「心のみなと」花顔

ある寒い冬の朝、ボクは慌てて身支度を終え、大和駅からいつも乗る電車で、かつドア付近の定位置にいる。それは三ツ境駅に着く前の富士山である。相鉄沿線に住んで40年になるが、頂にある雪景色と澄んだ空気の中でくっきり見えるとやはり自分の気持ちもいつみても高揚するばかりでなく、1日の運を感じてもいた。
いまエンジニア会社に勤めていて、事務職をして10年近くなるが、ある金曜日に直属の上司と私含めた社員、計3人で残業することになった。与えられた仕事は私にとってはじめての仕事であったこともあり、なかなか捗らなかったため、上司が私に叱責してきた。
それは夜8時を回った出来事だった。それから1時間後、疲れて座りたかったため、いつも乗らない各駅停車を使って横浜から家路に向かった。すると和田町駅に着いた頃いいおだしのにおいが漂ってきた。出所は立ち食いソバ屋であった。急におなかがすき、においにつられててんぷらそばを注文して食べたら、あまりにおいしいかったのか、沈んでいた気持ちが少し取り戻せたような気がした。しかし熱いものを食べたせいか、額にたくさん汗をかいてしまった。以前から気になっていた隣の上星川駅の真横にある銭湯を思い出した。でもぼくは電車に乗らずに沈んだ気持ちを忘れるために1キロ近く徒歩で銭湯に向かった。その銭湯は露天風呂だけでなく畳の縁からお湯が沸いていてそこで数人が横になって癒していた。それを見て嬉しくなり畳の上に寝そべって、そのまま寝てしまいそうになったその時、横から4歳くらいの子どもが転んでしまい、ボクのおなかの上に倒れてしまったので急に目が覚めた。一方子どもは額を打って大泣きしていた。
 「大丈夫?」「ママとパパは?」と尋ねると、子どもは辺りをきょろきょろして僕の手を取りながら探した。しばらくすると脱衣所に子どものパパがいて、子どものパパに事情を話した。
 「またやんちゃしたのか!」とパパは子供に叱り、一方ボクにも謝ったりした。
お風呂で癒した後フードコートで牛乳を飲んでいたら、子どもが2個のキャンディーを持って無邪気な笑顔で渡した。その笑顔は大人から見て天使のようにとてもかわいかった。ボクは魔法にかけられたかのように心の底から癒されていつの間にかスッキリした。
 1週間後、銭湯の露天風呂で癒していると、その時の子供がボクの横に来てくつろいだ。子どもはあいも変わらず笑顔がかわいかった。名前も知らないし、たいした会話もしていないが毎朝見る朝の富士山やお風呂とは違う意外な癒しにもなった。普段人見知りの激しく、他人に対して無関心なボクが、子どもが好きになるきっかけにもなった。その後何回か銭湯に通ったりもしたがその子どもと会うことはなかった。
 半年後、ボクの勤め先で人員整理よる会社都合で退職するハメになり、意気消沈した気持ちで久々に銭湯の露天風呂で癒したら子供が手を振ってきてボクの横でくつろいだ。
 「覚えているのか?」とボクが尋ねたら、
 「覚えているよ、かっこいいから」と笑顔で返事した。
彼の言葉で久々にボクも笑顔をとり戻すことができたし、その笑顔のおかげで転職活動にむけて前を見ることができた。しかし退職してから半年近くたって何社も面接を重ねてもなかなか就職に結びつくことはなく、貯金も崩し始めたりして膠着状態に陥って気持ちも荒んでしまった。そこで銭湯にいた「子どもの笑顔」という魔法をかけてもらおうと藁をもすがる思いで何時間も過ごしたりもしたが子供の姿はなかった。そのときボクの未来も閉ざされた気持ちになった。肩を落として電車が動き始めた瞬間、あの子どもらしき姿がお母さんらしき人と一緒に手をつないで笑顔でホームを歩いているのが見えた。ボクは一瞥しただけで魔法とまではいわないが安心もしていた。あの笑顔がボクにはなかったため就職に就けないのではとも閃いた。電車を降りてすぐに駅のトイレへ駆けつけてすぐに鏡で笑顔を練習もしたが子どもにはかなわず真似すらできなかった。
駅から出るとボタン雪がふわふわと落ちていてしみるような寒さだったので、いつもの立ち食いソバでてんぷらそばを食べた時、自然と笑顔がでていた。人の笑みは気持ちの持ちようだと気づいた。これから出会った子供の笑顔に感謝し、就職活動にもエンジンがかかりだした。またお店を出た後でも雪が降っているせいかアダモの「雪が降る」を口ずさみながら家路へと帰り、また素敵な仲間のいる就職口に縁がありますようにと心の中でお祈りもした。ボクの人生ここに幸あり!

著者

花顔