「時の流れと歴史と少女」金田勇平

「お兄ちゃん、ここはどこなの?ここは二俣川なの?」
 少女はこう、にこりともせず僕に聞いてきた。少女の質問に僕はなんと返せばよいのか分からなかった。確かにこの駅は二俣川だ。だからこそ何故この少女がこんな事を聞くのか分からなかった。

 今年の4月、晴れて高校生になった僕は、交通手段としてこの相鉄線を利用し始めた。今まで相鉄線を利用する機会は少なく、仮に利用するときは大体、休日暇な時に使うか用があって遠出する時くらいだった。高校に入ってからはほぼ毎日利用するようになり、ほぼ毎日最寄り駅となる二俣川駅を利用するようになった。いままではなかった習慣もしばらくすると当たり前のように習慣になっていった。そうこれがいつも通りだ。そんな生活が数ヶ月続いた秋のある日、いつも通り二俣川駅に着き改札を出た僕は、柱によりかかっている少女を見かけた。年は10歳といったところだ。不思議なことに少女は半袖だった。すでに秋も深まり厚手のコートやマフラーをしている人が多い中でその少女の恰好はあまりにも季節外れすぎる気がした。が、少し不思議に思いながらもその日は普通に帰ることにした。半袖なのはただ好きで着ているだけだろうし、外は暗くなっているがまだ午後7時。多分家族と待ち合わせしているのだろうとその時は思った。だが次の日も少女は同じ格好、同じ場所でよりかかっていた。同じ格好なのは少し気になったが、この日も普通に帰った。その次の日もまた次の日も少女は全く同じ格好、同じ場所にいた。こうなってくるとだんだんこの少女が気になってきた。声をかけようにも少し気味が悪かったが、やはり気になる。その少女を見かけて5日目、やはり少女はいた。この日、僕は意を決して少女に声をかけてみた。
「お嬢ちゃん、こんなところで何してるの?」
 そう声をかけてみた。少女はゆっくり顔をあげた。ずっと下を見ていたため気づかなかったがその少女の顔はとても白かった。少女はこちらを見てきた。その顔に明るさは無く、とても冷たいなにかを感じた。
「お嬢ちゃんさ、数日前からここにいるけど誰か待っているの?」
 そうまた声をかけた。そうしてようやく少女は声を発した。すごく弱々しい声でこう言った。
「お兄ちゃん、ここはどこなの?ここは二俣川なの?」

 そうしてこの状況となる。正直、何故ここにいるのかという答えが返ってくると思った。答えはここはどこかということだった。そんなの簡単だ、ここは二俣川だ。なのにこの少女は今自分がいる場所がどこか理解できていないようだ。これはどういうことなのか。
「ええっと、ここは二俣川だよ。それは確かだよ。」
「本当に二俣川なの?前はこんな感じじゃなかったよ。」
「こんな感じってどんな感じ?」
 そう聞いてみると、少女は南口の方を指差してこう言った。
「前はあんな壁無かったよ。前はあっちにいろんなお店やスーパーとかあったよ。」
 確かに、かつて二俣川駅南口には、沢山の店やスーパーがあった。だが二俣川駅の再開発の関係で2年くらい前に消滅した。この少女の年を考えてみれば、店やスーパーのことを知っていても別におかしくはない。が、店やスーパーが消えたことを知らないということは・・・
「お嬢ちゃんここに来るの久しぶり?」
「うん。」
 やっぱり。この少女がここに来るのはかなり久しぶりらしい。と、思っていると少女がこう言ってきた。
「やっぱりここって二俣川なの?前に来た時よりもすごく変わっちゃってるよ。」
「お嬢ちゃんは他に何が変わったって言うの?」
 そう聞き返した。この少女が他に何が変わったと言うのか知りたかったからだ。と、少女は僕の手を掴んでバスターミナルへと走り出した。どういうわけか少女の手は異様に冷たかった。その冷たさはとても人間の手とは思えないほど、まるで氷のような冷たさだった。
「前来た時はバスターミナルはこんなんじゃなかったよ。前はあそこに銀行があったし、あそこには駐車場があったし・・・」
 そう少女はどんどんかつてのバスターミナルの様子を話し始めた。その内容はとても久々に来たという少女が話す内容ではなかった。まるで地元の、昔から住んでいる人間が話す内容だった。いや、地元の人でも覚えていないようなことをとにかく詳しく話していた。そうして僕はこう思い始めた。この少女はただ者ではないと。
「ねえ、お兄ちゃん。二俣川はどうしたの?二俣川はどこに行ったの?」
 いつの間にか少女は話を終え、こう聞いてきた。正直この少女が何者なのかを知りたい。そう思った。しかし何故か聞けなかった。なんだか聞いてはいけないことのように感じた。
「ねえ、お兄ちゃん。二俣川はどうしたの?何があったの?どうしてこんなに変わっちゃったの?」
 少女も混乱しているらしくどんどん声が先ほどより弱くなっていった。この少女が何者か知りたかったが、先にこの少女の質問にしっかり答えた方が良いようだ。そうして僕はここ最近の二俣川の変化の理由をとにかく簡単に説明した。
「・・・という感じかな。分かったかな?」
 僕としてはとにかく理由さえ話せば少しは納得してくれると思った。しかし少女の顔は相変わらず暗かった。どうやらまだ納得してくれていないようだった。
「・・・じゃあなんでみんな普通なの。これだけ変わったら少しは戸惑ったりするよね。なのにどうしてこんなに普通なの?」
「みんな慣れちゃったんだよ。この駅が変わって結構経つし。」
 そう言い返した。だが少女はこう言い始めた。
「慣れちゃったってことは、みんな昔の二俣川を忘れたの?昔の二俣川は、私の大好きだった二俣川はなくなっちゃったの?みんなは昔の二俣川がなくなっちゃってもなんとも思わないの?新しい二俣川に違和感ないの?」
 少女はどんどん疑問をぶつけてきた。そうして・・・
「お兄ちゃんはなんとも思わないの?何も違和感ないの?」
 少女の言葉を聞いて僕はあることを思い出した。2年位前に南万騎が原駅に用あって行くことになった。しかし南万騎が原駅は駅前の広場が大きく再整備されていて大きな変貌を遂げていた。最初は驚いたが徐々に何度か来ることによってすっかり慣れてしまっていた。この少女の気持ちは恐らくその時の僕とほとんど同じ気持ちのはずだ。久々に来たらそんな気持ちになるのも分からなくない。しかし・・・二俣川は消えた訳ではない。それだけはこの少女に伝えたかった。
「お嬢ちゃんはさ、二俣川はどこにいったと思う?」
 僕の言葉に少女はこう返してきた。
「・・・私の知っている二俣川は、消えちゃったと思う。」
「ううん。それは違うよ。」
 この僕の言葉に少女はよっぽど驚いたのだろう。目を見開き大きくしていた。それは僕がこの少女に初めて見た、切なさや悲しみ以外の感情だった。
「・・・どういうこと?」
「二俣川は、君の知っている二俣川は消えちゃいないってことさ。」
「・・・どうしてそう言い切れるの?」
「だって、まだ残っているから。」
 そう言うと僕は少女を連れてバスターミナルを出た。すでに午後7時を過ぎておりかなり暗かったが僕は少女を連れ、坂を下り、踏切へと連れていった。
「この線路も踏切もあの駅のホームもずっとあるものなんだ。お嬢ちゃんの言う通りなくなったものも多かったけど、まだ残っているものだっていっぱいあるんだ。」
 それに、と僕は言いスマートフォンを出すとインターネットを使いあるものを探した。お目当ての探し物はすぐ見つかった。
「ほら、こうやって写真とかに残っているんだ。こういうインターネットとかだとずっと残り続ける。それに相鉄の会社とかでも写真とかを撮って保存していると思うよ。いつかまた何かの機会にこの駅の歴史を伝えるために・・・」
 少女は静かに聞いていた。僕が話し終えるとこう聞いてきた。
「でも、みんな覚えててくれるかな、昔の二俣川のこと。今の駅に完全に慣れちゃって本当に忘れちゃったりして・・・」
「忘れないはずだよ。少なくとも僕は。」
「え?」
 少女に背を向け僕は話し始めた。僕の気持ちや思いを。
「時の流れによって色々なものが変わっていく。それは辛い場合もあるけど大きな一歩でもある。それが歴史なんだ。歴史って言うのはずっと受け継がれていくんだ。この駅の開発もその歴史の一つに過ぎない。駅の環境が変わっていってもこの駅はここにある。変わって無くなったものは、ものとしては無くなったけど、歴史にはずっと残り続ける。だからこの駅は無くなったんじゃない。むしろ新しい歴史へと進もうとしてるんだ。そうしてお嬢ちゃんの知ってた二俣川の様子は一つの歴史に残り続けるんだよ。」
 この時、自分がどういう顔をしてたか分からない。けどとにかく気持ちが良かった。なんとなく話していた自分でも大切なことに気づいたような、そんな気持ちだった。
「ありがとう、お兄ちゃん。」
 少女の声が聞こえた。顔は背中越しだがその声は少し嬉しそうだった。
「ううん、こちらこそありがとう。それより君は・・・」
 そう振り返ってみると、そこには誰もいなかった。ただ踏切の音と電車がホームに止まる音、そして歩く人だけがそこにあった。
「・・・帰るか。」
 そうしていつも通り僕は家へ帰り始めた。あの少女が何者だったのか、結局分からずじまいだったが僕はあの少女に対して深く考えないようにした。それよりも僕は、あの駅、二俣川駅の大切な歴史をずっと覚えていこう、そうして今回のことを覚えていこうと思った。

 いつも通りの帰り、だけどいつもとは違う思いを持った帰りだった。

著者

金田勇平