「回想と、僕の未来」村河優夢

 就職する会社の赴任先が鹿児島になってしまった僕は、部屋で引っ越しの荷造りと整理整頓をしていた。しかし、懐かしいものを見つけては、多くの人がついやってしまうような思い出巡りに興じていたため、作業はほとんど進んでおらず、部屋はかえって散らかってしまっていた。
 そんな折、僕が見つけたのは、それが自分であって自分じゃないような表情をした写真だった。隣には女性がいて、僕と彼女は同じようなポーズをしつつも、僕にはどこか遠慮したかのような微妙な距離があり、結果的にそれが中途半端な笑顔に表れているようだった。僕の中に眠っていた記憶はその写真を見て驚くほどたやすくよみがえった。彼女が姉から借りたという香水の香りすらも明確に思い出せるほどに。僕はしばらく、その記憶に身をゆだねてみようと思った。

 中学三年生の時にはじめてできた彼女は緑園都市に住んでいた。彼女とは二俣川の塾で知り合った。高校受験という言葉が身近になってきた十一月ごろのことである。僕は二俣川駅と希望ヶ丘駅のちょうど中間ぐらいに位置する、閑静だけど、ちょっと息苦しさを感じる住宅街に住んでいた。当時の僕は恋愛感情の欠片もなく、そのため純朴に、あるいは味気のないクラリネットを吹き鳴らす吹奏楽部員だった。勉強は好きではなかったが、親に言われてしょうがなく塾に通うことになった。秋の講習か何かで彼女と知り合った当初は話の合うショートヘアの女の子、という程度にしか思っていなかった。それは彼女も吹奏楽部でユーフォニアムを吹いているからでもあったが、なにより彼女は気さくだった。メールアドレスを交換して、それぞれ自分の家でもなんてことはない文面を交わしあい、何度か会うにつれてそのうち下の名前で呼ばれるようになった。この時点で彼女が僕に好意を抱いているのだと察してあげるべきだったのだが、ついに彼女に告白されるまで気が付かなかった。「一緒に勉強しよう」とメールで誘われ、塾の自習室に二人きり、他愛ないおしゃべりをしつつ、そろそろ切り上げようかという頃だった。告白された瞬間、嬉しさと気恥ずかしさの両方が顔面に熱を発し、鏡を見るまでもなく頬を赤らめさせた。断る理由はなかったので、僕たちは付き合うことになったのだった。
 初デートは十二月初旬の横浜で行うことになった。彼女たっての希望で、それぞれの学校の制服で会うことになった。いわゆる制服デート、と言うものらしい。確かに、お互い塾には私服で通っていたからなんだか新鮮だった。照れくさかったが僕たちは手をつないで歩きはじめた。
 まずゲームセンターでプリクラを撮った。彼女は普段から友達と利用したことがあるのか、手慣れた様子で写真を加工したり落書きしたりしていく。女の子がプリクラを撮るという文化を、僕はどうしても理解できないでいたが、ちょっと違う自分になれるとか、思い出を残すためなのだと、彼女がハートをちりばめ、「初デート記念!」と日付と共に丸っこい字で書いているときにそう感じた。と言うよりは、そうイメージすることしか僕にはできなかったのである。
 彼女から切り分けられた写真を手渡されたが、そこにはやたらと美白な自分のぎこちない笑顔と、満面の笑みを浮かべる彼女がいた。彼女はそれを手帳と思われるものに大切にしまっていた。僕はそういうものを持ち合わせていなかったので鞄の中に慎重に入れたのだった。
 そのあと、ファストフード店で少しのんびりした。僕らと同じ年代の中高校生が多かった。カップルも何組かいて、僕らも傍から見ればそう思われるんだろうかと気になった。僕はハンバーガーを買って、彼女はフライドポテトを買った。彼女はしきりにポテトを僕の口に運ぼうとしたので、さすがに恥ずかしいと断った。彼女は不満げに自分の口にそれを運んだのだった。彼女が一本ずつ食べるので、結構長居をしてしまうかたちとなった。けれど、別段この後どこかに行くということもなかったので、やっていることは友達と寄り道をしているような、そんな感覚に近かった。背伸びをする必要もない関係がとても心地よかった。これで椅子が硬くなければなお良かったんだろうけれど、と僕は腿を両手でさすった。
 ファストフード店を後にして、僕たちは本当にあてもなくぶらぶらしはじめた。そして楽器店の前を通りがかったのでそこに入ることにした。お互い吹奏楽をやっているのだからきっと楽しいだろうと思ったのだ。しかし僕が楽譜に夢中になると、彼女は僕をつっついてきた。その真意を図りきれず、適当に受け流していたら「もう出よう」と頬を膨らませながら僕を連れだした。僕はわけがわからなかったので、とりあえず「ごめん」と告げると彼女は無言のまま、きゅっと手を握り直した。小さくて冷たい手。僕もその手を握り返し、にぎやかな街を歩いた。ところどころのお店でクリスマスイルミネーションが点灯し始めた。
「クリスマスも、またデートしよう」
 彼女がつぶやくように言った。
「うん、行こう」
 僕がそう応えると彼女は照れながらも笑うのだった。
 彼女の家には塾の日以外は門限があるようで、僕らはその限られた時間をゆっくり過ごすべく、平沼橋まで歩き続けることにした。コンビニで温かい飲み物を買い、一息つく。彼女は門限のことを恨めしそうに、僕に対しては申し訳なさそうにしていた。反面、僕は彼女を楽しませてあげることができていないんじゃないか、という考えがよぎってしまっていた。だから、彼女に門限があることは今日の僕にとってはありがたいものだった。次のデートは気をつけないと、という思いがあった。
 高校受験のことも話題になった。僕は部活第一の人間だったので、勉強の方には自信がなかった。彼女の志望校を聞くと、そこは吹奏楽も有名で頭のいい高校だった。彼女は一緒の高校に入りたいねと言うが、僕にとってそれはファンタジーだった。僕はきっと、よくわからない表情をしていたに違いない。
 平沼橋駅のホームは陸の孤島を思い起こさせる。相鉄線の下り方面の線路の先には東海道本線と横須賀線とがあり、線路の多さがその細いホームの存在感を際立たせている。ましてや、ホームには僕たちしかいなかった。横浜周辺のがやがやした雰囲気が嘘のようだった。僕たちは急行が過ぎ去る風に身震いしながら、ホームの端まで歩いた。先には横浜駅が見える。結構歩いたと思ったけど、案外近いんだね、と僕が言い、二人して笑った。
 そして沈黙が流れた。
 僕はぼんやりと先のことを考えた。高校もそうだが、もっと先の、大学や、就職のこと。普通に生きて、それなりの幸せを手にして、死んでいく。そんな僕の予定する人生の隣に、彼女は居てくれるのだろうか。僕には自信はなかった。今は僕のことを好きでいてくれても、いずれ愛想を尽かしてしまうんじゃないか。暗い考えが頭を支配する。そもそも、高校受験だってうまくいくとは限らない。皆は、彼女は、こんな不安とどう向き合っているんだろうか。
 僕は右側にいる彼女をちらと見たが、彼女は押し黙ったまま、まっすぐ前を見つめていた。僕は何か話そうとしたが、結局やめてしまった。僕は反対方向、つまり横浜駅側を向き、電車が来るのを待った。どうにかして、不安をまぎれさせたかった。
「ねえ」
 彼女の聞いたことのないトーンの声が、僕の向きを直そうとしたその時、頬にやわらかいものが触れた。直後に香った香水が僕を刺激した。ぱっと離れる彼女はいたずらっぽく笑いながら僕のことを見つめた。その笑顔は黄昏時なのに輝いて見えた。僕は彼女に引き寄せられるようにして、永遠とも一瞬とも感じる、言葉の要らないコミュニケーションを交わした。初めての甘美に僕はすっかり動揺してしまって、離れた後しばらく彼女の顔をまともに見ることができなかった。
 各駅停車、湘南台行きが来て、僕たちはそれに乗った。暖房が効きすぎているように感じた。毎回開くドアから入ってくる冷気が、ほてった頬を冷ましてくれた。二俣川に到着して、僕は彼女と短い言葉を交わして電車を降りた。
 小さく手を振り微笑む彼女を乗せた電車が見えなくなってから、僕は改札へ向かった。彼女からすぐに絵文字いっぱいのメールが届いた。僕は家に帰り着くまで携帯にかじりついていた。

 それ以降も海老名に映画を見に行ったり、初詣には希望ヶ丘の春ノ木神社に行ったりしたが、僕らの関係は中学校卒業と同時期にあっけなく終わったのである。
 別れを切り出したのは僕の方だった。
 同じ学校じゃないから寂しいという理由だったが、とにかく束縛がひどく、僕は次第に参ってしまったのだ。おまけに僕は高校受験で失敗し、滑り止めの私学に入ることになった。親には学費のことなどでちくちく言われ、居場所がなかった。
 一方彼女は以前に話していた志望校に合格していた。その事実を素直に喜べなかった僕は、彼女と付き合う資格がないということを悟ってしまった。だから僕は「高校に入ったら君には僕なんかよりもっと素敵な人が見つかるよ」と、なんとも苦しい理由を電話で告げたのである。彼女は泣きじゃくりながらもそれを了承してくれた。以降、メールも電話もぱったり止んだ。罪悪感からか、その日は一日がやたらと長く感じた。いつの日か撮ったプリクラ写真も、捨てることができないでいた。

 別れてから彼女とは一度も連絡を取っていない。
 この半年にも満たなかった関係が、二十二歳になった僕の心に今も澱のように積もっていたことは明確だった。だがそれを未練と呼ぶにはどうしても抵抗があった。それは僕が結局のところ、人を好きになるということがどういうことか、わからないままだからであった。
 いずれにせよ、記憶が僕の中にあり続ける以上、このプリクラ写真は不要だった。だから僕はこれを破いて捨てようと決めた。そうすれば、前に進めると思ったのだ。しかし材質のせいでどう力んでも破くことはできなかった。しょうがなく、小さく折りたたんで捨てることにした。大学の講義プリントが何十枚も入ったごみ袋に投げ込むと、僕は自身が強くなったような気分になった。
 その後は勢いのままにいろんなものを処分した。小学生の時に蒐集していたカードも、高校でも続けていた吹奏楽部の、びっしりと書き込まれた楽譜もすべて捨てた。
 夕方になる頃には見違えるほどに部屋はきれいになった。そこへ換気で開け放っていた窓から冷たい風が入り込んできた。大きなくしゃみが出て、僕は我に返ったように淋しさと不安に襲われた。社会人になって、嫌というほどの理不尽に襲われた時、僕は一人でも生きていけるのかという自信の無さからくるものだった。そしてその不安を和らげてくれるかもしれない思い出の品を捨てたことへの後悔もあった。しかし今だけは、そうした感情に負けたくなくて、僕は台所へ向かい、父の安い焼酎をお湯で割って一息にあおった。お酒の力を借りてでも、前へ進もうと思ったのだが、割り方が適当でなかったために、僕は派手にむせてしまい、床に大半が零れてしまった。僕は涙目になりながら布巾で辺りを拭った。そして唐突に鹿児島の焼酎は美味しく飲めるだろうかと考えるのであった。

 この春、二俣川は再開発が本格的に進みはじめ、生まれ変わろうとしている。見届けることができないのが残念だったが、しかしこの地を離れることに躊躇いはなかった。それは僕自身も大きく変われるチャンスだからだ。今までの、漠然とした不安に苛まれる自分とはここでさよならしようと決めた。そうすれば、いずれ過去の経験や記憶も、僕の人生を彩ってくれると信じることができた。
 フライトの時間まで余裕もあることだし、せっかくなので羽田行き直通の高速バスを利用せずに、各駅停車で横浜に向かうことにした。電車は余裕をもって座れた。待ち合わせの為もう少しお待ちくださいとアナウンスが流れた。向かいのホームの急行を待つ列を見て、僕は少しだけ優越感を覚えた。急行はそれなりに混雑を見せながら、乗客それぞれの想いと共に終点の横浜へと滑り出した。
 こちらの電車の発車直前、老夫婦が乗り込んできた。僕の両隣の座席がひとつずつ開いていたので、僕は左にずれた。二人は丁寧な口調でそれぞれ僕にお礼を言って座った。そして仲睦まじく会話を始めるのだった。
 ドアが閉まり、電車がゆっくりと動き出す。背中に春の優しい太陽の光が差し込んだ。

〈了〉

著者

村河優夢