「八駅分の冒険」トリウミドウ

思えば、電車に乗るのはいつも「雨の日」と「特別な日」だった。当時大和にあるスイミングスクールに通っていて、そこへは毎日自転車を漕いで向かっていた。雨が降るといつもより少し早く家を出て、たった一駅分の列車旅を楽しんだ。
もうひとつの「特別な日」は星川にある祖父の家へ遊びに行く時だ。普段、我が家の移動手段と言えば専ら自動車である。勿論家族全員で帰省する時は荷物を好きなだけ抱えて車に乗り込んでいた。
ただし、例外がある。姉妹で星川へ向かう際は相鉄線の各駅停車を使っていた。姉妹、もっと正確に言うと私と妹のふたりきり。なるべくコンパクトにした荷物をリュックに詰め込み、それを膝に抱えて赤いシートに並んで座る。二歳下の妹は物怖じのしないはっきりとした性格だからか、二人だけの乗車に不安がるのは私ばかりであった。
人見知りで、どこか地に足がつかない性格の私は両親から「瘋癲者、野良犬」等と評されており、しばしばトラブルを巻き起こし家族をヒヤリとさせる子供だった。対して妹は要領も良く、その上悪い見本である姉の背中がいつも少し前にあるものだからか、大抵のことは上手くやってのけた。あの時、私の間抜けで突拍子のない計画に乗らなかったのも頷ける。
ある日、ふと思った。普段電車で向かう祖父宅への行路を徒歩で行ってみてはどうか。当時はまだ携帯電話すら持っておらず、地図の読み方もよく分からなかった。しかし私にはゴールへと辿り着く自信があった。単純な脳内には自宅の団地から祖父の家まで、車窓から眺めていた線路が一直線で繋がっていた。相鉄線を辿って行けば良いのだ。道筋よりも心配なのは、両親に言えば必ず止められてしまうであろうという事だった。
私は誰にも告げず妹だけを誘って行く事にした。親にしても祖父母にしても驚きこそすれ、やり遂げてしまえば喜び、褒めてくれるだろうと信じて疑わなかった。しかし、妹は冷静だった。
曰く、二人一緒にいなくなってしまうと大騒動になってしまうだろう。それを阻止する為に出発に気付いた家族に説明する者が必要だ。その役を買ってでようと言う。
なるほど、と感心した。全くその通りだと思った。それならばと次の土曜日に出発すると宣言する。妹はただ黙って頷くだけだった。
彼女が私の計画を否定も肯定もしなかった事から察するに、この冒険のオチを予見していたに違いない。
出発はまだ陽も登り切らない早朝だった。ただひとりに見送られて音も立てずに玄関を出る。幸いにもその旅立ちに気付く者は誰もいなかった。人通りはなく、まるで世界中がまだ起きだしていないかのように静かだ。初めてひとりきりで吸う清々しい空気に、湧き上がるのは自信だけだった。ポケットから前夜に作成した地図を取り出す。自宅から星川駅を手書きの線路でつなぎ、その間に通過する予定の駅名を書き込んだだけの、落書きのような地図だった。その地図を見るとたいして距離が無いように感じ、より一層ゴールへの確信が高まる。
けれども確信が不安へと変わるのに、そう時間はかからなかった。スタート地点に定めた瀬谷駅に到着し、横浜駅行きの急行を見送る余裕はあったのだが、歩き出してすぐに気が付いた。まずもって、線路と平行に進む道はそう無い。それでも最寄駅の周りは普段から見知った道であるから気楽なものであった。思ったより遠回りになりそうだぞ、と呑気に歩く。
三ツ境駅を過ぎ、希望ヶ丘へ向かう途中、だんだんと不安になってくる。一度住宅街に迷い込むと電車の影も見えなくなった。一駅も歩けばそこは全く知らない土地だ。時折足を止めては耳を澄まし、風にのって聞こえてくる踏切の音に胸を撫で下ろす。
不安を振り払うために、朝食をとろうと決めた。今朝、私と一緒にそっと起き出した妹が握ってくれた特大のおにぎりである。住宅街にポツリとあった小さな公園で時間をかけて食べた。早くも足は痛むが、まだまだ元気は良かった。長過ぎる程の休憩を終え、ぼちぼち歩き出す。
車窓から見たことのある場面に出くわすと不思議な気分になった。あっという間に通り過ぎてしまう場所を、じっくり時間をかけて歩いている。私にとってただの通過点でしか無いこの場所も、誰かの住む町なのだ。近くに住んでいても歩き回る機会はそうない。いつも電車から見下ろしていた大きな川を背にして、電車を見上げ、あの中からこちらを見ている人がいるのかとぼんやり思った。赤いシートを思い出し、そこへ座っている時には分からなかった距離を嫌でも感じる。祖父の家はこんなにも遠かったのか、と自分の能天気を少し呪った。書いた地図を確認し、自分で作成したものであるのを棚に上げて、こんなもの出鱈目じゃないかと毒づく。
一歩一歩進む毎に、いよいよ足取りが重くなる。疲労の色が濃くなるにつれて不安が膨らんできた。一体どれだけの電車に追い抜かれていっただろう。妹は今頃上手く説明してくれているだろうか。そもそも、本当にこの道は祖父の家へと続いているのかどうかも怪しい。次から次へと泣き言ばかりが浮かんでは消える。段々この冒険自体が失敗に思えてきた。そんな気分を吹き飛ばす為に、通過してきた駅を指折り数え気持ちを奮い立たせる。あと二駅でゴールに辿り着く。今まで歩いてきた道のりを考えればなんて事のない距離だ。
見覚えのある駅が遠くに見えてきた。星川駅だ。安堵で涙が出そうになる。やはり相鉄線を辿ればちゃんと着くじゃないか、と笑う。しかし、そこで気付いた。祖父の家は駅から更に三十分程歩いた先にある。しかも途中に途方もなく長く急な坂があるのだ。思わず立ち止まり大きな溜息をつく。次に祖父の家を訪ねる際は必ず電車を使おうと心に固く誓った。
祖父の玄関を叩いたのは、昼を随分過ぎてからだった。祖母は苦しくなるほど私を抱きしめ、祖父は随分かかったなと呆れたように言った。ゴールの報せを聞いた母が車で飛んできて、しばらく口もきかなくなる程きつい説教をくらわせた。その足で車に乗せられ、拍子抜けする位短時間で自宅へと連れ戻された。父だけは私を叱らなかったが、誉めることも決してなかった。思い描いたような結末にはならず釈然としないまま、たった八駅分の冒険は幕を閉じた。
大人になった今、毎朝急行に乗って横浜へと向かっている。滅多に乗る事のなかった電車に毎日乗り、ぼんやりと車窓から外を眺める。沿線の町並みは日々変わって行く。当時見た風景と随分変わってしまった場所もある。それでも、こうして相鉄線に乗れば、あの日の情景が脳裏に浮かぶ。あの時、歩き疲れた私が、車窓の向こうからこちらを見上げているのではないか、とそんな気持ちになった。

著者

トリウミドウ