「商店街にて」日野麻美

 猫がいた。種類も性別も分からないが毛色は茶白、首輪は無いが人懐こく、愛らしい鳴き声を発しては近寄る人間を魅了する。
 祥子も、その誘惑に負けた一人である。成猫なのに、子猫のように甘える姿を見ては立ち止まらずにはいられない。早くと急かす猫に歩み寄り、その場で屈んだ。
 差し出された顎を撫でると、気を良くした猫は無防備に腹を見せて転がる。愛くるしいその姿に、自然と笑みが零れた。
 帷子川に架かる県道十三号線の平沼橋をふらふらと歩き続けて、二十分程のことだ。
(そういえば、ここは何処なんだろう…)
 ふと、祥子はそんなことを思って、自分の足取りを振り返る。横浜駅から歩いていったはずだが、どの道程で平沼橋に上ったかなど覚えてはいなかった。将来を憂い余裕の無い心持で彷徨っていたのだから、思い出しようも無かったのだが。
 撫でる手を止めて立ち上がり、周囲を見渡すと、住宅と個人商店が多いように見受けられた。辺りには、何処か懐かしい雰囲気が漂っている。
 …曇りがかった空を見上げて、来た道を辿っていく。すると、出入口付近の二本柱が
「平沼商店街」
 と、赤字で書かれた四角い看板を掲げていた。独特の空気に納得し、暫しそのまま立ち尽くす。
(横浜にも、こんなところがあったんだなぁ…)
 祥子は、心中で感慨深げに呟いた。商店街に並ぶ瀬戸物屋の家に生まれ、小学校に行くまで個人商店に囲まれて育った祥子にとって商店街は馴染み深いものだったのだ。その商店街も寂れ、最近では介護ロードと呼ばれるようになる程、介護施設が建ち並ぶようになった。最寄り駅周辺の開拓が進んでからは一層、その差が如実に現れている。
 ここ西区近辺でも…特に横浜駅周辺では都市開発が進み、都会を匂わせる街並みが多くなった。だから平成に生まれて変遷を見てきている祥子には、横浜駅…厳密に言えば平沼橋駅近辺に、こんな街並みがあるとは想像もつかず、珍しいと思ったのだ。
 とは言え、内海橋の幸川沿いに昔ながらの屋台があったことを考えれば、まだまだ過渡期だとも考えられた。最近になって一斉に撤去されたが、屋台の主がその後どうなったのか、祥子には知る術がない。
 ともかく地元で有名なある報道機関が、調査と取材を幾度となく行っても出てくるというのだから、こういった昭和の名残は、案外どこにでも残っているのかもしれない。
 …祥子が物思いに耽っていると、足元から猫の鳴き声が聞こえてきた。撫でる手が止まったと言えど機嫌を損ねることもなく、猫は優雅に毛繕いを始めている。
 暢気なものだと溜息を吐いて、祥子は猫の様子を見守った。と思うと、すっくと立ち上がり、深呼吸をして横を向く。変わらず毛繕いをする猫に別れを告げて、祥子は進行方向へ歩き出した。
 思い立ったが吉日。折角訪れたのだから冒険しよう…祥子が歩き出したのは、そんな未知の土地への好奇心からだった。
 果たして、商店街はどこまで続いているのか。視線と首の方向をゆっくり左右に動かし街の様子を見つめる。
 祥子が来た道は、線路を背に三叉へ分かれているうちの東側。路線は相鉄線と東海道が並列していて、反対方向の西側突き当りには鉄道会社の敷地がある。こちらは封鎖されていて入れないが、道沿いにはマンションがぽつぽつと建っている。その東西を分断しているのが、県道十三号線の平沼橋だ。
 猫と別れて進んでいくと、祥子はコンビニを発見した。コンビニ自体は有名なチェーン店で見慣れていたが、個人商店も多い中では近代的な建物が一際、浮いて見える。
 その斜め先には、精肉店があった。祥子が育った商店街の手前にも、精肉店があったのを思い出す。祖母がよくその店で肉を買っていたものだが、成長してからは疎遠になってしまい、いつの間にか閉店してしまった。
 向かい側には電気屋があったが、祥子の知る商店街の手前にも電気屋があった。家電に興味があるわけではなかったが、幼い頃はショーウィンドウの照明や飾りに、目を輝かせたものだった。更に進んでいくと、中華料理屋や玩具店もある。偶然なのかよくあることなのか祥子には分からなかったが、商店街は記憶の片隅に残る物とよく似ていて、昔の街並みを彷彿とさせて切なくなる。
 或いは、と祥子は思い直す。自分が狭い世界に生きていた為に郷愁を感じるだけで、全国各地には未だにこういった場所が残っているのかもしれなかった。そしてそれら全てが自分の記憶にある物同様に廃れ寂れているわけではなく、自治体や地域が一丸となって存続させているのかもしれないとも、考えられた。テレビでよく特集を組んでいる、東京の巣鴨商店街もその一つだろう。
 それに、個人商店ばかりではなく会社もいくつか建ち並んでいることが、祥子の澱んだ目を覚ました。古ぼけた昔の街などではなく今もなお生き続けている街なのだと気付かされ、足をより運ばせる。
 次第に、シャッターで閉ざされた店が多くなってきた。二階建てが多く、住居として暮らしているのだろうと思われた。小規模ながら経営が続いている会社は、古き良き雰囲気と共に、商店街の風景に馴染んでいる。
 猫がいた場所から、緩やかな足取りで進んで五分程が経った頃。平沼一丁目の交差点が見えてきた。商店街はまだ続いているようで来た道の出入口にもあった看板が、こちらを迎えている。
 どうしようかと逡巡したが、祥子はそのまま直進して商店街を歩いた。しかしこちらの通りは住居が多く、個人で営む洋風の食堂や中華料理屋が一軒ずつ点在しているだけだ。
 さてどうしようと、今度こそ立ち止まって考える。猫との交流で忘れていた疲労が、再び祥子の足を鉛のように重くさせる。
 交差点まで引き返せば、横浜の東口から駅に行き帰宅することも出来る。だが何となくここまで来たからには最後まで行ってみたいという思いもあった。特に何か用事があるわけでもないが、祥子の好奇心は使命感にも似たものに変わっていた。
 …迷った末、祥子はそのまま進むことにした。両足を回し、痛む踵を踏みつけて、商店街の中を歩く。
 目が慣れてきた為に何とも思わなかったが街中は平日の昼間ということもあり、人っ子一人歩いていない。まるで自分が浮いた存在のようにも思えたが咎める人もいない為か不思議と気にならない。
 直進して、十分ほど経ったところで、再び商店街の看板が見えてきた。商店街はここで終わりなのだろうか。
 看板を見上げ歩いた祥子は、眼前の光景に目を見張る。交差点の向こう側、植えられた街路樹から、四方に美しく咲き広がる花があった。辛夷だ。丸みを帯びた白い花弁を満開にして、微風にさらさらと揺れている。
 来た甲斐があった。祥子は喜び、ぼうっと見惚れる。写真に収めようとスマートフォンを取り出して、止めた。そのかわり、もっと近くで見たいと寄っていき、傍らの橋を少しだけ上る。
 流れる帷子川の流れは緩やかだ。人通りが無く喧騒も聞こえない。静かな空間は独特な空気が漂っていて、それだけで心が澄んでいくように感じられる。それまで胸を焦がしていた好奇心も、すっと落ち着いていった。道中の靄が晴れ、閊えが取れたような気さえする。
 祥子は知った。自分が悩み求めているものが何なのか、漸く分かった。閃きにも似た感覚が、祥子の背筋をぴんと立たせる。
 将来という見えぬものへの不安、恐れはもう消えていた。祥子の目には、雲の隙間から差す太陽の光にも似た輝きが宿っていた。

著者

日野麻美