「城山洋食店」戸田和也

 いらっしゃいませ。
 …ああ、吉岡さんか、いつもありがとうございます。
 え?ガッカリなんてしてませんよ、常連さんは嬉しいもんです。
 そんなそんな、ワイン一杯、前菜だけだって、ゆっくりしてらしてくださいよ。
 …まぁ、そんなに気にしてくれるんなら、もう一品二品頼んでくださっても良いんですがね(笑)
 今日は遅くに予約が一件あるだけだし、こんな雨ではこれ以上お客さんもから、吉岡さん、ちょっと試食でもしていってくれません?感想いただければ、お代は結構ですから。
 吉岡さんって、通ってくださるようになって、どのくらいでしたっけ?五~六年?ああ、もうそんなになりますか。ありがとうございます。
 ええそうです、ここは元々賑やかな安食堂でした。この和田町ってとこ自体が、国大生がたむろする学生街ですしね。親父の代まではね、そんな学生さんとか近所の勤め人を相手に毎日ガヤガヤやってたんですよ。で、私が店を継ぐときに、大反対を押し切って、全面リニューアルしたんです。私はね、記念日に選んでもらえるレストランにしたかったんです。だから内装も落ち着いた造りにして、席数もぐっと減らしたんです。メニューも、今の最新技術をつかった本格的な創作イタリアンにして、料金も決して安くない設定にしました。でもね、内容だけなら、代官山のお店にも、いや、ミラノの名店にも負けてない自信があります。
 それから十年になります。
 評判は悪くないと思いますが、まぁギリギリですよ、正直なところ。たぶん吉岡さんがいらした日に客席が埋まってた事なんて無いんじゃないですか?自慢できることではないですが(苦笑)
 そもそもこの立地を考えるとね、まぁビジネスエリアではないから接待では使ってもらえないし、かと言ってカミサンをちょくちょく連れてこられるほどカジュアルなとこでもない。ましてや横国の貧乏学生なんかが通ってくれるような額ではないし。要するに中途半端なんでしょうね。ええ、自分でも分かってます。
 でもその代わり、いらっしゃるお客さんは、吉岡さんみたいなセレブばかりだし(笑)、それは冗談としても、やっぱり記念日にお越し下さる方や、常連として愛着もってくださる方が多い。意外とね、遠くから来てくださる方もいるんですよ。とは言ってもだいたい二俣川とか三ツ境とか、相鉄沿線ですけどね。
 それもこれも含めて、自分らしいかなと思ってやってますよ。
 …ええ、ええ、負け惜しみ半分です(苦笑)

 お待たせしました。チポッタ・カラメッラータです。はい、そうです、ウチの定番の皿です。今回ちょっとアレンジしましてね。玉ねぎをじっくりキャラメリゼして、パイ生地と一緒にオーブンで焼き上げるとこまでは変わらないんですが、上に載せてたバターと胡椒を工夫してみたんです。食べてみてください。
 …ちょっとビックリしましたでしょ?そうなんです、バターをね、ジェラートにしてみました。これでクドさを消して、冷たさと熱さの両方を楽しんでいただけるようにしてみたんです。そして胡椒はなんと、ふわふわの泡仕立て。ピリッとした辛味はそのままに、全体に広がるんですよ、こうすると。
 うふふ、そのお顔が見られて嬉しいです、美味しいでしょう(笑)
 …ありがとうございます、よかった。驚きと美味しさがないと、レストランやってる意味ないですからね。
 いやぁ、ついついドヤ顔しちゃいました。これに合わせるのは北イタリアのシャルドネがオススメです。どっしりした白。気分よくさせて頂いたので、開けちゃいますか(笑)美咲、もってきて、ペアリング用の開栓したやつ。そうそう、それ。
 …怖い顔してるけど、まぁ構わずやりましょう。吉岡さんちも、奥さんって怖いですか?あいつも、ホールでサーヴィスしてるときは天使みたいなんですけどね(苦笑)

 さて、ぼくも少しだけ味見。
 …ああ、美味い。さすがおれ、なんつって(笑)
 で、この組合せを食べて飲むとですね、必ず思いだす話があるんですよ。ウチの常連さんの中でも一番変わったお客様の話。
 不思議でならないから、吉岡さんに、話しちゃおうかな…

 ※※※

 そのお客さんたちが、初めて来たときも雨でした。
 仲良さそうなのがすぐに分かるような初々しいカップルでした。
 なんでも、彼のほうがもともと国大の学生さんだったそうで、彼女つれて学生時代の思い出めぐりみたいなデートをしてたらしいんです。思い出めぐりったって、彼氏の輝樹くんがそのとき二十八歳で、彼女の佳奈ちゃんが二十六歳だって言うから、卒業してほんの数年です。学生時代なんて大昔すぎてほとんど記憶ないような私とは全然違う様子ですよ。
 まぁそれはそうと、彼らはふたりとも若いのに非常にしっかりしてて、詳しくは聞かなかったけど、きっと経済的にも良い暮らしをしてるんだと思います。だって、なかなか二十代の平凡なカップルが飛び込みで入れるようなお店ではないはずですもん。

 「あのう…」
 たぶん最初は輝樹くんが、そんな感じで入ってきました。
 「ここって昔、洋食屋さんでしたよね?」
 ええ、そうですそうです。
 「前とはもう違うお店なんですか?名前は一緒だけど、ずいぶん感じが変わりましたね。」
 あ、そうなんです、親父からぼくの代になるときにリニューアルしまして。
 「ああ、そうですか。一瞬場所間違えたかと思いました。せっかくだから、お邪魔しても良いですか?予約もありませんが。」
 どうぞどうぞ、たまたま今日は予約も入っていなくて空いてますから、ええ、たまたま。
 「ありがとうございます。佳奈、ここにしよう。」
 「平気?なんだか聞いてた感じとずいぶん違うみたいだけど。」
 「ああ。お店が変わったんだって。でも何かの御縁だし、お邪魔してみようよ。」
 「あなたがそう言うなら、かまわないけれど…。」

 ※※※

  そんな風に言いながら入ってきて、吉岡さんの右後ろの壁際のテーブル席に、お座りになりました。最初は少し固かったふたりですが、すぐに場の空気にも慣れてきた様子でした。注文の仕方はシンプルで、おまかせコース一本。ワインもオススメのペアリングでと。ありがたいお客さんですよ。
 …あ、いや、吉岡さんは良いんですよ、吉岡さんは。
 …まいったなぁ、少し嫌味な言い方になっちゃいましたね(苦笑)
 ともあれ、決して少なくないウチのコースを全皿食べて下さって、お酒が進んでも変わらず品よく過ごしていかれました。

 ※※※

 「ごちそうさまでした、とっても美味しかったです。」
 どの皿が、一番お気に召しましたか?
 「どれもとっても美味しくて、さっきもふたりで話してたんですが、あの三番目くらいにいただいた、玉ねぎとバターのパイ…」
 チポッラカラメッラータ?
 「そうそう、それです!もう一度教えていただいても、やっぱり覚えられなさそうですけど(苦笑)」
 まぁそう仰らず、覚えるまで、何度でもいらしてください(笑)
 「もちろんです。じゃあ次回の予約も入れさせていただいていいですか?そうだなあ…季節が変わる、ちょうど三ヶ月後くらいに。」
 ありがとうございます。六月二十九日ですね?ああ、その日もたまたま空いてますよ。たまたま。
 「よかった、ありがとうございます。ではまたその頃うかがいます。」
 お待ちしてますよ。三ヶ月と言わず、明日でも明後日でも。

 ※※※

 三ヶ月後、彼らは予約の七時五分前にいらして下さいました。
 瀬谷にある家の畑に出てからお店に入ったので、その日もまた、鬱陶しい雨だったのを覚えてますが、輝樹君は、あんなジメジメした蒸し暑さにも関わらずきちんと濃紺のスーツにネクタイで、佳奈ちゃんは白いワンピース。本当に綺麗だ、お似合いだったなあ。
 席につくと二人は、メニューを見ようともせず、お任せコースとペアリングでと、美咲にオーダーいただきました。あとは前回と判で押したように同じで、笑い、食べ、飲み、という感じ。少し違ったところと言えば、輝樹君の食べるペースが少し遅かったかな。まぁその理由もすぐ分かるんですけどね。
 デザートになって、私はホールに出ました。いつもは私、お料理が途中になってしまうのが嫌で、基本キッチンからはあまり出ないんです。サーヴィスは美咲がやってくれますしね。でも常連さんとか、特に気になったお相手のときだけ、顔を出すんですよ。そのときも出てったってことは、私はもう彼らカップルを気に入ってたんでしょうね。

 ※※※

 いかがでしたか、今日は?
 「ええ、やっぱりとても美味しかったです。輝樹もそうでしょ?」
 「あ、ああ、そうだね。でも僕は、とっても緊張してたから、あまり覚えてないかもしれない、申し訳ないけれど。」
 緊張?
 「あ、そうなんです、シェフ。実は今日、僕、彼女にプロポーズしたんです。」
 ええ!ああ、そうですか、それで…
 「はい。」
 「はい。」
 ああ、ふたりのその顔なら、きっと、うまくいったんですね、おめでとう。仰ってて頂ければ何かサーヴィスしましたのに!
 「いえいえ!こんな静かな席でとっても美味しいお料理をいただき、じゅうぶん特別な夜にしていただきました。」
 静かなのは狙いではないんですけどね(苦笑)あ、いえ、ひとりごとです。
 「いやあ、正直、ほっとしました。シェフ、次の予約を入れさせて頂いてもいいですか?」
 もちろんです、ありがとうございます。
 「じゃあ、また、季節の変わる三ヶ月後に、今度はふたりとも同じ苗字になって伺います。」
 ありがとうございます、では次回、お待ちしています。

 ※※※

 あ、吉岡さん、ワインもう一杯どうぞ。
 ええ、話はもう少し続くんですよ。変わった話って言ったでしょ?最初に。ありがたいことにプロポーズでウチを使ってくださるってだけでは、そんなに珍しくないんです。変わってのるはね、ここからなんですよ。予定通り次の秋の予約にも、ちゃんと来てくれたんですが、でもね、これが、輝樹君ひとりだったんです。こりゃまぁ絶対わけありでしょうから、こちらから聞くわけにもいかないので、普段通り接していたんです。

 ※※※

 いらっしゃいませ!
 …おや、本日は…
 「はい、ひとりです。」
 あ、では、カウンターになさいますか?
 「いえ、予約通り、いつものテーブル席でお願いします。」
 承知しました。ではメニューを。
 「メニューも、いつも通りお任せで結構です。それとひとつ、お願いがありまして。」
 ええ、なんなりと。
 「お料理をふたりぶん、出して頂けますか?もちろん、お代は二名分お支払いします。」
 あ、はい、承知しました。

 吉岡さん、私はピンと来ちゃいました。これは、ふたりの間に何かあったな、と。それもね、喧嘩別れとか、その類のことだったら、わざわざふたりの思い出の場所になんて来ないだろうし、まして、相手のための料理なんて、出さないでしょう。私はね、失礼ながら、なんとなく、ふたりの間に、ふたりが意図せぬ別れがあったんじゃないかなって、思ったんです。

 お料理は続いて、デザートまでいきました。ええ、皿数もサーヴィスも、まったくいつも通りです。チポッラも、定番の皿ですから、お出ししてましたよ。まだ改良前ではありましたがね。

 ※※※

 「ごちそうさまでした。」
 いいえ、大丈夫でしたか?
 「ええ、おいしかったです。それと、ひとりぶん、無駄にして、申し訳ありませんでした。」
 いえいえ、きっと何かご事情がおありなのでしょうから。
 「はい…このまま帰るのは失礼なので、事情をお話すると、実は妻が、先月亡くなりまして。」
 …。
 「式場へ、結婚式の打合せに行くとき、交差点でトラックにはねられまして、あっけなく…。」
 …それは、残念です…。
 「それから今日までの事は、正直、あまりよく覚えていません。でも、ふとカレンダーを見たら、ふたりで楽しみに印を付けた予約の日だったので、妻にも食べさせたくて、やってきました。」
 …そうでしたか、ありがとうございます。
 「シェフ。」
 はい?
 「また、三ヶ月後。季節が変わってメニューが入れ替わるころ、予約とってもいいですか?」
 …ええ、もちろん。おふたりぶんのお席を、お取りしておきます。
 「ありがとう。」

 ※※※

 …。
 悲しいことです。でも、そんな話だって、レストランを長年やってると…って言ってもまだ私の代になってたった八年ですが、まぁ、ゼロではないです。法事に使っていただくのだって、亡くなった方を悼んで食事するという事では一緒ですしね。話がここまでだったら、他のお客様のプライベートのことだし、吉岡さんにわざわざお話することはなかったんです。
 私が本当に驚いたのは、この先。
 三ヶ月後、時間ぴったりに表れたのは、なんと、佳奈ちゃんだったんです。

 ※※※

 「あの…」
 いらっしゃ…佳奈ちゃん!?
 「こんばんは…すみません、予約、ひとりになったんですが、大丈夫ですか?」
 だ、大丈夫も何も、無事だったんですか?
 「無事?私が?…ええ、私は無事です…。」
 一体どうしたんですか?輝樹君は?
 「…輝樹は、輝樹は、亡くなりました…。」
 は?
 「先月…結婚式場へ打合せに行く途中で、トラックにはねられて…」
 え?
 「それから私もバタバタしてたんですが、今日カレンダーをふとみたら、ふたりとも楽しみで印を付けた日だったので、思い切って出かけてみました…」
 ええ?それは…
 「いつもの席で、ふたりぶんのお料理を、頂いても良いでしょうか?
 …

 ※※※

 よくわかんない状況でしょ?
 そうなんですよ、吉岡さん。私、かつがれてるんじゃないかと思って。でもまぁ、お客様はお客様だし、一通りお料理は出しました。そうすると彼女も輝樹君と同じように、きっちり三ヶ月後の予約を取っていかれる。で、三ヶ月後、今度はどちらが来たと思います?そうなんです、今度は、輝樹君が来たんですよ。

 ※※※

 いらっしゃいませ。
 「こんばんは」
 …どういうことか、説明してもらってもいいですか?
 「え?」
 あなたと奥さんは、ほんとのところおふたりとも生きてるのか、それともおふたりともこの世にはもういないのか、でもそんなことあるわけないし…
 「どういうことですか?」
 「…はい…はい。」
 「ええっ!そうなんですか!…佳奈が…そうですか…」
 「彼女はどんな様子でしたか?」
 …あれが幽霊だっていうんなら、うちの美咲はきっと鬼か何かですよ。
 「そうですか…不思議ですね…そうか…」
 …ほんとに、私にイタズラなさってるんではないんですかね?
 「そんなことをする理由がありませんよ。」
 …まぁ、そりゃあ、そうですけど…
 「では、いつも通りコースをペアリングで。ええ、二人前お願いします。」
 かしこまりました。

 「ごちそうさまです。今日も美味しかったです、ありがとうございました。」
 …次、ご予約、入れますか?
 「ええ、ではまた三ヶ月後。年末のお忙しいところですが、大丈夫ですか?」
 …ええ、その日はたまたま空いてます、たまたま…。

 ※※※

 それからこの不思議なご予約は、実はずっと続いているのです。次の三月になり、そして次の六月になり、と。
 でね、さっき吉岡さんに食べていただいたチポッラの改良は、実はそのカップルのアイデアなんです。バターのジェラートは佳奈ちゃん、胡椒の泡は輝樹君、それぞれと話している中でインスピレーションが湧いた工夫なんです。全く違うアプローチで、でもお互いがお互いを補完しあい、お料理の完成度をあげている。決して一人の頭からは生まれ得ないアイデアだと、私は思うんですよ。
 だから、不思議な話だけど、私はふたりが入れ替わり、この世に帰ってきているんじゃないかなって思ってます。ひとりが亡くなり、そのせいでもうひとりもこの世を儚んで、でも、辛うじて、ふたりはひとり分の生だけでこの世と繋ぎとめられているんじゃないかって。
 あ、いや、ね、分かります。そんな幻想に浸ってなくたって、調べる方法はあると思うんです。新聞の事故欄めくってけば、時期もはっきりしてるわけですからきっとすぐ探し当てられるでしょうし、そもそも彼らの後を付ける事だって、やろうと思えばできなくはない。
 でもね、吉岡さん。なんだかそういう事をやればやるほど、今のこの感じが壊れてしまう気が、すごくしちゃうんですよ。今彼らは、私と私の料理を通して三ヶ月ごとに会話をしているんです。最近ではもう、向かい側の空席に、相手が見えるくらい、それはリアルな体験なんです。
 だから、しばらくこのままでいいかなって思っています。
 え?これが続けば毎回ふたりぶんお金もらえるしねって?そんな下世話なこと言っちゃいけませんよ、吉岡さんも(苦笑)ちゃんと、心を込めてふたりぶん作ってるんだから、そこはちゃんと頂きます。

 なんか、私らこういう商売だから、基本的にはずっと動かないわけじゃないですか。私なんて実家が瀬谷で、今、美咲と住んでいるのは鶴ヶ峰だし、もっと言うと地元の高校を出たあと私は湘南台の大学に通って、卒業後の修行は横浜ベイシェラトン。よく考えるとね、ずっと、相鉄線のレールの上で、行ったり来たりしているだけなんですよ。
 でも、そんな毎日でも、やっぱり日々新しいことはたくさん起こるし、たまにこんな説明できないおかしなことだってある。自分が木の幹のように動かなくても、枝に止まりにきてくれる鳥が何かを運んできてくれるし、天気が変わり、季節がうつろう。
 駅に列車が行き来するように、私の周りを賑やかな風が吹いている気がするんです。
 わはは、料理人風情が、少し語りすぎましたかね。

 でね、吉岡さん、実は今日がね、彼らの予約の日なんです。えっと、今日はどっちだったかな。ええ、もうすぐですよ、九時の予約ですから。最近はあんまり奇異な目で見られたくないからと、いつも遅めの予約になさっているんですよ。まぁ早い時間だって、そこまでギャラリーはいないんだけども(苦笑)
 じろじろご覧にならないなら、チラっと見ていかれますか?
 …いけませんね、私もこんなにペラペラと。吉岡さんにはついつい色々話してしまう。

 あ、来た来た。
 いらっしゃいませ。

                 (完)

著者

戸田和也