「向日葵」ノア

 『プラットホームに立ち電車をみるとふと思い出す。あの人は元気かしら。』
 今でも忘れない23歳の頃。今思えば、あの時あの場所があったから今があると言っても過言ではない。
 看護学校を奨学金制度を利用し、無事卒業。東京の病院に就職した。右も左もわからない田舎育ちの私には、東京の見るものすべてが刺激的だった。日々、仕事に明け暮れる毎日、帰宅したら死んだように眠る。そんな毎日を過ごしてきたある日、遠距離連恋愛をしていた彼から、『好きな人ができた。結婚を考えている。別れてほしい。』と留守番電話に残されたメッセージ。すぐに折り返す力もなかった。衝撃すぎて。            
 翌日も仕事に行く。知らない間に涙が頬に流れる。止めようと思っても止まらずトイレに駆け込んだ。なぜだろう。今までの彼との3年もの月日の重みなのだろうか。私の支えだったに違いない。
 仕事を終え、職場の同僚から避けるように帰宅した。彼からだろう。電話の留守番電話が点滅していたが、見て見ぬふりをした。
 翌日は久しぶりの休みだった。朝早く起き
新大久保駅から来る電車に乗り込んだ。何回回っただろう。ひたすら移り行く景色を見ながら立ちすくんでいた。人の出会いとは不思議なものだ。品川駅に停車したとき、患者さんに偶然であった。『今日は非番かい。朝早くからどうしたんだい。』と声をかけられた。
『今日は、なんだか外の景色が見たくて。』と私が言うと『今から、言い景色を見せてあげるよ。』と言われ、これも何かの縁だと思いお供することにした。
 何も話すこともなかったが、私の心はなぜか不思議と落ち着いていた。ついていくままに到着した駅は相鉄線、三つ堺駅という駅だった。到着し15分ぐらい歩いた所に、追分市民の森という看板があった。私は、あたり一面のひまわりの花畑に心奪われてしまった。
なんなんだろう。この美しい景色は。言葉にならなかった。『きれいじゃろ。なんの不安もなく花は咲いているじゃろ。』と患者さんは言った。『わしもよくくるんじゃよ。不安になったときは。花をみていると本当に元気がでてくるんじゃ。あんたも元気ださな。』と見透かされたように言われた。何時間見ていただろう。何時間歩いただろう。静かに耳を澄ませば鳥の声が聞こえ、風が肌にあたりささやく。真っ直ぐに空に向かって立つヒノキやスギの姿にも癒された。木をみれば、かまきりが木にしがみついている。とにかく大きいかまきりだ。小さな小川も流れていて、小さな木の橋まである。すべてがまさに一体していた。わたしも今この中にいる。平安で満ちていた。『彼と電話で話さなくては。』と自然に思った。
 夕方帰宅すると、留守番電話の点滅の赤ランプが目に入った。伝言メッセージをきくと彼からだった。『話がしたい。』との彼の一言。私以上に彼は数日間苦しかったに違いない。
私は受話器を手に取りダイヤルを押した。彼と話しているうちに自然と『しあわせになってね。夢が実現することを祈ってるね。』と彼に伝えることができた。
 また翌日から相変わらず多忙な日々が続いていた。写真でおさめたひまわりの写真が今の私の源だった。夜勤明けで、天気も良くまた電車に乗り込み三ツ堺駅に向かった。電車の中は、本当に気持ちいい。少しの揺れが心地よい眠りへと導く。三ツ堺駅に到着し、小腹がすいてきたので商店街に入った。商店街には、中華、イタリアン、八百屋、お肉屋さんと見ているだけでも楽しかった。商店街に人たちはみんなニコニコして、私にも微笑んでくれる。歩いているとショーケースに和菓子が沢山ならんだ御菓子屋さんを見つけた。
たっぷりタレにからみついたみたらし団子が目に入った。店のご主人が、初対面な私に向かって、『おいしいよ。』と言って微笑んでくれ、一つ手の上に置いてくれた。疲れた体に甘いたれの付いた団子がとてもおいしく、思わず『甘ーい。』と言い、口のまわりについた甘いたれを舐めた。団子を食べていると、店のご主人が気さくに喋ってきた。ここに住んでいる人たちは、みんな温かくてぬくもりのある人たちばかりだ。『秋にはコスモスが一面と咲いてまたこれもきれいやで。』と教えてくれた。帰りにご主人がお手拭きなで持たせてくれた。きっと、私の口の周りのみたらし団子のたれがきになったのだろうか。なぜかとても微笑ましかった。 
 今日もひまわり一面をみて、ヒノキ、スギの中を散策した。心の中でおもうがままにお話しした。とても気持ちがすがすがしかった。
 あれから3年、奨学金返済も終了し、契約期間3年の勤務も無事終了した。3年間の間、私は数えきれないほど一人でここを訪れた。
一人で来るのが楽しみだったというほうがいいだろう。一人で余韻を楽しみたかった。そして契約期間終了に伴い地元に帰ることになった。沢山の思い出を胸に。
 地元に帰り、今の主人と出会い結婚した。子供にも恵まれ幸せな日々を送っている。時々電車のプラットホームに立つと、思い出す。
『あの人は元気かしら。』あの人というのは、好きだった人も含め、電車のなかであった患者さんもそうである。あの時、あの人に出会い三ツ堺駅を知った。壮大な自然と麗しい自然の花に勇気づけられ励まされた。私には、かけがえのない時間だった。
 いつかまた行ってみたい。夢ではあの光景をみる。いつまでも心の中で生き続いている光景にいまも支えられている。

著者

ノア