「或る天才のゲン担ぎ」ササマ

 カズキ君は最近生意気になってきているとみんなから思われている。それには一応の理由がある。カズキ君をとりまく面々がカズキ君のことを天才だと吹聴していて、カズキ君はそうした動きに呼応して天狗になってしまったのだ。天狗になったカズキ君は、自らの天才性を肯定し、やや傲慢になっているきらいがあった。やや傲慢になってはいるものの、根は謙虚な男なので、周囲との摩擦はほとんど無いといってもいいだろう。もっとも、周囲がカズキ君の天才性を認めればという条件付きではあるのだが…。
 ギターを弾く、ダジャレを言う、有名人の物まねをする、といったことが、カズキ君の特技だ。これだけ特技があれば、場合によっては人を楽しませることはできる。もっとも、カズキ君の場合、これらの特技で一流のものはなく、端的にいってしまうとすべてイマイチなのだが、学生時代のサークルの打ち上げ時に、カズキ君は幇間さながらに特技を披露し場の話題を独占せしめた。なにせ勢いが違う。「ドモバットエイジドゥエーッス!ダイスデトワイ!」(どうも、板東英二です。ダイス・レッツトライ!)。とにかくなんか凄い。しかしながら、なにがどうすごいのかわからないので、人々は「天才だけどなんの天才だかわからない」と彼を評した。カズキ君はこれらの発言を満更でもなくとらえ自分は天才であると確信するようになったのである。ちなみに、カズキ君は外形上単なる勤め人にしか見えない。天才を想起させる外形上の要素が皆無なのだ。それでも彼は100年後に評価されると考えた。
 何か作品を残そうと思い自作曲を数曲制作し、録音した。制作時にカズキ君は自らの天才性を意識せず、赤裸々な心情を表現することのみに執着することにしている。周囲の評価は「歌詞はありきたりな言葉の羅列だし、とりたてて歌いたくなるようなメロディーでもない。演奏技術もさして高くはない。だけど赤裸々でインパクトが凄い。確かに天才ならではの作品だが、結局のところなんの天才だかわからない」。彼は承知した。「100年後にもう一度聴いてみてくれ。そしたら分かるよ」。
 しかし、天才とは実益に乏しいものだ。評価されるのが100年後だから仕方がない。天才だって実益は欲しい。そこで彼は、実益を得るべく通勤中にゲン担ぎの探しごとをすることにした。実益とは、ズバリ女性にモテること。これしかないでしょ。通勤中のごった返しの中、乗客の人々の頭頂部が目に入ってくることが多い。そこで、つむじが二つある人を見た時、なにかいいことが起こると信じることにしてみた。つむじが二つある人。結構発見できそうで、これなら探しがいがありそうだ。そして、地元の鉄道、相鉄の、ネイビーブルーが洒落ている9000系に乗れて座れた時、そんな日は何かいいことがおこると信じた。
 さぁ通勤だ。ゲン担ぎをするべく電車に乗ろう。カズキ君は日々新たな気分で電車に乗ることを是としている。「おお、いい感じで9000系の電車が入線してきたぞ。なんてスタイリッシュなネイビーブルーなんだ。座れるか、座れそうだ」。ふかふかのクッションが心地いい。このまま眠ってしまいそうだ。つむじ探しはまたにしよう。
 数日間はなにもなかった。9000系に乗れるときもあれば乗れないときもある。座れれば眠り、座れなかったら周囲の乗客の頭頂部をなんとなく見てみる。周囲の乗客はみんなスマホに興じているので、頭頂部観察が怪訝に見られることはまずない。きょうは収穫があるかな。ちょっと期待してみよう。
 鶴ヶ峰駅で人が大勢乗ってきた。その中に、パンクス風のとんがった革ジャンを着て、髪を赤く染めた女性がいた。ショートカット。頭頂部がトサカのようにとんがっている。髪が左右から頭頂部に流れている。この人にはつむじが二つありそうだ。カズキ君は期待に胸を膨らませた。思った通りつむじが二つ。綺麗な渦巻きが二つあった。「これは素晴らしい!」といっても、歓声をあげるわけにはいかず、写真をとるわけにもいかず、まんじりとしながらも、おりにふれてきれいな二つのつむじを遠めに眺めていた。今日はいいことがありそうだ。もっとはっきりと言ってしまえば、今日はモテそうだぞ。
 といって、簡単にはモテたりはしない。普通の時間が流れていた。会社に出勤し、ルーチンワークをこなし、なじみの顧客に挨拶周りをして、その日の仕事は終わった。営業面の新規の獲得もない、凡庸な一日。いや、今朝珍しいものを見たからなんかあるはずだ。女性の髪は長いことが多いので、つむじそのものを確認することが難しい。今朝のつむじは女性のものだ。しかも二つのつむじ。本日の活動を、もう少し粘ってみよう。カズキ君は、最近なじみになりつつある横浜のソウルミュージックを聴かせるバーに立ち寄ってみることにした。
 ソウルミュージックは粋だ。マスターは、「これちょっと面白いですよ」と言っては、メジャーなアーティストのレアトラックを聴かせてくれたりする。それはそれでありがたいのだが、カズキ君がバーに求めるもの。それは、ズバリ女性との出会いだ。バーで女性と出会っていい想いをすることはまずないが、どうしても出会いには期待してしまうものだ。このバーでは、まだ出会いはない。そろそろ出会いがあってもよさそうなころなんだけどどうだろう。ソルティードッグを頼んでチビチビ飲みながら、マスターお薦めのソウルミュージックを聴いては、女性の来店をひたすら待った。
 「チリンチリン…」。ドアについている鈴がなった。女性2名のご来店。おぉ。待ったかいがあった。
 「ヘイ、彼女たち、どこから来たの?」こういう時、カズキ君は躊躇しない。女性たちはいきなりの問いかけにとまどいつつ、ひきつった薄ら笑いをうかべていた。そして回答した。
 「あんたこそどこから来たの?」。
 「僕?二俣川から来たんだけどさ、ご挨拶がてら物まねを披露するよ。『ドモバットエイジドゥエーッス!ダイスデトワイ!』」一瞬の静寂の後、場内は騒然となり。女性二人も笑った。もっとも、帰ってきた答えは
 「全然似てないし、キモいんですけど…。でもすごいテンションだよね。お兄さん、もう一つなんかやってよ」。
 「承知いたしました、それでは始めます」。両手の親指を前方に突き出して
 「マッチでぇ~っす!(これでフィニッシュだな、フフフ)」。カズキ君の予想通りとなった。場は完全に打ち解け、ブレイクダウンした。カオス状態となり、カズキ君の物まねのワンマンショーが開始された。カズキ君は本気で物まねに興じるあまりにトランス状態となってしまった。さらに物まねに興じつづける。客はもっともっととはやしたてる。カズキ君にはますますオーバードライブがかかり、物まねにキレがでてきた。最後のとっておきは、エアーギターのプレイ。エディーの超絶プレイを、ギターなしで、ボイスとアクションだけで表現した。
 「もういいだろう。フフフ。彼女たちの反応はどうかな」。カズキ君はふと我にかえり、さぁこれからだと思っていたのだが残念「いない…。なんでいないんだよ…。いつものことか…」。カズキ君はがんばった。だけど徒労に終わってしまった。
 「100年後だな…。そろそろ帰ろう」。
 横浜駅で、9000系に乗ることができた。座れそうだ。座ろう。どっと疲れがでてきた。9000系独特のやわらかい照明が優しくてそのまま寝込んでしまった。9000系に包み込まれるように眠るカズキ君。今日は、手ごたえはあった。明日、また頑張ろう。実益を得つつ100年後に認められるために。

著者

ササマ