「先生へ」はいむ

拝啓と書けば手紙らしくなってしまうので、手紙の文体を気にせずに好き勝手書かせてもらう。大体、あなたは性格と言い行動と言い適当な人間だから気にしないと思うが、もし気にするのであれば、今のうちに謝罪しておきたい。
ただ、たとえ君が気にしたとしてもあなたの周りの人間はあなたのことを適当な人間だと思っているし、たとえあなたが「僕は決して適当な人間じゃない! 僕はとても丁寧で繊細な男だ」と思っていたとしても、わたしが否定をして、認めるまで言い続けてあげよう「あなたは適当な人間だ」とね。

あなたと前会ったのはいつだっただろうか。正直あなたのことを批判しているからと言って、自分がしっかりしているとは毛頭思っていない。むしろあなたとは適当さにおいてはいい勝負ができると考えている。もし、世界一の適当人間を決める大会があるのであれば三位以下は分からないが、一位二位は私とあなたが独占をすることになるに違いない。しいて言えば三位には藤沢の吉田さんが入るかもしれない。彼女は、外面はとても美しくて世の男を魅了するが、内面は非常にずぼらで、以前彼女の家に行ったことがあるが、プラごみの袋が散乱していて洋服もタンスにしまわれておらず、ベッドの上に出しっぱなしに置いてあり、洋服の上にはぬいぐるみやらリモコンやらが置いてあり、汚部屋というものはまさしくこう言うものだとしみじみ感じた。ただ、そのずぼらな点は彼女自身の生活の身に作用するのであり、周りに影響をおよばさない点を感じるとまだまだ適当さが足りないと思ってしまう。だからこその三位なのだ。
でも、もしかしたら彼女はもう立派な人間になってしまったかもしれない。まぁ、そんなことはどうでもいい話だ。

あなたのことを私は今まで先生と呼んで、あなたは「なぜ私のことを先生と呼ぶのか」と私にいつも聞いてきた。私が他のあだ名で呼ぶと「私のことは本名で呼べ」と矯正を促してくるのに、「先生」だけはそう言う風に尋ねるだけだった。隠してきたつもりはないのだが、
先生とあなたのことを呼んでいた理由と言うのは実に単純で、私がそこまで深い意味であなたのことを先生と呼んでいたわけでは無いからなのだ。
もっと言ってしまえば、あなたのことを先生と呼び始めたのは三年前の私がまだ大学一年だったころに、学食で食事をしていた時にあなたが「生卵というものは実に不思議なものだ。なぜこんなにもうまそうな見た目をしているのだろう」と訳の分からないことを言ったのがきっかけだ。あの言葉があなたにとって深い意味だったものか浅いものだったかは知らないが、私はそんなものすごくどうでもいいことを馬鹿みたいに真面目に論じていたのを見て「先生」とあなたのことを呼び始めたのだ。理由としてはそれぐらいだ。

その後私とあなたはなぜか意気投合をして、両方で金を出し合いつつ大学近くのアパートを借りようとしたが、契約する四日前に不動産屋から「いや、なんか火災になっちゃいまして、申し訳ないんだけれどもいったん契約は待ってくれますかね?」と言われて、流れてしまった。結局その後、大学から軽く遠い大和の地にアパートを借りたわけだが、借りた初日にあなたはひどく大和のことを言っていたのを私は今でも覚えている。

「大和と言う街は、大都市でもないくせにカラオケ店が馬鹿みたいにあり、人もたくさんいるわけでもないのに酒屋やバーもあり、無駄なほどにスーパーを作り、コンビニなんて見渡す限りたくさん存在する。昼は馬鹿みたいに静かな街も、夜は喧騒と喧嘩が町全体を包み、白猫までもが恐怖の対象に見えるのだ。よく見てみろ、駅のケーキ屋は何を作っている。ケーキなどでは無い。動くロボットを建造しようとしている。あれはとてつもなく恐ろしいものだ。なぜ、こんな町に人が集まるのか、なぜこんな町に私は住まなければならないのか……金があればもっと良いところに、横浜にでも住みたいものだ」

こんな風に言うから「でも、金もないんだから仕方のないことだ。あきらめろ」と私が言うとあなたは「うるさい、そんなことは嫌でも分かっている」と泣きっ面で言っていた。
だが、それが一年も過ぎると「いやぁ、大和というものは非常に合理的な街で横浜の様な見掛け倒しの街よりも住みやすい街に違いない」と手のひら返しをした。あなたらしいと言えばあなたらしかった。

しかし、その後すぐにあなたは「申し訳ない」と言って出ていってしまった。あの時ほど、私は悲しかったことは無い。そして、私はその後あなたが大学を去っていた事を知ったのだった。

今、私が書いている手紙は何処に届くか分からない。というか、今書いている時点ではどの宛先にするかまだ思考している最中だ。だからこれだけは言っておきたい。もし届かなかったらごめん、と。でも、こうでもしない限り私はあなたに対して話しかけることすらできないのだ。

前、君の故郷が北海道で子供の頃は寒さの中に暮らしていたという事を聞いたことがある。もしかしたら、君は今故郷に戻りよく分からない論を述べて、体を温めながら冬を越そうとしているのかもしれない。
私は今、あなたと過ごした家で一人大和の明るくも寂しい景色を眺めている。もしあなたと共に暮らすことが出来るのであれば、この寂しさも、ずぼらな感覚で楽しく愉快な気持ちにさせてくれるに違いない。

長い手紙と言うのは、実に見にくく実に詰まらないものだからあなたはもしかしたら最初と最後しか読んでいないかもしれない。だから大事なことはここに書くことにした。

先生、早く戻ってきてください。そうしないと、あなたのことを忘れてしまいそうです。

名前どころか、あなたの姿かたちが思い出せなくなってしまいそうなのです。残るものが先生と言うのは、なんとも悲しいものです。

さて、長い手紙を長々と長い時間をかけて読んでくださってありがとうございます。
左様なら、さようなら。またいつか会えるのを心待ちにしています。

来春私は、大和の駅で働くことが決まりました。大和にお立ち寄りの際はぜひ探してみてください。その時だけは、駅員とお客様の関係ではなく先生と生徒の関係に戻れるはずです。
それでは、

                                               あなただけの生徒より

著者

はいむ