「フラワートレイン」エリナ

 今日も誰かにあげたいな…
そんな気持ちの、帰り道。
 線路沿いを歩く毎日は、いつも両手に大きな花束を抱えて。
とは言っても、毎日誰かにあげるわけではなく、
もちろん、誰かにもらえるわけでもない。
そして、どこかで買ってきたわけでもなく、
もちろん、どこかの庭で引っこ抜いてきたわけでもない。
これらの満開の花たちは皆、誰の手にも渡ることの出来なかった、
つまり、売れ残りの花たちである。
せめて、お家に飾ってあげよう…

 こうして、平沼橋にある憧れの花屋に勤めて五年、
あまり乗ることのなかった各駅停車の相鉄線は、花たちのお陰で、大好きな空間へと変わっていった。
そんな通勤電車で出会った、素敵な人たち。

一、夏の日の出会い

 帰宅を急ぐ人で賑わう、平沼橋の小さな改札口。
階段下りれば、静かに待っていてくれる、相鉄線。
いつもながら「両手に花!」で乗り込んで。ひとつだけ空いてた座席に座り、ほっと一息。
すると、
『まあ、なんて立派なヒマワリなのかしら!』
ふと見上げると、目の前に真っ赤な口紅をつけた、年配の女性。
きっと花が好きなのだろう。元気いっぱいのヒマワリに、とても感動している様子。
『よろしければ、一本いかがですか?』
『あら、いいの? 悪いじゃない…』
言い終わる前に、もう手にしてくれた女性。
すると突然、話が始まった。
『実はね、今病院の帰りなの。亭主が病気で入院しているのよ。
もう長くはないと言われてね、とても落ち込んでいたのだけれど…
なんだかこのヒマワリを見たら、急に希望が湧いてきたわ!』
その笑顔はまるで、悪い病気を吹き飛ばしてしまうくらい、力強いものであった。
『そうでしたか…
それは本当に大変ですね。でも必ず病気は治りますよ。』
と、私。
今初めて出会った人との、あまりにも重すぎる会話。
電車が星川駅に着くと、女性は元気なヒマワリと一緒に、にこやかに降りていった。
『このヒマワリ、きれいでしょ! 知らない人がくれたのよ!』
ホームから、さっきの女性の声がする。
知らない人にまで、声を掛けるなんて。よほど気に入ってくれたのだろう。
 捨てられる運命にあった花たちは、こうして人に、生きるパワーを与えてくれる。
そんなことを改めて感じる瞬間。
花も私も喜ぶ、夏の日の帰り道。

二、秋の日の出会い

 少し早く上がれた、水曜日。
満開のバラと、チョコレート色のコスモスは小さなブーケにして。
誰にあげるというわけでもないけれど、なんとなくリボンを結んで、出来上がり。
そんな花たちと一緒に電車を待つ、平沼橋のホーム。
ちらりと見えるランドマークタワーは、港の近くにいることを思い出させてくれる。
 『わー、すごい きれい!!』
ふと目をやると、そこには小さな女の子の姿。拾った花びらに、頬ずりしながら喜んでいる。
六歳くらいだろうか、花びらと同じ色のほっぺをして、
まるで絵本から出てきた、天使のよう。
こんなにかわいい子には、花をあげずにはいられない。
思わずしゃがんで、ブーケを差し出してみる。
『このおはなのなまえは、「ラブリーファンデーション」っていうの。
よかったら、おうちにかざってね!』
くりくりの目は、さらにキラキラと輝き、お母さんを見つめてる。
満面の笑みでうなづくお母さんに、ひと安心の女の子。
両手で受け取り、小さな声で「ありがとう!」を言うと、横浜行きの電車に乗り込んだ。
やっぱりリボンも結んでおいてよかった!と、自己満足に浸りながら、下り電車に乗り込む私。
窓越しのバイバイは、お互いが見えなくなるまで、続いてた。
年の差も忘れて、お友達になれた気分の帰り道。
そう言えば幼稚園の卒園アルバムに、
「おおきくなったら おはなやさんになりたい」
と書いたっけ。
ちょうど今日出会った、あの子くらいだったんだ。
思わぬ出会いが、過去の記憶をも呼び起こした、素敵な一日。

三、冬の日の出会い

 澄みきった夜空に光る、大きなお月さま。
今日は、満月。いつもより明るいホームに、抱えきれないほどのバラと、私。
濃い色や薄い色、丸い形や尖った形、甘い香りやスパイシーなものまで、
とにかくたくさんの、お花たち。
帰宅ラッシュの電車には、だいぶ迷惑な話だけれど。
毎度のことながら、空いてる車両を選んで、そっと乗り込む。
ん!? いきなり目の前に現れた、白髪の男性。
『いやーこれは、お見事ですねえ!』
と、花束を覗き込んで一言。
普段はとても人見知りな私も、なぜか花のことになると、そんなことはすっかり忘れてしまう、変わり者。
聞けば、自宅の庭でクリスマスローズを育てているという花好きの男性。
これだけ多くの種類のバラを見たのは、初めてだという。
よし!そんな人には、こんなバラをあげなくちゃ。
『これ、よかったら、お家に飾ってください!』
照れながら、嬉しそうに受け取る男性。
と同時に、電車は鶴ヶ峰の駅に差し掛かった。どうやら男性の下車駅らしい。
まだ、話足りない男性と、聴き足りない私。
花が繋いだ不思議なひとときは、瞬く間に過ぎていった。
ドアが開くと、一番最後に降りていく、男性の姿。
手に持った一輪の赤いバラは、まるで映画のワンシーンのように輝いた。

 バラの花は時が経てば、散ってしまうのだけど、
そのまま花瓶に活けておけば、やがて根が出てくる。
そして土に植えれば、また美しい花を咲かせてくれるのだ。
これは、捨てられそうになった花たちが、私に教えてくれたこと。
そんな話に関心をもってくれた男性は、赤いバラを大事に育てることを約束してくれた。

だからきっと数年後、あの男性の家の庭は、素晴らしいローズガーデンになっているに違いない!
ひとりワクワク、そんな想像で楽しむ、帰り道。

 さあ次は、どんな出会いがあるだろう。
 車内は今日も、花の香りで溢れてる。

 いつまでも走れ、フラワートレイン。
 たくさんの夢と希望を運ぶ、魔法の電車。

著者

エリナ