「ゆめが丘駅」北原侑奈

「さっちゃん、明日から横浜で二ヶ月研修なんだってな。すんごい人ばっかりだから、気をつけ」
 移動中の車内で同じクラスの親友、優子の言葉を思い出す度、私は落ち込んだ。
 私は理学療法士を目指す為、地元の学校に通っていた。今は研修期間となり、クラスの友達も皆、全国各地に飛び研修する事になっている。先日、私の実習先は横浜の介護老人保健施設と告げられた。「よこはま」とインターネットで検索すると、煌々と光る都会の画像が映し出された。そんな画像に私は圧倒され、更に不安が募っていた。
「怖い人多いんかな。初めての大都会やから楽しまんと」
 目的地が近くなるにつれ、握りしめた手は強くなっていく。じっとりと汗が滲んでも、体は頑なに手を開くのを拒んでいた。
 目的地は「ゆめが丘駅」だった。横浜駅から二俣川駅で乗り換え、六つ目の駅だ。さあいよいよ「ゆめが丘駅」に到着だ。
「あー、ゆめが丘に着いた。これはドーム型の屋根っていうのかな。さすが近未来風」
 独り言を呟きながら、新品のキャリバックを蛇行させながら引いていく。初めて降り立つ大都会。
「あれ?すごい緑多い?畑も多い?」
 私はゆめが丘駅の周辺をキョロキョロとしながら歩いた。畑を抜けると和泉川親水広場
に辿り着いた。川沿いは遊歩道が整備されている。スーツ姿の私を通り抜けるようにして風が吹き、木々は風に合わせてキラキラと光った。川には鯉が生息している。
「これじゃ地元と変わらないー」
 私はしゃがみながら川面をタップする。僅かに川面も私の心もゆらゆらと揺らいでいく。
「全然鯉来ないー。ウチの地元の方が鯉来るでー」
 知らずに私の声も大きくなった。ランニング姿の男性と一瞬目が合うが、息を切らしながら男性は走り去っていった。
 私は研修先に辿り着いた。研修先の先生が施設を案内してくれた。窓から見える風景は学校と緑、そして青い空が広がっている。
「今日から二ヶ月間よろしくね、みんなにも挨拶しなきゃね」
 研修先の先生は、施設の利用者を集めて呼びかけてくれた。
「今日から二ヶ月研修に来た、田中幸子さんです。みなさん横浜の事教えてあげてくださいね」
「田中幸子です。よろしくお願いします」
 私はできる限り大きな声で挨拶をしたが、少し声が上ずっているのが自分でも分かった。
「おー、田舎っぽいのが来たな」
 Tシャツ姿の利用者が笑いながら言った。なぜかここではTシャツ姿の利用者が多かった。タオルを首に巻いている利用者もいた。私の口元は少し緩み、少し笑顔を作ることができた。
 次の日、私の研修が本格的に始まった。朝から、一軒一軒車で利用者を送迎するところから一日が始まる。昨日降り立ったゆめが丘駅を車で通過した。つい昨日の事なのに、なんだかずっと遠い事の様に感じられた。やはりゆめが丘駅の周辺は畑が多い。そして緑に囲まれていた。そんな時、利用者の一人はキュウリを片手に車に乗ってきた。
「これ昨日ウチで採れたんだよ」
「だったら今度ウチのトマト持ってきます」
 すでに車に乗っていたもう一人の利用者が慣れた口調で話している。履いている靴には土が付いている。この車内ではこれが当たり前なのだろう。
「この学校の裏には果樹も多いんだぞ」
 別の利用者が指を差しながら、私に教えてくれた。なんでも梨、柿、梅と果樹生産農家も増えているらしい。実際に車で通ってみると、迫力のある果樹が広がっていた。
「地元でもよく見るのに、なんだか新鮮」
 私は驚きを隠せなかった。
「あのおじさん果樹とか畑とかやるから、仲良くしたらもらえるかもしれないよ」
 独り言のようにしか話せない私に、利用者が話すきっかけを与えてくれた。
 そうして二ヶ月間の研修がスタートし、利用者がゆめが丘駅周辺の魅力を教えてくれた。
私も利用者と話す事が出来るようになり、たくさんの野菜ももらう事ができた。ゆめが丘駅で最初に寄った、和泉川親水広場では竹で竿を使って楽しむ方法があるがある事も教えてくれた。
 私は二ヶ月間の研修が終えようとしている。
私は優子にメールで連絡を入れた。
「横浜はやっぱりすんごい人がたくさんいた。
写真送るから見てー」
 両手にキュウリを持った私。キュウリが見えないくらいに、私と利用者の笑顔が写真いっぱいに広がった。そしてもう一枚は和泉川親水広場の写真。そこに写っているのは石を飛ばしている子供姿と、利用者が作ってくれた竿を池に垂らしている私の姿。
「え?本当?すんごい。さっちゃん溶け込んでるやん」
 優子から返信されたピースサインのスタンプ。私は笑顔で最終日を迎えようとしていた。

著者

北原侑奈