「改札の向こう側」竹内真理

 ぽつぽつと降る雨が、乾いたコンクリートに染み込んでゆく。柔らかな音を立てて街を包む雨は、あっという間に土砂降りに変わった。夕立だ。私は近くのコンビニに駆け込んだ。
 湘南台に来るのは何年振りだろう。最後にこの街に来てから、もう5年が経つだろうか。用がなければ、わざわざこんな遠い場所に来る機会もなくなるか、と思う。実際、私も用事があったから、今日こうして湘南台までやって来た。本当はこの街に来るのを少し避けていた。けれど、湘南台にある取引先の工場を視察してこいと上司に言われて、私はこの街へやって来た。
 久しぶりに訪れる湘南台は、何も変わっていない。駅まで続くゆるやかな坂道、小さなサッカー場、安くて美味しい焼肉屋。変わったのは、もうこの街にはおじいちゃんがいないということだけ。おじいちゃんは5年前に介護施設に入った。そしておじいちゃんが住んでいた家は、取り壊されて駐車場になってしまった。だから私は、もうこの街に来る必要がなくなってしまったのだ。
 コンビニでカフェラテを買って、外に出る。土砂降りの雨はすっかり止んでおり、西の空は燃えるようなオレンジ色になっていた。あそこの和菓子屋さんがある通りを3分程歩くと、おじいちゃんの家だ。家があった場所に行ってみたいという思いが、一瞬だけ頭をよぎる。でも、すぐに思い直した。戻ってこないものに思いを馳せても、きっと悲しくなるだけだ。

「あの雲はね、きりんさんの形。あれは、ぞうさんの雲。あれは、猫の雲!」
 まだ幼稚園の頃、私はよくおじいちゃんと一緒に雲に名前をつける遊びをしていた。その雲が本当にきりんさんやぞうさんの形をしていたのかは、正直なところよく分からない。でもおじいちゃんは、この子は想像力の豊かな子だと、近所の人によく自慢をしていたらしい。
「ねえ、死んだら人間ってどうなるか知ってる?」
「天国に行くんだろう?」
「違うよ!まり思ったの。本当はね、生まれる前から、家族のみんなで雲の上でお昼寝してるんだよ。それでね、今いる世界のほうが、本当は夢の中なの。だから死んだら夢から覚めて、家族のみんなで雲の上にいるんだよ。」
「へえ、そんなこと知らなかったよ。じゃあ、おじいちゃんがもし死んじゃっても、まりちゃんと一緒に雲の上にいるんだね。」
「そう!だから死んでも全然怖くないんだよ。」
 おじいちゃんはまだ死んでいない。雲の上に行ってしまっただけなんだ。

 おじいちゃんがおかしいと気づいたのは、大学2年生の時だった。買い物に行ったおじいちゃんは、頼んでいたものと全然違うものを買って帰って来た。会うたびに同じ話をするようになり、いつも同じところで涙を流す。どんなに忙しい時も毎日のウォーキングを欠かさなかったのに、いつのまにか昼寝をする時間が増え、ぼうっと遠くを眺めている日が多くなった。心配になった私は、暇を見つけては、実家のある横浜から湘南台へと通った。
 お母さんに連れられて病院に行ったおじいちゃんは、痴呆症と診断された。家族の誰も驚かなかった。大学4年生になる頃には、私のことが思い出せなくなっていて、私を見ても少し戸惑ったような薄ら笑いを浮かべるだけだった。そうして、おじいちゃんは介護施設に入り、この街からいなくなったのだ。
 あんなに私のことを可愛がってくれたおじいちゃんはもういない。おじいちゃんの中から、私は消えてしまった。

 何だかそのまま駅に向かう気持ちになれなくて、少し寄り道をする。向かったのは、幼い頃によく遊びに来た公園だった。ここではよくブランコに乗ったり、バドミントンをしたりした。公園のベンチは、まだ雨で濡れている。少し暗くなりはじめた夏の空が、水たまりに反射していた。私はぬかるんだ土を踏まないように気をつけながら、東屋を目指す。
 先週、介護施設に行った。最近は私が訪問しても,笑顔を見せる回数が減っていた。ベッドに横になり,天井の一点を見つめている姿は,私のおじいちゃんとは違う人のような気がする。魂だけ抜かれて,まるで違う人になってしまったみたいだ。
「おじいちゃん,まりだよ。」
 おじいちゃんはこちらをちらりと見て,また天井に視線を戻した。おじいちゃんから私が消えてしまったのなら,私にとって、今目の前にいる人は誰なんだろう。これまでの思い出と,現実がまるで繋がらない。だから本当のところ,私はお見舞いに行くと、いつも悲しい気持ちになってしまう。
 東屋のベンチに腰をおろして、スマートフォンを取り出した。おじいちゃんのことで悲しい気持ちになると、私はいつも昔の写真を見る。湘南台の家が取り壊されると決まった時、私は家の中のありとあらゆるものを写真に撮った。どんな小さなことも忘れないように。おじいちゃんから記憶が消えてしまうのなら、せめて私だけは幸せなことをたくさん覚えていたかった。
 いつも日本酒を飲んでいたお猪口。大事に育てていた温室の胡蝶蘭。窓辺に置かれた小さな焼き物の人形。大丈夫、全部ここに残っている。画面をスクロールして、ふと私の目に止まったのは、身長の柱の写真だった。
 年に1度、お正月に私の身長を柱に記録するのが、我が家の決まりだ。一番最初の記録は、私が3歳の時のものだ。身長は1mあるかないかといったところだろうか。私は女の子にしては珍しく、身長が170cm近くある。3歳から21歳まで、欠かすことなく刻まれた記録は、目覚ましい勢いで上へ、上へと伸びていた。記録は必ずおじいちゃんが取るという決まりだったので、最後の何年かは、いつも台に乗って私の身長を記録していた。
 目盛りの最初の日付、初めて柱に線を引いた日のことを思う。その日おじいちゃんは、自分が健やかである限り、私の成長をこの目で見届け、記録し続けようと心に決めたのではないか。そしておじいちゃんは、19年間目盛りを刻み続けた。毎年欠かすことなく、自分の手で目盛りを刻んだ。
 人の世に、確かなことなんて存在しない。もし絶対的に確かなことなんてものがあるとしたら、人は喧嘩もしないし、争いだって起こらないだろう。せめて自分が考えていることくらいは確かだと思っていても、記憶だってこうやって失われていく。
 でも私は信じている。おじいちゃんの中から私が消えてしまう、最後のその時まで、きっとおじいちゃんは私のことを愛していた。たとえおじいちゃんから記憶が消えても、もし肉体がなくなっても、その気持ちは私の中に生き続ける。確かなことなんて存在しないけれど、私が私である限り、それは揺るぐことがない「確かなこと」だ。
?
 外はもう暗くなっていた。私は相鉄線の改札へと向う。思い出す。いつも改札まで、おじいちゃんが見送りに来てくれたこと。横浜と湘南台なんて、大して離れていないのに、幼かった私はいつも帰り際に大騒ぎをして、泣きながら手を振った。
 IDカードを改札にかざす。振り向けば、そこに笑顔のおじいちゃんがいる気がする。きっとおじいちゃんなら、私の姿が改札の向こう側に消えるまで、笑顔でずっと手を振り続けているだろう。私は大きく息を吸う。
「おじいちゃん、また来るからね。」
 あふれそうになる涙がこぼれないように、私は真っ直ぐ前を向いた。

著者

竹内真理