「ぜいたくな時間」真咲ふみ

 ジョイナスが開く10時少し前。相鉄改札はいつものように混雑しているけれど、地下のジョイナスは別世界。エアポケットのように。人がいない。朝ご飯を食べようにも開いているお店がないこの時間は相鉄口すぐの喫茶店五番街に限る。新しくなっていく横浜の中で取り残されたような佇まい。意外にこぢんまりとした店内も、チェーン店にはない小物が賑やかに置いてあるちょっとしたスペースも、子供の頃からある風景に戻ってきたようだ。
 休日、朝の喫茶店はご褒美だ。少し早く起き、活動を始めた自分に美味しいものを。横浜のカフェはどこも満員で大抵ゆっくりできないけれど、朝の五番街には新聞に目を落とす人、何するでもなくカップと向き合う人。私も携帯電話に目を落とさず店内を眺める。同じく店内でぼんやりする店員さんもゆったりとした時間の中のようだ。
 慌ただしい朝、混雑する昼、疲れて重い夜。どれとも違う余裕のある朝の五番街のコーヒー。横浜駅が目覚める前、忙しない街の隣に身を置ける幸せな時間だ。
 11時。空席を探すお客さんが出始める前に席を立つ。すぐそばの髙島屋はまだ敷居が高い。でもジョイナスの画材屋さんToolsでちょっといいメッセージカードを手に取り、マスキングテープを眺め、結局棚に戻す。ちょっとしたお礼はこのカードがいいかな。このテープでメモを貼ったら温かいかな。日々を少し豊かにできそうな想像ができる楽しい時間。
 相鉄口に戻り、そば屋鈴一を通り過ぎる。暑い日も、寒い日も、どんぶりを抱える人がいる。交番と同じようにいつもそこに。出汁の匂いが気になるけど、今日は暑いしな、今日は寒いしな、今日は買い物しちゃったしな。誰かに見つかるのではとなんだか恥ずかしく、ついつい挑戦できない。カレーハウスリオは挑戦したのに。子供の頃からそこにある鈴一は、いつだって出汁の匂いを漂わせる。でも、横浜にいた駅ビルCialみたいに桜木町に引っ越してしまうかもしれない。増幅し続ける横浜駅に飲み込まれてしまうかもしれない。そうなったらムービルも飲み込まれてしまうのだろうか。小汚い川もコンクリートに覆われてしまうのか。欄干で休むカモメの居場所がなくなってしまうのか。それは少し寂しいけれど、横浜駅にもっと大きい映画館ができたら便利だなとも思う。ムービルに続く橋から振り返ると「キャバレー」とか書いている古めかしい壁。父さんが見て来た横浜が今は残っている。見られるうちに少し前の横浜の景色を私は眺めておこう。綺麗なものだけではない、ふとした光景から時間の交差が垣間見えるこの風景は貴重なんじゃないか。
 ヤマハを通り過ぎる度、ピアノを辞めなければよかったかなぁと思う。休日も当て所なく歩くようなこともなく、ちょっとお洒落なBGMを自分で弾けちゃったら、ひょっとして誰かのリクエストに応えられちゃったら。なんて。日記すら続かないのに続いたかもしれないことを考える。
 みなとみらいに通じる道路をくぐり、十字路まで真っ直ぐ。和菓子屋さん伊勢屋に寄り道。おじいさんの手仕事だろう柏餅をかじりながら思う。このお店もいつまでここにいるのだろうか。そう思いながらこの散歩道を数年通り過ぎている。なくなる時は本当にふっと消えていくのが街角の光景。忘れ去られそうなこの味、私だけは知っている。本当に私だけなんじゃないか。たまに思うけれど、本当かもしれない。毎回誰にも会わないんだもの。繁盛している伊勢屋は想像できないけれど、いつもの柏餅くださいなと、こんにちはを言いにくるお客さんと居合わせてもいいのに。きっとささやかな横浜も好きな人に違いないから。
 平沼橋の水天宮に挨拶をする。電車から見えるしっかりした佇まいが気になって立ち寄って以来平沼橋が身近になった。このまま横浜まで歩いてみたらどうなるかな。試しに歩いてみると意外に近い。こうしていつもの散歩道になった。次の電車がいつくるか、電光掲示板もないこの駅にはびっくりした。いつまでも電車が通り過ぎるのにもびっくりした。でも、電車が中々来ないこの時間も悪くないと思える自分に気が付けた。なんだ、焦って急行に乗らなくてもいいんじゃない。急行に乗ってしまうと見逃してしまうことがある。上星川の駅前の鰻屋花びしのおばちゃんチャーミングだけど鰻丼と一緒に生の心臓を出してくれるびっくりするほど本格的なお店だ。西谷には改札を右側に出るとコンビニすらなくて面食らうけど、やさしいちからのガレットは海外のカフェみたいに可愛らしく、ランチプレートはとても豪華。少しゆっくり過ごしてみると新しいものが見えて来ることを相鉄線は教えてくれる。
 二俣川に帰って来る。グリーングリーンがなくなった辺りから大変身中。バスロータリーは綺麗になって、目の前には大きなマンションがもう完成しそうだけど、私の二俣川は「ああ、免許場の」と横浜では絶大な知名度を誇るのに「それ以外ない」という何も誇れない街だ。「意外にドンキあるよね」と言われる度に、意外に銀座もあると返して来たけれど大体滑る。悪かったね戸越銀座より栄えていませんよ。でも地元名物かつふみのロースかつふみは驚きメニューだし、カフェ温故知新のテラスは崩れそうだし、グリルadayは外観も内装もお洒落でメニューも豊富。目立たないけどいいものがあるのが二俣川。タワーマンションが建って最近栄えてるよねと言われるのは少し違和感がある。おじいちゃんと公園の街のままでいい。私たちは人通り疎らな銀座を歩く。ミスドもマックもサイゼリアもあるこの暮らしやすい街の居心地を知っている。マックにはすっかり行かなくなったけれど、いつか子供ができたらせがまれて行くかもしれない。いつの間にか捨ててしまったマックのおもちゃはあの頃確かに輝いていた。歳をとり、家族ができたらまた風景が変わるのだろうか。少し先の未来を考え、上を見て歩く。サンハートの4階へ。図書館から取り寄せていた本を受け取り、ドンキホーテに続く陸橋をまっすぐ通り抜け、カフェ二階へ。外から見えるお洒落な雰囲気に二俣川らしくないと思いながら、窓側の席が気に入ってしまいよく行くようになった。行き来する人を眺めながら、本を読んで、街を見て。一人の時間を噛み締めると、自分と対話できる。自分しかいない1日は自分に語りかけるしかない。この時間、自分を見つめ、整理する。あんまりに長居すると隣のお店のバンド演奏が聞こえる事もある。SOMEDAYという生演奏のお店だ。そろそろ私もご飯を作ろうか。階段を降り、目の前の情熱食品の特売を見よう。
 栄えてなくてもいい。横浜から急行10分で忙しなさから離れられる、近くてゆったりとした二俣川。でも、本があり、フレッシュベーカリーという昔ながらのパン屋さんがあり、何より忙しない空気がない。そんな、二俣川の時間は少し伸びやかだ。押し流される日常を生きている皆さんは少し時間がゆっくり進む二俣川に住めばいいのに。
 駅の方向にはクレーン達がどこからでも見える。駅を新しくするためにもう随分頑張っている彼らは、夕方はまるで首を休めるキリン達のよう。キリン達が去る頃には伸びやかな時間が少し変わっているかもしれない。今のうちに、この贅沢な時間を味わおう。

著者

真咲ふみ