「幸せを掴める街で」とのむらてるこ

 各駅停車の相鉄線がW駅に滑り込んだ。
「じゃ、ね!」
 由美香の向かいでずっとおしゃべりしていた女子高生3人グループの一人が、軽やかに手を振って降りる。横浜駅西口にある若者御用達ファッションビル「V」の袋を提げている。初夏の風が、キュテーティクルたっぷりそうなロングヘアをふんわり撫でていた。
 顔、小さ~っ! 足、長っ! 洗練されている。世間で言う〝いけてる〟って、こういう感じなんだろう。ーー勝てないなあ。都会と地方のギャップって、いくらネット社会になったとはいえ、どこか埋められない部分がある。
 由美香は膝にきちんと重ねた手の上に黒々とした瞳を据え、心の中で小さく呟いた。
 青森県の海辺の町から、大学進学のために由美香が上京して2年になる。上京と言っても、正確には上浜、なのだろうか。唯一合格したのが横浜にある国立大だったことに、由美香は安堵していた。大学1年の体育の講義で机に隣り合わせた久保ちゃんは東京の杉並区というところから通っていて、二人とも4限で終わりの日に学生ラウンジで一緒にお茶した後、誘いに応じて一晩お世話になったのだが、大都会・東京の人ごみに揉まれ、久保家に到着した時には、すぐに横になりたいほどクタクタになってしまっていた。

 受験で初めて訪れた際、横浜って、どこか伸びやかで清々しい町だな、東京とは空が違う、と感じたことを由美香は覚えている。
 横浜での住まいは、相鉄のH駅から歩いて8分の小さなマンションに決めた。大学の学生課から紹介された物件で、母が一度だけ心配解消のため訪ねてきたことがある。講義のある日は相鉄の下り各駅停車でK駅まで行き、そこからバスで急な丘を上る。マンションから大学の門まで、所要40分弱というところか。
 横浜の中心部と西方の海老名市や藤沢市とを結ぶ相鉄線ーー相模鉄道線。電車の窓からは線路と平行して流れる帷子川のきらめきを望む。
 横浜からK駅までは駅間距離が1kmずつ程度なので、大学の往き帰りを含め、1つか2つ手前の駅で降りて川沿いに歩くと丁度いいウオーキングになる。硬い粘土質の地層を川が深く削り取った地形のため、ところどころ川に向かって崖のように切り立っている。初夏にさしかかる頃は麦わら帽姿の釣り人たちが、崖の上からや、どこから降りているのか決して広くはない河原でのんびり糸を垂れて、海や湖の近くで育った由美香にはその風情が懐かしかった。
 「釣れます? 何が釣れるんですか?」
 「うん、まあまあダネ。この時期はアユが来るの。ウグイやウナギもいるみたいだけど」
 へえ! 清流にしかいないアユがいるんだ!ーー。お見それしました。
 きれいに列になって進むカルガモ、ダイビングする真っ黒な川鵜、長い脚をきりっと伸ばして浅瀬をつつくサギたちの姿もよく見かけるし。この辺りは本当に自然が豊かで、故郷のたたずまいを思い出す。

 由美香の実家があるM村は、時代の流れに逆らえず、平成の初めに大きな市の一部となった。歩いても津軽海峡に届く位置に実家はあり、松と杉の深い森を従えるこの古社の参道で、由美香の家は祖父の代から珠算塾を開いていた。中学から町の私立学校へやられていた由美香は電車が最寄り駅に近づくと、神社の森の背の高い樹木が見えてきて、もうすぐ家だ、とわかったものだ。学校のある日の夕方には、ランドセルにそろばんを差した地域の子どもたちが、草むらでつかまえたバッタを手にワーワー騒ぎながら通ってきた。
 祖父が引退した後、珠算の先生は母が継いだ。由美香も一緒にまじって習っていたけれど、興味があるのは珠算ではなく、好きなDJのラジオを聴くことで、驟雨のように鳴るそろばんの珠の音に包まれていても、〝早く終わって、ラジオ聴きたい〟といつも思っていた。夜、繕い物をするときにはラジオをかけていた祖母の影響もあったが、テレビよりも想像を掻き立ててくれるラジオの方が、由美香は好きだった。
 2年後、大学を卒業したら、由美香はアナウンサーになりたいのだ。特にラジオの。
 それは好きなDJへの憧れもあったが、アナウンサーを選んだのは、離れて暮らす大好きな祖母へ声を届けたいから。できれば毎日。
 父を早くに亡くした由美香を、働く母に代わって育ててくれた祖母だったが、祖父が亡くなった2年後に少し離れた大きな市の介護施設へ入所した。4年前までは、田や畑で農作業もしていて、収穫した作物を段ボールで送ってくれたりしていたのに。最近では面会に行っても、由美香のことがもう、わからなくなっているが、声を毎日聞かせれば、思い出してくれるかもしれない。
 由美香が勝ちたい相手、それは電車の女子高生たちなどではなく、自分自身であることを由美香はどこかでわかっている。でも、自信がない。物心ついた時から都会で洗練されて育った人たちと選抜で競って、自分は勝てるのか。
 文学部1年生の時に学生課の紹介でバイトした学習塾で、由美香が汗を拭きつつ一生懸命に国語の授業をしていたら、10歳そこそこの生徒たちに、
 「先生、訛ってるよ!」
 「訛ってる! 訛ってる! 訛ってる……!」
 全員に囃し立てられ、授業にならなくなった。帰りのN駅まで、由美子はとぼとぼ歩きながら少し泣いた。思いかげない屈辱を受けたように落ち込んだ。学生課に苦情を言われたが、そのバイトは1日でやめてしまった。
 一緒に学生課に言ってくれた久保ちゃんに言わせると、
 「確かにね~。言葉ね~。私も初めはヘン!って感じたけど、そっちは慣れた。それよりさ、ファッションがレトロ過ぎて、お母さんから借りたのかと思ったよ。今風のやつにしなよ、似合うから」
 慰めているのか、けなしているのかよく分からない。どぎまぎする由美香は、都会の迷い子だ。

 まずは言葉のイントネーションを直そう、標準語というやつに。スマホで調べたらアナウンサー学校が東京にあるから、バイトでお金を貯めておいて、そこへ行こうか。対人のバイトだと、また恥ずかしい思いをするかなあ……。後、服装のセンスかぁ……。これはもう、誰か都会の人に教えてもらうしかないだろうな。意識して気持ちを持ち上げるのだが、だんだん心が苦しくなってくる。
 登校時、ぐるぐると考えを廻らせて川辺を駅間ウオーキングしていたら、景色が違う。いつもの駅間を、通り過ぎてしまっていた。いけない、いけない。どの辺だろう。三叉路に出て左を見ると、車の進行方向に踏切が見え、手前に長さ100mほどのこぢんまりとした商店街がまっすぐにのびている。わかった。いつも通学で降りるK駅の南口だ。今まで北口しか使ったことがなかったから……。八百屋さん、魚屋さん、床屋さん。2軒目の八百屋さんの店先のトマトに由美香の目が釘付けになった。水色の丸カゴに、ゴツくて瑞々しいトマトの山。
 なんて不細工な、でも、なんて綺麗な朱色。すごくおいしそう!
「どの山にする?」
 八百屋のおじさんに声をかけられ、一山5個500円分をビニール袋で提げて帰る。
 最初に目に止まったのを洗って、思い切り丸かじりした。新鮮なものは、丸かじりが一番美味しい、と由美香は経験から信じている。
 最近のものではなかなかお目にかかれない、新鮮な青くささを強く感じた瞬間、由美香の目から涙がぽろっとこぼれた。
 ーーこれって、おばあちゃんの畑のトマトの味だ。
 ごっついトマトに、故郷の畑で笑うおばあちゃんの面影が一瞬宿った気がして、慌ててトマトから口を離した。
 ーーおばあちゃんが応援しに来てくれたんだ。由美香はくじけないよ!
 由美香の心に、朱色の灯が確かにともった。
                  ・
 就職試験は大変だったが、由美香は全国ネットワーク機構のラジオ局のアナウンサーになった。 由美香が声を届けたかった祖母は、由美香が35歳でアナウンス部の課長職になった頃に他界した。生前、施設の人に代筆してもらった手紙が番組あてに何度か届いた。
 今年の3月にラジオで、由美香が上京する地方出身者へのエールを自身のエピソードをまじえて話をしたところ、放送後、ラジオ局に知らない男性から1本の電話が入った。
 「お話に出たお店のトマトは、もしかしたら、うちの畑で父が作っていたものではないかと思いまして。だとしたら、すごく嬉しいなと、電話をしてしまったのですが」

 珠算塾をたたんだ母から、最近はよく携帯に電話が来る。
キャリアウーマンってやつなの? なかなか結婚しないんだから、と脹れている母に、今日、電話を入れるのだ。来年、横浜のトマト農家の男性と結婚するということについて。横浜は、これから由美香の第二の故郷になる。
 恋人に連れてきてもらったトマト畑は燦々と日が差す広い丘陵地で、向こうに、みなとみらい地区の建物群、後ろに青い海原が輝いて見える。
 神様は、とんでもなく素晴らしい眺望を人生に用意している。不細工でかっこ悪い人生を歩んだからこそ掴める幸せって、あるのだ。

著者

とのむらてるこ