「夕日」西谷日羽

横浜駅から徒競走のように抜け出してきた各駅停車は、西横浜で乗務員交代を行い、すぐ先に待ち受ける大きなカーブと急勾配に備える。そんな電車はプシュープシューとドアを閉め、ガタンと抵抗駆動の重たい音を立てて動き出す。そんな車内で僕は和泉と隣で話をしていた。
和泉は高校時代、1年だけ後輩であった関係であるが、それ以上の意味があると思っている。それはのちにおいておいて、その日は後輩から誘われて芸術展に行っていた。将来的に相鉄が直通線により一本で繋がるであろう目黒線の武蔵小杉で降りたときに、先に授業が終わっていた後輩は私が4号車の前側と連絡したらその通りに待っていて、弾けんばかりの笑顔で迎えていた。年相応には多少似合わないかもしれないが、自然に結わいてあるツインテールに、上下ワンピースの姿は、童顔な彼女がまだ高校生なのかもう大学生なのか分からなくさせる錯覚に陥るくらいに、ふつくしいものであった。
東横線に乗り換えて、そのままみなとみらい線直通でみなとみらい駅に降りた後、駅から少し歩いたショッピングモールの個展で用事であった、芸術展に行ったあと、何もないままに横浜駅まで戻っていたのだ。
時間が中途半端な時間であったのか、僕に勇気がなかったのかどちらなのか、その両方なのかよく分からないが、この気まずい雰囲気はどうしかしないととは思っていた。
彼女を狙っていたのは、いつの頃だか分からない。本物の先輩と後輩の関係の頃にはあまり意識もしていなかったし、ただただ僕に対してあざとい態度をとりながらも辛い立場に立たされていた僕のそばにいていつの間にか好意が湧いていた。そして、その思いが後輩が高校を卒業するという頃に出たという感じである。しかし、僕がただ単に奥手なのか、やはり関係が先輩と後輩という認識で止まっていると和泉が思い続けているのか分からないが、それ以来なかなか進展がないという状況であった。
その中で久しぶりの再会が半年もとっくに過ぎたある日であった。
地下一階の中央改札から相鉄の二階改札へ向かう長い長いエスカレーターに乗りながら、その複雑な思いを何も口に出せない僕。話とはきっかけがないと難しいというのはよくあることであるが、その典型パターンがここで露呈する運びとなってしまった。
どこかで食べないと遠回しに言おうとして「お腹とか空いてない?」と私が尋ねる。「先輩はどうなんですか?、先輩に合わせますよ」と答えてくれる。
しかし、合わせるという単語が僕にはよく分からない。結局、誘えずに二階改札の相鉄電車の先頭車両がよく見える位置まで来てしまったのだ。
ピッという音が鳴り響き、各停の駅が最寄駅の僕に合わせて、普段は二俣川より先で、優等をよく使う和泉は各停への一緒に乗ってくれる。
夕暮れのラッシュ時で車内が少し混んでいる。8両の赤い電車に乗り込み、2人とも丸型のつり革を掴んだ。
僕の心は霧がかかったようにモヤモヤとしていた。情けない自分に腹さえ立ってくるが、それでも歩みを進めていいのかという自分もいる。そんなモヤモヤだ。
後輩はただひたすらと黙り込んで、車外を見つめている。普段はかなりフレンドリーに話しかけてくれるのだが、少し疲れたのか呆れたのかその真顔がさらに重荷に感じた。横浜駅を出発して、平沼橋へと到着すると黙り込んでいた和泉は突然私の肩を叩いた。何かいい予感がすると耳を澄ましたが、よく聞き取れなかった。「もういいです」また再び黙り込んでしまった。どうやら、車内中の方まで詰めてくださいと言おうとしていたらしい。素直に注意をしてくれたのに答えることができずに、後輩を傷つけてしまったと思いさらに暗くなってしまった。
西横浜で乗務員交代の為に、少しドアが長く開く。涼しい秋風が車内を換気するかのように吹き抜けている。しかし、私のモヤは簡単に入れ替えることができない。この無念で、このまま最寄の駅を降りるのかなと思ってしまった。
しかし、天王町をすぎ、YBCの高い高い建物と星川の街並みが上から見渡せる高い場所を走行し始める時にオレンジの光が僕たちを照らし始めた。あんなに何気ない夕日が綺麗だとふと思ったのだ。すると同じタイミングで「綺麗ですね」とぽそりと和泉が呟いた。たったこの瞬間が、一枚の写真のように切り抜かれるような叙情的な瞬間を僕は見たような気がした。それ以上2人に話す言葉はなかったが、それでも良かったと感じる。僕はゆっくりと照らしてくれる夕日のような暖かさで、歩を進めていこう。そう感じる。2人の路線はまだ始まってすぐであったのであった。

著者

西谷日羽