「三ツ境駅 15時07分発 急行海老名行き」6ppunmae

 三ツ境駅15時07分発 急行 海老名行き。
前から5両目6号車、3っ目のドアに乗車。
これが、私が孫の拓真を保育園に迎えに行くときの、お決まりのパターン。
「さあ、今日も定時、定位置だ。」
 間もなく電車は動きだし、窓の外には、いつもの見慣れた街角の風景。
三ツ境駅界隈も、ずいぶんと開けた。結婚前は、まだ橋上駅ではなくて、楽老住宅前の道路もまだ一車線だった。
…あぁ。あそこのガードをくぐって、信号を渡って、線路沿いに三ツ境駅の方に向かった事もあったね。
…三ツ境駅から西に出て、歩道橋を渡れば楽老南公園。公園の南端に立つ大きなケヤキの木の下に立てば、遠く夕焼けにくっきり富士が見えたっけ。
 そうやって、私は去年、はるか遠く、ずっと遠いところへ旅立ってしまった愛犬ロクとの散歩のルートを、頭の中で、丁寧になぞっていく。
 三ツ境駅を出発し、車両の左端に体を寄せ、すぐに見えて来るのは我が家。
…そう、あの遊歩道をチロチロ歩いて、坂道を登って、線路の際を、ぐるっと回って、厚木街道沿いを登って行った。
…そうだ、この踏切も渡った。
 まさか、お別れが来るとは思わなかったあの日。
…ロクの大好きなチロちゃんのお父さんに、本当にしばらくぶりに会って、さんざんじゃれていたっけ。
あんまり長い散歩になって、さすがに疲れたけど、うれしそうにじゃれついてるキミを見て、たっぷり遊べてよかったと思った。
…今思えば、ロクは、ちゃんとお別れすることがわかってたんだね。
…律儀なキミは、そうやってかわいがってくれた大好きなチロちゃんのお父さんと、ジャンちゃんのお母さんに、ちゃんと挨拶をして旅立っていったんだね。
…もう一年が過ぎたと言うのに、毎日歩いたキミとの散歩の道のりは、つい昨日のように思い出せるよ。
…さびしいよ。
15時08分。
ゆたか幼稚園脇の踏切を過ぎれば、さすがに散歩で歩いた思い出の地はなく、涙が落ちることもないので、周りを気にしなくて済む。
15時13分。
大和駅を発車。車中ロクの事をずっと思って、下を向いている私。
地下に潜っていた電車が、大和駅を出ると急に地上に顔を出す。
光がまぶしい。
そこには、厚木海軍の飛行場がある。
今までの住宅地とは、急に景色が変わって、広々とした草地がのびやかに広がっている。
一瞬、ここがさっきの大和駅の地続き?と疑ってしまうほど大地が、そこにはある。
 その時私はいつも、ロクの声を聞く。
「かあちゃん。下ばっかり向いてちゃだめだよ。」
「おいらは今、アンチエイジングの研究の為、遠く日本を離れて留学してるんだ。」
「とうちゃん、かあちゃんが、おいらが留学する前に手術をしてれたお陰で、今はとっても元気だよ。」
「留学先に着いた時は、ちょっと時差ボケで眠かったけど、もう大丈夫、元気にしているよ。」
「あと1年半か、5年経ったら戻るから、それまで、とうちゃん、かあちゃんも、元気でいてね。」
「帰ったらまた、散歩やドライブに行こうね。」
私は、ロクの声を聞き視線をおもむろに上げ、大きく草地の上に広がる青空を見上げる。
…そうだね。下を向いてばかりじゃダメだね。
…キミが安心して研究に励めるように。
…元気に留学先から子犬になって戻って帰ってくる時の為に、私自身が元気でいなくっちゃ。
そして、大きく深呼吸をする。
青い青い空が、白い雲が広がっている。
 そうだ、今、傷ついた肉体から、ロクの魂は放たれ、時を越え、空間を越え自由に大空を思う存分駆け回っているんだ。
もう、首につながれたリードもなく、何処へでも、いつでも、好きなだけ駆け回ることができるんだね。
暑い夏の日は、たっぷり駆け回った後に、木立の根元に横たわって、ちょっとお昼寝するがいい。
キミが旅立って4か月後、大の仲良し、幼馴染のプルちゃん…あんまり仲が良かったから、呼んじゃったのかな。
今は、一緒に大空を駆け回っているのだろうか。
二人して、じゃれあって、走り回って疲れた後は、しばし、木漏れ日を浴びて休むと良い。
 さあさあ、15時15分。バアバのプチ旅行も、おしまい。
相模大塚駅に到着。
駅から続く歩道橋。晴れた日には遠く大山が見える。
さぁ拓真を迎えに行って、家までの道のり。今日は、“キラキラ星”を一緒に歌って帰ろう。

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6ppunmae