「寝台特急ユーラシア号」栗生将信

         プロローグ・入鋏

 208X年、ユーラシアの大地をネービーブルーの20000系車両にけん引され、15両編成の寝台特急「ユーラシア号」が疾駆する。横浜発ロンドン行き、関釜トンネルを抜けると朝鮮半島に入る。京義線(ソウルー新義州間)を北上し、中国東北部を縦断、シベリア鉄道経由で英国の首都に至る4万キロ、15日間の夢の旅―。

       トロッコ

 相鉄グループ創立百周年を記念し、登場した20000系。そのプロポーションは上品さと落ち着きを備え、ネービーブルーのつややかな色合いのボディーラインが際立って魅力的だ。運転席のフロントガラスは左右の広角がたっぷり取ってあり、見晴らしもよい。 彼女の祖父をかすかに覚えているSLとともに相模川の砂利を運んだ神中線の力自慢の貨物列車だった。
 私が曜子と知り合ったのは6年前。70歳になりマイカーを手放し、免許を返上した。バスや電車を利用する機会が多くなった。相模沿線鶴ヶ峰から乗った3両目の快速電車。2人は隣り合って座った。彼女はすぐにB4サイズの冊子を読み始めた。
 銀髪を七宝焼のバレットで束ねたアップ、亡くなった私の母が好んだヘアスタイルだ。私は隣からのぞき込むように拡大文字を追う。見覚えがある。芥川龍之介の作品だ。
「・・・門口へ駈けこんだ時、良平はとうとう大声に、わっと泣き・・・」。
 「『トロッコ』ですよね」
 「はい、朗読のテキストなんです。私、教室に通っています」朗読教室は横浜駅西口にあると言う。私は東横線沿線で朗読を学んでいる。
作品は、小田原―熱海間の軽便鉄道の工事現場に展開する。少年のワクワクする冒険心と、次第に家から遠のいていくトロッコが彼の心細さを象徴し、感性豊かに表現されている。
 横浜市立M高校1年の時、担任の国語教師が読み聴かせてくれた。感激した私は「トロッコ」を幾度も読みこなし、後年、神奈川県内の朗読会で発表した。
 「男の子のセリフをどう読んだらいいのでしょうか」
 私はほんの少し間を置いて、明から暗に移り行く少年の心をありのままに表現したらいいのではと助言した。
 「はい、そのように読んでみます」。素直な受け答えが好ましい。時たま彼女は話の語尾を上げる癖がある。東北地方の里言葉らしい。
 私は若いころ、秋田市内で8年間、下宿暮らしをした。横浜で生まれ育ったが、田舎言葉が何故か好きになった。私は懸命に秋田弁を覚えた。温かくみやびな響き、アクセントの掛け方が違う。かなりマスターできたつもりでいた。
 下宿のおばさんがたまりかねたように言った。「そンた汚ねエ秋田弁やめれ」それ以降、私は極力、長めの言葉を控え、「ナモ」「ンだす」程度しか言わなかった。
 
       キロ程標

 「マニュアル言葉をどう思います。気持ちが込められていませんでしょ」
 私もそう思う。「でも鉄道マンはむしろマニュアル言葉こそ必要です。正確な時刻と安全な電車の運行のためには、マニュアル言葉で確認し合う。大切な規律ですよ」
金筋2本に赤リボンを巻いた帽子を被った駅長と、紺一色の帽子の駅員は乗客の安全を思いやる気持ちでは同じであろう。
 硬券にパチンをいう音をさせ鋏を入れる時の改札での朝のあいさつ、夕べのねぎらいの言葉を掛ける風景はなくなった。ホームでは進入する電車に備え、「黄色い線の内側に下ってお待ち下さい」」とアナウンスする。運転士は緑色の信号を確かめて「出発進行」の指差喚呼をする。
 鉄道マンが示す乗客への弛(たゆ)むことのない心遣いが、これらのマニュアル言葉にこめられている。彼女と私は同じ考えだ。
 彼女はこれからも言葉について私と話す機会を持ちたい、と自己紹介した。
 「歌人の河野裕子さんと私の名前、1字違いです。カワノヨウコ・・・」。「ヨウコは黒曜石の曜です」。曜日の曜とは言わずに面白い字解をする人だ。私は名刺を渡した。
 彼女は「走れメロス」「高瀬舟」「山月記」・・・、国語教師が朗読したすべての作品を読んでいた。太宰治が特に好きな作家だと言う。彼女も朗読会で発表している。
 「朗読は原作を超えて別のフィクションの世界を創造できますね」私たちの生きがいに迫る見方に感心する。
 趣味は?
「洋楽は吹奏楽を、邦楽は筝曲、宮城道雄を聴きます。絵はマチスですね」芸術鑑賞を幅広くということらしい。少し手ごわそうだ。
 あなたは何を、と問われて困った。美術館、演奏会、能楽堂、
文学館めぐりはしている。
 「作文を書きます。いろんな新聞社に身辺雑記を投書してます」掲載した社は20紙を超える。「謝礼の図書カードがだいぶたまりました」。これは趣味というより、投書マニアにすぎないが、彼女は感心している。

     ダイヤグラム

 私たちはそれぞれ伴侶を亡くし、鶴ヶ峰駅から別々のバスで約20分ほどのシニアマンションで独り暮らしをしている。横浜駅地下街の喫茶店で初めてデートした。
 「僕は電車に乗る時、3両目2番口に決めてます」。唐突な物言いに曜子はいぶかしげに話の続きを待っている。「3月2日生まれなので、この数字をラッキーナンバーにしています」。
 ダンスはワルツしか踊らない。3拍子の韓国民謡「アリラン」と「トラジ」を愛唱歌にしている。ハングル学習のため、定年後1年間、ソウルの大学に通っていた時、地下鉄ホームでは3号車2番の扉から乗った。宝くじは末尾32を選ぶ。しかし今のところご利益はゼロ。
 「里言葉には言霊が宿っているように思います」。曜子は方言とは言わない。東京中心の物の見方を嫌うからだ。八戸に生まれ育ったための郷土愛だろう。
 /ふるさとの訛なつかし停車場の・・・/。啄木に倣い、私は
上野駅や東京駅の雑踏に立つ。東北弁が聞きたくなる。思いが募り秋田行きの特急にも乗った。
 曜子は関西方面に女学校の修学旅行に行った帰り、列車が東京から離れていくにつれてクラスメートも他の乗客たちも東北弁を話していたと言う。
 「東北のあちこちの訛がハーモニーになって溶け合うみたいでした」

       ブルーカラー

 「相模鉄道のサガミからどんなイメージカラーを想像しますか」。
ある日、彼女のいきなりの質問に戸惑った。地名の由来さえ知らなかったからだ。
 曜子の鼻翼がかすかに膨らむ。自信のある時のしぐさである。「茨木のり子さんの詩に『根府川の海』があるでしょう。/おだやかな相模の海よ/って」
 美しい詩人だ。私は「茨木のり子詩集」にブロマイドを挟んで持っている。時々、そっとポートレートを見てひとり満足する。曜子にはいずれ〝告白″しよう。
「相模の海を見に行きましょう」。即座に私は提案した。
 東海道線根府川駅はだいぶ前から無人駅になっている。雲ひとつない青い夏の空、燃える太陽にレールが焼け焦げそうな昼下がり―。
 海側のホームに立った二人の足元に群生する赤いカンナの花々。相模湾を眺めていると、海はさまざまに色調を変えていく。藍、青、群青、紺碧・・・。まぶし過ぎる陽光と青空のせいか。私たちは青いグラデーションに染まってしまいそうだ。
 「青は藍より出でて・・・」思わず言った私の一言に曜子がはじけるように応えた。
 「そう、そうなのよ。青の同系色をブレンドしたのが、相模鉄道のイメージカラー。それがマリンブルーなの」
 私は彼女の鼻の辺りと相模湾を交互に見比べていた。
 根府川から熱海は近い。私は「トロッコ」を思い出し、少年時代を回想する。
 横浜でKQ線のレールに友達と一緒に5寸くぎを置いてナイフを作ったこと、石炭を満載した貨物列車に飛び乗り、無賃乗車。揚げ句に石炭の粉じんやらで煙突掃除夫みたいに黒くなって深夜に帰宅。両親と妹たちに大笑いされ、そしてしかられたこと・・・。 曜子が初めて笑った。
 
     終着駅
 
 クリスマスが近付き、プレゼントは千円以内のものを交換しようと決めた。
 私はある計画を実行した。日本一乗降客の多いターミナルステーション、東京駅丸の内側にある「言葉の木」の葉っぱを採って来る。東京中央郵便局裏庭に常緑高木タラヨウがそびえている。この木に似ているタラジュはスリランカ原産で、古代インドではこの木の葉っぱに経文を刻んだ。何百枚もの葉に。
 私はタラヨウの葉を言葉の木の葉っぱと名付けた。木の下にうずくまり葉っぱを何枚か拾った。肉厚の葉は直径10㌢を超える。濃緑色や枯れて黒ずんだものも。駅の洗面所で土やほこりを洗い落とし、ウエットティッシュでぬぐった。
 家のベランダで丸1日、天日に干し、「大辞林」や分厚い辞書類を2,3冊、重しにして1週間。平らに伸ばしたしおりが出来上がった。
 彼女は朗読のテキスト、「忍ぶ川」(三浦哲郎)をバッグから取り出し、大事そうに葉っぱを挟んでいた。
 曜子のプレゼントは黒い光沢のある黒曜石の小さい塊だった。
 「地球が生まれてから何10億年もの間、マグマはこの星の地底深くにたぎっていました。灼熱の溶岩になって噴火して、冷えたのが黒曜石なんです」
 気の遠くなる宇宙の胎動だ。私はいとおしいものを抱きしめるように、黒い鉱石を手のひらに包み込んだ。
 曜子は黒曜石に特別な感情を持っている。
 厳父は結婚して間もないころ、エジプトを鉄道旅行し、考古学博物館で黄金のひつぎに覆われたファラオ(王)ツタンカーメンに出会った。若くして亡くなった王のひつぎの両眼には黒曜石が嵌め込まれ、知的な美しい光を放っていた。(生まれてくる私の子には曜の字を付けよう)と考えた。そのせいか、曜子はエジプト古代史どころか、宇宙の生成にまで遡って興味を示す。
 
      エピローグ・鉄道マン
 
 白根不動尊だるま市が今年も開かれた。参拝がてら正月の風物詩を見に、2人連れ立って出掛けた
 だるまは一番小さな1号を2体買い、目を片方ずつ入れてもらい不動産に願掛けした。白糸の滝のそばの万葉歌碑を見て小休止、横浜四季の森公園を散策しながら夢を語り合った。
 「鉄道マンにささげる世界宣言」を起草するため、2人であらかじめ文案を作っておいた。鉄道で働く人たちを励ますためだ。
 
☆    ☆   ☆

 私たち全世界の鉄道マンは、国籍、人権、宗教、言語、性差を問わず、すべての人々の生命と財産を、人々が求める目的の駅まで、安全に送り届けることを崇高な使命とし、これを遂行する。この務めこそ、世界の国民が恒久平和を享受し、ひとしく生存していくことに寄与するものと、私たちは信じる。
 この宣言を、「ユーラシア号」のけん引車にプレートとして嵌め込む。日本語をはじめ、中国語、英語、フランス語そしてロシア語で。15両編成の各車両のボディーには世界のあらゆる言語―エジプト象形文字、サンスクリット、マヤ、楔形文字も―で「平和」と「愛」の文字を綴る
 私たちを乗せたユ―ラシア号がソウルからピョンヤンに向かっている。夕食はコリアンメニューにしよう。この寝台特急のレストランカーには通過する国々の料理自慢のシェフたち乗り込み、グルメを提供する。ユネスコの無形文化遺産に登録された「和食」は日本の食文化の華としていつでも賞味できる。
 車内アナウンスは通過する国の公用語から始まり、日、中、英、仏、露語の6ヵ国で案内する。乗務員はバイリンガルでサービスに当たる。
 展望車でイチゴジャム入りのロシアンティ―を飲んでいたらイギリスの若いカップルに話し掛けられた。旅の目的、これまでに訪ねた国とそこに住む人の印象・・・。
 いつの間にか高齢のロシア人夫婦が加わり、映画談議にはいっていった。ただし、駅や電車、貨車が出てくる鉄道映画にしぼる。イギリス人の女性が「逢びき」を挙げる。ロシア人の男性は、ウクライナのヒマワリ畑と厳寒の時期、雪原で凍死していくイタリア人兵士を思い出し「ひまわり」について涙ぐみながら話す。新婚の夫マルチェロ・マストロヤンニはロシア女性、リュドミラ・サベリーエワと世帯を持っていた。せっかく訪ねあてたソフィア・ローレンはSLの車内で号泣する。
 「ピクニック」「終着駅」「鉄道員」「カサンドラ・クロス」「恋におちて」・・・。出会いと別れの悲しみを鉄路が見守っている。私たちは国籍に関係なく平和の中に生きていることを確かめ合っった。
 2080年代には地球の5大陸で内戦も戦争も起きていないことを願う。
 ユーラシア号が安全にヨーロッパの西の端まで運行できるのは世界各国の鉄道が規格を統一したためだ。自動列車制御装置(ATC)を同じものにし、軌道の間隔も標準軌(143㍉)がほとんど普及した。在来線の狭軌を運行するため、違った軌間を自在に走れるフリーゲージトレインの装置を完備している。
 もう世界の鉄道が兵員や兵器を乗せて走ることはない―。
 

    終

著者

栗生将信