「この街で」匿名希望

約20年ぶりにこの駅に降り立った。結婚して都内に1年住んだ後主人の転勤で福岡に移り8年後離婚して再び都内に戻って友達の伝手で就職した。私はこの駅からバスで15分程行く街で育った。大学卒業すると同時に両親は小田原で美容院を営んでいる私の一回り上の兄夫婦と小田原に家を建て二世帯住宅で双子の孫等と暮らし始めた。実家が無くなった私は就職先に便利な東横線の祐天寺で余儀なく独り暮らしとなった。高校は相鉄線沿線だったので数え切れな
程この駅を利用した。当時は改札を出ると右手に伝言板の黒板があった。
「さすがにないか」
思わず呟いて苦笑いした。携帯もない時代に友達の待ち合わせで幾度となく黒板に書き込みした懐かしい駅。鶴ヶ峰。階段を降りて辺りをぐるりと見渡す。お店だいぶ変わったなぁ。
パン屋さん、花屋さん変わってない。なんだか安心する。駅前から程なく歩くとミスタードーナツが見えた。外観は改装してあるもののここにあることが嬉しくなり一気に青春時代の思い出が蘇る。部活の帰りに友達数人と何時間もお喋りして帰宅が遅くなり母に、
「部活終わってから何処で油うってるのー」
とよく叱られたな。毎日顔合わす友達といったい飽きもせず何を話していたのだろう。とにかく毎日が泣いたり笑ったり話題に事欠かかさない日々をこの鶴ヶ峰で過ごした。
初めてアルバイトをしたのもこの街だった。初老の夫婦で営む小さな喫茶店は古き良き時代を漂わせるピザトーストが絶品の店で地元もファンも多かった。高校時代2年間アルバイトさせてもらったが私が大学3年の時にマスターが倒れてから閉店した。慣れない私に気を遣う優しいご夫婦だった。ナポリタンも焼うどんも美味しくてバイトを辞めてからも何度も通った。決してお洒落な街ではないが、昔ながらの商店やスーパーもあり、病院も困らないし、食べ物屋も大きな街に劣らず美味しく、何より人が温かいこの街
が大好きだった。何本もの立派な桜の木のあった駅近くの工場は桜を残したまま閉鎖されマンションと公園になったと地元の友達に聞いていた。その公園横を通り
色々当時の事を思い浮かべながら、目的の場所近くに来た。
公園過ぎて左手コンビニ左か。居酒屋誉れ、あった。あった。
ガラガラと戸を開けると威勢の良い店員さん達が一斉に
「いらっしゃいませー。何名様ですか」
「待ち合わせで、石田で予約入っていると思います」
「はーい、お連れのお客様お見えでーす。」
何ともキレの良い応対で期待出来た。
「葵―。」
奥の座敷から直子がチョコンと顔を出して手を振った。続くように有美が顔を出した。
お座敷は掘り炬燵式で助かったと思った。
最近膝が痛み出したので有難い。
「お先に有美と二杯目、葵は取りあえずビール?」
「うん、取りあえずビール」
そう言えば初めて居酒屋に行ったのもこの2人だった。直子がお父さんもお母さんも親戚のおじちゃんも居酒屋に入ると
必ず取りあえずビール。って言うから大人の居酒屋流儀はサワーが飲みたくても取りあえずビールでと頼むのがかっこいいと思う。と意味のわからないうんちくを言うので、当時お酒を覚えた頃はまだ梅酒かカルアミルクぐらいしか飲めなかったが、直子の言う居酒屋流儀に従い3人で小さくせーのと声を合わせて
「取りあえずビール3つ」
揃ってさらりと頼んだ後の直子のどうよ。と言わんばかりのドヤ顔を思い出した。
それを封切するかのように、何処に行っても
「取りあえずビール」で始まり時代はバブル真只中だったので、アルバイトの時給も良い上に女子は殆どお財布を出さずに飲み食い出来た。特に女子大生はちやほやされ、都内で飲んで遅くなるとちょい上のお兄様、おじさま達はタクシー代も出してくれる事もしばしばあった。あの頃の写真を見ると皆太眉、ソバージュヘアかワンレン、ボディコン。真っ赤な口紅。今思えば夜のお仕事のお姉さん達が会社に行っているような光景だったのだろう。
「お待たせしました。ビールと卵焼きです。」
目の前に置かれた卵焼きは食べる前から間違いないと思わせるくらいふっくらで熱々の湯気が立ち見入ってしまった。
「さあ。久しぶりの3人の再会に・・」
「乾杯―!」ジョッキをガチンッと合せた。結婚しても地元鶴ヶ峰に住んでいる有美は時々利用している様子でお薦め料理が既にテーブルいっぱい並ばれていた。
「うん。有美に誘われ3回目だけれど、どれも美味しい、このサバも最高」
直子は商社マンと結婚してボストンで2年過ごし日本に帰って来たら都内に住むと言うご主人の意向には耳を傾けず、子供を産んで育てるなら地元でなきゃ嫌だとダダをこね、せめて都心に近い所でと平沼橋駅前のマンションに移り住んだ。当時仲間たちからは直子は美人で惚れて惚れ抜かれた特権だねー。と羨ましがられた。優しいエリート商社マン、ボストン生活、帰国して直ぐに男の子と女の子を授かりまるで絵にかいたような勝ち組生活
を手に入れていた。学生時代からモテモテで
本来女子からは妬み、嫉み、僻みを買いそうだが不思議と直子の事を悪く言う女子は居なかった。天性の明るさとどこか憎めない小悪魔的な魅力は出会ってから30年になろうとしているが変わらない。
「葵さ、離婚して7年になるし仕事もデザイナーとして活躍しているし、独身生活も十分謳歌したでしょ。それにこんないい女一人で居るのはもったいないよ、3年振りだけど全然変わらないし」
直子はそんなくすぐったいような事も真顔でさらりと言う。
「あはは。ありがとう。いい女なんて言われたのは初めてかも」
「ねっ、有美といつも私達話しているよね、世の男どもはわかっちゃない」
久しぶりに照れる気持ちに高揚した。
「んー…いい女も45歳バツ1正直再婚のハードル高いよ」
有美の言葉にハッと現実になる。
悪気はないが昔からちょい毒舌でなお且つ成績もトップクラス。頭が切れる有美の言葉はいつも的をえていた。
「今日は久しぶりだし飲んじゃおうよ。私達の好きな芋焼酎ボトル入れようか」
直子が一瞬曇った空気を修正するかのように
ボトルを入れた。焼酎片手に有美の近所に住む姑の話や他の友達の近況、老眼の話やらと話は尽きない。
有美は医大に行ける程優秀だったが、3年の時に通っていた予備校の中で恋に落ちて初めて出来た彼氏に骨抜きにされ成積がガタ落ちした。サラリーマン家庭で下に弟が二人居た為に国立しか行かせられないと言われ、我に返り彼と別れ数カ月必死に勉強してなんとかランクは下げたものの現役で国立に滑り込めた。あの数カ月の猛勉強で全エネルギーを使い果たしたので、大学では彼氏作って遊ぶぞーと意気揚々入学したら
「ダメ、私馴染めない。皆な地味でつまらない」
そう言って、私立の大学に行ってチャラチャラ楽しそうで羨ましいと私や直子の大学の友達とつるんで遊んだ。
直子が居る所はいつも華やいでいて男たちが寄ってくるので合コンやら、パーティー。おじさま達が所有するクルーザーや別荘にも便乗できた。
「はあー、あの頃、本当に何ンも考えないで毎日楽しかったねー。青春していたよねー」
ボトルが無くなるころには直子の呂律が怪しくなっていた。有美も少し目が据わりかけてきた。
私も顔が赤いのが自分で分かるくらいほろ酔いになってきた。今日は有美のご主人が出張で居ないから泊ってと言われて来たので安心してしまったかな。
「私しゃー、ホテルの清掃腰痛めて辞めて直ぐス―パーのパート決まって良かったって葵に話したじゃな―い」
「うん。話したね。大変なの?」
直子は完全に一人では帰せないレベルに入ってきていた。
有美がつかさず
「ぶちまけてしまいなぁ」
握りしめていた芋焼酎のグラスでゴン
とテーブルを叩いてうな垂れていた頭をバサッとあげた。
「最初はね、皆さん親切に色々教えてくれたり休憩の時もお互いに子供の話をしたり、慣れない仕事で大変だけどいい所でまたパート出来て良かったー。ぎゃんばるぞーって張切っていたの。一週間くらい」
「すみませーん。お水一杯下さい」
私が店員さんに頼んだ。
「魔法の水だ。まあ、グーッと飲んでしまおう。」
有美がそう声をかけると一気に運ばれた水を飲み干した。
直子は高校3年の息子と中学3年になる娘が居る。どちらも優秀でお受験戦争に打ち勝ち名門高校。名門中学に通っている。何もかも順調のように思えたが、4歳上の優しいエリートご主人が4年程前から鬱になり、通院しながらなんとか会社に行っていたようだが、
症状が悪化し見るに見かねた直子が
「パパ、思い切って会社暫く休もうよ。蓄えも多少あるし私も働く。今無理してパパに何かあるほうが私達路頭に迷うし、もしパパ死んだりしたら私は寂しくて生きていけない」
その言葉を機にご主人は半年会社を休み症状も良くなったようで、会社に復帰したが流れの速い商社での復職は想像以上に厳しかったらしい。
結局、ご主人は3カ月後商社を辞めて再就職した。
しかし、給与は半分くらいに減ってしまったので、直子も本格的に勤め先を探したが43歳専業主婦。卒業後就職したゼネコンOL時代の経験を活かせる仕事など全く無く。
経験無でもOKは年齢がNG。年齢は大丈夫でも要免許。
直子は常に若い時からアッシー君や彼氏が途切れなかったので免許の必要性が無いまま結婚した。ボストンに住んで直ぐに
「暇だから免許でも取ろうかと思ったら旦那がよく知らない街で事故でも起こしたら困るって言うから日本に帰ってから免許取る」
と、手紙が来たのを思い出した。
面接2連敗ガクッのラインとスタンプがきた2週間後に受かりました。経験、年齢不問。ホテルの清掃。2日目無事終了―。体きついけれどなんとかやれそう。グッと豚が親指立てるスタンプがきた。
私は都内のデザイン会社に勤め少しずつ大きな仕事を任され3年後主任に昇格した。それから怒涛のように忙しくなりなかなか友人等と密に連絡出来ぬまま月日が過ぎていた。長年続いている高校硬式テニス部の忘年会も
予定していたらクライアントからクレームで
北海道へ。
何らかの緊急事態と重なり3年間仲間と会っていなかった。その度寂しいが独り身で気楽で良かったと思うようにしていた。
子供がいて参観日に急遽地方に母親に何度も行かれたらなんて悲しい思いをさせただろうか。今日はそれだけに二人に会えて嬉しい。
「葵と久しぶりに会えたから楽しい話をしたいのに…ごめん」
右へ左へと体を揺らしながら直子が堰を切る
かのように
「わたひさー、パート先で5人くらい無視されているんだよねー。先月はオープン前にわたひがね―陳列した商品がぐちゃぐちゃになっていて、店長に叱られまた2日後に同じこと」
「何かそんなことされる心当たりあるの?」
と、私が問うと
「ほら、わたひって能天気でしょ、あれこれ理由考えても分からなくて、アッこれはドラマで言う新人への洗礼ね。暫く我慢、我慢よって思っていたのだけどー」
「うん、私ならなんで無視するのですか?」
って聞いちゃうけれどね」
と有美が言う。
「わひもー、そう思っても聞けなくて―ヒッ、ヒッ」
直子は堪えていた気持ちが爆発するかのように肩を上下に震わせ泣き始めた。
「ほら、泣きな、泣きな、辛いよ45歳のイジメデビューは」
向かいの席の有美がサッとハンカチを取り出し渡した。直子はありがとう。と言って受け取るとハンカチで口を覆い声が出ないように
泣き続けた。
正直私はショックで上手く言葉が捜せず、横で背中を擦ることしか出来なかった。何故なら30年近い付き合いで、誰かの失恋、勝てる試合で負けた涙、卒業式、友達の結婚式での涙と直子の涙はたくさん見てきたが、どの時も
直子だけは、ツーと静かに流す涙だった。普段冷静沈着な有美すら泣く時は鼻水ズルズルすする酷い泣き方をするので何回も私とでティッシュを奪いあった。
こんな泣き方をする位だからまだ話してないような陰湿な事もあったのだろう。
ふと有美を見ると唇をギュっと噛んで目に涙を溜めていた。有美もこんな風に泣く直子の姿は初めて見たかもしれない。
ひとしきり泣いた後直子は顔をあげて
「はあーすっきり、今不細工?私」
「うんん、直子は泣いても不細工じゃないよ」と私が言うと少し酔いが涙の勢いで覚めたのか
「昨日ね、パート先で唯一普通に接してくれる30歳の先輩とたまたま二人きりの休憩になったから聞いてみたの。私は何故皆さんに無視され、色々私のミスにされるのでしょう」って。
「うん、それで」
有美が体を乗りだした。
「彼女がね、あーそのことですかと言わんばかりに。淡々とこう言うの」
「岸田さん副店長と仲が良くてお気に入りじゃないですか、それに岸田さん副店長の実家のマンションと同じ所に住んでいますよね。あの平沼橋の高級な・・・おまけに岸田さんアラフォーの割に綺麗だから皆さんの僻みですよ」
話を続けようとする直子に割って入り
有美が
「あら!割にってその子も失礼ね」確かに余計なひと言である。
それから直子の話によると、副店長は29歳独身で働いている大手スーパー社長の甥で将来の社長候補とも言われているらしい。仕事も出来ておまけに爽やかなイケメン、実家はマンション最上階。身長は高くないが高学歴で性格も穏やかで優しい。お客様のファンも多く彼を目当てに、毎日通う方も何人も居るとのこと。
当然パートのお姉さま方からの信頼も厚く副店長が移動になったら辞めると言う方もいるくらい職場のアイドル王子らしい。
直子は何処でも気に入られる。裏表がない性格でいつも笑顔。明るく気が利くから人から嫌われる要素が見当たらない。
私が不思議に思い直子に聞いた。
「彼女の言う通りイジメの原因は副店長に気に入られているから僻み?だけかな。んー」
さっきまで泣いていた直子がクスッと笑って
「それがねー。その後の彼女の話に驚いたのよ」
副店長に気に入られようと皆さん必死で働き
本当は自分があわよくば副店長と親しくなりたいと言うのが本音と思うが、年も離れ過ぎている。それならば、自分たちの年頃の独身娘とお近づきにさせたい。だからやれ、親睦会、食事会、忘年会にかこつけ個人的に色々話すチャンスを狙っている。
そこに4カ月前新人パートさんとして直子が入ってきた。歓迎会が出来るのを心待ちにしていた先輩お姉さま方。
気遣いの副店長はサーっとパートさん達にお酌に回った後直子の席の隣にずっと居たらしい。副店長が赴任されてから3年かけて少しずつお近づきして距離を縮めてきたのに1時間近く新人直子が独占し楽しそうに会話が弾んでいる。先輩お姉さま方は当然面白くない。
直子の話の途中でその光景が目に浮かび一生懸命話す直子には申し訳なかったが、吹き出しそうになった。
王子を射止めたシンデレラを般若の顔のように睨み付ける意地悪なお姉さま達の様子と重なったのだ。
直子が
「なるほど、それは話が弾んだとは言え私も副店長と長々話して皆さんに配慮が無かったですね」
と話して
「言い訳がましいですが、あの時話が盛り上がったのは副店長のご両親と同じマンションに住んでいると言うだけではなく、我が家は蕎麦の美味しい平沼橋田中屋さんに昔は週一で通っていた話をしたら副店長もご家族と今も毎週行くとか、私の息子と副店長が中学、高校も一緒だったとか・・・共通の話が多くてつい。」
そう話すと30歳先輩はため息着くようこう言ったそうだ。
「とにかく岸田さんは一夜で皆さんを敵に回してしまった訳です。正直私もカチンときました。案の定お姉さま方の怒りと妬みをかい翌日から無視されてイジメ始まりましたね。でも私はくだらない無視やイジメは好きでは無いので加担しませんでしたが、私も生活があるので同じようにイジメられて辞めたくないので岸田さんを守ってあげられなくてごめんなさい。仕事上普通に話はしますが仲良く
も出来ません」
直子は
「分かりました。正直にありがとうございます。峰岸さんにはご迷惑かけないようにします」
と言ったら
「最初はお姉さま方が話していたように、岸田さんは高級マンションに住み子育ても落ち着いて時間が出来たから暇つぶしに社会勉強
でもしようかしら感覚だから、少し無視したら辞めるわよって。だけど岸田さん無視もイジメも全然怯まないし、いつもニコニコしているし、良く働くし。岸田さん見ていたらこの人無視の原因も分かっていないし変わった人と思っていました」
休憩時間が終わりに近くなり二人で立ち上ったら
「生意気言ってすみません。私、岸田さん嫌いじゃないです。と言うより岸田さんみたいな方好きです」
有美が
「なんだ、いい奴じゃーん」
直子がつかさず
「でしょー、嬉しくて後ろからギュッーて抱きしめたくなっちゃた」
私と有美はハモるように同時に
「直子らしい」
と言って顔を見合わせ笑った。
「今日泣いたのは、悲しいだけでなく、嬉しい涙も半分」
「イジメの原因は分ったものの、そんな小さい心の陰険な人が多い職場辞めたら?直子ならもっと愛され気持ちよく働けるところあるよ」
有美の意見に私も同意でうなずいた。
「まだ辞めない、初めてのイジメ経験に戸惑ったけれど、私の本質が嫌われる原因で無いのも分かったし、一人でも好きだと思っていてくれたら十分。もう少し頑張れる。」
1時間前の呂律が回らない直子では無く、いつもの直子になっていた。
「お飲物のラストオーダーになりますが」
気が付くと私が店に入り3時間が経っていた。ボトルの中身がまだ少しあったので、これを飲み干して1次会終了しようとなった。1滴残らずそれぞれのグラスに注いで
有美が咳払いを一つした。
「では、皆さまグラスを右手、左手は腰にお願い致します。ミスポジティブ直子さんにエールを贈ると共に私達の明るい前途を祝して乾杯!」
「乾杯―い!」
3人でグラスを合せキッチリ何も残さず店をでた。帰る予定だった直子も有美のお宅に泊まる事になり、自宅に電話して昼前に帰るからとご主人に伝えていた。有美が変わろうか
とジェスチャーしたが手を振ってOKサインを出した。有美が
「夜な夜な遅くまで飲んで朝帰りします。よろしくなんて妻に言われたら普通はいい加減にしろ終電で帰れだよね、浮気も疑うし」
「愛されて嫁に行くのがいいよね」
ポツリと私が言うと二人が私の肩を抱き
「まあ、まあ、本日のスペシャルゲストの話は2次会の我が家でたっぷり聞きましょう」
直子も顔をしかめて
「私の話ばかりしてごめん、ごめん葵には肝心な話もあるのに・・」
コンビニで酒とつまみを買ってタクシー乗り場に来たら金曜の夜だけに10人程並んでいた。空車もなかなか来ないようだし昼間よりすっかり冷えたから待つより歩いてカロリー消費しようとなった。有美の自宅は鶴が峰から20分程歩いた白根町の閑静な住宅街にある。今夜は高校生と大学生の男の子二人の子供も友達の家にそれぞれ泊りに出かけて居ないらしい。彼らが小学生の時に夏休み家族で私の住んでいた福岡に来て会った以来なので成長を見たかっただけに残念。
アラフォー3人が少々千鳥足気味で歩いていると冷たい風がヒューと吹いた。
「ヒヤーさむー。そう言えば昔六本木で遊んで終電なくなってタクシーも捉まらないから行けるとこまで歩こうとかなって3時間くらい歩いたよね。
あれも確かコート着だしたこの頃だったかな」
直子がそう話すと有美が
「あー、思い出した。直子のアッシー君が
車故障して迎えに行けないってなって、でもなんだか皆テンション高くてひたすら歩いたわ」
「8人くらいで遊んでいたのに何故かこの3人で歩いていたね」
と私が話すと直子が笑いながら
「あー、あの時葵は新調したヒールが浮腫んで痛いからもう無理ってヒール脱いでストッキングで歩いていた」
「うん、寒いし、痛いしでもなんかゲラゲラ笑いながら歩いた記憶がある」
そうこう話しているうちに有美の自宅へ着いた。二回目だがきちんと綺麗に片づけられ、お客さんが来るから慌てて片づけましたと言う感じではない。流石共働きの両親の元で家事など任されていた長女だけある。
有美が用意してくれた部屋着に着替えリビングで二次会をスタートさせた。
「酔って12時過ぎて本題も何も無いけれど葵例の物見せて」
直子が言う例の物とは私がデザインした呂敷である。和をモチーフとする小物や扇子、風呂敷等を扱う会社の商品である。絵が好きで一時は美大を目指したが
美大に行く程の力も無いなと途中で悟り進学は無難な私立の文学部に入って一応大手メーカーに就職した。離婚後は友達の紹介で今の会社に就職させてもらった。
「わあ。素敵!ブルーの生地にウサギが映える」
「これも、落ち着いた柄と藤色が良い」
2人は私の作品に目を輝かせて褒めてくれるのが本当に嬉しかった。
「それでね、先日電話で話したように明日パパとこの風呂敷に包む日本酒を佐伯君のところの酒屋に買いに行くはずだったけれど、パパどうしても行けなくなったのよ。有美も行けないから葵日曜休みよね。お願い一緒に付き合って」
「え…休みだけど私も佐伯君に会うの?」
「やだ、佐伯君に会いに行くのじゃなく佐伯君の店で買って葵に綺麗に包んでもらいたいのよ」
「そうよ、直子不器用だからデザインした本人が包むのが一番」
なんだか2人に上手く乗せられた感があるが
私の作品がどんなお酒を包むのか興味もあるし、正直佐伯君にも会って見たかった。
直子から先日電話を受け、ご主人の再就職先の上司が直子のご主人と大学が同じで何かと目をかけて良くしてくれるらしい。上司が所有する御殿場の別荘に家族を招いてくれたから、上司が好きな日本酒を土産として持参したい。珍しいお酒が多い佐伯酒店で買い粋に素敵に風呂敷に包んで渡したいと連絡してきた。
その話の中で佐伯君と名が出た時は、一瞬ドキッとした。佐伯君は私が高校2年間片思いしていた同級生である。
クラスは一緒になった事はないが1年の時に学園祭委員で仲良くなり秘かに想いを寄せていた。素朴で口数は少ないが、仲間がワイワイ談笑するなかいつもニコニコ聞いているような彼だった。学園祭の担当も私と同じで準備に夜遅くまでかかる時は上星川に住む佐伯君の実家酒屋倉庫の片隅を良く使わせてもらった。ご両親やお姉さん2人にも度々会って夕飯も何度かご馳走になった。私も当時は奥手で友達付き合いが告白して振られて壊れたら嫌だなと告白しないまま3年になり、夏休みの補習で学校に向って歩いていたら学校の方から佐伯君と同じ学年の市川さんが歩いてきた。180センチ身長のある佐伯君だと遠方からも直ぐ気が付いたが何せまだまだ開拓される前のいずみ野線沿い田舎道は逃げ隠れ場所や回り道もできなかったので緊張しながら2人とすれ違いバイバイと手を振ったがその後のことは殆ど覚えてない。ただ帰りのいずみ野線の誰も居ない車両で泣いた記憶だけ鮮明に残っている。その後夏前から佐伯君と市川さんが夏前から付き合っていると友達から聞いて私の片思いは告白しないまま閉幕した。
 私達3人の有美宅2次会宴は懐かしいアルバムを見たり、くだらない話でゲラゲラ笑い
4時まで騒いだ。
9時起床3人で浮腫んだ顔と二日酔いに顔合わせて笑った。
再び鶴が峰から電車に乗り、直子は平沼橋で降りるときに
「じゃ明日、上星川改札12時ね。よろしく―」
とニヤリと振り返り胸元で手を振って直子が降りた。直子情報に寄ると佐伯君は未だ独身とのこと。久し振りに高なる気持ちになって
横浜駅に着いたら明日着て行く服を選んでいた。

著者

匿名希望