「セレンディピティなんて待てない」矢羽光久

 その人は二俣川駅前のバス停で循環バスを待っていた。列の最後尾に並んだ時、突然目に留まったのだ。やがてバスが来て順次乗り込む人々の中にその人を、目を凝らして見ていた。多分行き先は同じだろう。それから先だが、何かきっかけが見つけられるだろうかなどと取りとめもなく思案している間に運転免許試験場に着いてしまった。先に降りるその人を見失うまいと足早に追ったが、建物の中に入って間もなく、申請受付が異なることが分かり、やがて姿を見失った。
 免許更新の手続きを行っている間は気が気でなくなるほどではなかったが、手続きが終了する頃には、また見かけることができるだろうかと、その人のイメージばかりが膨らんでしまう。かといって、再び見かけたところで、見ず知らずの相手に取り付く島もないことは重々承知ではあったが。
 運転免許更新のような官辺手続きは流れで行動するしかなく、一応あちこち見回して、その人の姿を目にすることができないまま建物から押し出されるようにして試験場を後にした。復路のバス停にもその人を見かけられず、気分は一気に萎えてしまった。駅に向う復路はかなりの交通渋滞だと、往路でアナウンスがあったことを思い出し、萎えていた気分を払拭することも半分手伝って駅まで歩くことにした。もしその人が先にバスに乗っていて、渋滞もたいしたことなく駅に着いていたなら、それはもう仕方のないこと。その人がまだ試験場に残っているとしても、「待て」という脳の指令は下りなかったので、そのまま駅に向った。
 駅に着くと、復路のバス降車場にバスが停車し、乗客が降り始めているのが見えた。急に胸騒ぎが起こり、その列を見遣ると、あろうことか。その人が降りてくるではないか。

 その頃、二俣川駅はいずみ野線が開通したばかりで、本線のみの時代に比べてはるかに乗降客が増えていた。世は高度成長期、郊外に一戸建てのニュータウンが造営されることで、その住民の至便性の向上が図られていたのだ。そのため、その人が本線を利用するのか、いずみ野線なのかも見極めるべく、脳裡に焼きついていたその人の面立ち、清楚な趣の装いを追った。とはいえ、どう接触すればよいのか。人込みの中、その人を追いつつ思案を巡らせる。
 どうやら、その人はいずみ野線に向かっているようだった。本線で横浜に向かう身にとっては残された時間はもう殆どない。一瞬、縁があるならこのまま別れてもいつかどこかで巡り合える、とも思ったが、問題を先送りしているだけのようにも思え、清水の舞台から跳び下りる心地で声をかけた。

 「あのー、済みません。」
 「え?」
 言葉が喉に貼り付いたようで、少ししわがれた声になってしまったが、
 「僕、こういう者です。」と、上着のポケットから名刺を取り出そうとして、ふと気がついた。今日は免許更新のため会社を休んだのだ。名刺入れはスーツのポケットに残したままだった。
 「ちょっと待って下さい。今日は名刺入れを置いてきちゃった。でもー、確か・・」
 定期入れに予備で入れておいた角の痛んだ名刺を取り出して恐る恐る手渡した。
 「汚くて済みません。これしか持ち合わせていないもので。」
 「はい、でも何か御用ですか?」
 「運転免許試験場でお見かけしたのですが、ちょっと気になって。」
 「何でしょう?」
 「田舎の従妹にカタログみたいなものを見せられて頼まれていたんで、ずっと気になっていたのですが。」我ながら、よくもまあ言葉が出るものだと思いつつ、
 「はあ?」
 「貴女がお持ちのバッグなんです。」
 「これがどうかしましたでしょうか?」
 ロゴという言葉が思いつかず、
 「右下のマーク、そう、それです。それが従妹の言っていたバッグなんです。」
 「よくありますよ。」
 「でも、僕は初めて気づいたもので、思わず声をかけてしまったんです。そうしないと、探すのに一苦労だと思って。」半分本当だ。
 「でも・・」とその人が言い淀んでいる内に、いずみ野線の電車が入線してきた。これ以上会話を続けるのは相手にも悪いし、何より咄嗟のことで話の継ぎ穂が見当たらない。そこで、ここは一か八か、
 「もう一度会ってもらえませんか?今度の日曜の一時頃、横浜駅の改札口で。」と一方的
に伝えたが、こんな状況で具体的な連絡事項を告げると相手も思わず反応してしまう。
 「どちらの改札口?」
 問いの意味がよくは分からなかったが、
 「相鉄の空いている方にしましょう。」と言って、こちらも入線してきた横浜行きに乗り込んだ。

 日曜までは不安ながらも勤めで忙殺されたこともあって何とか時を遣り過ごすことができた。ただ、電話がかかってくるかもとの、不安と期待のないまぜになった感情も生じていたが、それも期待外れだったのだろうか、深く受け止めないように心した。
 日曜、カジュアルの一張羅を着込み、相鉄線横浜駅に向かい、一階改札口で待った。日曜の午後、横浜駅は大変な混雑だ。待合せ場所が不適切だったと思わずにいられない。
 一時を五分過ぎたがその人は現れない。十分過ぎても、十五分、二十分、二十五分、とうとう三十分過ぎた。やるせなさが込上げてくる。恥ずかしさも加わり、溜息が漏れる。
 がしかし、ふと我に返り、空いている方と言ったことを思い出した。「しまった!」慌てて二階に駆け上がろうとするのだが、ひっきりなしに到着する電車から吐き出される人波に逆らう行動なので思うに任せられない。その間は存外長くはないのだけれど、焦る身にはきつい。
 既に三十分以上一階で待っていたのだ。今更焦っても仕方がない、と腹を括った。どっと疲れを肩に感じながら、深く一呼吸して改札口付近を見回した。

 その人は例のバッグを手に、いかにも待ちくたびれたという風情で改札口側の壁際にもたれかかるようにして立っていた。

 学生時代の記憶で、相鉄線の横浜駅は一階のみと思い込んでいたのだった。改装されてできた二階は比較的乗降客が少ない。
 「随分お待たせして・・申訳ありません。本当に、ごめんなさい。」ただただ謝るしかない。でも、おかげで待合せの理由などに触れることなく、とにもかくにも休める場所に移動することを提案し、不承不承了解を得ることができた。軽い昼食を摂ることとし、横浜駅近辺では人込みの少ない場所を思いつかなかったため、山下公園のホテルニューグランドまでタクシーを飛ばしたのだった。

 偶然幸運に遭遇する、セレンディピティというそうだが、その時点ではそんな風には捉えていないものだ。だから我を忘れての行動も、何かに突き動かされて必然的に動いたというより、もうひたすら焦っていたという方が認識としては当たっているような気がしていた。

 時代は目まぐるしく変化した。今やスマホで位置情報をはじめ、いろいろと情報を入手でき、デートの待合せ時のトラブルなどはなくなったのだろう。あの時、お互いに携帯やスマホがあれば、三十分以上も待たせるなどということはなかったはずだ。しかし、そうなれば、なぜ声をかけたとか、そもそもの話で立往生していたかも知れず、その人と結ばれるということもなかったかも知れない。そう思うと、今の若者の出会いはどのようなものなのだろう、想像がつかないが、人に魅かれる気持ちそのものは変わることはないのだろう。情報の溢れる時代、どうかすると情報過多の時代では、「偶然」という確率は随分小さくなっているのかも知れない。だとすれば、セレンディピティは以前にも増して期待できないのかも知れない。

 妻の実家はいずみ野線の弥生台を最寄り駅とする西が岡にある。ニュータウンと呼ばれて盛んに新築物件が売り出されていた初期の頃に購入したという。陽光溢れる穏やかな街並みは、そこに暮す人々をも穏やかにしてくれる。また、東京方面への通勤にもさほど苦労はなく、ベッドタウンと呼ぶに相応しい。
 この街に何十年と住んでいた義父母だが、義父が亡くなって独りとなった義母に、妻が一緒に暮さないかと呼び掛けていたものの、この街が好きだし、ご近所さんに友達もできているので離れたくないと、動こうとはしなかった。だが、寄る年波には勝てないのだろう、介護とまでは言わずとも、支援は必要になった。そのため、初めは実家に立ち寄って様子を見るだけだった妻からの提案で、夫婦で西が岡に転居することにした。 
 こうして、この街を散策していると、なぜか夕暮れ時などに、二俣川の運転免許試験場での出来事、相鉄線横浜駅改札口での失敗、それが災い転じて一挙に距離を縮めることとなった経緯などが懐かしく思い出される。
 経緯が経緯だけに、結婚以来妻からの指示に従う日々で、対応にやや遅れが生じると叱咤の声が飛んでくるのが常であるが、最近は特に叱咤の回数も増えてきた。
 やはり焦ってしまった結果なのか、それとも、あの出会いはセレンディピティだったのか?

著者

矢羽光久