「大切なこと」永井良明

「もう昼か。」
そうつぶやくと、ゆっくり体を起こした。
こんな時間まで寝られたのは自動車免許の更新に行くために有給休暇をもらったからだ。
テレビをつけると、見慣れない番組が始まっている。
今頃、会社では同僚が慌ただしく働いているんだろうなと考えると申し訳ないと思う反面
、自分だけのご褒美のような特別な時間を過ごしているのだなと嬉しい気持ちにもなった
。だが、あまりゆっくりもできないので早速支度をし、目的地の相鉄線・二俣川駅へと向かった。
運転免許試験場へは免許を取って依頼、久しぶりだった。きっと時間がかかるだろうと予想していたのでパンはコンビニで買っていた
。しかし、手続きは意外とスムーズに終わってしまった。こんなに早く終わるとは思っていなかったので、パンを食べて帰るのはもったいない。ここは久しぶりに横浜にあるお気に入りの中華料理屋にでも行こうか、それとも二俣川に来たのだから、街を散歩して新しく店を開拓しようか、どっちにしようか迷っていると、駅の改札から出てきた女性と目が合ってしまった。
「ココノ改札口ハヒトツダケデスカ?」
「そうですよ」
突然質問され、少しびっくりしたが、なんだか焦っているようだった。アジア系の女性はカタコトでまた話しかけてきた。
「ココハフタマタガワデスカ?」
「そうですよ」
「ウーン、イナイネ」
「待ち合わせですか?」
「ソウ、仕事シニ来タ。成田カラ来タヨ。ジェーンサンイナイ」
そんなやり取りをしていると女性の電話が鳴った。
「モシモシ、ウン、ソウダヨ。。。ドコナノ?」
彼女は腕時計を見ては焦りと不安な表情を浮かべていた。どうやら仕事仲間と待ち合わせをしているようだが、相手が別の場所にいるようだった。女性はまた話かけてきた。
「オニイサン、改札口ハヒトツデ間違イナイ?」
「改札口で待ち合わせしているのですか?ここはひとつだけですよ」
「ウーン。。。」
見渡したところ、待ち合わせの相手はやはりいないようだった。
「失礼ですが、あなたは中国の方ですか?」
「ソウダヨ」
「お話されてたジェーンさんも中国人?」
「ジェーンサン、インドネシア人ダヨ。ダカラ日本語ガ共通語ナノ。私ハ少シシカ話セナイカラ、ヨクワカラナイ」
たしかにそれでは話が進まないわけだ。聞けば、先ほど成田空港から入国し、その足で日本で働きに来たらしい。名前はリンさんと言った。
互いに別の国から日本にやってきて、日本語で話せなければならない。不安になるのは当たり前だろう。自分が他の国に行って同じことが果たしてできるだろうか。そう考えたら
居ても立っても居られなくなってしまった。
「僕がジェーンさんに電話しましょうか?そうしたらどこにいるかわかるかもしれないですよ?」
「ホントニ?アリガトウ。オ願イシマス」
そう言うと彼女は電話を渡してきた。
何とかしたい一心で言ってみたものの、本当に相手が見つからなかったらどうしようか。
少し不安になってしまったが、とりあえず電話をかけてみることにした。
「もしもし、ジェーンさんですか?」
「ハイ、アナタハドナタデスカ?」
低い男性の声だった。
「僕はただの通りすがりの者です。リンさんは日本語があまり上手ではないとのことで代わりにお電話しました」
「ソウデスカ」
「僕たちは二俣川駅の改札口にいますが、ジェーンさんはどちらにいますか?」
「私ハ、フタコタマガワ駅ニイマス」
二子玉川駅?全く別の駅ではないか。念のため、もう一度聞いてみた。
「あのー二俣川ではないですか?」
「二子玉川ダヨ」
なるほど、集合場所を間違えてしまったのだと思い、リンさんにそのことを話した。
「リンさん、集合場所が間違っているみたいですよ」
「エー、ドウシヨウ、コマッタネ。。。」
彼女に電話を戻すと、ジェーンさんに今から向かうとだけ伝え、電話を切った。
うろたえるリンさんになんて声をかけていいのかわからず、茫然としていると、リンさんが何かメモのようなものを持っていることに気が付いた。
「リンさん、そのメモは何ですか?」
「コレ、日本ノ仕事場所ヘノ行キ方書イテアル」
メモを受け取り、見てみると、『成田→横浜→二俣川』と書かれており、さらに読んでいくと、『サトウ』とカタカナで書かれた名前の横に電話番号が書かれていた。
「このサトウさんはどなたですか?」
「工場ノ人。担当者ネ」
私は思い切ってリンさんに提案をしてみることにした。
「リンさん、このサトウさんに電話したらどこが集合場所かわかるんじゃないですか。
僕が電話してみますよ」
「アリガトウ。アリガトウ。。。」
リンさんはなんだかひどく疲れているようだった。無理もない。不安でたまらないのだろう。私は先ほどの勢いで再び電話をかけてみることにした。
「もしもし、サトウさんですか。」
「はい、そうですが、あなたはどなたでしょうか。。。?」
私はリンさんのこと、ジェーンさんのことをサトウさんに伝えた。
「そうでしたか、私がこの工場の責任者で集合場所は二俣川駅で間違いないです。工場がすぐ近くにあるので今から迎えに行きます」
急いでリンさんにそのことを伝えると、リンさんの目にはうっすらと涙がにじんでいた。
ようやくホッとしたんだろう。サトウさんが来るまで心配だったので、リンさんの側を離れずに話をしていると、ようやくサトウさんが改札まで駆けつけてくれた。
ジェーンさんの件もサトウさんから話をしてくれたらしく、こちらに向かっているとのことだ。
サトウさんからは深々とお辞儀をされてしまい、恐縮しているとそれを見たリンさんが笑っていた。やっと安心できたのであろう。
「ホントウニアリガトウ」
リンさんはそう言ってサトウさんと工場へ向かった。
私も緊張が解け、気づけばお腹が鳴っていた

「やっぱり今日は中華かな」
そう独り言を言って行きつけの中華料理屋へ向かった。
やはり今日は特別な時間だったのかもしれない。
今の気分と同じように青空がどこまでも続いていた。

著者

永井良明