「希望ヶ丘高校」黄間友香

希望ヶ丘という駅は、私にとって元彼のようなものだ。もうずっと前に別れてしまった元彼。自分は今ちゃんと幸せだし、普段は思い出すことなんてない。なのにその名前を聞いただけで、一時関係を持ったことをありありと思い出せる威力を持っている。思い出すきっかけなんて些細でも構わない。藪から棒ぐらいな塩梅でやってきて、私を一瞬ざわめかせることが大事なのだから。私だって思い出したのは今さっき、免許の最終試験で二俣川に行く時。中学二年生の夏から巡りに巡って高校三年生の冬にその名前は「よぉ、久しぶり」とでも言うようにして私の目の前に飛び込んできた。

 今日は平日だけど入試休みなので、学校はない。制服ではなくTシャツにジーンズという姿で電車に乗るのが少しこそばゆい。スカートのすーすーした感じがないのが、変な気持ちになる。冬だけど、ちゃんと足を隠せばあったかいんだな、なんて。最寄り駅から大和まで一本 。大和で相鉄線に乗り替えて二俣川までまた一本。合計二本の電車の旅。乗り換えの電車を待っている間に周りを見渡すとサラリーマンばかりで、高校生の影はほとんど無い。どこの学校も休みなんだろう。電車がやってくると同時にさっと暖かい車内に潜りこみ、ドアの上に貼ってある路線図を見て二俣川がどこにあるのかを探す。普段行かないところへ行く時は、ケータイだけじゃなくていつもこうして二度確認している。なんとなく不安になるのだ。昔思い切り行き先を間違えたことがあった。いつだったかは忘れてしまったけど。

 瀬谷、三ツ境、ときてその駅名は私の眼前に飛び込んできた。希望ヶ丘?????。一度だけしか降りたことのないその駅名を見て、懐かしいとさえ思った。 県立希望ヶ丘高校。私が行きたかったと思っていた高校の最寄り駅は希望ヶ丘駅という。

 行きたかった、のだから実際に希望ヶ丘高校は入っていないし、受験すらしなかった。中学生なりに頑張って勉強したけれど手が届きそうで届かない学力だったので「安全圏を」と思って泣く泣く諦めた記憶がある。中学時代は内申があまりなかったので、頑張ったところで行けたかどうかも怪しい。けれど諦めたという事実は、その名前を見た瞬間にそこにいつでもあったかのように心の中で大きな存在感を醸し出してきた。

 思わず駅から高校までどれくらいかかるのか検索すると、徒歩12分とある。記憶の中の道すがらよりも短い。しかも、家からこんなに近いとは思ってもみなかった。遠い印象と特に用がないことが相まって、今まで一度も希望ヶ丘にはいかなかった。そういえば私は学校が始める手前の暑い時期に行ったから、暑くて時間がかかったのかもしれない。わざわざ普段用の大きなカバンにタオルを一枚入れてきたものだから、幅をとるし背中にべったりと汗をかいた。コンクリートの照り返しがきつくて、汗をタオルで何度も拭ったのを覚えている。それから、道を尋ねた時ににこやかに微笑んでくれたおばあさん。

「あら、中学生? 暑いのに大変ねぇ」

 そう言って塩飴をくれたのだった。学校のない昼下がりは人がほとんどおらず、そのおばあさん以外には会わなかった、と思う。

 実際に高校に入って担当の先生に会った時は少し緊張した。細身で、四角い縁のメガネをかけたいたのは覚えているのに、その他が全く思い出せないのは、もうずっと前のことだったからなので仕方がない。きっとその先生と今すれ違っていても、分からないと思う。そんな先生とまず行ったのが図書室。中学の図書館は薄暗くてジメジメとした印象があったのに、窓から日が差して開放的な空間だったのを覚えている。少しツンとくる埃の被さった本棚を覗くと、今まで見たことのない小説がたくさんあった。そこは宝庫のようで楽しかった。しかも分かる人にしか一冊一冊が宝石だと分からない。きっとどこの高校の図書館だって大抵中学のよりも品揃えがいいのだからそこまで感動する必要はなかったのだけれど、初めて見た高校の図書館は学校見学で行った他のものよりも、魅力的に思えた。一通り図書館を回ると、弓道をしている人を覗き見て、教室へ向かった。弓道なんて中学にはなかったからもうそれだけで新鮮で、高校はすごいなぁと理由もなく思った。中学生の私には全てが大人で、キラキラと輝いていた。

「今日は吹奏楽部が練習してます。希望ヶ丘は学生が指揮しているんだよ」

 担当してくれた先生が吹奏楽部の顧問だったこともあり、一つ一つの教室を見て回らせてもらった。覗くと見えたのは、様々な楽器、譜面台、カラフルなポロシャツと、チェックのスカート。それから

「え、中学生? わっかーい」

 と笑う先輩(になるかもしれなかった)人たち。何か特別もてなされたわけでもない。向こうだって練習で忙しい。けれど、その練習する姿を見ていいな、と思ってしまった。そして今までは憧れだったものが、急に現実味を帯びてきた。先輩たちと並んで楽器を吹いている自分がとても容易に想像できてしまった。アインザッツの後に放つ、しっかり音のはまった和音。その中に自分の音が混ざってもいいじゃないか。そんなことを思った。だからだったのかもしれない。ここに行きたい、という強い思いは、こうして高校を卒業する間近にもなって再び思い出したくせに、昔のままによく覚えている。

「希望ヶ丘、希望ヶ丘。ご乗車、ありがとうございました」

 電車のアナウンスで我に帰ると、そこはもう希望ヶ丘駅のホームだった。そこで降りる人は少なく、それを知ってかドア近くの人もさして動かずにそのままでいる。希望ヶ丘なんていかにもニュータウン然とした名前だけど、希望なんてちゃちな気がする名前だけど、なんとなく好きだった。

「あなたに二年後、会えるのを楽しみにしてますよ。うちは生徒に自由になんでもやらせます。君の好きなことを先生が一緒になって応援するところなんですよ。君の希望が叶うよう、陰ながら願っていますね」

 先生の輪郭は相変わらずぼやけているくせに、別れ際にそう言ってもらったことはよく覚えている。もしあの先生が「夢が叶う」と言っていたら、先生の言葉は覚えていなかったと思う。ありきたりだし、夢はちょっとスケールが大きすぎて嘘くさい。青臭い自分はきっと鼻で笑って流していた。でも希望なら、なんとなくアリなのだ。希望はもっと手近で、暖かいものだと思っているからかもしれない。中学生の私は、少なくともそう信じていた。

 わたしはきっと行きたかったのだと思う。その高校にいって、図書館でたくさん本を借りて、部活に勉強に、頑張りたかったのだ。そんなことを夢見ていたのをぼんやりと思い出した。

 ドアが閉まり、希望ヶ丘から次の二俣川駅まで電車は動く。その景色に懐かしさは全くないものの、じっと見てしまう。中学生の時抱いていた希望が他校に行ったのにもかかわらず叶ったか、と言われると、正直言って叶った。違う高校に行っても友人には恵まれたし、部活はいつも楽しかった。図書館は使用者が少ないので新刊がいつでも手に入ったので日参していた時もあったぐらいだ。それから、大学へは行きたいところへ行けた。看護学科の指定校推薦。看護師になりたいと思ってからはその大学を目指していたので、受かった時は嬉しさも一入だった。

 看護師になること。希望ヶ丘に行っていたら、たどり着いたかもしれないし、たどり着かなかったかもしれない結論だと思う。もしかしたらもっと別の、全く違う生き方をしようと私は思ったかもしれない。それは私にもっと合っているものだったかもしれない。それでもあなたは今幸せですか? と聞かれたら、答えはもちろんイエスだ。希望は、どこにだって転がっている。

 それでも、あの他人の青春の詰まった学校を思い出してしまう。そしてきっとこれからも思い出す。私の中でちゃんと終わった話だった。でも行かないと決めるまでに葛藤もあったし悔しさも、後悔だって中学生なりにしたのだ。そのことを、免許更新の時は少なくとも思い出すのだろう。すっかり風化したと思っていた気持ちが湧き上がってくるのに苦笑いして、私は二俣川駅に降り立った。

著者

黄間友香