「ステキなボックス席」東海林 桂

 海老名での仕事はキツかった。お昼ご飯も食べられずに、延々と続く会議。次の仕事は横浜。時計を気にしながら契約先の説明を聞く。
 自己紹介。私はウェブライター「S」、ツイッターなどのSNSの文章を、取引先の企業のハンドルネームで書いている。そんな仕事をしているから、関東地方各地は電車移動がメインとなっている。元々「鉄分」があるので、移動の方法も、時間が無いときはダイレクトで。時間に余裕があるときは、多少の遠回りなど、沿線の景色を楽しみたいという、いわゆる「乗り鉄」気分が多いのだ。
 海老名から横浜まで。これはどう考えても相鉄しか無い。だが、私は世田谷区の経堂在住なので、相鉄など、乗った経験は全く無かった。でも、小田急で小田原などの往復で海老名では相鉄が来ていることも知っていたし、相鉄の車両がディスクブレーキの独特な台車を履いているのは、鉄道好きな自分には、結構注目の車両だった。だが、仕事に追われてそんなことも忘れていたけど、通勤電車なのに、こんなボックス席があるの!と、私の鉄分を沸騰させたのは、海老名の仕事に続いて、夏のある日、あわてて横浜の仕事を受けた日だった。
 「お疲れさま!これからサラメシとか、行く?」
 今日の仕事を仲介してくれた、代理店の「G氏」が、自分が話題作りを成功させたと、自慢のサラリーマンのヒルメシを略して「サラメシ」と言ってきた。私は、気を遣ってさりげなく断った。
 「申し訳ない、次の打ち合わせが結構、ケツカッチンで!」
 私的には、速く、この場を去りたかっただけなんですけどね。すると、なんかうれしそうな顔を浮かべて?というか、申し訳なさそうだったのかは、分からないが、G氏は、後ろの荷物の中から何かを取りだして私に渡した。
 「これ!スタッフ弁当の残りだけど、サラメシ代わりに持って行って!」
 断るのも何なので、ありがとうございます。という感謝の念を身体の上半身だけでお礼して、受け取った。そして海老名駅、相鉄線のホーム。これが今。汗が結構噴き出ている夏の日。
 お腹は空いた。弁当、食べ物はある。だけど、相鉄線の車内でお弁当を食べる勇気は無い。なんせ、新幹線の車内でさえも、どこそかの肉まんを食べる客が居て、くさいとか、ファーストフードの臭いが、どうのこうのという話題は、痛いほど知っている。ウェブライターというのは、そのあたりの情報は知っている。ましてやロングシートの通勤電車、車内で飲み食いをするなんて。という気持ちはあったが、もう一つSNSの書き込みにあった記述が頭の中に浮かんだ。それは、新幹線の中で飲み食いは当たり前でしょ。通勤電車でも、東海道線などにある、グリーン車やボックス席ならば、飲食はいいんじゃ無いの?というツイートだった。
 お弁当を持ちながら、海老名駅の改札を通り、急行横浜行きが止まっている。あ~やっぱりロングシートの車内では、食べられないかぁ。と、あきらめつつも、横浜寄りに歩いて行くと、あら?あらら?ボックス席があるじゃないですか!その座席配置を見たときに、お腹がグーと鳴って、ネットの「ボックス席なら飲食は許せる」ツイートが、頭の画面に浮かび上がった。すぐさまに、ボックス席の一つに座り、ホッとして、電車が動く時間を待った。
 何ですぐ食べないの?という疑問があるでしょうが「乗り鉄」は、動いている列車の車内が好きなのです。さらに言うと「飲み鉄」という車窓の風景を肴に旅するジャンルもあるが、これらのすべては始発駅を動き出してからでないと、飲食物に手をつけてはいけないという、私の個人的なルールがあるのです。
 だから海老名発の急行横浜行きが、動き出してから、私は、まわりの視線と空腹の戦いは、圧倒的優位で空腹が勝利して、元々は余ったであろうスタッフ弁当の封を開いたのは明白であった。そのニオイが、ドリアンだろうが、くさやの干物だろうが、私の夏の汗臭さも、空腹には勝てなかった。が、その反応は明白だった。私の座ったボックス席、私以外には誰も座って居ない。さらに、通路を隔てた反対側のボックス席は、完全空席だった。
 そしていくつかの駅を過ぎた頃、私は満腹になり、安堵していた。食べ終わった弁当のゴミは、しっかりと持っていた。それは、昔の海外旅行でのちょっと変な経験もあったからだ。
 それは10年以上前のことであった。
 ベトナムの田舎町を走る列車には、エアコンなど付いていなかった。座席はすべてボックス席。大きく開けた窓からは、じっとりとした熱い風が吹き込むばかりだった。海外旅行は、1年に1回の楽しみ。私以外はベトナムの人ばかり。地元の生活を知る、地元の人とふれあうには団体旅行よりも、個人旅行の方が良いという勝手な思い込みで、個人旅行を繰り返していた。時には、痛い目に遭うこともあるが、それ以上に素敵な出会いや思い出にも出会えることがある。
 私の前に座って居るベトナム人は、いかにもベトナム風という派手な色と柄のバックからお菓子を取り出して、食べ始めた。ベトナムのお菓子は、どんな味がするのだろうか?と興味深く見ていたら、笑顔でそのお菓子を差し出した。「カモーン アィン」ありがとう!って言う、旅行ガイドブックの基本的、ベトナム語会話の通例で答えた。お菓子を食べ終わってゴミとなった袋を持っていたら、ベトナム人は、その袋を渡せというような、素振りをするので渡すと、袋を受け取り、自分の食べたお菓子の空き袋と一緒に、あっという間に窓の外に放り投げた。私は、ビックリした。ふとまわりを見渡すと、みんな何かを食べては、そのゴミを窓から外に投げ捨てている。文化の違いや習慣の違いも個人旅行では体験できる。そこで私は、何か、出来ることは無いかと、思案した。ゴミを外に捨てないように、ゴミを集める。なんては、どうかなぁ?と思った。そんな大胆なことを何で思ったのかは、分からない。が・・・。
 そのとき、車掌がやってきた。車掌に向かって、出来るだけ簡単な英語で話しかける。と言うか、できる限りの英語で話しかけただけである。まず、段ボールのような箱は無いか?みんなお客が窓からゴミを捨てるので、そのゴミを集めたいと言った。ゴミを集めれば、みんなゴミを窓から捨てる必要は無くなる。必死に英語で語ると、ベトナム人の車掌は、大きな笑顔で頷いて、ついてこいと身振りで示した。しばらくすると、車掌が、段ボール箱を抱えて歩いてきた。その段ボール箱を受け取って、私も一緒に、車内を車掌と歩いた。車掌がベトナム語で「ゴミはここに!」と言っているようである。なぜなら、ベトナム人の乗客達が、私が持っている段ボール箱に、ゴミを入れているからである。
 そして、私の乗っていた数両分で集めたゴミのたくさん入っている段ボール箱を持って、デッキ部分に向かった。できる限りの英語で車掌に、私は、話しかけた。
 「こんなにゴミが集まりましたね。これでキレイになりましたね。」
 車掌は、良かった良かったと言うような素振りをして、ゴミの入った段ボールを受け取った。そして、受け取るとすぐに、デッキのドアを開けて、そこから外に投げ捨ててしまった。そして笑顔で何かをつぶやいていたが、私は、何を言われたのか分からなかった。
 昔のこと思い出したのか?分からない。私は満腹になり、ウトウトしたようだ。夜眠れなくても、電車の中ではウトウトする。テレビをつけたままではウトウトする。なぜか、睡眠には、多少の障害がある方が導入するには、効果的なようだ。
 目覚めたのは、二俣川駅だった。と言うのも、大きな荷物を持った人が、私の足にぶつけて、座ったからであった。
 ちょっと不機嫌な顔をして座り直した。その男女の2人は私の前に座って、話し始めた。日本語じゃない。どこの言葉?中国語じゃないし、韓国語ではない。でも、どこかで聞いた言葉だった。私は、久しぶりにできる限りの英語で聞いた。
 「フェアードユーカムフローム?」
 一瞬、戸惑った顔をした2人が顔を見合わせて、男性の方が答えた。
 「ふえ」
 その答えを聞いても、私の語学力の無さを嘆きつつも、海外旅行から帰ってきたときの国際線到着ロビーに出ている、英会話学校の宣伝を恨めしく思っても、勉強はしていない。ふえ?そうだ。こんな時はパードン?と、もう一度聞き直すのが良いのだ。で、聞き直したが、2人は顔中に「?」マークだった。
 このまま会話が止まってしまって、このボックス席で、気まずく過ごすのも、私的にはイヤだったので、さらに聞くことにした。
 「ふぁっつカントリー?」(ひらがなにしたくなるような心細さ)
 女性が答えた「ベトナム!」この一言は、分かった。
 私は、ベトナムのフエに行ったことがあった。そう。あの段ボール箱の列車の旅の中で、フエにも行った。ここからは、身振り手振り、いい加減英語と、適当英語で、2人はいつ来たのかとか?何日居るのか?観光か?初めての日本?できる限りの質問や話題を、次はどうしたらよいのか?という、やるせなさと、自分の語学力の無さを嘆きながらのボックス席だった。きっと、その頃には、けっこう混み合っていた車内では、まわりの人から、うるさいと思われていたのかも知れないが、海外からの観光客を、必死に「おもてなし」している感を分かってくれていたのかも知れない。
 私は、どこに行ってきたの?と、聞いた。ベトナム人の2人が答えた。
 「ホタル」
 私には、最初、ホテルとしか聞こえなかった。ホテル?そういえば、外国人観光客の宿泊所が足りないというニュースは聞いていたが、二俣川周辺のホテルにまで泊まっているのか?と、私は思った。すると、ボックス席の通路側に座っていて、それまでは、ヘッドホンをつけて我関せずと思われた人が、ヘッドホンを外して話し始めた。それもきっと完璧な英語で。私には分からないが、後で聞いたら、こんなことだった。
 「子ども自然公園は、ホタルの生息地として、自然を残そうと努力している。ホタルは、清流がないと幼虫が育たない。私たちは大地公園と呼んでいる。横浜に残された少ない自然である。そんなレアなことを知って、ベトナムから来たのですか?ホタルは、見ることが出来たのですか?」
 その後の会話は、英語の出来る我関せず男と、ベトナムカップルが、盛り上がっていたが、私も、何かとても楽しかった。そして電車は、何もなかった、いつものように横浜駅に到着した。ベトナムの2人は、これから、MM21のホテルに泊まるそうだ。英会話堪能男は、最終的には、私の通訳のようなこともしてくれていた。
 別れ際に、私は二人に言った。
 「カモーン、アィン」
 すっごい笑顔になって、何かを言いながら、めちゃくちゃたくさんの自動改札の一つを通過して、二人は日本の旅を続けていった。
 海老名から横浜まで。ステキなボックス席。私は大好きです。次の旅も出会いも。

著者

東海林 桂