「レット・イット・ビー」羽沢 一八

 いつものように横浜で乗り換えて上星川で下車して帰宅する。子供達に部屋を与えたいと分譲の一戸建ての家を買い求めてから3年ほどこの経路で通勤している。たまに時間が合えば、快速で星川まで一気に運んでもらえる。今日も仕事のきりがつかずに晩の10時を過ぎてしまったのだが、ちょうど先発電車が快速の表示になっているのを横浜駅で目にして飛び乗った。しばらくすると、電車は同じく家路へと急ぐ人達を次々と収容してホームを滑りだした。
 ドアの窓ガラスにもたれかかりながら、また仕事のことを考えてしまう。今週でようやくあの難しいプロジェクトを何とか一区切りさせることができた。それには満足しているが、コンサルタントが立てた当初の計画では1年半で完成させるものだったのに遅延に遅延を重ねた挙げ句、5年も歳月を経た今だ。孤軍奮闘というか、はじめこそプロジェクトメンバー全員が緊張感を臨んでいたのが、話を進めてゆくうちに次から次へとそれらしい理由つけて、ほとんどの人間が舞台から降りていった。それにこのプロジェクトを立案し、プロジェクトマネジメントまでする契約まで結んだはずのコンサルタントの連中もまるで無力で、責任を取らせられることだけは避けたいのか、他人事のようなことを言い出す始末だ。開いた口が塞がらないとはこのことだ。
 皆おいしい話とみれば群がってくるが、ちょっと難しいことになってくると脱兎のように、あるいは蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまう。つくづく血が通わないというか、寒々しい心が蔓延する世の中になってしまったものだと嘆息するほかない。まるで誰もが自分のことしか考えていないのかのようにしか思えなかった。
 そんななかでも完全な決着では決してないのだが、会社のためにと精一杯力を尽くせたのかなと思うのだ。しかし、もうこれはここまでにしよう。趣味で市民マラソンの大会に定期的に参加しているが、誰なら「ゴールがどこにあるのかよく分かりません」なんてふざけたレースに喜んで参加するだろうか。全くどいつもこいつも人を馬鹿にしている。これが、こんなことが、俺が心血を注ぐべきことだとでもいうのか!もうたくさんだ!
 そう人知れず血をたぎらせていたが、ふと気づくともう星川駅のホームに電車が滑り込んでいた。ここで普通電車に乗り換えてあと二駅だ。ホームに降り立った。最近高架式のホームができて下り線のみ使われるようになった。さすがにこの時間では乗り換えをしようとする人影はまばらだ。
 その時ふと懐かしい匂いのする風が優しく頬を撫でていった。「ほう、神様が慰めてくれているのかな」などと思ってほくそ笑んだ。
 上星川駅前のコンビニで、それではひとり打ち上げでもしようとジョニ黒をピックアップして帰る。明日は土曜日で仕事は休みだし、ひとつ飲んだくれてみようかと思った。疲れも溜まっていたし、そもそもそんなに強い方でもないから、あえなくリビングのソファーで撃沈してしまったようだ。
 最近はあまり見ることのなかった夢を見ていた。フルカラーの夢だった。なんと自分が大昔っぽい合戦に臨んでいる。雲霞の如き大軍と川を挟んで対峙している。やがて戦端が開かれ、渡河してくる敵を次々となぎ倒してゆく。明らかな劣勢の中にあって、歴戦の勇者の如き余裕があり、そしてまるで退くつもりなどない。そしてなによりどこまでも澄んだ青空のような心境だった。しかし、尋常ならない気配を感じて振り返ると、眼前に猛烈な勢いで矢が迫っていた。夢はそこで終わり、はっと目を覚ました。あろうことかぐっしょりと寝汗までかいている。悪い夢を見たんだと気づいた。明らかに飲み過ぎたようだ。ひと風呂浴びてちゃんとベットで寝ようと少し反省した。

 明朝ベットを抜け出し、パンとコーヒーで軽く朝食を済ませ、窓から差し込むやわらかな朝日を浴びながら新聞を読んでくつろいでいた。ふと新聞から目をあげて、昨晩見た不思議な夢のことをぼんやりと考えた。あれはどこかで見たテレビ番組か映画の映像を頭の中でリプレイしていたのだろうか。いや、そんな感じではない、そんな作り物っぽくなくて、リアリティさが全然違った。第一、そんな映像を主人公役の顔や姿を見せずに撮影するものだろうか。もしやこれは夢のかたちを借りた何かのメッセージではなかろうかと考えてみた。そして何気なく、リビングの端に置かれたマガジンラックに目を留めた。そこには相鉄沿線を紹介する本があった。そうだ、これをこのあいだ興味本位で購入してつらつらと眺めたとき、上星川からさらに二つ先の鶴ヶ峰駅界隈で、鎌倉時代の武将がここで非業の最期を遂げたと書いてあったのを思い出した。その本を恐る恐る手に取ってみるとやはりその記事はあった。すっかり忘れてしまっていた武将の名は畠山重忠とあった。歴史は好きな方で時代小説も好んで手に取る方ではあるが、この名前はそれまで目にしたことがなかったものだ。一体何者なんだろうか。タブレットで急いで畠山重忠に関する情報を検索してみた。そこで語られている内容はおおよそ次の通りだった。

 この武将は現在の埼玉県にゆかりのある者で、最初は源頼朝に敵対する平家の勢力に身を寄せていたが、ほどなく頼朝方に加わって、その後全国を転戦、膂力に優れた武の者として名を残すだけでなく、知将・仁将としても知られ、その人望は他の有力御家人を凌ぐものがあったそうだ。
 しかし、それが逆に災いしてか、約800年ほど前に鎌倉幕府軍と畠山軍との間で鶴ヶ峰・二俣川の合戦が起こった。ただこの戦いは合戦といっても尋常なものでは決してなかったようだ。鎌倉幕府で間もなく執権として揺るぎない地位を確立することになる北条家の奸計によって、「鎌倉に異変あり」として嘘の呼び出しを受けた重忠が、130騎ほどの家臣を引き連れ街道を鎌倉へと急行した。しかし、北条によって既に畠山家は幕府に対して謀反を起こしたことにされてしまっており、二俣川のほとりで北条率いる幕府軍と心ならずも対峙することになったのだ。そしてこのとき幕府軍はなんと1万騎をも数える大軍だったらしい。ちなみに万騎が原の地名はこの軍が陣を張ったことに由来するそうだ。戦国期で10倍の敵を打ち破った例は確かあったが、籠城戦でもなく、これほどの戦力差を退けた例はない。背水の陣どころではない、まさしく絶対絶命の戦いだ。さらに状況は悪いことに、この戦いが始まる前に鎌倉で嫡男の重保もまた北条の謀略によって殺されており、その報は重忠の耳にも届いていたという。
 そうした状況にあっても、後に板東武者の鑑とされた重忠の心は揺るがない。家臣に引き返すよう進言されても「潔く戦うことが武士の本懐」と言って退け、死の前にも「我が心正かればこの矢にて枝葉を生じ繁茂させよ」と言って2本の矢を地面に突き刺した(のち「さかさ矢竹」となる)という。

 夕刻にいつものようにジョギングに出かけた。
普段は足を向けない方角なのだが、妙に気になってしまい、鶴ヶ峰へと向かった。鶴ヶ峰の駅から少し離れた場所に目印となる旭区役所があったので少し迷ったが、確かにこの周辺に畠山重忠公関係の史跡が集中していた。そして、厚木街道沿いの交差点の小高くなった一角に重忠公終焉の地の標識を見つけた。現在はその真下にトンネルが築かれ、二俣川と合流したばかりの帷子川が大きな流れとなって貫いている。これほどの都会で800年前の地形がそのまま残っているということの方が珍しいとは思うが、人工物が多すぎて当時の面影はほとんど感じられなかった。しかし、はるか眼下の川の流れをみるに、かなり険しい谷が展開されていたのだろうと想像することは難しくない。重忠公はこの見通しのきく場所から、あの夢のように、谷を駆け上ってくる幕府軍と真っ向勝負したのだろうか。鎌倉幕府の建設に長年貢献したのに、一族滅亡となるであろう悲哀を感じつつも、本当に潔く戦うことにのみ集中できたのだろうか。
 釈然としない思いを抱えながら、その場を後にしようと一旦背を向けたが、ふと異様な気配を感じて振り返った。太陽が沈む直前のまばゆい光溢れる夕景の中にうっすらとした輪郭の騎馬武者がこちらを向いて佇んでいた。普通なら驚くべきところだが、むしろ昨晩ホーム上で感じた懐かしい匂いの風の正体はこれだったかと妙に納得した。そのいでたちとは裏腹にこちらに優しい眼差しを投げかけてくれていた。そして間もなく夕闇の中に溶けていった。

 結局は敗者だった。それは間違いない。
 バブル崩壊以降、この国の勢いに大きな陰が落ちてきた。しかも経済だけでなく、度重なる大きな天災まで追い打ちをかける。街ゆく人々の顔には明るさは見えない。将来に希望を持てない人が多いせいか、暗いニュースばかりが世の中に溢れている。
 勝ち組と負け組、嫌な分け方だ。そんな分けられ方をしたら、誰だって負け組には入れられまいと目先のことに必死になるに決まっているではないか。しかし、そんなことの繰り返しで勝ち組に残り続けたとして、本当の満足は得られるものだろうか。現代に生きる我々はいろいろと考えを改めるべき時にきているのかもしれない。第一勝負は時の運というではないか。結果ばかりに目を奪われていては大事なものを見落としてしまう。そのために耳を澄まそう、目を凝らそう、いつだってヒントは身の回りにあるのだから。
 初めての武家社会が成立するかしないかという時代に、組織に忠義を尽くして、最後は組織に裏切られた。しかし、彼はその道を愚直に歩みきることを選んだ。生き残るためではない。武士道の概念も定まらぬ時代に自らを忠義という十字架にかけたのだ。そんなことは普通の人間にできることではない。だからこそ勝負に敗れただけのこの土地でかくも敬愛されているのだろう。
 私も愚直に生きて行こう。どうせ不器用すぎてそれしかできない。
 またあの懐かしい匂いの風だ。実に清々しい。
 そういえば相鉄も愚直に頑張ってるイメージの会社だよなと思った。
 脈絡なく久々にビートルズのレット・イット・ビー聞きたくなった。
 私は家路へ向け足を踏み込んだ。

著者

羽沢 一八