「映研グラフィティ 青春の器」本多 隆

 2017年11月15日午後恩田武史はパソコンに向かって焦っていた。
某小説大賞公募の〆切が18時に迫っていたのだ。
 ふと、頭に浮かんだ歌、それは長らく、30年以上忘れていたものだった。

♪君はもう 忘れてしまったの
 瞳の奥に 閉ざした日々を
 甘く せつない ときめきのとき
 ああ 燃える心
 ああ もういちど
 あの太陽に 見せてやれ
 ああ 青春の器
 ああ 青春の器

これは恩田が作詞し、K大学映画研究部の同輩鈴本老一が作曲した8ミリ映画『青春の器』の主題歌だ。

 1983春、取得単位18単位で大学二年生になった恩田は学食でやはり映研の同輩竹野勝彦と五目そばを食べていた。
「なんかよ。学園青春映画を作りたいんだよ。」
竹野はいつにも増して甲高い声で言った。
「いいね。作ればいいじゃん。でどんな話?」
社交辞令で答えたのが運の尽きだった。
「タイトルは『涙は心の汗だ!』なんだ。」
「舞台は落ちこぼれが集まった倉庫台工業高校サッカー部なんだ。」
「そこがよ。名門茅ヶ坂高校サッカー部と試合するんだ。」
「でよ、名門高校がよ、反則すれすれの卑怯な手使うんだな、これが。」
「もちろん主役、サッカー部主将は俺さ。」
「顧問の先生は芸達者な児童劇団出身の久重松久一郎にやらしてやってもいいな。」
矢継ぎ早に竹野は構想を語り始める。
徐々にオクターブ上がって行く声で。
恩田は既に食べ終えていたが、竹野の五目そばは手つかずで冷め切っていた。
場所を部室に移動して、この途方もない8ミリ映画のミーティングは夕方まで続いた。
勿論、二人とも授業どころではない。
「で、そのタイトル、なんとかならないか?明らかにパクりじゃん。」
ほぼ初めて恩田が発言した。
「そうだな。これが世に出たときに、タイトルでケチがついたら嫌だしな。飲みながら考えよう。」
二人は大学の近くにある春日八郎の歌しか流れていない一杯飲み屋に向かった。
「おい、竹野。俺たちって、松本清張原作松竹映画『砂の器』好きじゃん。
でさ五木寛之原作東宝映画『青春の門』も好きじゃん。
だからさ、合体して『青春の器』ってのはどうよ?」
「恩田。それもパクりじゃねぇか!」
「これに決まりさ。最高じゃん。」
散々論議した結果がこれである。
井の中の蛙大海を知らず、とはこのことである。
 8ミリ映画『青春の器』恩田武史監督友情編・竹野勝彦監督根性編はその年の学祭、映研の上映会で公開される予定となった。
「やっぱよ。青春映画というからには主題歌が必要なんじゃねぇの?」
学祭の三日前、編集とアフレコを終えたとき、突然、竹野が言い出した。
「いったい、何を言い出してくれちゃってるんですか!」
徹夜続きの作業で感情が麻痺していた恩田が力なく言った。
「今更、録音出来ないぜ。」
「だからよ。上映会で生演奏だよ!器バンド結成だよ!」
竹野の声が再びオクターブ上がり、イルカの鳴き声に聞こえた。
 その日からまた48時間、ほぼ徹夜で主題歌作りが続いた。
竹野が一曲、本人まんまのバカ陽気な歌を作った。
恩田は、バラード調の冒頭の歌を作詞し、鈴本に作曲を頼んだ。
少しでも早く眠りたかった。
果たして学祭初日、直前にフォークギターで音合わせし、ちぐはぐな演奏ながらも『青春の器』は公開された。
特に話題にならなかったのは言うまでもない。

 と、ここまで書いた恩田武史は、まったく公募の趣旨に沿っていないことに気づいた。
外に出て、たばこを一服している、移動パン屋の車から、『第三の男』の軽快なテーマ音楽が流れてきた。
恩田が住む西谷駅近辺も畑があり、田舎でのどかな街だなと思った。
大丈夫、まだ2時間ある。

 1985年春、恩田は『青春の器』人情編を製作することになる。
竹野はサッカー部を退部し、今度はテニス部に入部し、人情に触れながら成長し、活躍するという展開だ。
恩田はまずプロローグを桜満開の大池公園で撮りたいと考えた。
 とある日曜日、花見客で賑やかな大池公園桜山の頂上で撮影は開始された。
 シーン1
公園内桜山。
ジャージの久重松久一郎先生と学生服の竹野勝彦が横に並んでカメラに向かっている。
久重松「おい、竹野、これはいったいどういうことだ?」
久重松の手には白い封筒が握られている。
竹野「見ての通り退部届ですよ。」
久重松「冗談だろ、おい。」
竹野「用件はそれだけですか?
自分はこれで失礼します。」
カメラに背を向け、去る竹野。
久重松「待て!」
カット変わり、久重松が派手なステージ衣装になっている。
その横からジージャンを着たギター弾きの男が演奏しながら現れる。
マイクを持って歌いだす久重松。

♪君はもう 忘れてしまったの
 瞳の奥に 閉ざした日々を
 甘く せつない ときめきのとき
 ああ 燃える心
 ああ もういちど
 あの太陽に 見せてやれ
 ああ 青春の器
 ああ 青春の器

「カット!」
恩田の険しい声が響いた。
「みんな照れちゃダメじゃん。」
更に恩田のダメだしは続く。
「だってよう。子供が指さすんだぜ。
しょうがんないじゃん。」
竹野が珍しく低音で言った。
「わかったよ。もう一回やらせてくれ。」
久重松の腹が座った。
「よーい、スタート!」

 現像してわかったことだがカメラマンの中井祐樹が笑ってしまい、画面はぶれぶれだった。
そしてこの愛すべき8ミリ映画はプロローグのみ撮影され、公開されることはなかった。

 今になって、恩田は思う。
彼らがみんな『青春の器』だったのだと。
ふと時計を見た恩田は驚愕した。
「ダメじゃん!午後6時過ぎてるじゃん!」
 風邪と偽って会社を休んだこともすべて無駄じゃん。              

                   完

著者

本多 隆