「愛してやまない街で」河野深雪

 二階の窓から歩道に並ぶいちょうを見ている。十一月もそろそろ半ばになろうというのに今年の葉はまだ緑のままだ。もう少し経ったら黄色く染まって、アスファルトの歩道は黄金色の絨毯を敷きつめたように鮮やかに変貌するだろう。
 この家で暮らし始めて十年が過ぎた。最初にこの家を見に来たとき、私は家そのものよりも、歩道沿いに並ぶいちょう並木に魅せられた。碁盤の目のように整然と並ぶ住宅街の真ん中を突き抜けるメインストリート。その片側歩道に並ぶいちょう並木を見た時、私は何の躊躇もなくそこに建つその小さな家を心から欲しいと思った。
 この家で暮らす前、私達家族は隣駅にある集合住宅に住んでいた。子供たちの学校も近く、夫の経営する会社からも至近距離にあった。自然も多く緑豊かな街だった。居間の窓を開けるとすぐ目の前に桜の木があり、満開の頃にはそれはそれは見事で家の中にいて花見ができたと言っても過言ではない。
開け放った窓からは淡いピンク色の花びらがこぼれ落ちてきたものだった。
 駅から少し離れてはいけたけれどバス便も多く、そこで暮らすことに不満はなかった。が、しかしちょっとしたきっかけにより小型犬を飼う事になり早急な家探しを迫られたのだった。
 家を買うのは三度目だった。初めての家も集合住宅だったが、あの時はただ自分の城が持ちたい、ただそれだけの理由だったと思う。昭和六十年、バブルに弄ばれ僅か二年で売却した。
その後しばらく二俣川のユーアール賃貸で暮らしたが、数年の後、数十メートル先の分譲物件を買った。その時は同じお金を払うのであれば同じ間取りの分譲タイプに、家賃ではなくローン払いで自己所有にした方が良いと考えただけだったが、今にして思えば、その時も私は「街」を意識して住まいを選んだのだと思える。
 二俣川の集合住宅に住んでいた頃、二年ほどだが不動産会社に勤めたことがあった。自宅の売買やリゾート地の購入を経験し不動産というものに興味を持ったのだが、その頃は夫の経営する会社を手伝っていたこともあり、取引先にお願いして、無給で良いので週に二日ほど手伝わせて貰うと言う条件で、大手の不動産会社で勉強させてもらう事ができた。それが二年間。週に二日だけ二年間通ったが、そこで得られた事はたくさんあった。今は亡き上司に言われた言葉は、私の中で今も生き続け、それは私の言葉を通して多くの人たちに語られてきた。
 「河野さん、家を買う時に一番大事なのは何だと思う?
 それはね、街並み。家はね、気に入らなければ建て直すことができるけれども、街並みだけは自分の思うようには変えられない。だから、家を買おうと思ったら街並みを見なさい。家を買うのではなく街並みを買いなさい。」
 「小さくてもいいから、電鉄沿線に買いなさい。今、二俣川に住んでるんだっけ?あそこは相鉄だね。相鉄はいいね。これからどんどん路線が伸びていくから。ちょっと無理してでもね、沿線の分譲地がいい。いずみ野線だったら緑園都市や弥生台もいいね。あの街はとても綺麗だ。これからどんどん開けてくるだろうけど一度造られた街並みはそう簡単には壊れないから。」
 よく覚えている。緑園都市と弥生台の街を何度も綺麗だと言っていた。不動産会社にいて多くの街を見てきた上司の言葉に誇張はない。夜に緑園都市を車で走る時、道路の両側に立ち並ぶマンション群を見上げる。あそこに見える一つ一つの窓の灯りにそれぞれの暮らしがある。オレンジ色の灯り、白い灯り、ひときわ明るかったり、ほんのり薄暗かったり、テレビを見ているのだろうか、ご飯を食べているのだろうか、子供たちはスマホのラインに夢中かもしれないし、赤ちゃんは泣いているかもしれない。一つ一つの窓の灯りを見ながらそんな事を考える。その灯りをとても綺麗だと思う。
 相鉄沿線に住んで四半世紀が過ぎた。私達家族はこの沿線で暮らし、この沿線に職を持った。この街で育った子供たちは、緑多い公園でよく遊んだ。春には池で小魚を釣り、梅雨には舞う蛍に歓声を上げ、夏には蝉取りに夢中になった。広場を駆けまわり、雪が降ると大はしゃぎで雪上を転げまわった。私達家族はこの沿線にゆっくりとではあるが、深く根を伸ばしてきた。
 なだらかな坂道をのぼっては下り、下ってはのぼる毎日の通勤。坂をのぼって視界が開けると、そこには雪をまとった富士山の頂きが見えた。不思議な事に、何か悩みがあったり、ふさぎ込んだりしている時には富士山の姿は見えなかった。天気の良し悪しではなく、心の窓が閉まっている時には富士山の姿は見えないのだと後になって気が付いた。
 隣駅に越した今も車で走る道は変わらない。富士山が見える日もあれば見えない日もある。それでも私はこれからもこの毎日がずっと続くことを願う。この沿線で、この街でこの先ずっと静かに、穏やかに暮らしたいと願う。
 もうすぐ、歩道に並ぶいちょうの大木はその葉を黄金色に染め上げるだろう。葉は夕日をあびて眩しいくらいに光り輝き、朝起きると歩道には黄色い絨毯が敷き詰められている。住民たちが手にする竹ぼうきのザッザッという音と、道行く人々の「ご苦労様です」という掛け声は「おはようございます」の挨拶代わりだ。一年の間のほんの一、二週間だけの光景。私はまた竹ぼうきで黄色い絨毯を巻きとってゆく。去年や一昨年やその前の年と同じように、それは来年も再来年もまたその次の年も、少しづつ歳を取りながら続いてゆく。 愛してやまない街で。

著者

河野深雪