「すべての始まりは、ここから。」小川秀佳

『次は終点、二俣川駅』
私は、娘の小さな手を引きながらバスを降りる。バスターミナルをあとにしながら、相鉄ライフの五階へ続くエレーベーターに乗った。「おはようございまーす!」
サンハートのロビーでは絵本の読み聞かせのスタッフが笑顔で出迎えて下さる。開始までに時間があったので、ロビー奥の大きな窓から外の様子を眺める。どんどん駅前の工事が進み、鉄骨や白いシートで覆われた無機質な景色が広がっている。読み聞かせの時間になり、ボランティアの方の絵本や紙芝居のお話を聞いたり、「鬼のパンツ」の歌をみんなで歌ったり、娘も私の膝の上で体を揺らして楽しんでいる。
「今日はありがとう!また来てねー。」
スタッフの方に見送られながら、次は四階へと続く鏡張りの階段を二人で下りていく。娘の歩調に合わせて、ゆっくり一段づつ確実に。行政サービスコーナーの図書取次カウンターで、娘のために予約した絵本の貸出手続きを済ませる。
「おうちで食べるお昼ごはん、何が良い?」「パンがいい!甘いのがいいなー。」
階下のパン屋さんに直行し、彼女に好きなものを選ばせる。ガラスケースに手をついて熱心に選んだものを持ち帰り、バスターミナルへ向かう。
 
 学校を終えた私は二俣川駅の改札を出て右に折れ、直結のビルへ向かう。制服の膝上丈のスカートを揺らしながら階段を上がり、五階のサンハートのロビーにたどり着く。今日は、来年の二月に出演するライブのために組むバンドの新メンバーとの顔合わせがある。
「ギターをやってくれるのが、この人。」
中学時代の同級生だという彼を紹介してくれたバンドメンバーは、同じ学校の軽音楽部の仲間だ。彼女は私にとって、ロックを語らせたらこれ以上ないくらいの存在でもある。ギターの彼とは自己紹介し合ったが、どうやら無口なタイプらしい。上手く一緒にやっていけるか内心不安に思いつつ、練習スタジオへ入る。
とにかく、ライブのためのメンバーも揃い始めたしコピーする曲や衣装、バンド名を決めなくてはならない。練習後、スタジオから出てくる頃にはロビーの窓から見える駅ホームの人影もまばらになっていた。駅ビルから続く歩道橋を渡った先にあるマクドナルドへみんなで流れ、必要なバンドスコアのコピーの約束やらを話し合って解散した。私は、候補曲である「BLUE TEARS」「DAYDREAM」「小さな頃から」「LOLITA A-GO-GO」をMDウォークマンで繰り返し聴きながらホームで横浜行きの電車を待った。数か月前、学校の軽音楽部で貸切にして出演させてもらったサンハートホールでの自分たちのライブは余裕のある出来栄えとは程遠かった。しかし同じ高校生とは思えない先輩たちの迫力のあるロックをそこで目の当たりにし、ステージに立つ楽しさに開眼するきっかけとなった。次は初めてのライブハウスでのステージだ。当日まであと半年弱、何とかみんなで形にさせたい。

 駅前のドン・キホーテの看板を横目に見ながら、あの頃からの変化を思う。街の風景、音楽、私。二十年分の時間の厚みを実感する。南口のタワーマンションを含む再開発が完了すれば、ますます街の雰囲気も変わっていくだろう。
子育ての場所にこの土地を選んだのは全くの偶然であったが、やはり何かしらの引力が作用しているように感じる。街の景色が変わっていっても人と人を、人と可能性をつなぐ磁力を持ち続けるだろう。夫はもうギターは弾けないし、私はもう膝下丈のスカートですら履ける体型ではなくなった。しかし、この街で得たものは確実に今の私の原点となっている。生活に寄り添う音楽は、あれだけはまりにはまったロックから「鬼のパンツ」へ変わったけれどここからまた、私と私達の未来が始まっている。

著者

小川秀佳