「君が教えてくれたこと」sonoco

「東京行くんだって?」
「東京じゃないよ、横浜だよ。」
正確には横浜じゃなくて藤沢なんだけど。ばーちゃんからしたら、藤沢も横浜も東京も一緒なんだろうなと思いながら、そう答えた。
 俺は進学を機に、北海道の実家を出た。「北大には行きたい学部がない」と理由をつけて、「あんたのために私は…」と口うるさい親から離れたかったからだ。
 都会に憧れがあった俺は、都心にキャンパスのある学校を第一志望にしたけれど受からず、第二志望の学校に行く事になった。オープンキャンパスに行った時、実はあまりピンとこなかった。元々は工場かなんかがあったようで更地になっていて、駅前はがらんどうだった。大学も、建物や設備はすごいけれど、緑の多いのどかなキャンパス。都会がいいと思いながらも、「勉強するにはいい環境かも」とふと思った…その気持ちが、こっちを引き寄せたのかも知れないな。
 はじめは横浜で部屋探しをしたけれど、やっぱり高い。横浜じゃなかったら、印象イマイチだった辻堂か。それか乗った事ないけれど相鉄線沿線ってのもアリ。「乗り換えなしで30分で横浜だし、いいかも」と俺は検索条件を『相鉄線沿線・横浜~湘南台』に変えて、また部屋を探し始めた。
 結局は大学と湘南台の間くらいにした。相鉄線の二俣川と迷ったけれど、やっぱり学校に近い方がラクだ。二俣川の不動産屋には「これから発展していく街だし、相鉄線はあんまり遅延する事もないからオススメ」とは言われたけれど、自転車で通える方がいい。駅前にはスーパーやコンビニがたくさんあるし、バイトできそうな飲食店もある。映画が観たくなったら横浜にもすぐ行ける。それから、湘南台という名前だけあって、海にも近い。
「住むには案外いい街じゃないか。」
部屋の契約を済ませて北海道に戻る飛行機の中で、相鉄線の車窓から見た風景を思い出して、つぶやいた。山の上にある大きな神社やのどかな街並。それから、星とかゆめとか希望ってつく駅名。これから始まる毎日を想像して、自然と笑顔になった。
 大学生活は楽しかった。仲良くなった友達に誘われて、俺は軽音楽部に入りバンドを始めた。音楽は普通に好きだけれど、たまに試験終わりに友達とカラオケに行って騒ぐ位だった。楽器が弾ける訳でも歌がうまい訳でもない俺は、イスだと思って座っていたカホーンという楽器を担当する事になった。先輩方が参加したワークショップで作ったらしいそれは、ペインティングされて部室にいくつか置いてあって、イス代わりに使われていた。座った状態で叩くというカホーン。
「なんだ、案外簡単じゃん。」
俺は、友達のギターに合わせて手拍子するように叩きまくった。そして、振り返ればこのカホーンとの出会いが、俺の人生の大きな分岐点となっていた。

 実際カホーンは、簡単な楽器ではなかった。叩けば音は出るけれど、ただ叩けばいいものではないし、引き算も必要で結構奥深いものだった。授業が終わったら、バイトのない日は毎日のように部室で仲間たちと練習した。練習の後は、たいてい湘南台駅前でラーメンを食べるか、ファミレスか俺の部屋で夜中までバカ話をした。それが、ただただ楽しかった。
 バンド結成から数ヶ月で、俺は学園祭のステージに立った。うまいかどうかはわからないけれど、ライブは盛り上がり、初めてのライブは大成功を収めた。俺らも楽しかったし、サイコーな気分だった。その感動が忘れられなくて、ライブできる場所を探し、商店街やお祭りなど様々な場所で演奏した。
 湘南台駅前で行われたコンテストイベントに出た時、湘南台の別の学校に通う女子大生のバンドと一緒になった。コンテストだからライバルなのに、湘南台つながりで演奏前から楽屋で結構盛り上がった。
 コンテストは、ライブ活動をしている歌のうまい二人組が優勝した。歌もギターも柔らかな音で、あきらかに一線を画していたので、勝ち目ないなというかその二人組の優勝だろうと誰もが思ったし、演奏が終わって楽屋に戻ってきた二人組を、みんなが拍手で迎えた。
 女子大生グループと俺らは、俺のバイトしている居酒屋で一緒に打ち上げをした。俺はその中でピアノを弾いていたコと隣になって、色々話をした。
「えー!北海道から来たの??もったいなーい!私、北大に行きたかったの!獣医学部に行きたかったんだ?。」
「それって、…あれ?」
『動物のお医者さん!』
二人で同時に言って、二人で爆笑した。
「うちの犬、雑種だけどチョビちゃんっていうの。動物好きだし、動物と話せたらなーって思ったり…」
「獣医になったからって、動物とは話せないでしょ。」
「そうなんだけど?!」
そう言って笑いながらジュースを飲む彼女は、両親と三人で湘南台に住んでいて、父親は今病気で入院しているそうだ。
 夢は獣医になって動物を助ける事だった。でも、父親が病気になり看護師に志望を変えたそうだ。そして、入退院を繰り返す父親を見ていて、いつしか彼女は看護師から栄養士に志望を変えた。なるべく父親と過ごす時間を大切にしたいからと、地元の学校に行く事にした。俺はばーちゃんの事を思い出していた。ばーちゃんにとって、俺はたった一人の孫だ。そして、俺はかなりのばーちゃん子だった。「ばーちゃんと、あと何回桜を見られるんだろう」俺はそんな事を考えながら、彼女の話を聞いていた。
「獣医さんは自分がなりたい事で、『自分のため』だったの。でも、お父さんのために何ができるだろう?って考えて。短絡的に『じゃあ看護師さん!』って思ったけれど、それもなんか違うかなって。。色々考えてたら、食べる事は生きることって気付いたの。食べ物が身体を作っているんだよねって。」
「でも、だからっていつもオーガニックとかにこだわってる訳じゃないよ。子どもの頃、日曜の朝に両親と三人でモーニングを食べに行くのが楽しみだったんだ。サクサクのパンにアイスが乗ってるの。おいしかったなぁ。
そういう楽しみも、やっぱり必要だしね。私食いしん坊だから、看護師じゃなくて栄養士の学校にしたのかも。」
湘南台で有名なそのお店で、彼女は今バイトをしているそうだ。
「ケーキもおいしいんだよ?。今度食べに来て!」
彼女はにっこりと笑った。
 その言葉を真に受けて、俺は彼女がバイトをしているその店に行った。正直ケーキはそんなに好きではなかったけれど、彼女のオススメを注文した。
「コーヒー、一杯おかわりできるので声かけてくださいね。」
と言ってから、ちょっと小声で
「バイト4時までだから、ちょっと待っててください。」
そう言ってにっこり笑った。俺はちょっとドキドキして、ケーキの味もコーヒーをおかわりする事も、忘れてしまった。
 バイトが終わった彼女が、こっち側にあまり来ない俺を案内してくれた。歩いていたら、不思議な建物が目に入った。
「文化センターだよ。この建物有名みたいで、前に外国人の建築家集団が見学してたの。子どもの頃からここで遊んでるから、そんなに有名だったんだーってびっくりしたよ。あとね、プラネタリウムもあってよく見に来たなぁ。」
 俺らは、その建築家集団が集合写真を撮っていたという階段に並んで座った。
「えらいよね。自分の夢より、お父さんのために…って大学選んで。俺なんか第一志望に落ちて…ちょっと負け犬気分だったんだ。」
俺は、親のこと、ばーちゃんのことを話した。もちろん感謝してない訳じゃないけれど、親の俺に期待しすぎる所が窮屈で北海道を離れたこと、報告に行った時のばーちゃんのさみしそうな表情、それを思うとちょっと胸が痛いこと。
「親はともかくさ、ばーちゃんに会いたいなーって思うこと、あんだよね。」
彼女は、うんうんってうなずきながら俺の話を聞いてくれた。
「会いたいと思ったら、会いに行こうよ。だって会いたいんだもん。どんなに時間かかっても、会いたかったら会いに行くでしょ?北海道なら、会いたいと思って半日位で会えるよね?子どもの頃さぁ、近くのサッカーチームの選手が、そんな事言ってイタリアに行ったんだよね。あれ、子供心に『かっこいいなー!』って思ったなぁ。」
確かにそうだよなぁ。ここから北海道の実家なんて、飛行機に乗れば数時間で帰れる。会いたくなったら会える距離なんだ。少し、ほっとした。
「あとさ、落ちた学校より、受け入れてくれた学校が運命なんじゃない?だって今、楽しいでしょ?」
「うん。楽しい。」
確かに、楽しい。もし第一志望に受かっていたら、都会に疲れていたかも知れないし、バンドやったりコンテストに出る事もきっとなかったと思う。彼女が言うように、この楽しい大学生活は湘南台に来たからこそ、なのかも知れない。そうだ、大学が終点じゃなくて、そこからどう繋げていくかの方が大切だ。あのままくすぶってなくて良かった。
「獣医さんじゃなくても、それを仕事にしなくても、動物と関わる事ができれば、それでいいの。チョビちゃんの気持ち、なんとなくわかる気がするし。」
彼女もまた、色々考え様々な選択をしたからこそ、それが今の彼女につながっている。獣医を選ばなかったのではなく、父親のために何ができるか?を考え、彼女が栄養士を選んだ。誰かのために、と思う気持ちが、彼女の笑顔につながった。
「俺、自分の事しか考えてなかったなぁ。」
ばーちゃんの寂しそうな顔を思い出しながら、つぶやいた。
「これからでいいんじゃない?今勉強してる事を、この先おばあちゃんが暮らしやすくなる事につなげたり、社会のためになる!って思って…」
そして急に、思いついた!という顔で彼女は言った。
「そうだ!私ね、木を植える植林ボランティアに参加してるの。と言っても、まだ一回だけなんだけどね。そういうの、興味ある?」
植林ボランティア…おとなしそうに見えて、バンドやったり植林したり、結構アクティブなんだな…そう驚いている俺にはおかまいなしに、彼女は続けた。
「大それた事じゃないんだよ。この沿線の公園とか病院とかに木とかお花を植えるだけ。誰かのためって訳じゃないけど…ボランティアってなんだろう?って考えちゃうけど、なんかのきっかけになるかもね。」
「私もね、お父さんが入院している病院でチラシを見て参加してみたの。お父さんのために何もできてないはがゆさとか、悔しさとか…なんかやりたかったんだろうね。」
彼女はちょっと視線をそらし、そう付け加えた。「何もできてないことないじゃん」と思ったけれど、俺は言葉を飲み込んだ。
「ボランティア、いいかもね。今度参加する時、俺も誘ってもらえる?」
彼女は「うん」とにっこりうなずいた。
「ごめんね。今からお母さんと、お父さんのところに行くから、そろそろ行くね。」
母親とは二俣川駅で待ち合わせのようなので、彼女を改札まで送った。
「そうだった?。連絡先交換しない?植林のこともまた連絡するね。」
そう言って、彼女は手帳を破って電話番号とメールアドレスを書いて渡してくれた。
「ありがとう。後で連絡するね。いってらっしゃい。」
なんて言っていいかわからなくて、俺は思わず「いってらっしゃい」と言った。彼女は改札を通ってから一度振り返り、笑顔で大きく手を振ってくれた。

 きっと第一志望校ならそれなりの達成感と悩みがあっただろうし、ここはここなりの充実感と悩みがあって。種類は違えど、どこでなにをしていようと、それなりの楽しさと悩みはあるんだろうな。おっとりしてる彼女だけど、話してみたらしっかりしてて。楽しそうにしてるけれど、辛い思いもしてそうで。表には出さないけれど、みんなそうやって生きているんだろうな。話してみないとわからないこと、たくさんあるんだな。
「大丈夫だよ。おばあちゃんはきっと、世界のどこにいても、何をしていても、応援してるしいつも思ってくれてるはずだよ。」
そう言ってくれた彼女の言葉に背中を押され、後ろめたさでなかなかできなかったけれど、俺はばーちゃんに電話をかけた。
「あ。ばーちゃん?元気かなーと思って。ばーちゃんパイ好きだよね?こっちでおいしいお菓子やさん見つけてさぁ、今度帰る時お土産にしようと思ってさぁ。楽しみにしててよ。うん、うん、楽しいよ。」 
北海道の風景とばーちゃんの笑顔と、湘南台の風景とさっきの彼女の笑顔と。またその笑顔に会えることを、楽しみにしている俺がいた。
 
「会いたいと思ったら、会いに行こうよ」
その言葉の意味を、その時の俺は、まだ知らない。

著者

sonoco