「一期生」平岡なを

「こんど新しい駅が二俣川の先に出来て、そこに県立高校が建つらしいよ」
「ふうん、それってすごいなぁー」
 クラスの男子たちがそう噂しているのを聞いた時、美晴は耳を疑った。
 まず新しい駅と言われてもイメージが全くわかないし、新設高校など今まで聞いたこともなかった。けれども担任の宮野先生に確かめてみると、どうやらそれは本当らしかった。
「今年の3年は運がいいぞ。受験校の選択肢が増えるんだからなぁ」
 美晴は思わず尋ねた。
「先生、その高校、もう生徒を募集するんですか?」
「うん。校舎は間に合わないんだけどね」
「え、どういう意味ですか?」
「つまり、最初だけは間借りをさせてもらうんだよ、他の高校に」
 美晴はちょっと驚いた。そんな見切り発車のようなことがあるのだろうか。どこか頼りない。でも、とにかく具体的に出来ると分かるとなんだか急に嬉しくなってきた。
「その高校の名前はもう決まってるんですか?」
「えっと、確か松陽高校だったと思うよ」
「隣の学区に柏陽高校がありますけど、似てますね」
「そうなんだよ。柏陽とは縁があってね。松陽は柏陽に間借りをさせてもらうそうだ。最初の一年間だけね」
 神奈川県では人口の増加に伴い、これから新設高校を徐々に増やしていく計画が持ち上がっているのだと先生が教えてくれた。その初期の段階として相鉄線のいずみ野駅を最寄りとする松陽高校が造られるのだという。他にも2~3校、相鉄線沿線にすでに建設予定があるらしい。
「もし入学すれば、一期生になる訳だよ」
「一期生……」
「めったにあることじゃないよね、一期生なんて」
 そう言われてみると実際そうだ。美晴は相鉄線が二俣川から分岐することさえ知らなかったので、『いずみ野』という新駅の名前がとても新鮮で、そこに立つ新設校ならぜひ通ってみたいと自分の中で勝手にイメージを膨らませ始めた。それは美晴が中学3年になって初めて得られた明るい展望だった。

 中1の夏休みに喘息の発作を起こした美晴は医師から運動を止められ、2学期になると体育の授業を見学せざるを得なくなった。
 入学と同時にバレー部に入ってそれなりに頑張っていただけに、急に病人めいてきた自分が美晴は情けなかった。不思議なことに体をあまり動かさなくなると、気持ちまで沈みがちになっていた。
 そんな時、国語の授業でこんな一節に出合った。
『健全なる精神は健全なる身体に宿る』
 古代ローマの詩人、ユウェナリスが書いた詩の中の一部だとある。
 美晴はしばらく首を傾げた。だったら自分の精神はもう健全ではなくなってしまったのだろうか、とんでもないことを広めてくれるものだと思った。病気で気分が沈みがちな時期だっただけに心にずっしり応えた。
「はい、これは本当にもっともなことですよね。体がちゃんとしていないと何も始まらないでしょ。健康は基本中の基本ですからね」                                             
 新卒の国語の女性教師がまるで悟ったように語る姿に美晴は密かに怒りを覚えた。
 (健康が大事なことは百も承知している。だからこそどうしようもできない自分がもどかしい。それじゃ私はダメっていうこと?)
 授業中に異議を申し立てる勇気などなかったので、そのまま胸の内にもやもやを抱え込んでしまった。
 それから秋になって体育祭が近づくと、登校してもその練習ばかり見学している日々が続いた。ほぼ一日中、ずっと校庭の隅に立っていなければならない予行練習の日、全校生徒の前でマイクを握り皆に指示をだしている体育教師の発言に驚かされた。
「おい、体育祭の見学をしている奴らは今からみんな前に出てこい!」
 美晴はその教師の真意を計りかねた。まず口調が最初から怒っている。それが、いったい何に対する怒りなのかさえ分からない。
 美晴は恐怖で思わず植え込みにしゃがみ込んでしまった。
 校庭にはぎっしり全校生徒が集まっていたので、先生にはその後ろにある植え込みまでは目が届かない。美晴はじっとその陰で息を潜めて様子をうかがっていた。すると男子が5~6人、渋々前へ出て行くのが見えた。その中には学ランを着崩した、いかにも不良といったタイプも混じっていた。
 始め、先生はぼそぼそ何か文句を言っていたが、途中で「お前たち、さぼってんじゃねーよ」と怒鳴り声をあげた。そしていきなりその生徒たちの頬に平手打ちを始めたのには度肝を抜かれた。数人がよろけている。美晴は目をそむけた。こんなことがあっていいのだろうか。恐ろしい光景に唖然としていると宮野先生が飛んでいって生徒たちをかばっているのが分かった。
 美晴は植え込みで呼吸を整えるのに必死だった。もしかして周囲からは自分も体育をさぼっていると思われているのだろうか。それは違うと叫んでみても、外見だけでは判断出来るはずもなく、美晴はつくづく喘息がうらめしかった。
 中1の秋から中3の秋まで、ずっとこんな調子で、不本意な場面に多く出くわしていた美晴にとって、新設校の存在は輝ける未来の希望の星のようだった。
 病院の担当医師からは、高校になったらもう体育をやっても大丈夫だろうと許可がおりていただけに、きっと新しい高校に入れば、自分は生まれ変われるのではないかと思い込むようになった。
 美晴はこうやって進学に夢を抱いたのだが、
それと全く同じではないにしろ似たような気持ちを抱いていた生徒が多かったのかもしれない。蓋を開けてみると新設校は予想以上に人気があり、競争率が3倍にまで跳ね上がった。他の県立高校の平均競争率が1、2~3倍というのにだ。
 ところが、ずっと見学で実技が伴っていない美晴の体育の成績欄は、いつも『2』。神奈川方式で計算される内申書の総合点にはどうしてもハンディがあった。だからといって他の科目で挽回できるほどの成績もない。美晴は焦った。せめて当日だけでもある程度の点数を出さなければ合格は望めない。
 いきなり猛勉強を始めたものの自信が持てないまま入試当日を迎えた。もうイチかバチかだった。周囲が皆、自分より優れているように見えるのは仕方ない。とにかく夢中で問題を解いた。
 その熱意が届いたのか、火事場の馬鹿力的な瞬発力が功を奏したのか、美晴は無事に合格することが出来た。それはもう天にも昇るような出来事で家族全員が喜んでくれた。
 美晴は少し自分に自信を取り戻していた。

 4月になると、出来たばかりの松陽高校の制服を着て、大船からバスに乗り柏陽高校に通った。
 一期生は全部で135名。3クラスでスタートを切った。
 校舎は柏陽高校の校庭の片隅に建てられたプレハブ。立派な柏陽の鉄筋校舎と比べると雲泥の差があったが、先生も生徒も皆、あまり気にしていなかった。自分たちがまだ始まったばかりのこの高校の歴史を今から作り上げていくんだという自負心に満ちていた。
 先生方の指導の下、文化部も含め新しい部活動を幾つか立ち上げ、時には柏陽の敷地を借りて運動部が練習をさせてもらったりしていた。柏陽は体育館までスペースを割いてくれてとても協力的だった。
 美晴は自宅から大船までが遠かったので、1年間はなんの部活動も出来ず、とにかく通うだけで精一杯だった。
 ようやく実技が出来るようになった念願の体育では、思うように体が動かず、2年以上のブランクの影響を強く感じた。スポーツに普通に伴うはずの体の勘はすっかり失われていた。
 それまでは体育を見学するのがコンプレックスだったはずが、やればやったで、下手なことが新たなコンプレックスを生んでいた。
 そのくせ中1でストップしていたバレー部にはどこか未練があり、体育館で松陽バレー部が柏陽に混じって練習しているのをじっと遠巻きに眺めたりしていた。
 1年の終わり頃、そんな美晴にバレー部顧問の清川先生が声を掛けてきた。
「ねえ、浜田さんだったよね」
「はい……」
 美晴は清川先生から数学は習っていたが、自分とは違うクラスの担任なので、ほとんど話しをしたことがなかった。
「ちょっと頼みたいことがあるんだ」
 きょとんとしている美晴に先生は言った。
「あのさぁ、2年になったらバレー部に入ってくれないかな」
「え、私がですか?」
「いつも見てるでしょ。バレーが好きなんだよね」
 そう聞かれれば否定はできない。
「実は今、困っててね」
「何かあったんですか?」
「男子はいいんだけど、バレー部の女子が今度全員やめるって言うんだよ」
 美晴は部員の女子5名を思い浮かべた。皆、バレーが上手くて羨ましく感じていたメンバーばかりだ。
「女子の間で何があったのかよく分からないんだ。もう説得も出来ない。とにかくこのままじゃ一期生のバレー部の女子が一人もいなくなってしまう。もうすぐいずみ野に移って新入生も入ってくるというのにねー」
 美晴は考え込んだ。その誘いは意外とはいえ嬉しかった。でも、自分がバレー部に入って果たしてやっていけるのかどうかの答えは、いくら考えてもノーだった。新入生の足を引っ張るに決まっている。残念だけどやっぱり断ろう。そう思いながらも心は揺れた。
 その返事を決めてくれたのは同じクラスの真美だった。真美は卓球部で活躍していたが、入学した時から美晴とは気が合って仲が良かった。
「それなら美晴、バレー部、頑張るしかないでしょ」
「無理だよ、私なんか」
「でもさ、きっと今断ったらあとで後悔すると思うよ」
 真美のその言葉に美晴はハッとした。思えば中学時代はやろうとしてもできないことばかりだったはずだ。ところが今、やればできるかもしれないことを諦めようとしている。
 美晴は勇気を振り絞って2年からバレー部に入部しようと決めた。それを清川先生に伝えると、先生はただでさえ大きな目を一杯に見開いて喜んでくれた。
「そうか。これから一緒に女子のバレー部を守り立てていこうよ。ありがとう!」
「はい。よろしくお願いします!」
 美晴はペコリと頭を下げた。

 やがて高2の4月がやって来て、松陽生はいずみ野に移った。新入生も加わって、にわかに学校らしくなってきた。新校舎は畑の中にポツンと建っていたが、生徒にとってはひときわ光っていた。
 いずみ野の駅はまだ未完成で、三ツ境駅からバスで行く。けれどもこのバスの本数が少ないのには不便で閉口した。歩けば1時間はかかってしまうので、登下校の時間帯はバスが松陽生でぎっしりだ。男子の制服が薄い紺色のブレザーで、それが珍しがられていたこともあり、多分、地元の人からすると突然現れた異様な光景だったに違いない。
 美晴は毎朝、西横浜駅から電車に乗って星川駅で真美と合流。三ツ境に向かった。下りの各駅停車は空いていて、どこかのどかで、スポーツバッグを座席に置いて、お喋りに花を咲かせていた。
 結局、女子バレー部には新入生8名が入部したので、計9名。美晴は2年とはいえ同じ新入部員だった。それなのに皆は『先輩』と呼んで慕ってくれた。どこかむずがゆい。いつも心の中で謝っていた。
(ごめんね、何の見本にもならない先輩で)
 最初は筋トレをメインに行っていたので、非力ながらも根性で何とか皆についていった。腹筋や腕立て伏せは必死で繰り返した。なだらかなカーブを描き楕円状にくり抜かれた校庭の周囲を、新校舎を見下ろしながらぐるりと何周か続けて走るのはきついけれど爽快だった。ところがだんだんレシーブやパスなどバレーそのものの練習に重点が置かれるようになってくると、美晴はやはり自分の球技に対する勘の悪さを思い知らされるしかなかった。
 そんな美晴を清川先生も十分知っていたはずだった。でも、決して頭ごなしにけなしたりはせず、根気強く教えてくれた。きっと先生は心の中で自分からバレー部に誘ったことを後悔しているだろう、美晴はふとそう思うことがあった。
 夏は校舎に泊まり込んで合宿をして、いっぱしの運動部員のような気分を味わわせてもらった。中学時代には考えられなかった体験に胸が躍った。ただ日々、バレー部の日課をこなすことに明け暮れていた。だからあまり先のことまでは考えていなかったと言ってよい。
 季節が秋になると、他校との練習試合が待っていた。それは当然のことだったかもしれない。それなのに美晴はうろたえた。試合など自分に出来るはずがない。考えただけでも無理だ。でも多分、自分はメンバーからは外されるだろうから大丈夫、など思いを巡らせていたが、結果、美晴は試合に出ることになってしまった。
 それは清川先生の深い配慮だったに違いない。だから美晴は期待に応えたかった。でも試合は予想通り、美晴のミスが連続して悲惨な状態で終わった。先生やチームの残念そうな顔が目に焼き付く。誰も美晴を責めなかった。それがまた何ともいえず複雑で、自分が悔しくて、その苦々しさだけが胸に刺さった。
 高2の間は、それでも自分なりに頑張ったつもりだったが、美晴のバレーはほとんど上達せず、そのまま高3になった。さらに新入生も入部して、美晴は自分の限界を感じた。もうこれ以上、皆に迷惑はかけられない。
 受験勉強を理由にバレー部を退いた。逃げたのだ。バレーから逃げたのではなく自分から逃げたのだった。その挫折感、先生に対する申し訳ない気持ちはずっと美晴の心の底にワインの檻のように沈殿して残った。

 元来、勉強が好きだった訳でもなく、逃げ場所として受験勉強を選択した美晴は案の定またそこでも失敗した。高3の冬、願書を送って臨んだ5校は全滅。再び詰めの甘さを実感させられるに至った。
 どうしようもなく追い詰められた美晴は、もう自分から逃げるのは止めよう、受験に本腰を入れようと思い、浪人することを選んだ。
 ところが家族は大反対。就職するのが嫌だから言っているのだろう、女子が浪人するなんてとんでもないと特に母親が許してくれない。そんなことまでして勉強する必要があるのかと問われれば、美晴にもよく分からなかった。ただバレーを投げ出した自分へのリベンジのつもりでやってみたかったに過ぎない。どこかでちゃんと自分なりに結果を出したいと思った。そして、反対されればされるほど、変なスイッチが入って、引き返せなくなっていった。母親とはさんざん揉めたが、浪人の意志だけは固かったので、美晴は思い切って家出を試みた。とはいっても真美の家にこっそり泊めてもらったのだが。この一件で母親の気持ちが変わって、最終的には、だったら仕方ない、1年だけと許してくれた。

「へー、美晴にそんなことがあったんだぁ」
 ヨネさんこと米澤がそう言った。
 水割りのグラスの氷が溶けてカシャンと崩れる音がする。
 美晴は、松陽高校創立40周年の記念式典に出席したあと、男子バレー部にいた米澤と横浜のバーに並んで座っていた。式典に参加した一期生の生徒は米澤と美晴の2人だけ。彼と会うのは卒業以来初めてで、もうお互い50代半ばになっていた。
「ホント、美晴ってあの時、バレー、下手くそだったもんなぁ」
 必要のない記憶を留めている米澤であった。
「まあね……」
「俺がいくら教えたって全然出来なかったじゃん」
「え、私、ヨネさんから教わったことなんてあったっけ?」
「ほらほら、都合の悪いことは全部忘れてるんだから」
 確かにそれは当たっていた。だから美晴は逆に自分が覚えていることを初めて米澤に打ち明けたのだ。
「私ってドンくさいんだよねー。病気のせいばかりじゃないだろうけど」
「知らなかった……」
 米澤が水割りをお替りした。
「それより今日は清川先生、来なかったんだね」
 美晴はちょっと期待外れだった。先生に会えると思ったから無理をして式典に顔を出したのに。
「今、清川先生は教育委員会にいるから、なにかと忙しいんだよ」
「そうだったんだぁ」
 知らない間に先生はすっかり立派になっていたらしい。もし会えたら、どんな話ができたのか、それは分からない。きっと式典の会場ではバタバタしているから、ゆっくり話す時間もなかったかもしれないが。
「今度、一期生のみんなで集まろうよ。先生たちも呼ぶからさ」
 米澤が提案した。
「それ、いいね。絶対だよ。約束!」
 美晴は水割りを飲み干した。
 一浪したあと、第1志望ではなかったが、美晴はなんとか大学に合格出来た。すると浪人中の勉強への情熱はどこへやら、入学した途端、当時の女子大生ブームに便乗して、どこか勘違いしたまま4年間を過ごしてしまった。
 卒業後は都内の企業で事務職に就き、その後、結婚して出産。2人の子供を育てたが、
特に自慢出来ることは何もなかった。
 そんな平凡なこれまでを先生に報告したところで、バレー部へのお詫びにも何もならないことは分かっていた。でも先生には会ってみたいと美晴は思った。
 日常の雑事に追われ、高校時代に抱えていた葛藤は遙か彼方だったはずが、米澤との再会によって昔をよく思い出すようになった。それはもう50代になり子育てがひと段落して自分のことを考える心の余裕ができたせいでもあった。
 美晴は一期生の集まりを心待ちにするようになった。米澤は人望もあるからきっと実現させてくれるだろう、そう信じていた甲斐があって、一期生の同窓会の通知が9か月後、自宅のポストに舞い込んだ。

 真美と会うのも久しぶりだった。
 同窓会の日は、横浜そごうの大時計の下で真美と待ち合わせをして一緒に会場に行くことにした。
「美晴、元気そう!」
「真美も!」
 二人は駆け寄った。
 真美とは若い頃は頻繁に会っていた。彼女は高校卒業後、専門学校に行って、グラフィックデザイナーになった。イラストレーターをしている5歳年上のご主人との結婚は早く、その当時、流行っていた『DINKS』(ディンクス)という言葉を地でいくような横文字カップルだった。それが表す『ダブル・インカム・ノー・キッズ』とは、共働きで子供は意識的に作らない、そういう夫婦を指していた。
 美晴は真美に会うたびにいつも自分との違いを思い知らされていた。真美たち夫婦はとても優雅で年に一度の海外旅行は絶対に欠かさない。楽しい事にアンテナを張り巡らして、何の足かせもなく、自由に人生を謳歌しているように見えた。
 だから結婚10年目に真美が出産したときには、祝福より先に驚きの方が大きかったくらいだ。ちょうどその頃、世間ではバブルが崩壊の時期を迎えようとしていた。
 それから時が流れ、今の真美夫婦は、どちらも横文字ではない仕事に変わっていた。
「ねえ、今日は加納先生、来るかな」
 真美が言った。
「多分、来ると思うよ」
「私、それが楽しみなんだよねー」
 加納先生は美晴と真美のクラスの担任で、真美はよく先生に部活のことなど相談していたようだった。バドミントン部を立ち上げた加納先生は、熱血漢そのもので、一期生135人をぐいぐい引っ張っていく頼もしい存在だった。そういえばと思い出す。美晴も何度か泣きついたことがあった。バレー部で悩んだとき、母親と揉めたときなど、常に変わらず、懐の深い先生だった。
 やがて定刻になり、40名程が集まり、横浜スカイにある中華レストランで同窓会が始まった。大きな円卓5卓を一期生が囲んだ。
 卒業以来、初めての顔合わせがほとんどなので、皆、誰が誰だか分からず、始めはぎこちない雰囲気だった。辺りをキョロキョロ見回しながら、互いに探り合っているような面々の中、一期生同士で結婚したカップルが数組あったので、そのグループだけは目立っていて、すぐに分かった。
 目で追うと、向こうの円卓に加納先生の顔が見える。同じ1組にいた生徒会長や学級委員も。あれ、2組の小田先生がいない。昭和40年代の新設校にフェンシング部を作った小田先生の功績は大。4期生として松陽に入った自分の弟も部活でお世話になったのに、と古い記憶が蘇る。それはさておき、3組の清川先生はどこ?。
 そう思って探していると、米澤が近づいてきて美晴にささやいた。
「清川先生さあ、風邪ひいて高熱で寝込んじゃったんだって。奥さんから連絡があったんだよ」
 美晴は急に心配になった。
「え、それって大丈夫なの?」
「多分平気でしょ。今日はタイミングが悪かったんだよ。だから今度また、内輪で飲み会でもやろうよ」
「いいけど、ホントに? 絶対だからね」
 美晴は米澤と次の約束をするしかなかった。
 そうこうしているうちに会場はだんだん打ち解けて、賑やかになってきた。
 見れば真美が加納先生と楽しそうに喋っている。美晴は自分も仲間に入れてもらおうと席を移動した。
「先生、こんにちは」
 美晴がためらいがちに挨拶すると、加納先生はとぼけて言った。
「えっと、誰だっけ?」
「もー、先生、忘れちゃったんですか? 浜田美晴ですよ。今は佐野ですけど」
「ああ、そういえばお宅のお母さん、元気にしてる?」
「母ですか。元気ですよ。でもなんで?」
「だって美晴、お母さんにそっくりになったもんなぁ」
 先生は美晴をまじまじと見つめて言った。
「そんな……冗談止めて下さいよ」
「冗談じゃなくてホントに。俺、最初、お前のお母さんが来たのかと思ったよ」
「……」
 ここで、真美が疑問を挟んだ。
「そこまで似てるかなぁ……ちょっと感じが違うと思いますけど」
「いや、そっくりだ!」
 そう言う先生はすごく嬉しそうだ。
 美晴は、母がPTAの仕事を引き受けて、学校によく顔を出していたので、先生にも記憶があるのだと思い当たった。それにしてもと納得できない。
 しきりに不思議がる2人に構わず、加納先生は「そっくり」を繰り返して笑っていた。でも、そのおかげで40年という長い時間の空白が一気に縮まっていた。
 あちこちで高校時代の思い出話が披露され、同窓会は大いに盛り上がった。
 最後に、写真家になった元風紀委員長が集合写真を撮って、会はお開きになった。

 それから4年の月日が流れ、美晴は還暦を迎えた。
 紅葉も終わる冬の始め頃、一期生の仲間たちは加納先生と並んで平塚の葬祭場にいた。
「今日はわざわざありがとうございました」
 清川先生の奥さんに深々と頭を下げられ、皆も頭を下げたが、返す言葉が見つからなかった。
「悪化してからあっという間でした」
 奥さんの無念さが伝わってくる。
 清川先生は4年前に白血病が分かり入院。治療して一時は持ち直し、自宅に戻っていたが、体調を崩してしまい再入院。数日前に急変して、天に召されたのだった。享年71歳。
 その現実を誰もが受け止めかねていた。
「俺、一週間前、先生に会ったんだよ」
 ポツリと米澤が言った。
「お見舞いに行ったの?」
 美晴が聞いた。
「うん。なんだか気になって」
「そうだったんだぁ」
「俺、先生に言ったんだよ。早く良くなって一緒にゴルフに行きましょう、って」
「先生、分かってた?」
「顔色は悪かったけど、黙ってうなずいてくれたよ。それなのにさぁ……」
 米澤は病気のことをずっと知っていた。でも、先生から口止めされていたそうだ。
 美晴はそれで納得した。この4年間、期待していた内輪の飲み会が開かれなかった理由を。先生もきっと苦しかっただろう。どんなに残念だったことかと、考えれば考えるほどつらくなった。
「主人はいつも言ってたんですよ。『俺にとって松陽で過ごした時間は、手探りながらも希望に満ちていた。新設校の体験は特別だった』って」
 奥さんの言葉に美晴は胸が詰まった。
 すると加納先生が言った。
「清川さんと私は全く違うタイプの教師でした。だけど、一期生が入学してまだ間もない頃、しみじみ清川さんと話したことがあったんですよ。『我々がこの一期生135人をしっかり守って導いていこう』ってね。その点は同じ意見だったんですよね」
 奥さんが黙って頷いた。
 美晴は、自分たちが先生方の熱い思いに支えられていたことを改めて感じた。
 そのとき、まだ小さくてよちよち歩きの可愛らしい女の子が美晴の視界に飛び込んできた。おぼつかない足取りで、今にも転びそうになっている。
「危ない!」
 美晴が思わず声を出すと、皆がその方向を向いた。母親らしき人が駆け寄ってくる。
「うちの孫なんですよ」
 奥さんが言った。
「あれは長女で……」
 先生の家庭人としての一面を垣間見た気がした。おじいちゃんになっていた先生は、聞けばもうお孫さんが4人もいるという。
 語り合う皆の様子を、白い菊に飾られた遺影の先生が祭壇から見守るように優しく微笑んでくれていた。      

             (完)

著者

平岡なを