「保土ヶ谷の自然にいざなわれて」西沢哲

 もう夏も終わりだと牢屋の監視員が囚人に叫ぶかのようにジジジジジジとヒグラシの甲高い声が聞こえる。相鉄線の上星川駅の南口をでて朱色の看板を掲げた大きなスーパー銭湯を抜けて交差点を斜め右に伸びる西谷浄水場へ向かう長い坂を電動アシストも何もついていない普段買い物に使うような自転車で細い赤いレンガ路の歩道を上っていた。この道は、新桜ヶ丘団地や多くの住宅をつなぐ重要な道でもあるため、片側一車線という細い道でもバスや自動車がひっきりなしに飛び交っていた。汗がTシャツをぐっしょりとぬらし、膝は久しぶりのさかのぼりに悲鳴を上げながらも根性で上りきる私を無慈悲に追い抜き、お先に行っていた白地に黄緑の塗装を施した相鉄バスから降りた赤やら黒を基調に一見すると高級な服を着たおばさんが私を見て「お疲れ様と」声をかける。私はつらそうな表情を隠しながらただ淡々と意思を隠したかのような会釈をして、後ろを振り返り上りきった坂を見下ろしながらみなと横浜を望む横浜の涼風に吹かれ、何でこんなことをしているのだかと後悔の念に駆られた。
 この坂を登った私は保土ヶ谷区に住んでいるが最寄が上星川でもなんでもなく、自宅がある相鉄線の西谷に帰るために登るには行けなくはないがただの蛇行道といえばそれまでであるが、もちろん目的はある。まず、保土ヶ谷区には環状2号という主要道路の目下にある横浜市唯一の渓谷こと陣が下渓谷を初め、お正月に開催される箱根駅伝において華の二区こと権太坂という名所の近くにある児童遊園、春と夏に開催される高校野球において神奈川県の球児の聖地こと保土ヶ谷球場を抱える保土ヶ谷公園など保土ヶ谷には人と町に根付いた自然のスポットがあるのだ。今回行こうとしているのはそれらの公園の中でも、メジャーな地図には載っていない、カーリットの森という団地に埋もれたところであった。知ったきっかけは興味があって応募した保土ヶ谷区が主催したワークショップみたいな(実際はそうではないが)催し物であった。推薦者が言うには火薬工場であった土地の跡地に作られた公園には多くの自然と火薬庫の跡が残り、なんともいえぬ幻想的な風景が広がっていると恥ずかしながら発表していた。それを聞いて百聞は一見にしかずという言葉が似合うばかりの単純な人間である私はその風景を拝みに行こうとギヤに自動発電装置とLEDライトをつなぐコードが切れて灯りが使えないぼろのママチャリを車庫から出していたのだ。
 さてと、話を戻し、自転車に足を跨ぎ再度こぎ始めると、右には歴史のありそうなレンガ積みの洋館ともいえる建物、左には綺麗なのか汚いのか分からない水をためているプールのような格好の池が指で数え切れないほどある風景が見える。そう、この左右に望む施設が西谷浄水場である。百十数年にわたり井戸を掘っても海水しか出てこない港の見える横浜に、相模川の水をパイプで運びここで更に飲み水に変え横浜の水を支えているのだ。浄水した水を効率的に埋立地であるみなとみらいへ運ぶためにこんな小高い山に建てているのもあってか、併設されている先ほどの左に見えた洋館“横浜水道記念館”の4階からはランドマークタワーから鶴ヶ峰の風景の一変させたタワーマンションといった横浜市のありとあらゆる風景を見渡せるのだ。まあ、今日はここに行っているともう日が暮れてしまうので足を急いだ。
 先に進んで地元のサッカーチームの練習場を右に見ながら私は左に曲がる。ペダルが軽くなった自転車は息を吹き返したかのように軽快に走り、やがてアスファルトで舗装されているものの左右共に木々に覆われた暗い道ヘ吸い込まれていった。夕暮れ時の涼しい風が今では私が進むのを拒むように強く吹いていた。それでも私は進むしか頭になかった。
少しすると木々の隙間が広がり、小高い丘に見下ろす広場が見えた。その広場がたちばなの丘自然公園である。私は公園の入り口に工事中でよく見るようなゴム製の駐輪場とかかれたマットの上に自転車をとめ、自転車を阻むようなジグザグの柵を乗り越えて歩を進めた。うっそうと茂る緑の至るところにコンクリートと下にレンガが積まれていかにも頑丈そうな坑道が点在していた。火薬を保管するために作られた強面の煉瓦を鉄格子の外からのぞくと奥には私が住むのどかな保土ヶ谷の町とはかけ離れた、大魔神がマウンドに立つような威圧感と立会い前の力士同士がにらみ合っている様子を固唾を飲んで見守る国技館のような緊張感が交じりあった重苦しい雰囲気があった。だが一方で近所の人が散歩コースで何気なく使っているのを見るとその重苦しさもすぐに解消されるような弾薬庫のある風景として馴染みこんだ落ち着きがあった。
 それはそうと、日が暮れる前に探索を進めなければならない。二、三百歩歩ほど歩けばすぐに土で踏み固められた登山道のような坂道が現れる。ここを登れと暗喩的に示しているようだ。一人でゆくのは不安にも感じられたが、偶然後ろからおじさんが散歩コースといわんばかりに堂々とした足もちで迫ってくる。ある意味の外圧ではあるが、私は前へ前へ進めるきっかけをえた。坂を登ると、今はなきベルリンの壁を髣髴とさせる成人男性の平均身長よりも少し高い立ち入り禁止という文字の書かれたぼろい壁が埋まっていた。おそらくこの森は、弾薬庫を物理的なものだけでなく自然に隔てるものだと心に書き留める。
 ふと、湿った落ち葉のフカフカした地面を踏んでいると、私はこんな自然に迷い込んだが時間を忘れてもっとこの自然の風に吹かれてみたいと思った。まあ、自転車のライトがなくても帰れるし、何よりも、せっかくこんな豊かな光景を今目の前にしているのに帰るのはもったいない。ジジジと相変わらず、ヒグラシは叫んでいるがこの音も、弾薬庫のある空気の重みもふかふかの地面も現実であり、普段味わえないものを目の前にもう少しすごそうと思った。
 少しして、十分に公園を満喫した私はゴムシートを敷かれた駐輪場から反射板しか安全装置として使えなそうな自転車を再び取り出して、たくさん歩いた足をフルに使い走り出した。
すっかり暗くなった森を抜けると、ピンクの建物が左右に連なる団地が見えて緩い坂をブレーキを踏みながら下っていく。眼下が開けて、空の明るさが再び感じられるような場所までくると片道だけで3車線はあろうかという環状2号線へ抜けていた。帰ろうとして右車線の現在地から左車線に行こうとして旭バッティングセンターを見下ろす歩道橋に自転車を西谷浄水場へ向かう時と同じように押し上げて、一息つく。暮れかかった茜色の空に映える多くの自動車が行きかう都会の風と緑に囲まれた自然の風が複雑にまじりあった受けていた。

著者

西沢哲