えられそうになる。ここまでは今まで。ここからは新しい自分と。
 フーっと一息ついて、歩道を行くおびただしい人の流れを目で追う。その流れに乗り移動してゆく人たちの姿は、美柑の近未来の姿を映していた。
 自分は今何をしたいかはっきりわからないが。前を通りゆく人たちも高校大学で進路を決めて、目的に向かって今を頑張ってる人たちか。全部が全部そうでもなく、違う希望の職種に挑戦して努力して、いまだ叶わずさらに努力してる人。ストレートで希望をかなえられた運の強き人。希望と違うがとりあえず就職した人、様々だろう。
 みんなゴールデンウエイとは思えない。でも未来に進んでいるのは確か。本業はそこそこでご飯食べれるようにして、趣味に生きてる人もいるだろうし。
 本命のために仮の職場で仕事して、いつか本命への夢。夢を実現させて胸を張り、会社や学校へ向かう人もいるだろう。転勤でここに来たので、この街で頑張ろうと言う人も。
 横浜エフ・マリノスは夕べも勝った。頑張れ。ベイスターズも強いぞ、日本一取れるぞ。ラミネス監督。いいぞう。頑張ろう。
いろんな声が聞こえて来ている、みんな未来への明るく力強い一言。
 
 鉄男は、今まで現役で毎日自分の過ごしてきた40年に及ぶ過去の姿を、日々目にする人の流れから、感じている。とても快い。爽快だ。毎日決まった時間までに職場に急ぐ人たち。毎日毎日大変ねという意見の他方で、彼は、いえいえ、結構自分の好きな仕事の会社には入れたので、自分に合ってて仕事を通して貢献できたと思うとこもあり。
 満員電車で長い時間通勤して、大変な人もいるでしょう。望まない職種なのにいろんなことから、その会社で働かなくてはならないことになった人たちもいよう。
 そういう人の毎日はどんあだろうか。生活のためと頑張れればいいし、またチャンスに転職するぞと、フアイトを出して、それに準備されればできれば幸いだ。
 その一人一人の胸の内は不明なれど、表面からの表情しぐさから、自分の過去の、その人の年代の自分に重ねて思い出される、過去。楽しい、快適だ。

 前からお母さんと3歳位の女の子が、ゆっくりと歩いてくる。三、四歩遅れて、お父さんが一歳前の男の子を、カンガルーの親子のように前に向き合わせのベビーキャリーで運んで、片方の手で空のベビーカーを押しながら、ゆっくりとやって来るのが見える。
 お母さんと女の子はしっかりと手をつないでいる。
多くのお母さんは、当然のように片手で、あるいは両手を使いスマホの画面を食いながら、小さい子がいようとお構いなしに、子の安全安心のために、この手を引いて行くのではなくて、探し物に余念がない、町を歩いてても。
 毎日のスマホ上に、おびただし数の最新の情報を得るために、我も子も忘れて、ただただ画面の世界、画面内の彼女にとっての小宇宙に、のめりこみそして埋もれているゆく人が多い中で。
 子と手をつないで、しっかりと歩いているお母さんは、本当に珍しい。とても新鮮に見える。
 背をかがめて、女の子と何やら話して、女の子は繋ないでない方の手を、お母さんの顔の近くまで伸ばして、耳に内緒のお話をしたいようなそぶりだ。
 二人共、時々後ろのお父さんを気にする。お父さんはキャリーの中の子を、女の子に見せるように、やはりかがんで、何か笑って言っているようだ。
 光は強く、この家族をしっかりと照らしている。日の光に照らし出されてこの家族が、いつも見ている街の風景の一風景にとどまらず、楽しそうに歩いてくる姿が際立って見えた。前の大型スクリーンの中に独立して、この家族が歩いている、ようにおもえて。町の様子は単なる壁紙として存在してるだけのようだ。

 前から親子ずれの来るのを見た美柑は、「あーあっ、お母さんとちゃんと、手つないでんだあ。」
 その親子ずれが、自分の未来のある一面を映し出している気がした。
 こんな穏やかな静かな空気に包まれて、ほのぼのとして、優しい時間が流れている、若い家族。
普通の、ごく普通の日常生活のほんの一コマだろうが、その家族の周りには幸せを呼ぶキュウピット達が飛んでいて、笑い声が絶えず、笑顔が絶えないだろうと容易に想像できる。
 十年先くらいには、こんな光景の中にいるのもいいな。単に結婚したいとか、勉強嫌だからお嫁に行こうとかでなくて。勉強して、希望の大学で、希望の職業について、そのうえで自分が伴侶を必要として、いい人と巡り合えたら、今目の前の様な、なんともすがすがしい光景のようになるのもいいな、と強く思った。

 柔らかな光が、プラタナスの葉陰からこぼれ落ちる歩道脇の、ベンチに座る鉄男。
 左の歩道の方から、若い親子ずれがゆっくりと近ずくのが見えた。自分が一番よみがえらせたかった過去の、懐かしく、思い出すたび心地よい、自分の最高の過去の光景が、目の前にある気がした。
 子育ては妻に任せきりだったなあ、とはいえ、家から近い事もあり、よく野毛山動物園に出かけた。自分も子の手を引いて、人気のライオンや、ゾウを見た。
 少し歩くと、もう疲れた、おんぶ、おんぶとせがまれて、仕方ないなあ、と言いながらも、ひょいとおんぶして。そのうち、ずいぶん重くなったなとみると、遊び疲れて寝てしまい。
 親子ずれの光景は、自分の思い出したいそれと、ぴったりと重なり、更に程よく増幅してくれて。過去の大切な時間の中に、簡単に招きこんでくれる。
 それは、何よりも穏やかに流れる空気の中に自分の存在を確認でき、やさしさに包まれたビロードのような時間とともに過ごせたことだ。
目の前の親子ずれの幸せそうな動きの一つ一つが、鉄男に一番いい時の過去の思い出をよみがえらせてくれた。しかもナンバーワンの光景を。

家族ずれは、その楽しそうな空気に包まれたまま、美柑と鉄男の前を、二人は無関係で、たまたまこの一空間にいただけで、今後も何の関係も無いだろうが、この二人にも無通知のまま、幸せのおすそ分けしてくれるように。

著者

ジェイムス・小判(コバーン)