「ウエストバレー 西谷」丘 はるみ

横浜から海老名へと伸びる沿線の七つ目、小さな駅の改札を抜け十六号沿いに少し歩く。急勾配の階段を登り切り
ゆっくりと振り返るとここが横浜?  誰もがそう思うに違いない、そこは別世界だ。緑の回廊とも言える小高い丘が連なり、その丘を突っ切るように十六号が走り新幹線と交わる。 そしてはるか前方に丹沢、箱根連山を従えた富士山が現れる。
和哉はこの懐かしい景色を目のあたりにし、12年前の自分に出会った。

和哉が生まれた土地は、沿線の中でもとびっきり田舎っぽい、しかし言葉を変えて言えば素晴らしく自然に恵まれた地域だった。
物心ついた頃は、片手に捕虫網、片手に虫かごを持ち、父親の耕す畑で日がな一日虫を追いかけて過ごしていた。和哉の家は5人家族だ。
父は代々続く農家の跡取りで昔気質のおっとりした、しかしながら頑固者だ。町の長老として万事を取り仕切るじいちゃん、絵の上手い姉、そして家族の真ん中に働き者の母がいる。
機械化されたとはいえ、農家の朝は早い。朝もやとともに畑に出、その日の段取りをこなす。傍らで夢中になって遊ぶ和哉の姿は、まるで小さな動物のようで、うっかりすると自分の仕事がおろそかになるのであった。
 和哉は遊びの天才だった。正月の杉山神社の獅子舞に始まり、春はつくし。初夏には陣ケ下のホタル狩り。夏は虫取りに魚釣り。秋
は栗拾いに芋ほり。そして静かに冬の訪れを待つ。 小学生も高学年になると、たいていの少年は虫捕りから卒業するのだが和哉だけは違っていた。キャッチボールの時も近くの帷子川に遠征する時も、和哉の傍らには必ず虫かごと捕虫網があった。真っ暗になって、家に戻る時、和哉と一連の遊び仲間には大事な儀式が待っている。急階段と坂道からなる神社へ群れをなして駆け上がり、一斉に駆け降りる。
「こら、お前たち危ないからやめろ!」近所のおっさんや町内会のおばちゃんが何度注意しても、チビッ子ギャング団の耳には入らない。誰かがちょっと犠牲になってもこの儀式は止むことがなかった。
丘に囲まれたこの小さな里山が和哉の世界の全てであった。

 「和哉、お前何のクラブに入るの?」中学になった和哉に姉の香織が訊ねた。
「陸上部。」真っすぐに伸びた100メートルコース。テニスや野球などには目もくれずただひたすら走る陸上競技。
しかしそこで和哉は生まれて初めて挫折を味わうことになった。
 和哉が入学した中学は、神奈川でも有数の進学校で回りのクラスメートは、医者、弁護士、一流企業の息子たち。いわゆるエリート集団の御曹司達だったのだ。担任による自己紹介の後、各自が自分の志望動機と出身地を発表する。いよいよ和哉の番だ。
「井上和也です。この学校の広い校庭で思いっきり走りたくて入学しました。」どっと笑い声が起こった。なぜなら彼等のほとんどの
志望動機は東大入学だからだ。
「井上君、最寄り駅はどこですか。」
「え~と、相鉄のウ、ウエストバレーです。」和哉は咄嗟にそう答えていた。そんな所あったっけ?相鉄ってどこ?
あちこちから、ざわめきが広がった.何代も続くとは言え父が農家であること、相鉄があまりに知られていないことが
頭をかすめ、そう言ってしまったのだが、和哉の胸に言いようのない後悔が広がっていった。俺の生まれた所は横浜の片田舎だ。でも、
父さんを誰よりも尊敬しているし何より俺は西谷が大好きだ。
 この学校には県下の秀才が集まってくる。小学校の低学年から塾に通い勉強のA からZまで知り尽くした秀才と、たまたま
出た入試問題が昆虫と植物だったため合格できた和哉とでは大きな差が広がっていった。勉強しても勉強しても和哉の成績は生物と
美術以外は赤点すれすれの低空飛行で、完全に落ちこぼれ組のひとりとなった。
「オイ、和哉。今日も走るか。」 「オウ。」
男子校での放課後は華やかな共学校と違い、ただ部活だけが自分を発散できる場所だった。
走る、はしる。ただ走る。風を切ってただ走る。そしてくたくたになって、列車に身を置く。

 やがて、進路を決める時期がやってきた。和哉は迷っていた。幼い時からいつもそばにいた、昆虫、生物、小動物の研究を
目指したいのだが、何しろ自分は農家の長男だ。今朝も和哉が家を出る時、父親はすでに畑での作業に入っていた。しかも両親は当然和哉が農家を継ぐものと思っているようだ。小さなアパートを持っているとはいえ、決して生活は楽ではないことを和哉は知っている。
いつ言い出そうか、どうやって説得しようか。こんな時、いつも助っ人になってくれるのが姉の香織だ。横国を出、今は近くの高校で美術を教えている。
「和哉、志望校決めたの。」
「俺、本当は北大の獣医学科に行きたいんだけど、親父は農学部へ行くものと思っとる。」
「自分の好きな学部へ行けばいいじゃん。姉ちゃんも応援するよ。でも、今のあんたの成績じゃ月へ行くより難しいね。
アッハッハッハ。」
「チクショウ、今に見ておれ。」
その日から和哉の生活は一変した。陸上に打ち込んでいるのは今でも変わらないが、帰宅後ひと眠りした後、必死に受験勉強に
没頭した。そんな和哉の変わりようを父親もしぶしぶ認めざるを得なかった。

さて、一年目のトライはあっさり完敗。初めて降り立った札幌の町は想像以上に寒く冷たく、文字通り手も足も出ず、当然頭も働かなかった。

浪人時代は定石通り予備校に通った。もうウエストバレー出身と自己紹介する必要もなく、講義を聞き、周りのお坊ちゃんたちに気兼ねすることもなく勉強に没頭した。数学ってこんなに面白かったんだ。幼い時虫に夢中になった情熱を今は思う存分解法に傾けていた。
勉強に疲れると帷子川沿いにひたすら走った。幼いころ、清流だった川は今は水が濁り、とても足を浸すこともできない。それでも大きな鯉が悠然と泳ぎ、鴨の親子が楽しげに横切っていく。運が良ければ瑠璃色のカワセミが飛びたつのを見る事もできた。川沿いの景色の中、和哉は走る。はしる、走る。解き放たれた鹿のように。仕上げは階段の上のあの丘だ。
 特に冬の日の夕方、ここから見る景色は息をのむほど美しい。西の空に陽が沈むと、あたり一面は茜色に染まり、やがて丹沢と富士山のシルエットがくっきりと紅の中に浮かび上がる。そして、静かに紺色のとばりが降り、夜の気配が全てを包み込んでいく。幼い時はこの美しさに全く気付かず、ただ騒いで駆け上がり駆け降りていた。
「ホウ。」と一息つき和哉はゆっくりと階段を下りて行った。
 
 三度目の挑戦でようやく和哉は自分の夢への切符を手にした。しかし、入学祝いの席で父親の発した言葉は予想以上に厳しいものだった。
「和哉、よく頑張ったな。まずはおめでとう。でも、親の反対を押し切って獣医学科に進むんだから、一人前になるまでこの家の敷居はまたぐな。そのかわり、必要最小限の仕送りはしてやろう。」
北大での生活は忙しく厳しかった。講義、実験、実習で明け暮れ、気が付くともう三年の秋になっていた。和哉は一度も横浜に帰っていない。
その間、母親とは連絡を取っていたが父親とは疎遠のままだ。少ない仕送りをやり繰りするため、食事は二食。暖房は極力つけず、学校で暖をとる。擦り切れたジーンズの上に白衣を羽織れば心は未来へと動き出した。和哉は少年からたくましい青年へと成長していた。

 そんなある日、ゼミでの実習を終え、夕陽に彩られた構内を家路へと自転車を走らせていると、
「は~い。何て美しい景色なの!。」と突然声をかけられた。
葉を落としたプラタナスの下の化粧っ気のないショートヘアの留学生。
真っ直ぐに見つめる眼差しは素朴で暖かい。その日から、二人は構内の片隅で互いの夢を語りあうようになった。
アナはドイツからの留学生で農学部の学生だった。ドイツでの実験農場の成果を北大でも試したく、この年の九月から移って来ていた。それは和哉の志望動機ととてもよく似ていた。 浪人だった時、ふるさとの横浜では幼い頃よく見た小動物、親子連れの狸や雉のつがい、夏の訪れを告げる鴬の声、そして数えきれないほどの昆虫が次第に姿を消し、気が付くと開発の足音があの小さな里山にも迫って来ていた。
タワーマンションが立ち並び、和哉の父親にも数社から土地を売らないかという打診があったようだ。しかし、どんな大金を積まれても、和哉の父親は土地を手放そうとはしなかった。広い畑のほんの一部を売れば、和哉の学費など何のことはなかったのに、当時の和哉はそんな父親を恨んでいた。今ようやく和哉は父親を理解することができるようになっていた。奇跡的に残されたあの豊かな自然をそのままの形で次の世代に残していきたい。父親とやり方は違うが小動物を守る立場から、獣医を目指したのだった。

 和哉が札幌の寒さに根を上げるとアナは笑いながらこう答える。
「和哉、ドイツの寒さはこの比じゃないよ。冬を楽しまなきゃ。」
この強さ、この明るさ。初めてアナと一夜を共にした時、和哉はアナの中に自分の母親と同じものを感じた。
この娘と一緒に生きて行こう。何がなんでも獣医師の免許をとり横浜へ帰るのだ。

 「カズヤ、どこにいるの?」
アナの大きな声が自分を呼んでいる。
「ここだ。」
今日は晴れてアナを堅物の父親に会わせる日だ。さて親父はどんな反応をするだろう。
二人は昨年アナの故郷のドイツで結婚式をあげていた。しかしそこに和哉の父親の
姿はなかった。
今、アナのお腹のなかには新しい命が芽生えている。この丘の下にも都心へとつなぐ新しい路線が
造られている。二人は満面の笑みを浮かべて、階段を下りる。夕陽に包まれたウエストバレーは二人の
ふるさととなった。

          完

著者

丘 はるみ