「二俣川(ここ)から先がおもしろい」永岡靖子

 遼太の休日 ~湘南台~

 「ちひろ、もうすぐ見えるぞ、右側だからな」
終点近く速度を落とし始める相鉄線の中、今か今かと待ちわびる遼太と娘のちひろの先に、待ちかねた薄紅色がやってくる。川面まで花びらで染めた公園そばの桜並木。車窓から見る景色は回り舞台のようにくまなく美しい場所を眺めていくようだ。
 「わぁ、ピンク色。ママ見て、ピンク色」
居眠りを起こされた妻の多恵は機嫌悪そうに薄目を開けたが、車窓の薄紅色を見つける美しさに軽く驚いた。ちひろは川沿いを歩く花見客に手を振っている。
 「きれいだろう、ちひろ。お父さん、昔いずみ野に住んでいた時に、おじいちゃんとここまで自転車で来たことがあるんだよ」
 「へえ、あのお義父さんが」
 「父さんだけじゃない、死んだ母さんも自転車に乗って、相鉄がやっと湘南台まで来たときだったかな。」
 「一体それいつ?ずいぶん昔じゃない?」
 「昔っていうなよ。平成十一年。境川沿いにサイクリングロードがあって。江の島まで行けるんだけど、俺がようやく自転車に乗れるようになったからって、どれだけ遠くまで行けるか大冒険でさ。結構アップダウンがあるから、子供にはきつくって」
 「楽しかったのねぇ」
「それがさ、湘南台公園に着く直前で転んで大泣き。もう走れないって帰りは湘南台から相鉄に」
「ええ?」
「出来立ての駅ですり傷と泣きべそ。情けなかったなぁ。親父がおぶってくれたよ」
ちひろは行き交う人に別れを告げ、列車はゆっくりとしたカーブを下りながら終点湘南台を告げるアナウンスを流し始めた。
 「わあ、まっくら」
闇の中に光るライトにも、ちひろは手を振る。ちひろは出会うすべてが喜びに満ちている。
 「ちひろが自転車に乗れるようになったら、ここまで来られたらいいな」
「行きたい。家族で思い出。湘南台はおいしいケーキ屋も多いよ」
「えー、自転車ダイエットするんじゃないの?ケーキ食べたら意味ないじゃん」
多恵はばれた、なんて表情をしながら笑っている。遼太はいつもと逆方向の電車に乗るのも、笑顔の休日も久しぶりだと、穏やかな気持ちに体をひたした。
「パパ、じいじくる?くる?」
「湘南台にいると思うぞ。じいじ、ちひろのことになると待ってられないからな」
靴を履かせてもらったちひろは、ドアの前で背伸びをして窓の向こうをのぞく。背伸びをしなくても、未来が見られるようになるまで、長生きしたい、家族で冒険に出たい。終点に近づくほど遼太の夢は膨らんでいった。

 風が強いから ~ゆめが丘~

 あー、寒い。ほんと今日マジで寒い。なんだこの風、なんでよりによって受験の日に限ってこんなに寒くなるかなぁ。センター試験の時は雪降ったし、電車止まるかと思ったけど、相鉄だけは止まらなくて、なんとか横浜までは行けたんだよな。そっから先マジで地獄だったけど。うわ、指先冷たくなってきた。
やばい、問題用紙めくれるようにあっためておかないと。でももう正直、気分は二百パーセント帰りたい。全日本帰りたい友の会、今なら会長になれる。なんて言ってる場合じゃないんだよな。
 受験票よし、財布よし、スマホよし、バッテリーとケーブルよし、PASMO持ってる。よし。
 うーさむ、あと二分。寒いとスマホのバッテリー早く減るんだよな。
 「すいませーん!」
突然自分の耳に飛び込んできた聞き覚えのある声。親だ。母親だ。うーわ、何しに来たの。ちょ、待ってやめてこっち来ないで。
 「バカ」
会っていきなりのバカはやめろよ。受験当日なのに。
 「お弁当忘れたでしょ、バカ」
あ。目の前に突き出されたいつもの弁当包み。自分の顔が赤くなるのが分かる。……なんで持ってくるんだよ、恥ずかしいだろ、バカ。コンビニだってなんだっていくらでも買えるじゃん。何考えてんだよ。
 「好きなおかずが二品以上とかどうのこうの言ってたくせに、玄関に置き忘れるなんて信じられない。さっさとカバンに入れて」
 「……なんで持ってくるんだよ」
素直にありがとうって言えばいいのに、絶対性格ねじれてる。いやでもこのシチュエーション、マジ恥ずかしくて死ぬ。母親エプロン付けたままだし、髪ぼさぼさだし、どこの昭和だよ。
 「なんでって、富士山が見たかったのよ」
 「え?」
予想外の答えにポカンとした。
 「こんな寒くて風の強い日だから、絶対こここから見る富士山はきれいだって思ったのよ」
鉄ヲタかよ……。確かにゆめが丘には富士山をきれいに見られるスポットがあるけど、なにも今日……。
 「前を見なさい。下を見てたら、こんなにきれいな富士山は見られないわよ。今の風は厳しくても、あんたのやってきたことは、今日の富士山みたいにきれいに積みあがってるからね。積み上げたものに誇り……」
最後の方の言葉は、入ってくる電車の音でよく聞こえなかった。だけど、富士山を見に来た頭ぼさぼさのエプロンババアが、自分の母親で、自分のことを心配して来てくれたことだけはわかった。大好きなたらこスパとつくねが入った弁当を持って。やめろ。今日は寒いんだ。鼻がツーンとすると、風で冷やされて最高に痛いんだ。
鼻痛い。これから電車乗るんだから。やめろ。手を振るな。受験生これ以上動揺させんな、バカ。ありがとう。バカ。やめろ。こんなに風が強くなければ、ポケットに手を突っ込んでなければ、手に弁当を持って出かけてたはずなのに。ありがとう。
 「各駅停車横浜行きです」
ヤバイ、マジいずみ中央に着く前に、どうにかしないと、この顔ヤバイ。ポケットティッシュ足りるかな。くっそ、なんで泣き顔でも、富士山こんなにきれいなんだよ。

 行ってくるね ~いずみ中央~

「二列に並んで歩くよ~」
コンコースが埋まるかと思うほど、リュックを背負った子供たちが改札から出てくる。
「遠足かなぁ」
「懐かしいなあ。学年でおそろいのバンダナ。小学校の頃はいずみ中央駅集合で、湘南台のプラネタリウムとか、江の島の水族館とか行ったんだよ」
 娘は二十歳。授業や部活で忙しい学生のはずなのに、なぜか今日に限って二人とも予定がなかった。こんなチャンスはめったにないと、散歩に誘ってみたらOKをもらえた。ちょっと前まで反抗期だったのに、ウソみたいだ。子供の成長は早い。
 「いずみ中央って、こんなに子供多かったっけ?」
 「え?なんで?」
 「だって、あんなにベビーカーが」
 「たぶん、子育て支援施設のイベントがあったのか、一歳半の乳幼児健診じゃないかなぁ」
 「乳幼児健診なんて詳しいじゃん」
 「一応保育士目指してますから。ほんとだったら、今日だってうちで実習の準備しなくちゃいけないんだよ」
 「無理に付き合っていただいてありがとうございます」
「どういたしまして、だったらお昼ご飯おごって」
 屈託のない笑い顔を見るのも久しぶりだ。
小さい頃もこんな顔をしていたな。
 「ならどうする?横浜まで出る?」
 「んー、お父さん、久しぶりに行ってみたい所あるんだけど」
 「えー、高い所いやだよ」
 「えー、高い所だよ」
 なんて言って連れてこられたのは、区役所の四階にある蕎麦屋だ。区の職員じゃなくても食べられるので、常に人気のようだ。
 「食堂でいいの?」
 「いいの、いいの。今日はね、見たかったの。ほら」
 ピークを過ぎた静かな食堂は、何組かの子供連れが遅いランチを食べている。
 「ここの食堂ね、窓から相鉄の駅が見えるでしょ、鉄道好きな子供たちには大人気なんだよ」
 「そうか、ここなら駅の発着が全部見えるからか」
 「それに食べ終わった子供たちが退屈しないように、絵本やおもちゃが置いてあるの。おもちゃで遊んでいる間、お母さんたちは、ちょっとだけゆっくりご飯が食べられるんだよ。それっていいなぁと思って」
「お母さんが、よくお前を連れてきたことは覚えてる?」
「ゆうちゃんとか、みーちゃんとか、かっちゃんとか、ご飯食べて一緒に遊んだのも覚えてる。お母さん、一階の子育て支援スペースが息抜きの場だってよく言ってた。あの頃みんなが小さかった私を大切にしてくれたことが、私の保育士になろうと思った原点です」
「それ、面接の練習?」
「そう。そろそろ考えはじめないと」
「本当に保育士やりたいの?」
「ここまで来たらね……」
 しゃべっているうちに蕎麦はすっかり伸びてしまった。しかし、そんなことより、大きな夢を持つ娘が、長く続く線路を着実に走り始めたことがうれしくて、この先もケガのないように、安全運転でと、窓からすれ違う電車に思いを重ねていた。遠足の日にいずみ中央駅まで娘を送って、
「行ってくるね」
と走り出した背中を目で追ったあの頃と、気持ちは変わらない。安全で幸せをたくさんお土産にして帰っておいでと願うばかりだ。
 
モノより思い出 ~いずみ野~

 曲がった背筋が伸びる、とは聞いたことあったけれど、伸びるどころか、そっくり返るかと思うほど、母は建物を仰ぎ見ている。
 「そうてつローゼンは二五時三十分まで……ずいぶん変わったわねえ」
「お母さん、横浜久しぶりだもんね」
「お父さんが転勤しても、まーちゃんが生まれてすぐは、なんだかんだでよく来てたけど、このところ腰を痛めて、来られなかったからねぇ」
「あの頃から残ってるのは、このケヤキの木ぐらいかなぁ」
「大きな桜のそばにあった本屋さんに、まーちゃんを抱っこしてお散歩に行ったけど」
「本屋さんなら、道の向こうのさくら商店街にお引越ししたよ」
「お惣菜がおいしかったお肉屋さんは?」
「あるよ。二代目に代替わりして、クリーニング屋さんの隣に」
 「ふわふわのサンドイッチ屋さんは?」
 「あるよ。見える?ロータリーの向こう」
 「ちっちゃくてかわいくて、かぼちゃのプリンがおいしかったケーキ屋さんは?」
 「あるよ。毎年まーちゃんのバースデーケーキ作ってもらってる」
 「じゃあ、おじいちゃんが習いたてのイタリア語でオーダー入れて、店員さん困らせたイタリアンレストランは?」
 「あるよ。相変わらず人気。っておかあさんよく覚えてるね」
 「忘れないわよ。二十年も住んでいたんだから。それにまーちゃん初孫だったからうれしくて、うれしくて。きれいなもの見たらきれいな子に育つかなって、桜並木の下をゆっくりゆっくり歩いたの」
 「それが、桜並木も植え替えたんだ。根っこで道路がデコボコしちゃったから。ベビーカーや車いすでも歩きやすいように。あの頃の桜はコンビニの前と保育園の八重桜かな」
 「……変わらないのは思い出だけか。でも、新しもの好きなおじいちゃんだったら、深夜一時過ぎまでやってる駅前のスーパーなんて、聞いただけで喜ぶだろうな」
 「おじいちゃんのこと、私も覚えてるよ。お母さんとお父さんと、いずみ野まで迎えに行って、桜吹雪の下を走ったの」
「え、それ三歳頃じゃない」
「おばあちゃん膝が痛そうで、『大丈夫?』って聞いたら、『いずみ野は坂が少ないから歩きやすいね』ってニコニコしてた。」
「そんなことまで覚えてるの?」
「モノより思い出。おかあさんよく言ってるでしょ」
「モノより思い出。ここは思い出の宝箱だね……。この町で、まーちゃんの思い出もたまっていくんだね……。」
「そうだね。新しい桜も大きくなったから、次のお花見シーズンはすごく素敵だと思うよ。お母さん、もっと遊びに来てよ。新横浜から一本だから、前より楽だったでしょ」
「そう、そうなの、乗り換えなしで楽だったわよ。若い頃だったら月イチで来てたかも」
「おばあちゃん!」
「まーちゃん!迎えに来てくれたの?」
「おばあちゃん、直売所にトマトとナス買いに行こう!」
「直売所、まだあるの?」
「うん。町たんけんで直売所を調べたの。トマトとナスとピーマンとキュウリと」
「たくさん売ってるねぇ」
「でもね、トマトとナスが好き。おばあちゃん、ナスとお肉のぐるぐる作って」
「野菜の味も思い出になるのかな」
私のつぶやきに、
「なるわよ。自分で買った野菜、横浜の野菜で育つハマっ子。あなたもそうでしょ」
笑顔で前に進む母の背中は、線路沿いに咲くヒマワリのように、まっすぐに伸びて見えた。
 
いつかこの町に ~弥生台~
 
 一目ぼれだった。戸塚からバスで十五分、大きな病院のある住宅街。担当が変わったご挨拶にと伺ったお客様もあっさりと終わって、さあ帰ろうとたどり着いた弥生台駅、改札口を抜けると動けなくなった。
 「映画のセットみたい……」
ひなびた駅舎のガラス窓から見える、絵本の一ページを切り抜いたかのような美しい桜並木。トンネルを抜けて滑り込んでくるグリーンの列車。自分が主人公になったように、風が目の前を通り過ぎた。
 ホームに降りると、桜の花びらがベンチに舞い降りてくる。ここは本当に二〇〇〇年?本当に横浜?静かに流れる空気を感じながら次の列車を待つ贅沢。なんだろう、この豊かな時間。
 次の日は会社を休んで、相鉄で弥生台に来た。どうしてももう一度あの時間を感じたかった。それから気が付いた。ゆったりと流れる時間は駅の中だけじゃない。
 バスロータリーを渡る春風もふんわりとしている。ベビーカーを押しながら、線路沿いに花見をするお母さんも、そろいのカバンを持って塾に走る子供たちにも、それぞれにゆとりと笑顔がある。このゆとりはどこから来るんだろう。
 銀行、スーパー、ドラッグストアに郵便局。なんでもそろってるなあ。田舎から出てくると、都会では当たり前の街並みもとてもまぶしい。八百屋さんからちょっと歩くとケーキ屋さん、大きな病院まで歩くとパスタ屋さんにとんかつ屋さんもあるんだ。
 昨日はただの帰り道だった街並みが、お店の一軒一軒が、息づいて見える。帰り道に立ち寄った静かな喫茶店で、コーヒーを飲みながら決めた。

 この町に住みたい。
 もう一月経てば青葉に、秋になれば紅葉の下でゆっくりした時間を重ねていける。都会過ぎない、でも充実して生き生きしている。
きっと住むんだ。
 私はこの街に住んで、どんな生き方をするんだろう。たぶん結婚をして、子供に恵まれて、できれば三人ぐらい……。

 「あれから十七年かぁ」

 ひなびた駅舎はリニューアルされ、桜並木のよく見える巨大なガラスの向こうから、ネイビーの列車が滑り込んでくるようになった。少しずつ近代化される駅は、あの頃よりさらに桜の迷宮に迷い込んだような気持ちになる。

 「写真を撮るなら下りホームか、上の窓からが良いと思うな。あ、あと外のトンネルの上あたり。時々カメラマンさんがいるわよ。自分で眺めるなら後ろから二つ目のベンチ」
 隣で夫が段ボール箱を開けながら、
 「本当に好きだね。地元の人みたいだ」
なんてのんきに笑う。
 「うん、弥生台って独身女性にはハードル高くて、夢はかなわないと思ってた。でも夢の近くにはいたいと思って、ちょくちょく来てたの。」
 結構真剣な一目ぼれだったんだよ、あなたと同じぐらい。そのために一生懸命貯金して、良い物件探して、偶然にもご縁があって。
 「よかったね」
 そう言ってくれるあなたでよかった。夢を応援してくれる人が近くにいるから、私にはあなたがいたから、夢は叶って今ここにいる。
 「僕の夢はね、……この先子どもに恵まれなかったとしても、君と一緒にいたいんだ」
 「え?何?いきなり急に」
 「これまでの時間、僕が長い病気をしたり、つらいことがあっても、君がそばにいてくれたおかげで、幸せだと思ったから。僕には君と一生近くに暮らせることが夢。……夢の近くにいたいんだけど、いい?」
 窓の外では軽やかなリズムで特急電車が通過していく。私は返事に詰まってしまった。どうしよう。少しずつ影の短くなる四月の昼下がりに、もう一度夫と恋に落ちてしまった。

 
若葉の頃は ~緑園都市~

 「本番だね」
 「うまく行きますように」
 「緊張する~」
 「落ち着いていこう!」
 吐く息が白くなる朝、さっきからひっきりなしにメッセージが来る。友達にそそのかされて、勢いで入った人形劇サークル「ドミソリノ」初公演まであと三時間。緊張してないはずだった自分がブルブル震えてる。落ちつけ、まずは私が落ち着け、お水は少なめに、手足十分にストレッチして発声練習。
 正直なことを言うと、本当はあんまりやる気なかった。なんとなく入れそうだなと思って選んだ学校で、家から近くて、なんとなく雰囲気が良くて、坂道の若葉がきれいで、ここなら良いかな、って軽い気持ちだった。
 だけど、サークルに入ってからは違った。
みんな自分より優秀だなと思ってた人たちが実はとても絵が苦手だったり、英語の宿題で悩みまくってたり。単なる隣に座った人だった、まなちゃんやみのちゃんが、今ではとても大切な友達になった。
 人形劇だからみんなで人形も作ろうって、みんなで紙粘土をこねたり、発泡スチロールを削ったりした。人形の洋服も自分たちで縫った。細かい作業は疲れたけれど、白い土台に色を塗った瞬間、あ、楽しいって、ワクワクした。学校生活でワクワクするなんて、思いもしなかった。このワクワクを誰かに見てもらいたくて、デビューの場所を探した。
 「街カフェどうかな?」
 アイデア係のみのちゃんが、駅前のそうてつライフでやってるイベントを教えてくれた。街カフェは今年で二十回目。記念すべき二十回目に新しい参加者登場って事で、イベント準備の打ち合わせ会議に出たら、全員が拍手で迎えてくれた。
 「良く来たね」
 「ありがとう。ぜひ長く続けてね」
 合唱サークル、ウクレレ、ダンス、小学生のソーラン節も。自分たちがいきなりこんな所に来て、大丈夫なのかと思ったけれど、こんなに温かい人がたくさんいるってびっくりした。これまでの人生にはなかったこと。大事にされるって本当にうれしい……。
 打合せの後で駅前を歩くと、普段は気がつきもしない自治会の掲示板に、びっしりとお知らせが貼ってあるのを見つけた。幼稚園訪問レポートがある自治会のニュース、キッズフェスティバル、地区センターだより、ケアプラザのありがとうまつり、へぇ、コミュニティハウスのクリスマス会なんてあるんだ。 
 街の中の人たちがたくさん情報を交換して、自分たちの住む街を良くしようとしてる。この街ってすごい……。
 今日、私たちは、その街の中の人になる。舞台に立つたくさんの人が、それぞれに緊張しながら準備をしている。全部この街の人で、みんなで楽しもう、この楽しさを伝えたいって準備してる。
「りっちゃん、行こう」
「うん」
 まなちゃんとみのちゃんに背中を押されて、私たちは舞台に向かう。舞台の上から全力を出し切ったトップバッターの小学生が、すれ違いざまにハイタッチをしてくる。うれしい。街の人になるって悪くない。若葉の頃は思いもしなかったのに、みんなのいるこの街にいることがうれしい。

 
ここから先がおもしろい ~南万騎が原~

 先日、ちょっと早めに帰宅すると、息子の隆博がパジャマ姿で出迎えてくれた。
 「お父さん、おかえり!これおみやげ!」
ビニール袋にいっぱいのどんぐりと落ち葉。持ち上げる誇らしげな笑顔。
 「遠足行ったの?」
 「うん、大池公園!切符を買って、南万騎が原駅で降りて、公園まで歩いたんだよ。」
 「へえ、大人じゃん」
 「なつかしい。生活科の学習ね。幼稚園の遠足も大池公園だったよね」
娘の千明が、聞いていないようで聞いている。
 「ローラー滑り台すごーく長いんだよ。あっくんが五回すべって、ぼくが六回」
 「そら楽しかったね」
 「お父さん、今度大池公園に行こう!」
 「なら、今度の土曜日に行こうか。相鉄に乗ってね」
なんて言ってみたものの、土曜日は見事に寝坊。ぼーっとした頭のまま南万騎が原駅に降り立つと、地図にも行き先にも大池公園の文字はなかった。
 「隆博、本当に南万騎が原だった?大池公園ないよ」
 「そうだよ、ここから大池公園まで歩いたんだよ。絶対にある!」
 隆博とない、あるを繰り返していると、通りかかった駅員さんから、
 「大池公園は子ども自然公園の事ですよ」
と教えてもらう。駅員さんはさらに親切で、
 「歩くと坂がきついから、相鉄バスの旭十九番で、『子ども自然公園』まで乗ってください」
なんて丁寧に教えてもらった。助かった。そこまでなら良くある休みの話だ。
 「このバスは川上町に行きますか?」
 話しかけてきたのは上品な初老の女性だ。
 「私、川上町から歩いて来たんですけど、この道を歩けば川上町に行けますか?」
 川上町?ええ?東戸塚?歩いてきたの?スマホでよくよく地図を見てみると、子ども自然公園の真ん中の道をひたすら歩けば戸塚区川上町だ。
 「すみません、ここのバスは川上町には行かないと思いますよ」
 自分の頭にふとよぎったのは、さっきの親切な駅員さんだ。そうだ、駅員さんに聞いてみよう。
 「お忙しいところすみません……」
 そこから先の駅員さんの対応は早かった。女性に名前とどこから来たかを伺うと、素早く警察に通報。ほどなくパトカーがやってきて、女性はご自宅の方向に向かった。やれやれ一段落。一部始終を無言で眺めていた隆博がぽつり、
 「お父さん、そうてつの人かっこいいね」
 「そうだね、駅員さんは電車が安全に動くのを助けるだけじゃなく、みんなを助けてくれる立派な人だね」
 「お父さん、ぼく駅員さんになりたいな」
 「いいね。隆博の夢がまた一つできたね」

 バスの中、短い時間は駅名の当てっこだ。
 「いずみ野線は、湘南台、ゆめが丘、いずみ中央。いずみ中央の次は?」
 「いずみ野!弥生台、緑園都市、南万騎が原、お父さん、二俣川の次はどこ?」
 「海老名の方に行けば、希望ヶ丘。横浜の方に行けば鶴ヶ峰。そうだね、次はどこへ行こうか」
 子どもと一緒に出かけると、夢が一つずつ増えていく。いつもの通勤路が新しいゲームみたいだ。そう考えると、二俣川はストーリーの分岐点。さあ、ここから先がおもしろい。物語の始まりだ。

著者

永岡靖子