「幸せの花柄カーテン」西村晃

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今年は例年になく春の訪れが早い。
山本かおるにとっては憂鬱な季節だ。
毎年花粉症でくしゃみに鼻声、涙目に悩まされる
自動車教習所でハンドルを握りながらもマスクが欠かせない。
クルマに乗るようになって3時間目。
薬を飲むと頭がぼやけるので、症状を我慢しながら野外での教習は本当につらい。
疲労困憊で駅の自動改札を抜ける。
駅周辺の桜は3月半ばで早くも咲きそろっている。
相鉄線、いずみ中央駅。ニュータウンの駅として利用者も増えてきた。
駅の周囲は新しい住宅も次々に建っているが、まだ畑なども少し残る。
かおるが5歳の時にいずみ野線が開業したのだから、あれからもう四半世紀以上がたつ。
駅前で催された開業式典で幼稚園の友達とお遊戯をした思い出がある。
かおるが故郷とも呼べるこの街に帰ってきたのは昨年のことだ。
大阪での結婚生活はわずか3年で終わってしまった。
「私の人生なんだから口出ししないで」
職場の同僚の大阪転勤についてゆく形で性急に決めてしまった結婚に、両親は最初反対だった。それを押し切ったわがままな娘を最後は許してくれたのに、わずか3年でノイローゼ気味になって戻ってきてしまった。
帰るところはやはりここしかなかった。
「かおる、しばらくうちでのんびりしなさい。気分転換にクルマの免許でも取りに行くといいよ」
母の加代はそう言ってくれた。
日頃から無口な父、大介は特に何も言わなかったが、
「ごめんなさい」と、うなだれる娘の肩を無言でポンと叩いてくれた。
駅前の信号を渡り、川に沿って歩くと何軒か店が続く。
そのうちの一軒がかおるの実家だ。
「カーテンファクトリー やまもと」
デザイナーの加代の夢をかなえてやりたいと、建設会社に勤めていた大介が、1988年に開業した家庭用カーテンの専門店である。
2人はそれまで横浜市内で働いていた。住宅建設会社の営業だった大介が、新築のお客さんを案内したカーテン会社、そこでデザインの仕事をしていたのが加代だった。
仕事上の付き合いを経て結婚、斬新なカーテンを加代がデザインし、営業力抜群の大介が経営の舵を握る。二人三脚で仕事は順調に拡大した。
何より時代の流れがビジネスを後押しした。
90年に相鉄いずみ野線が開業し、99年に湘南台まで延伸され、この地域の人口は急増した。新しい住宅ができればカーテンの新規需要は黙っていても伸びてゆく。
長女かおると、長男の徹を育て、忙しくも充実した山本家の歴史がこの店舗兼住宅には刻まれていた。
店の中に入ると、お客さんの後ろ姿が見えた
カウンター越しに加代が接客している。入ってきたかおるをちらりと見ただけで、そのまま母と娘と思われる2人のお客に型紙の説明を続けた。
(新入学の学生かしら)
近隣の大学に通う新入生がすまいを決めるこの時期、親子で来店する客が増える。
(ああ今年もまたそんな時期が来たんだ)
久しぶりにこの時期を、実家で過ごすことになったかおるには感慨深かった。
接客カウンターの横のドアから奥に入ると、パートの女性が2人ミシンを操作していた。
店の裏がすぐにオーダーカーテンを仕上げる作業場になっている。注文を受けるとすぐに裏で製品化する。早ければ翌日にも出来上がる。これが「カーテンファクトリー やまもと」の最大の強みだった。
「ただいま」
かおるが声をかけると2人は手を休めて「お帰りなさい」と応じた。
階段を上がった2階に家族の生活の場がある。
リビングで弟の徹がソファに寝そべってスマホを見ていた。
「お帰り」
かおるの顔を一目見ると、再びスマホに目を落とす。
「あんた相変わらずね、少しは仕事探すなりしっかりしなさいよ」
7つ下の弟は大学を出ても正規入社はせず、深夜営業の居酒屋でアルバイト、好きな音楽活動中心の生活をしている。毎日昼すぎに起きてきて、時折カーテンの配達は手伝うものの、気楽なフリーターから抜けられないでいる。
「親父、おふくろから言われ続けていますから、わかってますよ。せめて姉さんくらい将来のベートーベンに理解を示してよ」
「まったく100年言ってろ、だわ、おめでたい弟よ」
かおるは、リビングで珈琲を淹れ、マグカップをもって自室に入った。
「ああ 疲れた。私、車の運転向いてないかもなあ」
大阪では旦那の運転する車の助手席に座っていればよかったのに、
安楽の席の居場所はなかなか見つからないことにため息をついた。

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山本家の夕食は夜9時ごろから始まる。
かおるが子供のころから、仕事に忙しい母加代が店を閉めてから夕飯の支度にかかるのでいつもこんな時間帯になっていた。
小学生は遅くても9時には寝ましょうと学校の先生に言われても、とてもうちでは無理だとかおるは思っていた。
実家に戻って以来、夕飯作りはかおるの仕事になった。
この歳になって親の厄介になっている以上、せめてそのくらいしないわけにはいかなかった。
徹は居酒屋のアルバイトに出るから、両親とかおるがテーブルを囲む。
「お疲れさま」
3人は発泡酒のグラスを合わせた。
「美味そうだな」
大介は大皿の餃子に手を伸ばした。
「かおるは、料理はうまくなって帰ってきたわよね」
「あらお母さん、変な言い方ね」
「褒めているのよ」
マーボー豆腐に八宝菜と今夜は中華系の皿が並び、三人は箸を休まず動かした。
「徹の事なんだけど、あのままでいいの?」
かおるが父の顔を見ながら言った。
「あいつはまったく就職する気はないな」
大介はそう言ってグラスを空にした。
「将来どうする気なのかしら、私が言えた義理ではないけど」
自分のことを棚に上げて、と言われることを承知でかおるが言う。
「本当に困った息子よねえ」
母も小さくため息をつく。
「ところでそういうお前はこれからどうするつもりなんだ」
父の心配ももっともなのだ。
「うん、仕事探そうかとは思うんだけど、なかなか難しいのよねえ」
そう言って、かおるも考え込む。
「いっそのこと、あんたたち二人でうちの店やってみない?」
加代がそう切り出した。
「でもおまえ、これからうちみたいな個人営業はますます大変になるんだぞ」
大介は現実を直視している。
「カーテンファクトリー やまもと」も10年くらい前から近隣に大型のホームセンターや家具チェーンが進出し、売り上げは減少傾向だった。
今後はネット通販の浸食も脅威だ。
「そうよねえ、あまり子供たちに苦労はさせたくないわよね。かおる、聞かなかったことにしてね」
母は簡単に前言を翻し、後片付けに立ち上がった。

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「いらっしゃいませ、どんなカーテンをお探しですか」
3月後半の週末、カーテン屋はかき入れ時だ。来店客が多く、母ともう一人のパートの女性従業員では対応が間に合わないので、かおるも店の加勢をすることになった。
店に入ってきたのは若夫婦と二人に手をひかれたよちよち歩きの男の子だった。
「新しくマンションに引っ越すので明るめの色あいを考えているんです」
奥さんがそう答えた。
ご主人が子供を抱き上げあやしている間、もっぱら奥さんが主導権を握って生地を見て回る。柄選びはかおるがサンプルを見せて案内し、こまかな仕上げのうち合わせは加代にバトンを渡す。
「私はね、花柄の明るいカーテンがいいと思うんだけど」
「そうですか、いいですね。如何にも若いご夫婦向きで、素敵です。そうですね。こちらのピンク系もいいですし、オレンジ系の生地に小さな花が敷き詰めた感じもいいかもしれませんよ」
生地を選びながらかおるは、おそらく同じくらいの年齢の若夫婦が幸せそうに新居のカーテンを選ぶ姿に少々嫉妬を感じていた。
(ああ、自分にもこんなかわいい子供ができてたら事情は変わってたかもなあ)
奥さんはご主人に声をかけ、いくつか候補に選んだ生地を見せながら相談していた。
「では、これでお願いします」
しばらく思案したのち、夫婦はピンク系の花柄の生地を指さした。
「ありがとうございます。それではこちらのカウンターでお待ちください」
かおるは若夫婦と子供を椅子に座らせ、加代を呼びに行った。

夕方になって、今度は若い女性が受取証を持ってやってきた。
「いらっしゃいませ、お受け取りですね」
(ああ、あの時母親と一緒に来店した女子大生だわ)
かおりは教習所から疲れて帰って来た時のことを思い出した。
(あの時注文したカーテンを取りに来たんだわ)
棚を探し仕上がり品を見つけカウンターで開いて確認してもらう。
「今年入学されたんですか、もう一人暮らしは慣れました?」
商品を包装しながら話しかける。
「はい、とても楽しいです。ただ家事はたいへんかな」
女子大生はそういうとペロッと舌を出して笑った。まだ少女の幼さが表情に残って可愛らしい。
「ご出身はどちらです」
「新潟なんです」
「雪も多いんですか」
「昔と比べると減ったと、親たちは言っていますけど」
「でもスキーがいつもできてうらやましいですね」
「スキーおやりになるんですか」
「ええ」といってかおるは少しためらった。
離婚した夫がスキー部出身で教えてもらいました、とは言いづらかった。
「おまちどうさまでした。スカイブルーに花柄で素敵なカーテンですね。若々しいお部屋になりますよ」
「ありがとうございます。とっても気に入っています」
「どうも ありがとうございました。またお越しください」
かおるは、女子大生を送り出しながら、気に入ったカーテンを買ったお客さんが一様に楽しそうな笑顔であることを嬉しく思った。
カーテンを買うことが、これからの新しい生活への期待につながっている。
子供の頃は親たちの商売に対して何も考えることはなかったけれど、自分自身元夫と新しい生活を始めた時、母から送ってもらったカーテンを部屋に取り付けて
「ああ、このカーテンが新生活を見守ってくれる」と、嬉しかったことを思い返した。
「カーテンを買いに来る人は、素敵な生活を買いに来る」
この年齢になって、両親の仕事の楽しさをあらためて実感していた。

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7月のカレンダーは海水浴の写真なのに、外は毎日雨また雨。
今年の梅雨はしっかりと、自分の役割を果たしている。
雨の中での路上教習はいい勉強ですよ、と教官に言われた。
確かに人生と同じで晴れの日ばかりではない。いよいよ卒業検定まであと数時間とこぎつけたところで、雨の講習も無駄ではないとかおるは言い聞かせて帰宅した。
今夜は母がたまには夕ご飯を作る、と言うので、夜の店番はかおるが務めることになった。
しかしお客も多くはなくそろそろ閉店の準備、と思っていた矢先にサラリーマン姿の男性が来店した。
「あの、引っ越ししたばかりのワンルームマンションなんです。ベランダ一か所ですが、カーテンがないんです」
「承知しました。どんな柄がお好みですか」
男は戸惑ったような表情になった。
「どんな柄と言われても、人生でカーテン選ぶこと自体初めてなんです。適当に選んでくれますか」
「そうですか、お好きな色は?」
「ネクラなもんで、黒とかこげ茶が好きなんです」
「まあ、でも黒いカーテンはさすがにありませんよね」
かおるがこういうと、彼も笑った。
「確かにそりゃそうだな。紺とかダークブルーならどうかな」
「わかりました。いくつかサンプルお出しします」
かおるが陳列棚からサンプルを出して説明する。
「お客様の好みですと、紺やチャコールグレーなどの無地かなと思いましたが、少し発想を変えて、こんなのはいかがかと思いました」
「いやあ、これは素晴らしい。これが気に入った」
それはダークブルーの夜空に蛍光塗料を塗った星の柄がいくつかきらめいているものだった。
「まるでプラネタリウムみたい、こんな発想のカーテンがあったんだ。ありがとうございます。夢があります」
「お気に入りいただいて嬉しいです。では注文伝票にご記入させていただきます」
ベランダの一枚ものだから大きな加工もなく、加代の手を借りなくてもかおるだけで処理できた。
「届けてもらいたいので、送り先も書きます」
彼は自分の名前を岸本俊介と書いた。かおるが選んだ生地を気に入ってくれたので話が弾んだ。転職して近所に引っ越してきたこと。独身で一人暮らしであること。大学を出て13年というからおそらく35歳前後で、かおると同い年くらいであることなどがわかった。
「ありがとうございます。それでは間違いなく宅配便の期日・時間指定で送らせていただきます」
「どうもありがとう。いい買い物をさせてもらいました」
岸本俊介は何度もお辞儀をして帰って行った。

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8月。
二俣川の運転免許センターは夏休みに免許を取りたいという学生などで混んでいる。
相鉄線の駅からバスも出ているが、かおるはバスで立つのが嫌いなので歩くことにした。
「あれ、カーテンでお世話になった方ですよね」
免許センターに続く歩行者の列をかき分けて行こうと後ろから抜いた男性が、振り向きざまに声をかけてきた。あの岸本俊介だった。
「ああ、こんにちは、免許ですか」
かおるもすぐに誰だかわかった。
「ええ実はスピード違反で・・」といって俊介は、ばつの悪そうな顔をした。
「あら、それは、それは。わたしは今日試験なんです」
「今まで免許をお持ちじゃなかったんですね」
俊介は速足のペースを落として、かおると歩き出した。
「おかげさまで素敵なカーテン、とっても気に入りました」
注文を受けた日からかれこれ一か月、あのカーテンが俊介の部屋で活躍しているころだ。
「どういたしまして、お買い上げありがとうございます。気に入っていただけたなら嬉しいです」
「あのお店の店員さんですか」
「いえ娘です。最近手伝い始めました」
「そうだったんですか。将来は跡継ぎかな」
「いやとても、母がデザイナーなんですが私なんか足元にも及びません」
「でもカーテン屋さんって夢があるなと思いましたよ」
「今は大手のホームセンターが侵食してきて経営は難しいんですよ」
「なるほどね、厳しい時代ですね。私も最近転職したんですが、前の会社倒産したんです」
「あら、そうでしたの。それで新しいおうちも必要になったわけですね」
「そうです。まあ幸い35歳チョンガーですから、何とかなりますが家族がいたら真っ青でした」
「私も同い年ですわ。実は結婚していたんですけれど、別れて実家に戻ってきちゃったんです」
「ああそうでしたか。同い年か、奇遇ですね」
会話が弾んでいるうちに、二人は免許センターに着いた。
「では受付が違いますので、ここで失礼します。またお会いしましょう」
「ハイ、お元気で」
俊介の飾り気のない話し方がかおるには好印象だった。
考えてみれば家族以外の男性と個人的に話したのは久しぶりだった。
運転免許試験を前に憂鬱だった気分が晴れて、明るく試験会場に入ることができた。
試験は合格だった。
筆記試験の結果はその日のうちに出て、免許証は即日交付された。
受験したその日の午後にはもう自動車が運転できる立場になっていることにかおるは少しとまどった。でもこれで行動範囲が変わり、視界が変わるかもしれないという漠然とした期待感で嬉しかった。
スキップするような気分で家路を急ぐ。
店に入るとカウンターの向こうに母が、そして客側の席に座っていた女性が振り返ってかおると目が合った。
「あら、こんにちは」
あの新潟出身の女子大生だった。
「なに こちらの方知っていたの」と加代が言う。
「カーテンを取りにいらしたとき私が応対したのよ」
「あの時はありがとうございました。私の部屋とても明るくなりました」
「実はね、うちでアルバイトしたいっていらしたのよ」
そういえば先週から店の外に「アルバイト募集」の張り紙を出していた。
「はい、一枚のカーテンで部屋だけでなく気分も明るくなるって素敵な仕事だなって思っていました。何にもわからない私ですけれど、掃除でも何でもしますから雇っていただけないかとお願いしていました」
「そうだぅたんですか、採用の最終判断は母ですが、あなたの意欲は伝わると思いますわ」かおるはそう言いながら、佐野あゆみというその女子大生との縁を感じていた。

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9月。
普段は静かな「カーテンファクトリー やまもと」で「事件」が起きた。
救急車が到着、お客さんを病院に搬送してもらうことになったのだ。
お年寄りの女性が暑い中来店してくれたのだが、新しいカーテンの注文を加代が受けている途中で、気分が悪いと言い出しカウンターにうつ伏してしまった。
意識はあり本人は血圧が高めとつぶやいたが、まだ残暑も厳しい中歩いてきたことが原因かもしれないので、大事を取って119番通報した。
保険証から山口咲子さん75歳とわかった。住所は最近近くにできた高級有料老人ホームだった。救急車にはたまたま家にいたかおるが同乗した。
救急車が病院に着くと、さっそく検査が行われ熱中症の症状が確認された。血圧も高めだったので三日ほど入院治療し、大事を取ることになった。
老人ホームの職員が駆けつけてきてきたのでかおるは引き上げた。
翌日、加代とかおるが見舞いに行くと山口咲子はベッドの上に起き上がれるほど元気を取り戻していた。
「本当にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。もう大丈夫です。明日には退院できるそうです。まだ暑いのに出歩いたんで熱中症になっちゃったんですねえ。でもね、おたくのお店に行くことができて嬉しかったんです。あんなにたくさんのカーテンから選ぶためには、やはりお店に行かないとねえ」
「すぐにお元気になられて本当によかったと思います。カーテンお急ぎでしたら一度見本をもって伺わせていただきます。またお越しいただくのは、しばらくはお控えになったほうがよろしいかと思いますので」

一週間後。
新米運転手のかおるの練習もかねて、加代とかおるは咲子が住む有料老人ホームへと出かけた。
まるでホテルを思わせる豪華なロビーで待っていると、すっかり元気になった咲子が現れた。同じ入居者と思われる女性2人を伴っていた。
「わざわざ来て下さってすみません。ごらんのようにもう全くふつうの生活に戻りました。今日はカーテンの見本をお持ちいただくというんで、お話したらお友達も一緒に見たいそうです。ご一緒させてください」
如何にも上品で裕福そうな二人の女性もカーテンを取り換えたいと思っていたという。
かおるが車のトランクから出してきたサンプル生地を広げて、加代が3人に見てもらっていると、たちまちさらに数人が集まってきた。
ロビーは時ならぬ大賑わいとなった。
老人ホームには美容師やクリーニングなど生活関連の商売の人が来ることは珍しくないが、カーテン屋がサンプル生地を持ってくることはあまりなかったようだ。これから次第に寒々しくなる時期に、冬用の暖色系のカーテンが欲しいと思っていた人は意外に多かったようだ。
滞在は2時間に及び、なんと7件の注文が取れた。
加代とかおるにとっては思わぬ商売だった。
お年寄りたちが注文をしてくれた以上に、皆一様に楽しそうな表情だったことが、二人にとって何より嬉しかった。
「おかあさん、私ね、この仕事あとを継ごうかなって最近思い始めているの。今までは親の仕事を客観的に見ることなんてなかったけれど、お客さんを喜ばすことができる血の通った仕事なんだなって、感じてるんだ」
運転しながらかおるは助手席の加代に言った。
「ありがとう嬉しいけど、家に帰るまでは余計なこと考えず、しっかり前見て運転しなさい」
「まあ、おかあさんったら」
かおるはそう言って笑った。
加代は口でこそこんな言い方で相手にしなかったが、心の中は娘の言葉で熱くなっていた。
これからのカーテン屋のビジネスは大手の安売りに対抗するのは難しいことはいうまでもなかった。子供たちに苦労はさせたくないと思う反面、自分の生きがいを理解してくれたらという気持ちもどこかにあった。
娘が帰ってきて半年余り、心境の変化で最近は親身になって仕事を手伝ってくれていることを感じてはいた。それだけに今日の一言は思わずほろりとするほど心に染みていた。
老人ホームの7軒分のカーテンが全部そろってのは10日ほどたってからだった。
何しろお年寄りの事だから、取り付けもお手伝いをする必要があると、加代は配達には徹とかおるを同行させた。
注文いただいた部屋を一部屋ずつ回り、古いカーテンをはずして新しいものを取り付けて差し上げた。年配女性一人では時間もかかるし椅子などから落ちても大変だからこのお手伝いは大変喜ばれた。若い人なら大手のホームセンターで買ってきた安価なカーテンを自分で取り付ければいいが、お年寄りはそうはいかない。
みんなから礼を言われ、帰りの車の中で3人はとてもいい気分だった。
「母さん、うちのような個人のカーテン屋の生き残りはこれだね。お年寄りの家にサンプルを持ち込んで注文をもらい、取り付けサービスをセットにするんだよ。場合によってはカーテンクリーニングサービスもいいかもしれない。僕を185センチに産んだことが役立つぜ」
「いいね、実は私も最近カーテン屋は悪くないって思ってたのよ。徹、姉さんと一緒にあと継がない?」
「ええ、あんたたちどうしたのよ」
加代はそう言って涙ぐんだ。

                7

10月。
公園の木々が日一日と色合いを変化させ始めた。
かおるはジョギングの日課をこなして公園に足を運んでいた。
なにしろ、実家に戻ってからは通勤さえしていないから、運動不足で体型維持が難しかった。おまけにクルマの免許を取ってからは、近所の買い物でさえクルマで行く。
少しでもダイエットにと、早朝ジョギングを始めた。
しかし、だんだん日の出も遅くなり、しかも朝の冷え込みも厳しくなる一方、一体いつまで続けられるか本人も自信がなかった。
気が付いたら一日おき、そして週末のみと、信念が縮小するのに時間はかからなかった。
せめて週末だけは死守しよう。
本日も固い決意でランニングシューズを履いた。
家から公園までは片道15分、往復30分で3キロくらいだ。
和泉川の河川敷を走るなかなかいいコースである。
その先のいずみ野駅をすぎていずみ台公園まで行く。
「あれ」
河川敷を先行して走る男性に見覚えがあった。あの教習所でもあった彼だった。
「ああ、カーテン屋さんの。おはようございます。岸本、岸本俊介です」
「私の名前は山本かおるです。またお会いしましたね」
「あなたもジョギング、いつもやっているんですか」
「それが三日坊主でさぼりがちで・・」
「ぼくもですよ。平日はぎりぎりまで寝ているから、週末だけです」
「あら私も」
二人はゆっくり並んで走り、公園に着くとベンチに腰を下ろして一休みした。
俊介の話のペースは、あの免許センターへの道すがらの時もそうだったが、かおるにとって心地よかった。
カーテンの星の模様を見て寝ると夢見がいいとか、上司に怒られて帰ってきてもあのカーテンを見ているとなごむとか、たわいなくも彼の人柄を感じさせてくれる話が、聞く側をほっとさせてくれる。
20分くらい話したろうか。
「あれっ」
かおるが公園に遊びにやってきた親子三人を見つけた。
春に新居用のカーテンを作りに来た若夫婦と小さな男の子だった。
半年のうちに男の子はずいぶん大きくなっていた。
かおるがベンチから立ち上がり会釈すると、夫婦も思い出したようだ。
「お久しぶりです、その節はお世話になりました。坊や大きくなりましたね」
かおるが話しかけると、夫婦も近づいてきた。
「カーテン、家の雰囲気にぴったり合っていますよ。ありがとうございます。
ご主人ですか?」
奥さんが、かおるの後方にいる俊介を見て言った。
「エッ?違いますよ。こちらもうちのお客さんで、ジョギング途中に偶然お会いしたところだったんです」
「ああそれは失礼しました。保育園のママ友にもカーテン屋さんのこと紹介しますので、よろしくお願いします」
親子はそう言って去って行った。
俊介も一緒に見送った。
「私たち夫婦に見えたのかしら」
「いや失礼しました」
「別にあなたがあやまることありませんよ」
かおるがそういうと、俊介も笑顔を返してきた。

                8

12月。
年末の繁忙期を迎えた。
「カーテンファクトリー やまもと」は加代が店を守り、父大介とアルバイトの佐野あゆみ、そして徹とかおるがそれぞれチームを組んでお年寄り家庭や有料老人ホーム、それに小さな子供がいて買い物に出にくいご家庭などへの出張販売を行うという新戦略に乗り出した。
これまでにない積極的な経営で、店の将来へのヒントをつかんだようだった。

かおるは、毎週末のジョギングだけは欠かさず実行していた。
もちろんそれは、途中合流する俊介との語らいを期待するものだった。
12月24日。
俊介は横浜ランドマークタワー最上階のフレンチレストランに、かおるを招待した。
12月のかおるの誕生日を祝いたいと、週末ジョギングの際に約束を取り付けたのだ。
港のイルミネーションとワインに酔ったところで、
「HAPPY BIRTHDAY & MERRY CHRISTMAS」と描かれたケーキが運ばれてきた。
そして俊介がかおるに用意したカシミヤのマフラーのプレゼントには、愛の告白のラブレターが添えられていた。
かおるはカーテンが取り持つ縁でみんなが幸せになれる気がした。
俊介と初めて一緒に乗る帰りの相鉄線。
窓の外でオリオンの星たちが微笑んでいた。

著者

西村晃