「まほろばジュースバー」川霧千尋

 その頃私は、大和駅経由で職場に通っていた。大和には相鉄線と小田急線が通っているが、乗り換えは改札を出ずにスムーズにできる。だが行きはともかく帰りは、あえて一度改札を出ることが多かった。
 大学を出たばかりで、職場である学校にも、教員としての仕事の内容自体にも不慣れだった。戸惑いや気苦労が少なからずあったし、思わぬ失敗に落ち込むこともあった。家に帰る前に、一度気分を切り替える必要があったのだ。
 子どもの頃から本が好きなので、大抵、駅ビルの書店の売り場をぐるっと見て回った。何も買わないことがほとんどだったけど、当時思いがけず買った本の中には、今でも時々読み返すものもある。カフェでケーキセットを食べたこともあったし、それどころかイタリアンのレストランに入ってドリアを食べたこともあった(帰宅後、普通に夕飯を食べたはずだ。今となっては考えられない)。臨時に出ていた花屋で、観葉植物を買ったこともあった(今でも元気に青々としている)。駅から適当に歩いていき、昔ながらの商店街の雑貨屋で、マグカップを買ったこともあったっけ(これは割ってしまった)。
 要するに、ちょっとだけストレス解消をして、心のバランスをとっていたのだと思う。
 職場は中高一貫の女子校で、生徒も教職員も、基本的にはおっとりとしていた。先生方も親切で、分からないことを訊けばちゃんと教えてくれたし、さりげなくサポートもしてくれていたと、今なら分かる。
 だが一方で、伝統のある私立の学校なだけに、外から入ってきた「よそ者」への警戒心が強く、「この学校流のやり方」ができない(というより、知らないだけなのだが)私を馬鹿にしたり、それどころか敵視する生徒や教員もいた。
 授業の準備が追い付かず、通勤途中の電車内で教科書とノートを広げたこともあった(行きの相鉄線が下りで、比較的空いていたのはラッキーだった)。そこまでしても、漢字などの間違いを事細かに生徒に指摘され、落ち込んだこともあった(もちろん私が悪いのだが)。
 授業の空き時間や昼休みに、先生たちと話すのは楽しく、かつ勉強になった。担当している生徒の意外な一面を聞いて驚いたこともあったし、生徒を見る上での新たな視点に気づかされたこともあった。
 でも当たり前だが、学生時代の気の置けない友人たちとの、たわいないお喋りとは違う。同期採用の教員は複数いたが、私以外は全員他校での勤務経験があったため、真の意味での「同期」はいなかった。周囲の先生は、すべて目上の存在だったわけだ。敬語を使うこと自体は苦痛ではなかったものの、それでも言葉遣いにはかなり気を付けていたし、話題だって選ぶ必要がある。休み時間といえども「休憩」とは言えず、かえって疲れてしまったこともある。
 ちなみになぜ新卒が私だけだったのかというと、私立の学校では一般的に採用の際、新卒を避ける傾向があるからだ。普通の企業と違い、たとえ一年でも、他校に勤めた経験のある者が歓迎される。私が採用されたのも、決まっていた人が新年度直前に入院したからだった。学校が出した急募の情報にたまたま気づいた私しか、実は応募者はいなかったらしい。学校側も、新卒を避けている余地はなかったのだ。私の方は採用が決まっていたNGOから、人件費削減の都合で採用時期を遅らせてほしい(遅らせるも何も、結局その後音沙汰はなかった)という連絡が卒業式を前にして入り、途方に暮れていたところだった。教員免許をとっておいたことに、感謝したものだ。
 多分、「同期」がいれば違っただろう。当時の授業や生徒指導の上での悩みは、新任特有の、それほど深刻ではないものだった。新任同士で適当に愚痴を言い合っていれば、解消できたような気がする。もちろん周りの先生方に相談すれば良かったわけだし、実際しなかったわけではないが、問題によっては、どう相談すればいいのか、そもそも相談して良いのかが分からなかった。親切な先生方といえども、さすがに口に出していない悩みに答えてくれることはありえない。
 つまり私は、疲れていた。帰り道のちょっとした寄り道では解消しきれない疲れが少しずつ溜まり、だんだん身も心も重くなってきていた。あのままだったら心身に不調をきたしていたかもしれず、ひょっとしたら仕事を休んだり、最悪辞めたりするようなことにもなっていたかもしれない。
 そうならなかったのは、一つの偶然があったからだ。「奇跡」とまで言ったら大げさかもしない。でも、人生の流れを良い方向にもっていくための出会い、あるいは神様がくれた、ちょっとした贈り物だったのだろう。
 その日も何となく元気の出ないまま、職場に向かう途中だった。大和で相鉄線を降りて小田急線に向かう人ごみの中、背後からある会話が聞こえてきたのだ。
「ねーねー、果物屋さんの外側にさ、ジュースバーが出来たの知ってる?」
「知らなーい」
 女子高生同士の会話だった。最初に話し始めた彼女は、友人の気のない反応にめげることなく続けた。
「すっごく美味しいんだってば。まだメロンとイチゴしか飲んでないけど、メロンがめっちゃ美味しかった」
「私、メロンって苦手。何かメロンってさ、喉がえぐえぐしない?」
「何それ? 他にもオレンジとかバナナとか、いろいろあるし。今日、帰りに寄ろうよ」
「えー、カフェでケーキとかの方が良いな」
 あのジュースバーのことだ、とぴんときた。大和駅の駅ビルで、何か工事をしているなと思っていたところ、数日前にオープンしたのだ。例のごとく帰りにうろうろしていた時に見つけ、気になってはいた。でも立ち飲みでジュースを飲むだけでは息抜きにならない気がして、まだ試していなかった。
(そんなに美味しいなら、帰りに飲んでみようかな)
 そう思うと、足取りが軽くなった。どんなにささやかでも、ニンジンがぶら下がっていればがんばれる。我ながら単純だ。
 その日は授業が、どのクラスでも割とうまくいった。今から思えば、当たり前だ。こちらの気分が乗らず、淡々とやるべき単元の話をするだけでは、生徒が興味を持って授業を聴くはずがない。その結果内職をしている生徒や寝ている生徒が増え、こちらが苛立つことになる。逆に少々つまらない項目をやっていたとしても、こちらが楽しそうにやっていれば、生徒の顔は自然と上がり、こちらも気分よく授業ができるものだ。悪循環にしてしまうのも、良い相乗効果を生み出すのも、教員次第。そんな簡単なことさえ、当時は分かっていなかった。
「大和は国のまほろば、たたなづく青垣、山ごもれる大和しうるわし」
 読み上げつつ、板書する。
「これから細かく文法的に見ていきますが、まずざっと意味を言うと、大和は国の中で一番素晴らしいところである。何重にも重なった青い垣根のような山々に囲まれた大和は、本当にうるわしい、という感じ」
 全体的にあまり興味はなさそうだけど、仕方ない。古文大好きという生徒の方が、珍しいだろう。
「もちろんここでの『大和』は奈良盆地周辺のことで、神奈川の大和市のことではありません。まぁ、たたなづく青垣とまではいえないけど、西に丹沢山地は見えるけどね」
 なーに言ってんだか、という顔が目立つものの、数名ニヤッとした生徒もいた。まぁこんなものだろう。我ながらそれほど面白くないと思っていても、反応ゼロだと、滑った芸人のような気分になる。
「それはともかくこの歌には、不思議なことに作者が二人います。一般的には、ヤマトタケルノミコトが、死ぬ前に故郷を懐かしんで詠んだという、『古事記』の説がとられています。でも『日本書紀』では、ヤマトタケルノミコトのお父さんにあたる景行天皇が、日向の国で、やはり大和を懐かしんで詠んだとされているの」
「日向の国ってどこですか?」
 お、珍しい。いつもはまず授業中に質問は出ず、せいぜい授業後にこっそり訊きにくるだけなのに。生徒たちは授業中に目立つことを恐れがちだ。教員のミスは容赦なく指摘しても、授業に関係する質問はあまり出ない。クラスメイトから、「良い子ぶって」などと反感を持たれるのが嫌なのだ。授業のテンポを良くしてくれるような、こういう質問は大歓迎なのに。
「今でいう、宮崎県から鹿児島県の辺りと思ってください。ちなみにヤマトタケルと景行天皇の親子関係は、良くありませんでした。景行天皇は息子の有能さを疎ましく思い、遠ざけていたの。普通なら、息子の出来が良かったら喜ぶはずなのにね。自分が天皇の座から追われると思っていたのかな。ヤマトタケルは天皇家に従わない者を討伐する名目で、次から次へと遠征に行かされ、ろくに大和にいられなかった。挙句の果てに遠征から帰る途中、死んでしまうの。この歌は、死を前にして詠んだものの一つ」
「うわ、何か可哀そう」
 一人の生徒が顔をしかめた。いつもつまらなそうな顔で窓の外を見ていることが多いのに、今日はしっかり聴いているようだ。頷いている生徒も何人かいる。彼女たち自身が親子関係が微妙なお年頃なだけに、身につまされるのかもしれない。
 どのクラスの授業もそんな感じで、いつもに比べ生徒とのコミュニケーションがとれた。放課後もいつもほど疲れておらず、ある意味「寄り道」も必要ない気もしたが、せっかくなのでジュースバーに寄ってみた。
「オレンジジュースお願いします」
 女子高生お勧めのメロンも気になったが、まずは無難にいこうと思ったのだ。
「はい」
 気持ちの良い返事と共に、店員がその場でジューサーでオレンジを絞ってくれる。オレンジと白のストライプの、レトロな感じの紙コップに注いで出来上がりだ。
「お待たせしました」
 代金を払い、一口飲んで驚いた。一般的なジュースバーよりお手頃な値段に、正直あまり期待できないかと思ったのだが、他のジュースバーのものとは新鮮さが違う。果物屋に併設されているからだろうか。オレンジそのものを飲んでいる(国語の教員にあるまじき変な表現だが)ような自然な甘みと酸味は、一日喋って少々痛くなった喉にも優しい。体が潤うだけではなく、心にもビタミンCが補充される感じだ。
「ごちそうさま。美味しかったです」
 海外とは違い日本の飲食店では、あまりお客さんが出がけに店員さんに挨拶している姿を見かけない。かくいう私も、あまりしてこなかった。だがこの時は、自然に声が出た。店員の女の子も嬉しそうだった。
「ありがとうございます。またお越しください」
 あれから何度、あの店に行っただろう。イチゴやバナナ、リンゴなどの定番だけではなく、キウイや柿など、他の店であまり見ないものも試してみた(女子高生お勧めのメロンは、もちろん美味しかった!)。どれを飲んでも、自分の表情と心が柔らかくなるのが分かる。
 そしてそれは、どうやら私だけではないらしい。他のお客さんと居合わせると、ほとんどの人が、飲みおわる頃には幸せそうな表情になるのだ。去り際に、「美味しかった」「ありがとう」「また来ます」などと店員に声をかけている姿も、よく見かけた。
 大和駅のジュースバーは、国のまほろば。この国で一番素晴らしいところ。……さすがにそれは大袈裟だし、店員さんもびっくりしてしまうことだろう。でも飲む人の気持ちを和らげ、日々の人生や仕事に、もう一度向き合う力をくれるジュースを提供してくれたあの店は、少なくとも当時の私にとっては「まほろば」に近い場所だった。そして、一杯のジュースにも心をこめ、気を抜かない姿勢は、私自身の仕事への態度を見直すきっかけとなった。
 今は勤務校が変わってしまったため、大和駅はしばらく訪れていない。もちろんジュースバーもご無沙汰だ。いつかまた、訪れる機会があるだろう。その時は、何のジュースを飲もうかな。

著者

川霧千尋