「シュウマイノセイ」匿名希望

 アイラブ横浜
 哀愁漂う
 相鉄ロード五番街

 齢(よわい)十七の俺にも昔があるわけで、人生ベストワンのラーメンは、昔、祖父と一緒に食べた屋台のラーメンだった。
 横浜駅相鉄線出口正面の繁華街、これを我が家では相鉄ロードと呼んでいる。そこを曲がった川沿いに並んでいた屋台の一軒。汁(つゆ)に電灯がきらきら反射して、ツルっとした麺は、当時インスタントしか食したことのない俺にとって衝撃だった。夜、繁華街、人混み、そんなものがプラスされたラーメンは正に大人の味。
 幸川沿いの屋台は既にない。ラーメンは幻の味となり、横浜は少しずつ美しく上書きされていく。
 横浜駅にほど近い高校は古い。それでも二年も通学すれば校舎のヒビにも壁のシミにもすっかり慣れ親しむ。小さな丘の上の校舎、三階からの眺めは愛を語れる程度に夜景が綺麗だ。語ったことないけどさ。
「宗哲だったら、どうする?」
 青空を従えるランドマークタワーを見ながら根岸が溜息を吐く。
「向こうから言われるまでなんもしない。けど、覚悟だけしとく」
 恋愛相談に答えながら、なぜ五人もとつき合ったことのあるコイツが、彼女いない歴=年齢の俺に聞くのか心の中で首をかしげる。
「チカ、ぜってぇ好きな男できた」
「確定じゃねぇじゃん」
「あぁ、もう、別れっかな」
 そんなに好きじゃなかったのに告られたからってつき合い始めたのを知っている。それでも上手くいかないときは色々悩むらしい。
 根岸によれば、彼女であるチカちゃんは横浜駅を通るたび、なにかを探すようにきょろきょろと辺りを見回すという。心ここにあらずと言った面持ちで会話も成り立たないと。
「でさ、電車ちげぇから改札で分かれるじゃん。そうすっと、スマホでなんかやってんだよ」
 その行為は改札口で分かれた後に別の人と会う連絡をしていると推測できてしまう。
「別れたくないわけ? だってさ、根岸なら即行次の彼女できっじゃん?」
 光の速さだと思う。
「うぃぃっす。俺もそう思う」
 そこは否定しろよ。
「じゃ、ほっとけよ」
「プライドの問題」
 はぁぁ。全校の女子に言ってやりたい。モテる男なんてこんなもん。もし、俺に女の子が告ったら、すっげぇ大事にするし、たぶん昼も夜も授業中なんて特に、彼女のことで頭いっぱいってくらい夢中になるし、プライドなんてかなぐり捨てて好きになるのに。ま、女ってのはシビアで、そんなダサい男に見向きもしないんだよな。
 根岸は、チカちゃんからのアクションを待つことにしたらしい。
 放課後のサッカー部では、ブラジル体操をしながら、小田が号令に紛れてぬかした。
「マネージャー、俺のこと見てんじゃね?」
 ミス高校候補のマネージャーは、美脚をジャージに包んで確かにこっちを見ている。嘘だろ。マネージャーってのは、キャプテンかエースとつき合う生き物だ。小田はその他大勢。一介のセンターバックに過ぎない俺が言うのもなんなので、小田の幸せそうな顔に生暖かい視線を送っておいた。
 美人マネージャーのいずみは、中学の時に同じ塾だった。その頃のいずみは真っ黒に日焼けしてショートカットで、男にしか見えなかった。中三の受験シーズンに日焼けが冷め、髪が伸び、進化。同じ志望校だったからときどき話したっけ。
「いずみって、すっげぇ足速そう」
「速いよ。陸上部だったもん」
「いかにも。高校でも陸上部入んの?」
「もうね、膝がダメんなっちゃって。だから走んない部に入る」
「そっか。なんか、ごめん」
「謝ることないじゃん。すっごい記録持ってるわけじゃないもん」
「でも。走るの好きなんだろ?」
 ほぼ野郎友達との会話と同じ。あの頃の俺に先見の明があれば、もう少し気の利いた話題もあっただろうに。まだ日焼けが冷めていないいずみは、白い歯を見せて笑っていた。
 同じ相鉄線を使ういずみを横浜駅西口辺りで見かけた。遠くからでも姿勢のいい長身とスレンダーなシルエットは雑踏の中から浮かび上がる。いずみは、何かを探しているのか、きょろきょろと辺りを見回していた。
 
 至極の横浜
 したたか商売
 カジノ誘致はちょい不安

 どのクラスにもS席がある。遅刻しても、足元にある風通し用の引き戸からいつの間にか入れる廊下側の席、可愛い女の子の隣、窓側の後部。
 俺は、運よく手に入れた一番後ろのS席で寛ぐ。ここからは早弁代わりのカロリーメイト食いも授業中のスマホも一目瞭然。
 生物の授業だった。センター試験を物理・化学で受験する者が多いからか、大半の者はこの授業を心の休息時間に充てている。教師がアデノシン三リン酸の説明をしているとき、茶髪の女子がポケットからスマホを取り出した。そんなのはいつもの光景。
 が、もう一人、ポニーテールの女子もスマホを机の中から膝の上に出した。そして連鎖的にあっちの女子もこっちの女子もスマホの画面を見始めたのだ。それだけに留まらず、教師が黒板に文字を書いている時、ちらちらと女子同士で目配せし合う。中にはこっそりと親指を立てる者まで。
 何?
 流石にクラスの約半分の女子がこれをすれば、S席以外の者も気づくわけで。
「なんか変じゃね? 女子」
 その日を皮切りに不思議な噂が学校で拡散された。正確には男子の間に。
『限定メンバーの女子の間で闇取引がされている』
 忘れそうになるが、横浜といえば刑事ドラマの舞台。危険なイメージは拭い去れない。。
 教室に雨の匂いが充満している日、妙なことがあった。廊下でA4サイズの用紙を各クラスに配布しているらしき女子二名。
 俺は配布現場の横を通るとき呼び止められ、
「宗哲君って身長いくつ」と訊かれた。
「一七九」
 すると、どこからかいずみが現れて、俺と二人の間に立ちはだかった。配布していた女子二人がジロジロと舐めるように見ながら俺の周りを一周。それに合わせて、立ちはだかるいずみも俺と二人の間を一周。
「かも」
「違うから」
「どいてよ、いずみさん」
「違うって言ってるじゃん」
 俺を無視してA4サイズの用紙を見ながらこそこそと密談。まだ何かを疑うようなそぶりを見せつつ二人が首をかしげながら去っていく。
「ちっ」
 ん? 何か聞こえたような。
 信じたくはないが、ミス高校候補のいずみが舌打ちをしたとしか思えない。いったいあのA4サイズの用紙に何が書かれていたというのか。
 その日も根岸は雨に煙るランドマークタワーの方を眺めながら黄昏ていた。俺が女子の様子がおかしいことを話しても、溜息ばかり。
「チカ、なんも言ってこねぇ」
「そんな経ってねぇじゃん」
「なんか、俺の方がチカのこと好きみてぇじゃん。ダサっ」
 どっちの方が好きなのかって重要なんだろうか。彼女がいるだけでいいじゃん。その、自分の方が好きだったらダサいってどうゆう価値観? リア充って理解不可能。
 そして根岸はポケットからピンクのハートでデコられたスマホケースを取り出した。
「おい、それはアウトだろ」
 恐らくはチカちゃんのスマホ。
「うっせぇな。昨日家に来て忘れてっただけだって」
 嘘臭い。俺の訝しげな視線を逸らすように、根岸はスマホの画面に視線を落とした。ログインしていない状態の画面にはLINEのメッセージが表示されている。
「やめとけ」
「見たんじゃなくて見えた」
「同じだろ」
 俺を共犯者にするべく、根岸はメッセージをスクロールしていく。
『どこ?』
『東横線とみなとみらい線の改札前』
『写真データ』『ヨダレ』
『JRみどりの窓口の正面』
『発見、京急の浜銀のATMんとこ』
『写真データ』『ヨダレ』
『地下鉄乗り場のファミマ横』
『相鉄線改札の前』
 その他にもメッセージは山のようにあったが、根岸がゆっくりとスクロールした部分を目が拾ってしまった。
「なあ宗哲、これなに?」
「俺に訊くな。早く返してこいって」
「返そうにも連絡つかねぇ」
 スマホがないと人間関係の多くが崩れてしまう。彼女だって例外じゃない。が、チカちゃんは二つ向こうのクラス。そういえば、朝から根岸はこそこそしていた。スマホを返す勇気がなくて、チカちゃんを避けていたのだろう。
 東横線とみなとみらい、JR、京浜急行、地下鉄に相鉄線。更に、写真データと『ヨダレ』の絵。
「宗哲ぅ、これって横浜駅のいろんな場所じゃん。ここで何が。ひょっとして闇取引?」
「まさか」
「ヨダレ?」
 放課後、サッカー部の部室で女子の闇取引の噂になった。黙って聞いた。
「どうも横浜駅のどっかっぽくね?」
「スマホに連絡が来るんだろ?」
「まさか、ヤバいハーブ?」
「んなわけねぇじゃん」
「でもさ、例えば痩せるハーブとか巨乳になるハーブって言われ……」
 バシッ
「痛っ」
 俺は、言葉を選ばない小田を少年ジャンプで成敗。
「エナジードリンクみたいに目が覚めて夜遅くまで試験勉強できる何かとかさ」
「怖っ」
「彼女いるやつ、情報ねぇの?」
 サッカー部にはリア充が多い。が、誰も知らなかった。

 奇襲攻撃を喰らった。
 ぶぶぶぶ
 スマホの着信はバイブモードにしているのが一般的だ。それでも、同時に一斉受信すると目立つ。午後の授業が終了して部活の準備をする頃、それが起こった。
 あまりにあっちからもこっちからも音が聞こえて異様だった。そして、次の瞬間、何人もの女子がポケットやバッグからスマホを取り出したのだ。その光景を俺たち男子は目配せしあいながら観察した。
 それらの多くの女子は、急いで帰り支度をして校門に小走りで向かって行った。
 なんだあれ。
 いずみを見れば、制服のままサッカー部の救急箱を持ち、スマホを操作していた。
「行くの? よく分かんねぇけど、みんな行ったみてぇじゃん」
 俺が声をかけると、いずみはきょとんとして「宗哲君こそ行かなくていいの?」と返してくる。ん? なんだか会話が噛み合っていない気がする。「行く」の目的格を部活と間違えたのだろうか。
 サッカー部へ行くと、いずみはジャージ姿でマネージャーの仕事をしていた。

 夜〇時、根岸から電話があった。
『チカに聞いた。浮気じゃなかった』
「よかったじゃん。で、危ないこと?」
『ちげぇ。男』
「……」
『ま、ちょっとガッコでみんなで騒いでるってくらいだって。ファンってやつ』
 ふられたわけじゃないのか。
「ふうん。闇取引じゃなかったんだ?」
『LINEのは、目撃情報とか隠し撮り写真だって』
 聞きながら、ファンとストーカーのグレーゾーンに眉根を寄せる。
『そいつらの荷物が置いてあったとこに、俺らの高校のボタンが落ちてたって聞いた』
「ボタン?」
『で、メンバーの一人がこのガッコにいるんじゃないかって。女子が探してる』
「シンデレラの靴かよ」
『全校の身長一七六から一八〇のヤツをチェックしたらしい。多過ぎて分かんなかったって』
 ふと、A4サイズの用紙を配布していた光景を思い出す。恐らくこれだったのだ。
 俺が根岸から仕入れた情報は、翌日は他の野郎友達も知っていた。情報源は根岸じゃない。それぞれの彼女。
「そいつら、踊りもかっこいいけど、イケメンなんだってさ。特にセンターのヤツ、ヨダレ出るくらい」
「なんか、草食に見えて実は肉系で、見た目がシュッとしてんだって」
 どうも、横浜駅周辺でゲリラ的にダンスパフォーマンスをする三人グループがいるらしい。高校生で、女子の間で密かに騒がれている。密かという点は、あまり人が集まると、見えなくなるから嫌なのだそうだ。更に、駅員や警察に注意されてしまうとのこと。
 ヤバいハーブじゃなくて本当によかったと、彼氏達は胸をなでおろしていた。その保護者面にちょっとイラついたのは黙っておこう。 
「で、誰? そのシュッとしてる草食系イケメンって」
「分かってねぇみたい」
「ふーん。幹新(みきあらた)的な?」
「幹は横浜駅使わねぇガッコじゃん。だいたい陸上でダンスする暇ねぇじゃん」
「この学校のヤツでダンスってJR?」
「JRは、まあ、いいヤツだけど、女に騒がれるイケメンじゃねぇじゃん」
「そっか」
「宗哲、誰だと思う?」
 カレー大盛を食べていた俺は、口の中で咀嚼中のものを飲み込んで「知らん」と首を横に振った。
 許せん。敵だ。
 百歩譲って、横浜駅を利用しない幹だったらまだいい。実害がない。しかも陸上の大会記録を出すような俊足イケメン。ひれ伏すほど男として尊敬する。モテるのは納得。
 同じ高校のJR、力石ジョーだったら微妙。顔が広く気さくでいいヤツで、教師や男には人気がある。そういうお墨付きの中身イケメンには、早く特定の彼女を作ってもらいたいものだ。狩場を荒らされては困る。
「東横先輩のことかな?」
 うどんを食べていた小田が汁を飲み干して、ぷはーっと出汁の匂いを振りまく。
「おお、東横先輩じゃね?」
「シュッとしてるよな。宗哲どう思う?」
「でも、草食に見えて肉系?」
 俺は首をかしげる。東横先輩はイケている。立てばチャラ男座ればヤンキー歩く姿はほぼキャッチ。どう見ても草食じゃない。
「どうでもいいんじゃね? 関係ねぇし」
 本心では不愉快極まりないくせに、俺はスカしてみせた。
 午後一の世界地理の授業では、JRが当てられ「日本のことなら分かるんですけど」と言い訳をしていた。俺は三階の窓の外に広がる青い空を眺めた。
 誰なんだ? ゲリラ的にダンスパフォーマンスを行い、東横線とみなとみらい線の改札、JRのみどりの窓口,京浜急行の浜銀のATM、地下鉄のファミマ、相鉄線の改札辺りで目撃されるなんて。
 これは横浜駅に乗り入れる全六社の鉄道。完全に横浜駅の全てを網羅しているではないか。
 今はこの高校の半分ほどの女子しか毒されていない。しかし、いずれは横浜駅を使用する全ての高校の女子が魔の毒牙にかかってしまうだろう。憧れのダンスイケメンがいたら俺なんて霞む。学校内だけじゃなく相鉄線や横浜駅での通学途中の運命の出会いすらなくなる。
 まずい。早くしなければ受験生になってしまう。なんとしても高二である今年の冬までに彼女を作り、冬の三大イベントである、クリスマス、正月、バレンタインを満喫しなくては。高校生活に悔いが残る。

 港横浜
 魅惑のデート
 切なく背を向け相鉄線

 適度に緩い部活の後、俺はみんなと分かれて相鉄線の改札口に向かった。横浜駅の端。相鉄線の看板は分かり易い。何社もの鉄道が乗り入れる継ぎはぎだらけのような横浜駅には統一感がない。決してディスっているわけじゃない。歴史を感じる。
 と、いずみが相鉄線方向から走って来る姿が視界に入った。
「おい、いずみ」
「え?」
「走るなよ。膝痛くなるんだろ? 忘れ物なら取ってきてやるよ」
 三メートルほど離れたところにつっ立って、いずみはぽかんとしている。
「忘れ物じゃねぇの?」
 俺たちの間を何人もの人が足早に行き交う。「あれ? え?」
 こっちを見て目を瞬かせるいずみ。
 とりあえず近づいてみた。
「宗哲君、なんでここにいるの?」
「え? 俺、相鉄線」
「知ってるけど」
「帰るとこ」
「ダンスは?」
「はあ? なにそれ」
 ダンス?
 いずみは、俺のワイシャツの袖を掴んで、顔を凝視してくる。近い近い近い。
「違うの?」
「だから何が?」
 疑問の応酬。
 そして聞かされたのは、横浜駅でゲリラ的にダンスパフォーマンスをする三人グループの話。更に。
「ウチの学校の子がいるって、私、宗哲君だと思ってたの。似てた」
 シュッとしたイケメンで、草食系に見えて肉系って? まさか。
「俺に似てた?」
 え、俺ってカッコよかったっけ。イケメンの流行りがついに俺に追いついたのかも。
「センターで踊ってる子」
「アイドルかよ」
「今、高島屋の横で踊ってるって連絡あったから、行くとこだった」
「あ、ごめん。じゃ」
「いいの」
「は?」
「宗哲君かどうか、確かめたかっただけだから」
「見なくていいの?」
「うん」
「俺、見たいかも。似てんだろ?」
「前に見たとき人が多くて、ちらっとしか見えなくって。朱色のニットの帽子から出てる髪の長さとか、俯いた感じとか、肩とか腰とかの辺が似てて」
 腰……そんなところ見られてたわけね。
「へぇ」
「腕と脚見せてくれたら分かったのに。あれ? ちょっと、宗哲君、顔真っ赤」
 恥ずかしい。見られていたことも、その言葉に反応してしまう自分も。
 赤い顔をこれ以上見られないよう、俺はいずみより一歩前を歩き始めた。
 横浜駅西口から出て高島屋正面を左に折れた場所に人だかり。女ばっか。
「見たいけど、あの中入る勇気ねぇぇぇ」
「だよね。あっちから見る?」
 いずみに促されて、歩道橋に上り、身を乗り出す。
「おお、ぎり見える」
「ちょっと遠いね」
 歩道橋の上からは、キレッキレのダンスを踊る三人が見えた。真ん中には、朱色のニット帽を被ったイケメン。
「で、あの真ん中のヤツが騒がれてるんだろ? キレがハンパねぇ」
「向こうの子がミナトで手前の子が京」
 名前までアイドル臭い。
「どっから情報?」
「誰かが同中だったから分かった」
「なのに、一人だけ分かんねぇの?」
「そ。他の子はウチの高校じゃないんだよね。だから、真ん中の名前分かんない子が同じ高校かなって」
「聞いた。制服のボタンが落ちてたって。それってさ、たまたま落ちてただけじゃね?」
「夢ないなぁ」
「夢?」
「セクシーイケメンが同じ高校にいるかもって夢」
 セクシー? 俺って似てるんだよな? 三段論法なら、A=セクシーでA=BならBもセクシーじゃないのか? ダメだ。反応するな。赤くなるな。
「夢ねぇ」
「でも、よかった。宗哲君じゃなくて」
「悪かったな。あんな踊れなくて」
「あははは。宗哲君はオフサイドラインで体張ってる方が似合ってるよ」
「地味だよな。ディフェンスって」
 つい「俺もダンスやった方がモテっかな」なんて嘯いてしまう。古今東西踊る男はセクシーでついでにイケメン五割増し。
「例えばさ、三十回のうち二十九回防いでも一回失敗するとダメじゃん。でも、点とる方はさ、二十九回失敗してもチャレンジって言われて、一回でもゴールしたら名前が記録されるんだよなぁ。ま、入れさせなきゃいいだけなんだけど」
「あはははは」
「ディフェンスなんて見ないよな」
「見てるよ」
 俺の言葉に被せるようにいずみが答えた。
「サンキュ」
「見てるから。だって、私」
「あっ」
 ダンスグループらしき三人が俺達の方に向かって歩いてくる。既に着替え終わったのか、制服姿だ。
 二人は確かにさっき歩道で踊っていたイケメンだが、もう一人は違って見える。そいつだけはブレザーじゃなく学生服で、ボタンは噂通り俺達の高校の校章入り。しかし。
 誰? ダサっ。
 ニット帽を被っていたせいかぼさぼさの髪、指紋で曇った黒縁メガネ、前髪が眼鏡を半分隠しているから顔なんて判別不可能。ちょっと猫背。死ぬほど参考書が入っていそうなぱんぱんに膨らんだリュック。進学校に掃いて捨てるほどいるタイプ。他のメンバー二人がお洒落だから浮く。
 セクシーイケメン? 嘘だろ。おい。
 三人は楽しそうに話しながらふざけ合っている。そして、声をかけられた。
「宗哲君、お疲れ」
「うぃぃっす」
 なんだかよく分からないから、とりあえず返事。知り合いだっけ?
「僕、三組。体育のバレーで一緒の」
 俺が不思議そうにしていたのを察したダサいヤツはヒントを出す。
 三組と言えば隣のクラス。って、そうじゃん。いたよ。影薄いけど。
「ケンかぁ。踊ってたの、お前?」
「そ」
「キレッキレだった」
「どうもっす」
 ケンは、軽く頭を下げてから、メンバーのところへ走って行った。
「誰?」
 いずみは知らなかったらしい。
「崎陽ケン」
「ああ、あの文系トップの」
「そうそう」
「宗哲君と似てるっぽい」
 いずみの感想に脱力。
「嬉しいような正直嬉しくないような」
「学ラン脱いでみて」
「はああ?」
「ほら、脱いで」
 いずみの白い手は容赦なく俺の学生服のボタンを外す。なんか、めちゃくちゃ恥ずいんだけど。
「わかった。自分で脱ぐ。やめろ」
 どこに視線が向かってくるのかという想像を停止し脱いでみせる。
「ほら。似てる。ステップしてみて」
「嫌」
 これ以上の視姦に耐えられず拒否した。
 どきどきと動悸がする。ダメだ。こんな端正な顔で、クールな表情で、無邪気なのか態(わざ)となのか、俺がエロいからおかしな方向に気持ちが及ぶのか。頭ん中、軽く混乱。
 あたふたする俺に向けられていた双眸が急に冷静さを取り戻す。
「帰ろっか」
 取り敢えず俺は檻のような視線から解放されたようだ。
「うぃっす」
 二人で相鉄線に向かう。途中、改札を過ぎるとき誰かが焼売(しゅうまい)弁当を大量に買い込んでいた。
「さっき、もし忘れ物だったら、宗哲君が取りに行ってくれたの?」
「え?」
「ほら、ダンス見に行く前に会ったとき」
「いずみ、すっげ焦ってたから」
 今日も混み合う帰宅時間の車内では、いずみが近い。至近距離のまつ毛は心臓に悪い。
「お腹空いた。焼売弁当見たらキタ」
 唐突ないずみ。
「じゃ、急いで帰んないと」
「そうゆうことじゃなくて」
 電車の窓の外を夜景が流れていく。
「どうゆうことだよ」
 お腹が空いたせいなのか、いずみはいつもより歯切れが悪い。
「ねぇ、なんか、えっと、食べ、ない?」
 俺の家は希望が丘。十五分後には飯にありつける。が、ミス高校候補の誘いを断るなんて男が廃る。というわけで二俣川で下車。
 カフェかファーストフードかと思いきや、いずみが選んだのはラーメン屋だった。
 湯気の立ち上る器がとんっと目の前に置かれると、いずみはピンクのゴムを取り出して髪を束ねた。
「食う気まんまんじゃん」
「エチケットって言ってよ」
 カウンター席。隣でチャーシューをぱくつくいずみは潔い。
「旨っ」
「まいうぅ」
 ラーメンをすするいずみの唇はつやつやとてかっていた。根岸が言ってたっけ。リップだかグロスだかはフルーツや花の匂いがするって。
 いずみの今の唇の香りを想像する自分にちょっと笑えた。
 空腹を解消した後、帰宅する人の波に逆らって二俣川駅に入って行く。
「崎陽ケンのこと拡散すんの?」
「うん。宗哲君かもって思われないようにね。私もディフェンダーとして頑張ってんの」
「は? 意味分かんねぇんだけど」
 ビシッ
「痛って」
 いずみは、白い指で俺にデコピンをした。
「三十人の女の子が宗哲君に近づいたって、私は一人も通さないから」

 華麗な横浜
 可憐な相鉄
 焼売の精?焼売の所為(せい)

 この日、二股川のとんこつ味は人生ベルトワンのラーメンに躍り出た。昔の屋台のラーメンは、暫定一位だったわけだ。

著者

匿名希望