「夜を歩く」健人

 12月30日、午後10時56分。時刻を確認した僕は、ふおっと宙に白い息を吐く。
 歩き始めてから約2時間。そろそろ、全行程の半分程まで来てもいい頃だと思うのだが……。轟音を立てて、線路を光の矢が走り去る。今僕がいるのは、和田町と上星川の中間辺り。目的地であるいずみ野まで、まだまだ先は長い。
 —-道のりが分かっている、というのも考えものだな。
 スマホのバッテリー残量が1/3以下になっているのを見て、何度ループしたか分からない音楽を止め、ヘッドホンを外した。途端に、凍てつく冷気がスッと耳の穴の奥まで入り込み、慌てて無音のヘッドホンを付け直す。
 横浜駅から、自宅があるいずみ野駅までを、歩いて帰る。
 誰かに強制されたワケでも無いのに、何故僕はこんな年末の夜中に独り、こんなバカな事をしているのか。

 毎年、仕事納めの翌日に行われる恒例の飲み会。高校の同級生7人が集まって行う忘年会で、もう20年近く続いている。以前は貸別荘等を借りて、泊まりがけで一晩中騒いだものだが、近年は皆の家庭環境の変化を鑑み、近場でのいわゆる普通の飲み会、という形に落ち着いている。
 今年は横浜駅近辺で行われた。皆、実家は相鉄沿線なのだが今は僕以外は川崎や都内に居を構えており、互いの中間地点とは言えない横浜が会場になったのは珍しい事だった。その飲みの席でふと、3.11の震災時に何をしていたか、という話題が出たのである。
「俺は結局帰れなくて、会社に泊まったよ。コンビニでカップ麺を買ってさ……」
 と、一人が言った。するともう一人が、
「俺もだよ、ずっと会社にいたんだけどさぁ、もう大変だったなァ」
 しみじみと言った瞬間、
「お前は公務員なんだから、有事の時こそ働け!」
 と皆から総ツッコミを浴びた。
「—-お前は?」
 と、訊かれた僕は答えた。
「歩いて帰ったよ。—-実家までね。そこで原付を借りたんだ」
 当時は妻が身重な状態で、一人で家にいた。メールのやりとりで無事は確認できたが、電話は全く通じなかった。その為、何としても帰る必要があったのだ。電車が止まっているのはネットで確認できたので、両親の安否確認ついでに段取りをつけて、まずは西谷にある実家を目指した。
 当時はまだスマホが一般的ではなくて、移動しながら道を調べるなんて事は出来なかった。なので、とにかく知っている道を歩いた。
 東神奈川からスタートして国道1号を辿り、和田町から国道16号に合流するルートだ。国道16号まで来た時、既に辺りは暗くなっていたが、その時に見た光景は、今でも憶えている。
 国道の上下線から脇道に至る迄、道は車で埋め尽くされ、信号だけが単調な動きを繰り返している。歩道も横浜方面からの人が連なって黙々と歩いており、その姿は、まさに難民だった。
 あらゆるスペースに車と人が詰め込まれたその空間は、静かな喧噪で埋め尽くされていた。その異様な光景に圧倒されながら、僕は歩き続けた。
 相変わらず電話は繋がらなかったが、途中で電話ボックスの中で話している人を見かけて、公衆電話に望みを託してみる事にした。
 しかしコンビニの前で見つけたはいいが、テレホンカードなぞとっくの昔に財布の中から姿を消している。幸い10円玉はあったのだが、今度は受話器を上げてから入れるのか、入れてから受話器を上げればよいのか、公衆電話の使い方そのものが分からない。冗談のような話しだが、当時はやはりどこかで混乱していたのだろう。
 それでも何とか回線が繋がり、妻と話して受話器を置くと、入れた筈の10円玉がチャリン、と出て来た。大規模な災害時には無料になるのだという事を知ったのは、だいぶ後になってからの事だった。

「でもまさか、いくら大地震といっても相鉄まで止まるとは思わなかったなァ」
「そうそう。何があっても止まらないってのが、相鉄ってイメージだもんな—-スト以外では」
「止まらないっていっても、そりゃあ止まる要素が無いからだよ。路線の距離は短いし、大きな川も渡らないし……」
 まぁでも最近は、それなりに止まったり遅れたりするけどね、と僕は内心独りごつ。
「—-それにしても、使ってる時は思わなかったけどやっぱり相鉄ってマイナーなんだな。ウチの職場でちょっと話しが出た事があるけど、知っている人、殆どいなかったわ」
「都内方向からの人だと、そうだろうな……。知っていても、せいぜい二俣川位か」
「それって、運転試験場があるからってだけでしょ。最近じゃあ、海老名の方が有名なんじゃないの」
「海老名はホラ、アレだよ。相鉄じゃなくて、小田急の街だから。相鉄の街といったらやっぱり、ここ横浜でしょ。西口のゴミゴミした感じが、いかにもって感じじゃん? 知名度が欲しいのかオシャレにイメチェンしたいのか、都内へ路線を繋げるっていうけど、まずはこの横浜をどーすんの! と個人的には思うねェ」
「そうだよなぁ、相鉄っていうと、やっぱりオシャレというより庶民って感じだよな」
「そこがいいんじゃないの、そこがさ……」
 何だか悪口ばかりのように聞こえてしまうが、皆、長年相鉄を利用していたのだ。離れてみて、改めて思う所もあるのだろう。17時頃からスタートした飲み会は、二次会を経ても21時にはお開きとなった。メインの通りを避けて、川沿いの遊歩道を駅へ向かう。そこからは横浜駅へと出入りする、相鉄線がよく見えた。
「……俺さ、実家に戻らないかって、言われてるんだよね」
 歩きながら、友人の一人が僕に言った。
「もう、親もトシだしさ。正月に帰るんだけど、多分またその話しが出るよ。まぁ、ツレがOKなら、それでいいんだけどさ。—-会社迄は、結構遠くなるけど」
「そうか—-そうだよなぁ」
 僕とて、車で30分の距離とはいえ実家を出ているのだ。決して他人事ではない。
「実家を空き家にするのも悲しいし、いずれは介護とかの問題もあるし」
 友人はガタゴトと走る車輛を見つめながら、伸びをした。「—-また、相鉄ユーザーかぁ。まぁ、そうなったらヨロシクな」
 横浜駅に着いて、JR、京急、市営地下鉄とそれぞれの家路に向かう。唯一の相鉄ユーザーである僕は改札に向かい、定期券を取り出して—-。

 —-そして今、夜の道を歩いている。
 結局、何故改札前で踵を返したのか、自分でもよく分からない。理由を探している事だって、歩いている間の暇つぶしに過ぎないのかもしれない。
 出発前にスマホのナビで検索した道のりは、最短距離で約17km。だが何となく、できるだけ線路沿いに行ってみよう、と思った。その分距離は多少長くなるが、せいぜい1km前後といったところだろう。つまり、約18km。時速5kmで歩いたとして、3.6時間。
 約4時間、か。
 ここまで時々ナビでルートを確認しつつ、国道ではなく、線路に出来るだけ近い裏通り—-いや表なのか?—-を歩いて来た。何度か通った経験がある道が殆どだったのだが、上星川駅にさしかかった所で、ナビは僕が通った事が無いルートを指した。水道記念館方向に左折し、環状4号を横切ってほぼ直線に二俣川方面に向かう。最短距離の、清く正しいルートだ。
 正直足も痛くなっていたし、一度も通った事が無い道に行く事に興味もあった。—-けれども、ここは初志貫徹だ。
 そのまま線路に沿って、人通りも殆ど無い住宅街の中を歩き続けた。聞こえてくるのは自分の吐く息と、ゴツゴツと伝わるブーツの振動。不思議なくらいに静かだ。ただ列車だけが、時折静寂を切り裂いていく。
 黙々と歩き続けて午前0時を回った頃、ようやく二俣川駅にたどり着いた。コンビニにピットインして、ホットコーヒーで一息つきながら考える。
 ここから電車に乗れば、家まで約10分。歩いて帰ると、1時間。鉄道の威力が、身に染みて実感できる。さらにナビで調べても、いずみの線に沿って進める道が見つからない。……考えてみれば、当然か。いずみの線には踏切が一つも無い。つまり路線の殆どが高架か、掘割を通っている。トンネルも多い。
 正直、店内の暖房とコーヒーの温もりに絆されたのか、心はかなりリタイヤに傾いていた。眠気は無いが、足の痛みも強くなっている。
 電池の残量が20%を切った。そろそろ駅に行くか、と思ったその時、スマホの画面が切り替わり、ブルンと震えた。
 妻からの電話だった。
「――もしもし」
『もしもし、どうも。もう帰ってるの?』
「いや……今、帰ってる途中」
『あら、遅いね。飲み会、楽しかった? 久しぶりだったんでしょ?』
「そうだけど――まぁ、いつもの面子だしね。そっちは、まだ寝ないの」
『親も沙弥ちゃんも、もう寝てるよ。昼間公園に連れてってもらって、大暴れ。――お風呂に入ったら、コテンと寝ちゃったわ』
 12月30日は僕が毎年恒例の飲み会であるように、妻と娘にとっても、車で1時間程の距離にある妻の実家に遊びに行ってそのまま泊まる、というのが恒例行事になっていた。
「君は、寝ないんだ?」
『年末だし、実家なんだし、少し位くつろがせてもらってもいいじゃない』
 カラン、と氷がグラスか何かを叩く音がした。
『――そろそろ、寝るけどね』
「なあ」
 思わず、声が出ていた。「3.11の時ってどうしていたかって、憶えてるか」
『3.11? ――あぁ、地震の時ね。憶えてるわよ。あの時は沙弥ちゃんがまだお腹にいたしね。確か、外にいたのよ』
「買い物してたんだっけ?」
『そうそう、ローゼン行って、帰る途中だったのよ。私はあまり揺れてるって分からなかったんだけど、通りがかった薬局からワッて人が飛び出してきて、地震だ! って……。臨月だったからか、妙に心配されちゃったのよね。――でも何で今、そんな話?』
「まぁ、ちょっと飲み会で話が出たんでね」
『ふーん。あの後すぐに沙也ちゃんが生まれたんだから、もう5年も前なのねぇ』
「確か、お隣にお邪魔してたんだよな」
『そうそう。親切に、声をかけてもらってね。やっぱり一人じゃ不安だったから、有り難かったわ。電車も止まってたから、あなたもいつ帰って来るか分からなかったし。—-帰って来た時はホッとしたわ』
「……そう?」
『そうよ。職場から家が遠い人は会社に居た方がいいっていうけど、やっぱりね。帰って来てくれたら安心するし、嬉しいわよ』
 アルコールでも入っているのか、いつもより妻の口数が多い気がする。
「遠いっちゃぁ、遠いけどな」
『あの時は、どれくらい時間かかったんだっけ』
「確か—-2時間半位、か。途中からは原付だったけど。全部歩いて帰ったら、4時間はかかってたかな」
『……何か妙に、具体的じゃない?』
「まぁ、自転車で走った事もあるし、大体分かるさ」
 妻の言葉に、僕は慌てて取り繕う。
 ふーん、と妻はつぶやき、
『明日は、午後には帰るから。大掃除の続きもしないとだし』
「ああ、了解」
『そっちも、早く寝なさいよ。帰るまでに、少しでも大掃除進めておいてくれると、助かるんだけどね』
「……できたらやる、という事で」
『期待しないでおくわ。—-それじゃ、そろそろ寝るわね。おやすみなさい』
「おやすみなさい」
 通話が終わるといよいよバッテリーが厳しくなっていて、少し迷ったが電源を切った。もう、帰宅するまで使う必要は無いのだ。
 暖かい店内から外に出るのにはかなりの決意が必要だったが、いずれにしてもそうしなければ、始まらない。上着のファスナーを首まで上げ、ヘッドホンを耳にかけ、手袋を装着する。そんな状態でも、外に出た瞬間肌に直接突き刺さるような鋭い冷気を完全に防ぐには至らない。
 歩き出そうとしたその時、店先に公衆電話がある事に気が付いた。あの日以来触れる事も無く、その存在すら意識する事が無かった、公衆電話。冷え切った受話器を取り、耳に当てようとしてコン、とヘッドホンに当たる。苦笑して受話器を戻し、僕は再び白い息を吐く。
 —-さて、行くか。
 歩いて、家まで。
 午前1時半位迄には、帰れるかな。……多分、明日の午前中の大掃除は、全く進まない事になるだろうけど。
 電車が、駅を出て行く音が聞こえてくる。ここからは、しばらくお別れだ。沿線にこだわらず、ナビにあった最短ルートを行く。――それくらいは、勘弁して貰おう。
 12月31日、午前12時28分。僕は再び、いずみ野駅に向かって、歩き始めた。

著者

健人