「富士のある街」青山京子

 転居先の住所は「横浜市泉区和泉町3569番地」今どき3千何番地など、市街地には見られないですから、田舎っぽい所なのだなと、気付く人もいると思います。確かにまだ農家も点在しています。旧鎌倉市だったと区史にある、横浜の一画です。この町の隣は藤沢市ですから「横浜のはずれ」と説明すると、何となく解かってもらえる街なのです。
 横浜駅を起点に、西に走る相鉄線は、戦前は厚木方面からの、貨物輸送の路線だったそうです。しかし、戦後は横浜の人口増を吸収する、大住宅地が沿線に造成されました。そのまま小田原、箱根とつながる路線に、やがて江の島に往く小田急線とも連絡する「いずみ野線」が開通しました。新線は自然豊かな丘陵を走ります。沿線から市の中心に、30分ほどで出られるので、いずみ野線沿いには、高層住宅が林立しました。私はその住宅の一つ、いずみ中央駅直近に建つマンションに住んでいます。

 相鉄線の三ツ境駅から、相鉄バス20分ほどで、若葉台にs着きます。丘陵をそのままに造られた街区は、周辺の山野の散策も楽しめる快適な団地でした。しかし、20年もも住んでいると、坂道が負担になってきました。楽に歩ける街に住み替えたいと、願うようになりました。
 相鉄いずみ野線いずみ中央駅の線路沿いに、マンションが建設されているという情報を得ました。駅直近というのです。この話に私は飛び付きました。ただ私は、いずみ野線には、乗ったことがなかったのです。周辺の探訪に出かけました。いずみ野線に乗って、まず驚いたのはトンネルの多いことでした。駅、トンネル、駅トンネルが、4,5駅も続きました。何だか銀河鉄道に乗っているようで、大いに興が湧きました。
 いずみ野という駅を出たら、車窓に大きな空、そして、なだらかな平地が視界を楽しませました。山々がはるか彼方に連なり、反対側の窓の外には、丘陵が町を囲うように延びているのです。盆地に出たようでした。小さな森と畑、点々と家が建ち、
やがてその先に街の賑わいが見えてきました。箱庭のような風景の中に、いずみ中央駅がありました。

 いずみ中央駅のホームと接する9階建てのマンション「グレーシアシティ横濱和泉中央ステ-ションアリーナ」という、しゃれた名前の、フロントコートの5階の住人になりました。部屋からの眺望は、想定をはるかに越えた、和みの世界でし、た。ベランダの向こうには、深い森が棟よりも高く茂っています。真下には和泉川が流れ、ケヤキ並木の散策路がずっとつずいています。西側は相鉄線の高架だけ。線路沿いの低い丘に、瀟洒なマンションが見えます。駅のアナウンスが聞こえます。私を包むすばらしい環境に、大満足しました。
 真夏の転居でした。夏から秋にかけて、新居のデザインに取り組み、疲れも程を越して、やっぱり歳だなとショックを受けました。だからここに来たんじゃないかと、自分を納得させたりするうち、秋の気配が肌に感じられるようになりました。
 透き通るようなような青い空でした。朝早く新聞を取りに、西側にある外通路に出たときです。西の空に見たのは、まさかの素晴らしい光景。富士が山裾から頂上まで、くっきりと姿を見せていたのです。感動、感激でした。転居したときの選択肢に、このような隠された賜物があることを知らされておらず、また、この地の予備知識にも、全く入っていなかったのです。富士の山は、重層な黒々とした山容で、神々しく座しています。富士と友になれたことに奮、この幸福をくださったこの街、いずみ中央に、そして、この地にマンションを造って、私を呼んでくれた相鉄不動産に、感謝しました。
 住むほどに、富士と対座していると心が休まり、日々の暮らしに光が満ちてくるのを、覚えるようになりました。信仰というのかも知れません。お山は季節ごとに衣装を替え、空の景色まで変えて、私を驚かせますくれません。。春は穏やかな空に、淡い桃色に雪が染まって、微笑んでいます。秋には突然頂きに雪を載せて、肌を刺す風を吹かせ、紺青の空から「寒くなるぞ、寒くなるぞ」と、声をかけてくれます。冬を迎えると、山は穏やかな姿、けがれのない白衣を着たお姿で、坐っておられます。真っ白い厳かな姿を、毎日現わしてくださるのです。雲も寄せ付けず、ただ一人だけで、夕日に映える富士は、気高く神のようです。
 桜がつぼみをふくらます頃から、お山はあまり姿を見せなくなりました。花冷えの日の澄んだ空に、雪を頂いた富士が、ふと姿を出すことはありますが、あまり長くは空に座してくれません。燕の姿が日ごとに増える頃、夕暮れに鼠色の衣をまとった姿で、茜の空に座す姿が、まれに現れるだけでした。
 ここで、夏の富士山を見たことがないのです。よく晴れていても、西の空には深い雲がかかっているのです。雲の布団にお眠りになっているのだと、思っています。「秋になったら、またきれいな着物を着て、出てきてね」と声をかけています。富士山は私の街に来る暇もない、忙しい毎日なのでしょう。登山の季節ですから。
 梅雨の晴れ間の朝でした。富士山が姿を見せたのです。久々のお山でした。頂からの雪が縞模様を描き、静かな姿で坐っておりました。昨日まで雨が降っていたので、「お山は雪だったのね」と傍にいた娘に言ったら「まだ冬の雪が解けていないだけ」と無感動に返されました。
 来る年々の四季には、どんな話を富士山とできるかなと想像する楽しみ、夢が、私を包みます。このようなことを思って、季節を待つことのできる街、「いずみ中央」に住むことができた幸せ。富士山を拝することで、私の寿命は延びるでしょう。
 いずみ中央駅のアナウンスも、鉄路の響きにも、いのちの音と感謝しています。

著者

青山京子