「レユニオン」奥澤裕太

 「女が持っている小さな試験管の中には、食べかけのグミみたいな物が入っていた」

 ボクは二俣川駅から海老名に向かう相鉄線の急行電車に乗っていた。午前10時の車内の中は6割5分ほどの乗車率で、毎朝工場に
行く時に乗車するスーパーのお野菜つめ放題とは違っていた。
 平日のこの時間に電車に乗るのは14年前の冬以来だろうか、湘南台にあるタイヤ工場に勤務して18年になる。二交代制で毎日1000本のタイヤとホイールをマウンターという大型機械で組み付けている。

 ボクは車内の扉付近にある手すりにつかまり窓の外を流れる景色をぼんやりと見ていたが、ふと窓に映る自分の顔に焦点があった。
 瀬谷駅に到着するアナウンスが流れ、電車はゆるやかに停車した。
 ボクは駅のホームに降り立ち辺りを見回して制服姿の女子中学生を探した。
 大勢の乗客がホームから改札口に向かうと霧が晴れるかのようにベンチに座る制服姿の少女が現れた。少女はメロンパンを食べながら赤いノートのような物を凝視していた。
「リリー」
ボクが呼びかけると、リリーは食べていたメロンパンを強引に口に放り込み手と制服についた粉を手で払った、そして赤いノートを即座に鞄にしまった。
 ボクはリリーの右隣にメロンパン1個分ほどの間を空けて座った。
「パパも食べる?」リリーは紙袋の中からメロンパンを1つ取り出した。
「メロンパン、好きなのか?」ボクはメロンパンを受け取り、思いっきりかじりついた。
「今の子は米よりパンか」
「その町のパン屋のパンを食べれば、その町が分かる気がするから」
 ボクはリリーのその言葉が、初めてタピオカを食べた時、これは美味しいのか? まずいのか? よく分からないけどまぁ良いか?
みたいな感じだった。
「北口公園の近くにあるパン屋のレーズンブレッドが美味しいんだ」
「パパ、そこ行きたい!」
「じゃあ、レーズンブレッドを買って公園で食べよう」
 ホームに大和駅止まりの各停が来るアナウンスが流れた。ボクとリリーは立ち上がりホームを後にした。
 
 ボクとリリーは北口公園の近くにある小さな老舗のパン屋で焼きたてのレーズンブレッドを1つだけ買って、公園内のブランコに座った。ブランコに座る時にリリーが右側を座ろうとしたので、ボクはとっさに右側に座った。
 袋から取り出したレーズンブレッドは食パン一斤とまではいかないが、2人では食べきれない大きさだった。ボクが手でパンの真ん中からちぎって半分をリリーに渡した。
レーズンがぎっしり詰まったパンからは湯気とレーズンの甘酸っぱい薫りが顔中を包み込んだ。早速リリーはパンに顔を埋めるかの如くかぶりついた。そして鼻から大きく息を吸った。
「パパ、美味しい!」
「そうか、じゃあこの町はどんな町かな?」
「幸せな町」
 ボクとリリーはブランコに揺られながら幸せにかぶりついていた。
「この先にある海軍道路は4月になると桜並木が満開になるんだよ」
「私が小さい頃にパパが肩車をして、桜祭りに行ったの憶えてる」
「久しぶりに行ってみるか?」
「そうだね」
 ボクとリリーはブランコから降りた。その時、リリーの鞄の中からアラーム音が鳴った。
 「ここからは延長料金になりますけど?」
 リリーの声がSiriみたいに聞こえた。
 「もうそんな時間か、今日はもう帰るよ」
 リリーは鞄の中から赤いノート取り出した。
 「今日のシナリオ良かったです」
 ノートの表紙にはレユニオンカンパニーシナリオと書かれていた。
 「これ良かったら、またお願いします」
 リリーはレユニオンアクター野村梢と書かれた名刺をボクに手渡した。
 「今日はありがとうございました」
 「こちらこそ、楽しかったよ」
 「1つ聞いても良いですか?」
 「何?」
 「今日、いつも私の右隣にいたのはどうして?」
 「右耳が聞こえづらいんだ、工場の機械がいつも右側にあって大きな音だから」
 「そっか」
 リリーはボクに小さく手を振り、足早に瀬谷駅の方へ行ってしまった。
 
 ボクは海軍道路を歩いて契約しているレンタルボックスへと歩いた。
 レユニオンカンパニーはネットの掲示板で偶然見つけた。再開をテーマに失ってしまった人をアクターがシナリオどおりに演じてくれるサービスだった。そこでボクは14年前に妊娠8週で早期流産した我が子が成長したイメージでシナリオを書いた。シナリオといっても映画やドラマのような緻密な物でなく、会社が作った様々な設定をベースにセリフやシーンをはめ込んでいくパズルのようなものだ。当時、病院の看護師に「胎児は与えられた時をママのお腹で全うしました」とかなんとか言われたのを覚えている。レユニオンカンパニーのことは妻にも息子にも内緒だ。
 
 ボクはレンタルボックスナンバー9の扉を開けて二畳ほどの室内へと入り、今年のシナリオを棚に並べた。
 「女が持っている小さな試験管の中には食べかけのグミみたいな物が入っていた」
                了

著者

奥澤裕太