「卓球沿線」早川洋生

 小さな虹を描くように、ドライブ回転のかかった白球がバック側へ食い込んできた。マリヤは素早く回り込むと、跳ね上がる前の低い打点でラケットを思い切り振り抜いた。弾かれた白球は「パキューン」と快音を発し、対角線上の一番深い所を一瞬のうちに突き破った。「ナイス・スマッシュ!」すかさず応援席から声が飛ぶ。  ここは関内にある体育館。高校選抜卓球大会横浜予選の真っ最中だ。今しも選ばれた選手による女子個人戦が白熱した展開を繰り広げている。既に準決勝戦まで進んでいた。1ポイント上げる度に、ひと際黄色い声援が館内に響き渡る。  中川貴之は2階の最前席でそっと観戦していた。まわりの歓声がなぜか心地良い。卓球試合をこうして眺めるだけで妙に落ち着く。ましてや今、目の前のコートにいるのが教え子のマリヤとあってはなおさらだ。よくぞ短期間でここまで上達し、勝ち上がってきたものだ。そう思うと、自然に胸が熱くなる。貴之はそっと目をつぶった。半年程前のことを思い出していた・・・。  6月下旬。あじさいが職業訓練センター玄関前に咲き誇っている。燃える紫のたたずまいはまるで貴婦人のようで、来訪者をなごませてくれる。希望ヶ丘にある公営の職業訓練センターはその歴史も実に古い。今では求職者のための職業訓練だけでなく、在職者のための能力開発にも力を入れている。さらには社会的弱者である高齢者や障害者に対してもきめ細かな就労・生活支援を行っている。  この日、隣接しているK高校から思わぬ来訪者があった。併設している定時制高校で進路指導の主任をしている星野志保先生が足早に顔を覗かせた。実は貴之とは旧知の仲だった。貴之は長年に亘り、民間会社で技術者として、主に航空システムの開発に携わってきた。定年を繰り上げて神奈川県立高校の情報専任の教師になったのが今から10年ほど前のことだ。その時、新米教師だった貴之の面倒を見たのが星野先生だった。  現在は高校教師を定年退職し、ここ希望ケ丘で訓練生の就職支援に就いている。短い期間ではあったが、情報処理の専門科目を教える傍ら、星野先生と一緒に生徒の進路指導に関わったことは記憶に新しい。 「びっくりした。まさか中川先生がこちらでお仕事をされているなんて思いもしなかったわ。そうと知っていればもっと早くご挨拶に伺ったのに」 「こちらこそ驚きだよ。こんな所で再び手厳しい指導員に出会うとは」  複数の同席者がいた。しばらくの間は2人だけの話題に終始したので、あっけにとられたままだ。やがて、星野先生から本題が切り出された。それは職業講話の依頼だった。現在、K高校定時制科で進路指導主任をしている関係から、生徒達に将来に向けた職業観をきちんと植えつけたい、そんな思いで相談に来たのだった。  話はトントン拍子に進んだ。実を言うと、貴之は毎月のように訓練生に対する職業講話をしている。その訓練科目に合ったホットな就職市場の動向に加え、求人票を例に職務の魅力や将来性などの情報を提供する。何よりも訓練生目線で熱く語りかける。質問も引き出し、双方向の議論に導く。おかげで訓練生たちの評判もすこぶるいい。定時制生徒も訓練生もその究極の思いは同じだ。ときめく仕事、将来が輝ける仕事に就きたい。それが最大の願いだから。  ランチタイムになった。貴之は星野先生達を誘い所内の食堂に案内した。このセンターには食堂がある。訓練生や職員達が手軽においしいものをいただける。その意味でも訓練に集中できる環境は素晴らしく、訓練生にも人気を得ている。  希望ケ丘は相鉄線のほぼ真ん中あたりに位置している。街並みはその名のとおり、決して平坦ではなく坂道の繰り返しだ。商店街は昔ながらの店が多い。買い物客も、このご時世、高齢者が圧倒的だ。K高校やH高校など教育施設も多く存在している。高校生達の闊歩する姿は街を明るくする。強いて弱点を挙げるとすれば、車道に押されて歩道が確保されていないことであろうか。裏返せばこれも昔ながらの街並みだという証拠でもある。車の方もわきまえていて、たとえ歩行者が車道にはみ出しても滅多にクラクションを鳴らさない。歩道が狭いことをわかっているのだ。これが希望ヶ丘ルールにもなっている。 何よりも魅力的なのは、横浜まで電車に乗って15分で着くことだ。通勤事情を考えると、ものすごく便利だと言える。ただ、近年は通勤客が増えた。朝夕のラッシュにはいささか閉口することもあるが、時間的メリットを考慮すればそれもいたしかたないのかも知れない。買い物だけでなく、医療や文化活動など豊かな生活を過ごすための環境も整っている。おかげで若い人もたくさん住むようになった。いずれにせよ、元気な声が飛び交う街になっているのは実に喜ばしいことだと、貴之は思っている。  貴之が住んでいるのは緑園都市である。いずみ野線の開通に合わせて急激に発展した街だ。その意味では交通インフラを推進してきた相鉄の存在がものすごく大きい。もっとも、これは相鉄に限ったことではない。小田急や東急などすべての鉄道会社がやっていることだ。鉄道を母体に、不動産、建築、商業などあらゆる関連事業が有機的につながることで新しいコミュニティがつくられる。そうして新たな街ができるわけだが、ここで大事なことは、そこに住む人々の希望や情熱をいかに取り入れるか。社会インフラは確かに必要だが、住民達の思いが溶け込むことができなければ魅力ある街とは言えないだろう。  緑園都市はお嬢様大学として知られているF大学のキャンパスがあることでも有名だ。また伝統あるアメリカンスタイルの街並みが取り入れられ、遠くからわざわざ見物に訪れる観光客もいるほど。それだけではない。自然が豊かなこと。忘れてならないのは由緒ある神社もあちこちに点在することだ。そうした時代を超越した歴史的風情がバランスよくたたずんでいるのが、何とも魅力的だと言える。貴之が気に入っている由縁でもある。  職場のある希望ヶ丘へは電車で通勤している。二俣川で乗り換えるのだが、電車もさほど混んでおらず、のんびり車窓を楽しめる。今の職場を選んだ理由は、そうした通勤事情の利便性もあるが、それだけではない。その仕事に深い愛着を感じていたからだ。  貴之は製造会社の技術者だったので、モノづくりに興味があった。ただ、日々の感激というものが意外と少ないことに気付いた。その点、人と関わる仕事は刺激があり、とてもわくわくする。特に就職支援という仕事はその場で訓練生と一緒になって、将来を考え、悩み、作戦を練る。それらを応募書類に反映させ、面接対策のプレゼンに活かす。希望した就職先から内定通知をもらった時は、訓練生と同じ気分で達成感を味わえる。これ以上やりがいのある仕事が他にあるだろうか。そんな思いを膨らませ、まずは高校教師を目指した。幸い、教員資格は大学時代に取っていた。ただ資格があっても実際に教壇に立てるかどうか。すでに50歳を過ぎていた。本当に高校教師として就職できるのか、何よりも家族の納得が得られるか、それが大問題と言えた。知人に相談を持ちかけたら、「何と無謀な」と突き放された。だが、最後に妻の一言でぶっちぎれた。 「あなたがやりたいのなら、やればいいじゃない。その代わり、絶対後悔しないでね。それと私と娘を餓死させないと約束して」  その時、娘の真樹はまだ16歳。高校に入学したばかりで、家計面でもこれから大変という時だった。こうした難しい状況ではあったが、貴之は何とか自分のやりたいことを貫いたのだった。  ランチを共にしながら、昔話が一段落した時、星野先生が突如として、ある生徒の話をし始めた。マリヤという17歳の生徒だった。彼女はフィリピン生まれの母親と上星川に住んでいる。不幸な出来事に見舞われた。それはマリヤが6歳の時。日本人の父親が交通事故で亡くなった。それ以来、母子家庭となった。でも母子は決してくじけなかった。そのまま日本に残り、母親がパン屋で働きながらマリヤを育ててきた。今、マリヤはK高校定時制に通学している。マリヤは勉強もできる方だが、バイトも頑張っている。何よりも卓球がとても上手だという。市の大会でも何度か上位入賞を果たしている。全国レベルも期待できるほど。だが、あいにくK高校定時制には卓球部はない。卓球同好会はあるものの、競い合う仲間がいない。練習もままならない現実がそこにあった。 「もしかして、私にマリヤの卓球指導をして欲しい、って思ったりしてないよな?」 「察しがいいわね。昔とちっとも変ってないわ。そんな所が中川先生のいい所ね」  実を言うと、貴之は大学時代から卓球の選手だった。社会人になってからも実業団で活躍した。転職を決めた後、初めて赴任したのがS高校だ。そこでは当然のように卓球部の監督となった。そしてわずか3年で、県大会で団体入賞するまでに鍛え上げた。星野先生は貴之が来るまでS高校の卓球部顧問だったが、残念ながら選手経験は乏しく、技術指導も自信がなかった。貴之の出現はまさに渡りに船だった。そうした関係から今回の話を持ち出したのだった。  K高校の体育館。どこかうら寂しい灯りの下、3台の卓球台が並んでいる。卓球同好会の生徒が5名ほどいて、懸命に白球を追いかけている。その中にあって、中央の卓球台だけは別次元の躍動感を醸し出していた。 「マリヤ、カットボールを打つ動作がなっていない。ドライブはラケットを持ち上げるんじゃなくて、ボールを引きつけ、瞬時に擦り上げると同時に前に押し出すんだ」  マリヤが貴之の下向きカットにてこずっている。卓球には大きく攻撃型とカット型に分類できる。圧倒的に多いのは強打で相手を圧倒する攻撃型だ。他方、カット型は下回転をかけ、相手のミスを誘う戦法で守りを得意とする。かつては欧米選手に多く見られた。最近、またカット型の選手も増えてきた。希少価値というか、相手が慣れていない球を出すことで自分が優位に立つ戦術でもある。カット球は普通に打つとネットにひっかかる。それを避けるべくドライブをかけるのだが、多くの場合、ラケットを上に持ち上げるだけ。これではいけない。浮球となるため、相手コートに入ったとしても逆に強打される。 「浮き上がった球はドライブをかけずにストレートに叩け。つなぎが多すぎるぞ」  貴之が仕事を終え一旦帰宅した後、隣接したK高校に足を伸ばすようになって、早や3カ月が過ぎようとしていた。自宅は緑園都市なのでそれほど面倒ではなかった。自家用車だとおよそ10分で着く。星野先生から何となく頼まれた格好で臨時卓球コーチをするようになっていた。マリヤの腕前は確実に上達して行った。サーブ・レシーブがまだ粗削りだが、その方がいい。下手に悪いクセがついていない分、吸収力も大きく確実に上達するからだ。他方、ラリーに持ち込んだらすごい。打球の鋭さはとても女子高校生とは思えない。貴之も舌を巻くほどだ。  今日は7月の最終土曜日。学校が休みだ。貴之の都合がつき、朝から練習を行うことにした。当然のことながら、定時制でない普通科の卓球部員も大勢いる。あらかじめ星野先生が根回しをしてくれていた。マリヤと貴之が体育館に現れても誰も不思議に思わない。それどころか、かつての全日本クラスの卓球選手が特別にコーチ役として来ると知って、いつもより緊張した雰囲気が漂っている。  指導練習は試合形式で実施した。マリヤだけではなく、普通科主力の卓球部員にも適切な指導をした。どこが悪かったか、どうすればいいか、貴之の強みはそれらを具体的に行動で示せる所だ。理屈も大事だが、それだけでは生徒たちに伝わらない。動きや打ち方の細部まできちんと見本を見せ、結果としてその打球がどう変化したか、そこまで指導してこそ相手は納得するのだから。  これは就職支援も同じだと思っている。応募書類の添削で、「ここはもっと自分の思いを強く書いて」と一般論で指摘するのは簡単だ。だが、それだけでは相手に届かない。「私ならこう書くが」と実例を示すことが大事だと思う。貴之はそれを実践してきた。  休憩時間。貴之はいつになくマリヤが元気ないのに気づいていた。 「何か心配ごとでもあるのかな」そっとマリヤに近づき語りかけた。微妙な年頃である。やたらとプライバシーに踏み込むのは当世、避けなければならない。 「お母さん、とても具合が悪いの。家でずっと寝ている」小さな声で応えるマリヤ。少しだけわかった。マリヤの母であるセリナが風邪をこじらせた。仕事も休みがちで、大半の家事もマリヤがやらざるを得ない。とても卓球をやっている状況ではないのだという。精神的にもかなり滅入っている様子だった。でも、秋の選抜大会が迫っていた。マリヤはこれまでの実績から個人戦の選抜メンバーになっている。星野先生も卓球同好会の仲間も応援してくれているのがよくわかる。もちろん親身になって指導してくれている中川先生のためにも是非、出場して入賞、できれば優勝を狙いたい。そんな思いでいっぱいだった。声を詰まらせながら語るマリヤに対し、貴之は大きな声を出した。 「よし、今日の練習はこれでおしまいだ。気分転換に外を歩き、それからおいしいものを食べに行こう。」  そうと決まれば行動は早い。貴之はマリヤを連れて車に乗った。向かったのは大和から厚木街道方面にある引地川公園ふれあいの森である。ここは緑が豊かで四季の花が楽しめる。散策するのはもってこいの憩いの場となっている。貴之も家族とたまに来る。森の中を歩き、心地よい汗を掻いた後に、妻特製の筋子おにぎりをほおばるのだが、これが最高にうれしいひととき。家族の笑顔に包まれ、手作り弁当に舌鼓を打つ。これ以上の喜びがあろうか。そして今、貴之はマリヤと一緒にいる。小川の流れが何とも素直で優雅なメロディを奏でていた。子供ならずとも思わず素足で浸りたい、そんな気分にさせるから不思議だ。滝のそばで一休みする。  マリヤとは卓球に関して技術的な話はするものの、それ以外のことはあまり知らない。これまであまり話題にしたこともなかった。敢えて触れない方がいいとも思っていた。しかし、卓球を教えている以上、何も知らないままではかえって無責任ではないかと、近頃思うようになった。どんな悩みがあるのか、ある程度理解しないと、この先何も進まないのではないか。そんな事情を察してか、マリヤの方から語り出す雰囲気となったのは幸いだった。そして心配ごとが少しわかった。学校との両立をどうすべき迷っている。今のままではお母さんに負担がかかる。自分も早く働かなければならない。卓球もやりたい。でもお金もない。実は使用している卓球ラバーも2年以上替えていないとか。選手クラスなら半年、丁寧に使っても1年でラバーを交換するのが普通だ。それだけラバーは疲労するのだ。マリヤのラバーはと言えば、台にぶつけた跡が傷になって一部剥がれている。試合中に審判に注意されたこともあったとか。最後にマリヤはこうつぶやいた。 「卓球はもう続けられないかも知れない」  貴之は思わず空を見上げた。青空のキャンパスに飛行機雲が一直線に寝そべっていた。雄大な景色とは裏腹に、貴之の心は揺らいでいた。マリヤの顔を見るのが辛かった。  ややあって頭を下げた。定時制高校だけは続けた方がいいと思った。好きな卓球も何とか続けられないものか。素質があると確信している。卓球を続けることで将来の展望もきっと開けるはず。そう予感しているからだ。卓球選手を歓迎している企業は実に多い。卓球の実力があれば就職面でも極めて有利なことはまちがいない。そこまで思い込んだ時、ふと貴之の脳裏にある顔が浮かんだ。今井綾子だった。綾子とは昔からの卓球仲間でもあり、同時に教え子でもある。綾子と呼び捨てにしているのもそうした関係から。綾子は貴之が実業団で活躍していた頃、地元の銀行に入って間もなくの新人で、当時としては目立たない卓球選手だった。大学時代の卓球仲間が同じ銀行に勤務していた縁から、幾度となく指導に出向いた。結果的に綾子は大きく花を開いた。もともと素質があったのだろう。貴之の助言を取り入れる素直さもあったし、練習にも人一倍熱心に取り組んだ。みるみる勝ち星が増えたのには指導した貴之も驚きだった。やがて結婚退職し、その後はママさん卓球の指導員となった。住まいは瀬谷で、近くのスポーツセンターや地区センターで毎日のように汗を流していると聞いていた。 「卓球は続けようよ。マリヤの腕の振りと足腰の強さは抜群だよ。練習すればもっとうまくなる。もしも卓球の強い会社に入ることができれば、実業団でも活躍できるチャンスも出てくる。そのためにも卓球を頑張ろう」  これだけ言うことが精一杯だった。卓球がブームになって久しい。その愛好者は実に百万人を超えると言われている。前回のオリンピックでメダルを取ったことが一大契機になった。それ以前でも手軽にできるスポーツであることは知られていたし、現代の健康志向も拍車をかけた。  横浜は昔から卓球が盛んな地域である。特にママさん卓球はすごい人気だ。さまざまな大会が毎日と言っていいくらい、あちこちで開かれている。そうした中にあって、相鉄沿線はなぜか卓球と縁が深い。旭区や瀬谷区には強豪チームがひしめいていて、綾子もその先導役の1人であった。同じ女性同士、私以上に親身に相談相手になってくれるに違いない。それにマリヤは今、ユニフォームや卓球用具に不自由している。綾子なら中古でもいいからプレゼントできるかも知れない。 それからしばらく経ったある夜のK高校体育館。マリヤの表情がいつになく輝いていたのを貴之は見逃さなかった。 「何かいいことでもあったのかな」 「今日はとっても気分がいいの。だって褒められたんだもん」  練習の休憩時。貴之が話しかけたら、マリヤがすぐに反応した。それは通学時のことだという。マリヤは上星川駅から電車に乗ろうとしていた。目の前に年配のご婦人がいた。発車間際だったのでかなりあわてていたらしい。マリヤの前でよろけた。その時、スカートの裾が閉まる寸前のドアに挟まってしまった。こうした場合、車掌が気付けばいいのだが、そうでなくても異常を検知したドアが再び開くシステムになっている。だが、挟まれたスカート地がとても薄かったらしくドアが開かない。まごまごしていたら発車してしまう。そうなったら大変だ。とっさにマリヤはそのご婦人を抱えながら思い切り手前に引っ張った。反動で2人ともホームに倒れたが、何とか危機を脱することができた。  電車が希望ヶ丘に着いた時、そのご婦人もマリヤと一緒に降りてきた。そして、わざわざ駅事務所を覗き、居合わせた駅員さんに一部始終を語った。その上で「この若いお嬢さんに助けられたのよ」と改めて深くおじぎをされた。駅員さんからは「そんな時はホームにある列車非常停止ボタンを押すんだよ」と一言。「でもそんな余裕はなかったかも知れないな。とにかく二人とも無事で良かった。ありがとう」と最後に感謝の言葉を添えるのを忘れなかった。  マリヤはとてもいい気分になった。人に感謝されることはめったにあることではない。フィルピンから移住し、苦労の末に日本人と結婚した母の幸せも束の間、父の交通事故死という悲劇に見舞われた。マリヤはそうした母の辛い思いを自分のことのように抱えてきた。だから、人に対する感謝の気持ちは誰よりも強く持っている。当たり前のことをしただけなのに、何度も頭を下げられた。しかも何とお嬢さんと呼ばれた。恥ずかしいほどうれしかった。この気持ちをいつまでも大事にしよう。そう心に決めたマリヤであった。  この日のマリヤは絶好調だった。いいことがあると心も自然に明るくなる。それは卓球にもすぐに表れた。いつも以上の素早い動きを見せた。思わず貴之は目を見張った。  秋の選抜大会が直前に迫っていた。ある土曜日の午後。K高校の体育館は緊迫した空気に包まれていた。この頃、マリヤは貴之の紹介による綾子からも直接、指導を受けるようになっていた。それには貴之の家庭の事情もからんでいる。貴之の妻が初期の乳癌と診断され、入院を余儀なくされた。とても卓球指導できる状況でなかった。綾子に話した所、快く引き受けてくれたので助かった。 「レシーブが甘い。相手に打たれないボールを返すこと。例えば突っつき。これはただ入れるだけではだめ。相手が打ちにくいコースと高さ、それとスピードを考えて」  ママさん卓球、それも上級者の指導員をしているだけあって、適切だけど容赦ない指示が飛ぶ。卓球は敏捷性が求められるスポーツである。加えて動視力も必要だ。瞬時に変化する球に反応しなければならない。綾子のいい所は貴之と同様に、自分でやって見せることである。それだからこそ相手が納得でき、次への進歩につながるのだ。  マリヤのお母さんの体調はすっかり回復した。マリヤの将来性を見込んだ綾子は最大限の物資面の支援もした。卓球靴も卓球ラケットもほぼ新品に変わった。そのおかげもあってかマリヤの動きは格段に良くなった。憂いがなければ全力で打ち込める。そして打球もめきめきと鋭くなった・・・。  試合は大詰めにさしかかっていた。さすがに準決勝まで勝ち上がっただけあって、これまでとは違った鋭い打ち合いが続く。ただ、相手のサーブ、特にシュート気味に横回転する球にマリヤはてこずっていた。貴之は正式のコーチではないので、今は観覧席でこうして見守るだけ。コーチ席には星野先生が付いている。5セットマッチだが、すでに2セットを連取された。 『どうしよう』マリヤの動揺が硬い表情に現れている。3セットが始まる前、星野コーチが貴之の方にちらりと視線を送ってきた。『大丈夫。まだ挽回できるさ』貴之は右手を挙げて祈るしかない。星野先生はマリヤにこうアドバイスした。「ミスしてもいいから思い切って攻撃して行こう」と。これまで2セットとも、いい競り合いをしているのだが、肝心な所でつなぐ戦法になり、結果的に相手のポイントとなった。いつものマリヤらしくない。『自信を持って』そう自分に言い聞かせるように、マリヤをコートに送り出した。3セット目が始まった。マリヤは吹っ切れたように、サーブで相手を崩しと返ってきた浮球をスマッシュする、いわゆる3球目攻撃を仕掛けた。その勢いに押されたのか、逆に相手が弱気になった。そのセットを奪うと、次の四セットも勝利した。いよいよ最終セットだ。一進一退の攻防が続き、ポイントは9対9になった。あと2本取った方が勝者だ。そしてマリヤのサーブとなった。強くバック奥を狙った球は面で捉えられず中央にふんわり上がった。『打たれる』そう観念した瞬間だった。相手の打球は自コートから僅かに外れた。相手のミスに救われた。こうなると勢いづく。次のサーブはバックから相手のフォア側ストレートを打ち抜いた。これで決勝進出が決まった。関東大会にも出られる。そう思った途端、マリヤは急に力が抜けた。疲れがどっと出た。決勝戦は相手が全国大会で入賞している強敵ということもあって、1セットを取っただけで惨敗した。  試合が終わった。その夜、貴之は星野先生と綾子を誘って希望ヶ丘の居酒屋にいた。マリヤの活躍ぶりがこの上ない肴だ。その和風居酒屋は貴之達が歓送迎会によく使う店で、カラオケのできる個室もあっていつもにぎわっている。希望ヶ丘はなぜか飲食店が多い街である。とりわけ小さなスナックが今も小路にあちこち点在している。昔ほどではないが、夜になるとネオンがまぶしく灯る。話題はいつしかマリヤのことから、今住んでいる相鉄沿線に拡がっていた。西谷から日吉までの新規路線に関心を寄せたのは星野先生だ。 「これでようやく相鉄も都心へ相互乗り入れとなるんだわ。この沿線に住む私達も臆することがなくなるわね。」  相鉄はこれまで小田急沿線駅とは相互乗り入れがあったが、都心の地下鉄とは接続がなかった。沿線住民にとって不便を感じていたし、都心のかおりを直接感じられない思い、その寂しさが潜んでいたのも事実だった。臆するという裏には他の私鉄沿線と比較した、こうした複雑な感情があったからだ。 「相互乗り入れで確かに便利になると思うけど。相鉄はどこかローカル線というイメージがあって逆に僕は好きだったな。それが消えていくのは何だか少し寂しい気もするけど」                        貴之は少し違った。それは変化に対して寛容の気持ちを素直に出せないやるせなさであり、理屈では割り切れないある種のもどかしさでもある。最近になってとりわけ感じるようになった。これも年を取った証拠かも知れないと自覚している。今、縁あってマリヤという1人の卓球好きな高校生の背中を押しているが、いつかは羽ばたいていくはずだ。それが自然な成り行きだとわかっている。人生も似たようなものではないかと思う。先のことはわからない。自分でやれることは限られている。誰も時代の流れを止めることはできない。だからこそ今を精一杯やり遂げたいと願う。そこに人間としての本当の存在価値があるのではないか。 「卓球も同じだよな。用具や戦術はどんどん進歩する。だが、はたしてどれだけ使いこなせているのだろうか?自分のやり方でいいような気もするけど」  話はどうしても卓球になってしまう。 「所で相鉄沿線には卓球愛好家が多いよね。何か特別な理由でもあるのかな?」  話題を変えると綾子がすぐに応じた。 「それはママさん卓球が盛んだからよ。地区センターの体育室を覗いてごらん。朝から晩までママさん達が卓球に夢中よ。まあ、私の影響も少なからずあるのかしら」  アルコールの勢いもあってか、綾子の口調はいつになく滑らかだ。これくらいの自慢なら今日は許される。 「そうね。相鉄沿線は別名、卓球沿線と言われているらしいわ」 「それって初耳だわ。本当?」 「今、ふと思いついただけ。でもいいキャッチフレーズでしょ」  星野先生も負けずに得意顔だ。希望ヶ丘の宴会はますます佳境に入っていく。明るい笑い声がいつまでも響いていた。                                                        完

著者

早川洋生