「働く女」ハル

 月曜の朝から冷たい雨が、静かに降っている。駅まで七分程だが、傘を差さなければ髪から雨が滴り落ちて、電車の中で変な眼で見られるだろう。家を出る前から会社に行くのが面倒になった。
 いつもの時間に駅に着く。雨が降っている日はホームがいつもより混んでいる気がする。
どんなに混んでいても、人にぶつかることなく先に進む事ができる。
特にすごいのは、これから向かう横浜駅の中央通路だ。縦横無尽に人が行き来しているが、ぶつかっている人を見る事はほとんどない。人の波間に道が見える。何十年も社会人生活を送っているからか、日本人の体質なのか、自然に人の歩みのタイミングを見ている。
無事にJRの改札に入ると、糸と糸が交差する織物になった気がする。
 三ツ境駅から女性専用車両に乗る。私が子供の頃にはなかったものだ。子供の頃になかった物はたくさんある。
携帯電話、ディズニーランド、パソコン、電子マネー等々。今の携帯電話はスマホだ。車内の大半の人がスマホを見ている。十代の頃は待ち合わせの人が来るまで、理由も判らずに何時間も待った。
社会人になりたての頃は現金出納帳を手書きでつけ、金庫の現金と合わせていた。
何年か働くと、付き合っている人はいるのかと上司に聞かれる。女性は結婚すれば会社を退職し、家庭に入る時代だった。
高校生の時にウォークマンのイヤホンを付けていたら、席を譲られた事もある。身振り、手振りで席を譲られたので、耳が聴こえない人だと思われたと思う。イヤホンをしている高校生がそれだけいなかったのだ。
四十代までは、合理的な変化は好ましかった。最近は少し寂しさを感じる。
 車窓から見る、線路沿いの家が子供の頃から変わらない事に安心する。旅先から帰ってきた時、仕事で疲れた時、やっと帰ってきたとぼんやり思うのだ。
父と母の間で、窓に向って座り外を眺める幼い子の自分を思い出すのだろう。
平和だとは言い難かった家庭での、数少ない幸せな時間。
無放備に寝てしまっても、連れ帰ってくれた
父の腕。
変わらない風景にそれを思い出し、つかの間
癒される。
変われば、思い出が薄くなり、いつか忘れて
しまうのかと思う。
西谷の焼却炉が新しくなった。それがとても
寂しいのだ。西谷のプールにはたくさん通った。監視員の人がとても厳しくて、唇が紫だと何度もプールを上がるように注意された。
結局プールに入っている時間より、プールサイドにいる時間のほうが長かったのだ。
その記憶が変化してしまう気がするのだ。
 混雑する車内で、乗り慣れていない人の立ち位置に現実に引き戻される。
 慣れていない人はすぐに分かる。人との距離感と荷物の持ち方を混雑具合によって変えていない。
車内にはなんとなくルールもある。
例えば、座っている人が立ったら、その人の
前に立っている人が一番に座る権利がある。
まったく何も考えていない人もいる。
自分の肩幅よりも足を広げて、隣の人の太ももについている人。空いている隙間が、体の幅よりも狭いのに強引に座る人。ドアの横に
立っている人のカバンが端に座っている人の
頭に当たる。
 短い通勤時間にいろんな事が起きる。
ヘッドバッキング女子高生。突然、首を振り出した。周りの人とアイコンタクトする。
「怖いね。」「触らぬ神に祟りなし」
女性専用車両に乗り込んでくる若いカップル
抱き合って、朝からキスまでする。
羨ましいと思うとでも思っているのだろうか
またもや周りの人に目配せして、目で会話する。
「ケッ。アホだろ。」
「バカップル」
これから働きにいく女性たちの冷めきった感想だ。
 そんな事がある中、定時に横浜駅に到着する。
雨の降る憂鬱な月曜を乗り越えれば、仕事に追われ、あっという間に週末になる。
 帰りに変わらぬ風景を見るために、今日も駅に降り立とう。

著者

ハル