「心の風に吹かれて♪ー和田町駅前広場」音一平

   ○
風が光る。甘酸っぱい大気の中に、もう冷たさはない。風がピューっと吹いた。春一番、かな。
街がカタカタ、鳴っている。
 橋の中腹で立ち止まり、下を覗いた。帷子川だ。水面のすぐ下を細長い黒い物が、うようよ動いている。あ、コイ、だ。
 橋を渡りきった。
左側にマクドナルド。店の入り口の横に、赤い服を着た、白いアゴひげを生やした大きなMacDonaldおじいさんが、目に飛び込んできた。なんだ、広告写真看板、か。
 すぐ目の前は、線路が横切っている。踏切。
突然、鳴りだした。カンカンカン、カンカンカン・・。
遮断機が下りた。電車が通る。ゴー、ゴー、ゴゴゴゴー。
目の前を、回転する大きな車輪が次から次へと怪物のように現れ、金属音が耳に突き刺さる。
風のように、電車は走り去った。
 踏切、を渡る。
あれっ!! 一瞬、目を疑った。・・・・・・ここ、和田町だよな。こんなに広かったっけ。
左側がセブンイレブン。右側が、スーパーきたむら。 やっぱ、和田町だ。が、広場が、違う。
中央を、まるで川が流れているみたいに、車道がくねっている。渡ってきた橋と踏切からの道が
広場を蛇行して、突き抜け、大通りへと流れ出る。その曲がり角に、タクシーが並んでいた。
 広場のセブンイレブン側が、広く、まるで川岸みたい。木が2本、植えられている。
それぞれの木の周りを四方、細長いベンチが、囲んでいる。
 もう、20年、通勤電車に揺られて、家路につく終点は、上星川か和田町のどちらか、だった。
退職して、この5年余りは、毎日、この駅で乗降することが、まれになっている。
 そうか、駅前広場が、リニューワルされたんだ。

 ちょっと、木陰のベンチに腰かけてみたくなった。腰かけた。煙草に火をつけた。
広場を眺める。風が鳴る。夕焼け空が赤い。
突然、静寂を破った、カンカンカンカン。 ゴーゴーゴーゴー。
・・・・電車の音が、遠のいてゆき、やがて、糸を引くように消えた。
夕暮の街が目の前に、ひろがった。街の人たちが、忙しそうに、行き交う。街は、寂しげで、もの悲しく、けれど、懐かしい。かわいらしい駅前広場になったなあ・・。なんだか、ほっとする。
 ふと、
「汽車を待つ君の横で、僕は時計を気にしてる、季節外れの雪が降ってるー♪」
のフレーズが、僕の頭の中で聞こえた。なごり雪、のメロデイと詩だった。
 空を見た。うっすら白い三日月が出ている。その上に、1点の赤星が、キラリ。
その時、思った。
 そうだ。このベンチに座って、ギターで弾き語り、ができたらいいだろうなあ。

    1.
 3か月がたった。
街路のアジサイの白や紫が目に染みる。
あれから、和田町駅前広場を何度か通った。その都度、ベンチに座って、煙草をふかす。そんな時、
「汽車を待つ君の横で・・・・・♪」が、僕の頭の中で、聞こえた。
 ある夕方だった。
ベンチに座って、いつものように煙草をふかしてたら、歌が歌いたい、と思った。
僕は、飲みに行こう、と決めた。駅前の大通りを歩く。ふと目に留まった店。「夢工房♪」
店の前に看板がある。≪ビリッジシンガーのひとり、トミー野沢の店≫とある。
恐る恐る、ドアを押した。ライブバーだ。
店の中央に、小さなステージがある。ドラム。ギタースタンド。マイクスタンド。丸い回転椅子。
ビールを飲んだ。お客は、僕ひとり。店のママさんが、「カラオケ、歌いませんか」。僕、「はい」。
「なごり雪」を歌った。
「いいわね。歌」「はあ、俺、ギター弾き語り、やってるんです。」「ああ、そーなのー」
「さっき、新しくなった和田町駅前広場のベンチに座って、ふと、思ったんです」「何を?」
「ここで、ギター弾き語り、ができたらなあ、って」「アア、そうなの。 そう、そうだ、ヤマダ君にそうだんしたらいいわよ。」「ええ?」「そうだ、電話してみる。今。」
 それから、しばらくして、1人の青年が、店にやってきた。
「ヤマダ君、この方、駅前で、弾き語りをしたいんですって。あなた、なんか、イベントやるって言ってたわね」「はあ・・・。」
新しくなった駅前広場でリニューワルイベントを計画している、という青年を、その夜、僕は知った。

    2.
 それから、2が月経っても、ヤマダ君、からは、何の連絡もなかった。
 ダメ、かな・・・・。無理かも・・。
日中、セミが、ジージー、ミーンミーン、これでもか、と叫んでいる。
日が沈む頃から鳴くヒグラシは、もの悲しい。
 そんなある日の夕方。
うどん屋の、おやじさんから、電話があった。
「和田町駅前広場で、マジックやるんだけど、また、一平さん、後ろでギター弾いてくれないかねー」

 このうどん店主、70才のおやじさんは、このあたりでは有名なマジシャン「珍弦斉」。
 僕は、うどん屋には、もう20年近く通っていたが、2年前、初めて、僕がギターを持って、うどん屋に入った。「先生、ギター弾くんかいな」「はあ」「わし、ギターの音色が好きでなあ。だから、
マジシャンの芸名の、珍弦斉の「弦」は、ギターの「弦」なのさ」「へー、そうなんですか」
「先生、ひとつ、弾いてみてくれや」
 僕は、≪月の砂漠≫ を弾き歌った。
「俺、一平、という名で、ギターで弾き歌ってます。」「えー、そうかい。じゃー、今度、わしの、マジックの後ろで、弾いてくれんか・・・・・ね」「ええ、ほんとですか?」「ほんと、さ」
「よろこんで」
「じゃ、わしのマジック1座での、あんたの芸名は、1弦斉、としよう。いいかね。先生」
 おやじさんが、僕を、先生、と呼ぶのは、僕が、つい6年前まで、高校の先生をしていたからだ。
うどんを食いに行くと、「先生、もう学校、休み、かい?」なんていう会話だった。
まさか、おやじさんが、マジシャン、珍弦斉だなんて、僕は、まったく知らなかった。
 また、おやじさんも、まさか、僕、先生が、一平という名で、ギター弾き語りをやっているなんぞ、思いもしなかった、と言う。僕は、先生を辞めてから、つい5年前から始めたばかりだった、のだが。で、僕は、その後、満天の湯、という近所のスーパーセントの開店祝いの、珍弦斉マジクウショーの、裏方ギター伴奏をした。1弦斉、デビュー。それから、老人会、お祭り、などで、珍弦斉1座の一員、一弦斉、として、出演した。

 「一平さん、どうかね。和田町駅前広場で、ギター弾いてくれんか」
 「もちろん、いいですとも」
僕は、もしかしたら、あの、ヤマダ君が言っていたイベントかも、・・・とふと、思った。
ヤマダ君からもらった名刺にTel番号があった。
「ヤマダさん、俺、一平、です。覚えてますか?」「ああ、お久しぶり、です」
「あのー、和田町で、ちかじか、イベントやりますか?」「あっ、やります」
「珍弦斉、っていうマジシャンが、出演しますか」「ああ、たしか、しますね」
「俺、そのマジシャンから、一緒に出てくれないかって、いわれたんです。俺、この間、あのお店でお会いしたとき、お話したと思うんですが、ギター弾き語りで、出演できますか?」
「ああ、できます、きっと。」「じゃー、お願いします」
「えーと、じゃー、今月の、22日、水曜日、夜7時から、イベント会議をしますから、よかったら、いらしてください」「ああ、伺います」

    3 .
 8月22日、夜7時。
 和田町駅商店街の、花屋さんのビルの2階の1室。集まってる人、7,8人。
ヤマダ君。商店街の会長さん。会計さん。横浜国大の先生。保土ヶ谷区観光局の女性2人。
和田町音楽院の方。と僕。
 ヤマダ君が、進行役。商店街会長さんが、主に、発言。会長さんは、どうも、花屋さんらしい。
いろいろな立場の人が、集まっている。会議の話し合いを聴いていると、どうも、ヤマダ君は、
≪ 地域の地元の皆さんの力で、地域を元気にするプロジェクトー地域経済元気作り事業の一環の
和田町駅前広場を活用した商店街イベント企画の取り組み ≫ をやっているようだ。
いやいや、大変な、壮大な事業だわい。ヤマダ君は、コオーデイネイター、っていうわけか。
こりゃ大変だ。区の観光局の女性お二人。大学の先生。街の音楽院の方。商店街会長さん、会計さん。
と、多彩な、そうそうたる、メンバー。
 町の活性化に、一役立てて、弾き語りができるなんて、願ってもないことだ。
弾き語り、で人様の役に立てるなんて、本当に嬉しい。
 その後、二日ほど、会合があった。珍弦斉を知っている商店街の役員の方が、イベントだったらいい人がいる、と、マジシャンの珍弦斉を推薦したのだと知った。僕は、1弦斉として、マジックの裏方ギター伴奏をし、一平としても、ギター弾語りを、することになった。盆と正月が一度に来たみたいなことになった。
 公の、駅前広場のストリートライブステージで、ギター一本での弾き語り、だ。

   4.
9月30日。
 朝10時。小雨ふる中、のステージライブ。午後3時。終了。雨が止んでいた。
 マジック伴奏を何とか務め、弾き語り。とにかく、心の底から、歌った。

   5.
それから1か月後。
 久しぶりに和田町で降りた。夕暮れ時だった。駅前広場。
 あのベンチに座った。そして、煙草をふかした。
 風が冷たい。枯葉が、サラサラ、鳴って、時折、1枚、2枚、夕焼け空に、舞った。
 白い月が浮かんでいる。そのずっと高い空に、ぽつんと1つ、赤い星が光っている。
 僕は、ふと、口ずさんで、歌っていた。

♪信号を待つ君の横で 僕は時計を気にしてる
 信号が カンカン 鳴ってる
 和田町で見る空は これが何度だろ、嬉しそうに君がつぶやく
 ゴーゴー電車が 通り過ぎて 夕焼け空に 枯葉が光る
 また 秋が来て 君は元気になった
 去年より ずっと 元気になった

 君が去った ホームに残り 落ちては光る 枯葉を見てた
 また 秋が来て 君と、ここで会おう
 来年も、ここで、君と、会おう♪

  風が光る。甘酸っぱい大気。春一番の、ピューと吹く風に街が、カタカタ、鳴っていたっけ。
 今は、もう秋。も、終わる。

    〇
 あれから、12年後の今。
 僕は、和田街駅界隈を、歌で元気いする、グループ「和音」(わおん)を、和田町駅前や商店街でのライブで出会った仲間と、7年前に作った。毎年、8月23日24日の夕暮れ時、4時間、
≪ 駅前広場、夕暮れコンサートライブ ≫をすることができるようになり、今年で4回目になった。

   「ああ、ここで、ギター弾き語りが、できたらなあ ♪」

 と、ひとり、ベンチに座って、つぶやいた、あの思いは、今も変わらない。
 あの春から、12年。僕は、72才になった。
 まさか、あの時の僕は、今の僕を、想像だにしなかった。
 「僕の心の中で吹いた≪願い≫の一瞬の風」が、街と人と、空に、今も、吹いている。
  そうだ、心の風、に吹かれよう。今日の風に、吹かれよう。
  Blowing in the today’s wind.

著者

音一平