「時間のつながり」山田晃裕

 桜の季節。
 横浜駅の改札口を通過する時だった。Suika専用のピンク色の自動改札機へカードをタッチさせた。はずが、白い手とぶつかる。
「あっと、ごめんな……」
 言葉が続かない。にこりと微笑む少女に驚いて立ちすくんでしまう。
「お久しぶりです。どうも、ご無沙汰」
 おどけた口調で言われ、返事に詰まった。とりあえず立ち止まっている訳にはいかない。改札機を抜けて人の流れから外れた。階段脇で再び立ち止まった。
「どうしたのよ? まさか、忘れてしまったの?」
 しとやかな声の主へ顔を向ける。少女は視線を逸らせた。
 由果は元カノである。三歳年下の幼馴染みにあった衝撃は大きい。スーツジャケットとタイトスカートの姿は更に衝撃だった。
「いや、突然だったから。久しぶりだな、由果」
 急行列車のホームに向かいながら、わたしは言った。
 三番線には湘南台行きがとまっている。四番線には海老名行きが到着する旨のアナウンスが流れていた。
「まもなく、海老名行きが到着いたします。停車駅は、二俣川……」
 ホームはまだ混雑していない。アナウンスで会話の声はかき消される。わたしは湘南台行きの電車を指さした。由果は湘南台に住んでいる。
 ルルルル……と発車直前の合図が鳴った。由果は笑って首を振る。扉が閉まり電車は滞りなく人々を運んでいく。
「そんなに急いで帰る必要もないの。だって、家には誰も居ないんだから」
 そうか、としか言えなかった。彼女の家庭事情は誰よりもわたしが知っていた。電車は落下防止柵の扉に寸分違わず停車する。キビキビと車内点検が終わり、電車の扉が開いた。
 長椅子の端に二人は腰を下ろす。
 座席にすわると、何故か気分が落ち着く。オレンジ色の座席シート、記憶には残らないものの、どこかで見たことのある人々。ぺちゃくちゃ喋ることなく、騒ぎ立てることもない車内独特の雰囲気。
 相鉄線と過ごした時間の積み重ねの結晶だろう。わたしはそう思いながら、由果を見た。何か話したいことがある素振りは感じさせなかった。
 由果は変わっていない。大人びた服装に慣れると、ぎこちない態度を取っていた自分に違和感すら覚える。
「大学に進学しなかったのか? まさか、スーツ姿の由果と再会するとは思わなかったよ。普通に驚いた」
「そう? 別に高校卒業したら、すぐ大学へ進学する必要もないでしょ。働く身になって、本当に勉強したいものに気付くかもしれないし」
 そんなもんかな、とわたしは苦笑いした。
「あっ、また馬鹿にしてるでしょ?」
「そんなことあるか。素直に感心しているんだ。何か先を越されたなと思ったのさ。やっぱり、別れて正解だったな」
 由果は驚いた。
「別れる? 私たちって付き合っていたの? 良く分からないのよ。ずっと一緒に時間を過ごしてきたから。ふーん、そうなんだぁ」
「おいおい。だって、今はちゃんと彼氏がちゃんといるだろ。俺は見たぞ」
「彼氏なんていないわよ。みんなお友達。それより、私たちってどうなの? もう別れた状態で縁は切れたの? 永遠にお別れ?」
 そんなことはないさ、と言いながら、わたしは混乱する頭を収束させるため、目を瞑った。ゆっくり、電車の揺れに身をゆだねる。
 こんな調子で由果と話していたなと過去の時間を振り返った。

 由果は義妹だった。わたしが小学校六年生から、高校三年生まで。
 わたしは母の連れ子、由果は父の連れ子であった。
 両親は共働きで、仲良く暮らしていたが家族の思い出はない。あるとすれば、由果と過ごした時間であった。
 余程相性が良かったのだろう。特に気を使い、神経をすり減らすことなく、気が付いたら一緒に遊んでいた。
いつも明るくにこにこしている。初対面の時、由果にそんな印象を持った。
やがて両親の方針で、わたしと由果は横浜の中高一貫校へ進学した。
学校から帰宅すると、由果と散歩するのが常だった。境川、引地川沿いにぶらぶら歩くだけである。鬱蒼と茂る青葉や川の流れを眺め、通りを行き交う人々を見つめていた。当時は、徒然なる時間を心躍らせて過ごしたものだ。

 中学校三年生の時、風向きが変わりだした。由果が同じ学校へやってきたからだ。兄妹といっても義兄妹である。同級生にからかわれて兄妹だと、何遍繰り返しても通用しなかった。
 肝心の由果もあっけらかんとしていたので、どうしようもなかった。母からはお目付け役を仰せつかっており、放棄する訳にもいかなかった。
 その頃の気持ちは何とも言えない。晩熟なせいもあったのだろう。からかわれる意味が良く分かっていなかった。ただ、面倒くさい時間が煩わしく感じていた。
 横浜駅で大抵、由果と合流していた。すれ違うのは、年に数回程度しかなかった。相鉄線の座席に腰を下ろすと、どちらからともなく、学校の話や遊びにいく話をした。
 湘南台駅に降りて、あっさり家へ帰ることはなかった。
 当時、よく通っていたのは文化センターのプラネタリウムだった。円行公園、四ツ辻公園、湘南台公園、中丸公園、大塚戸公園をまわり、抜けるほどの青空に星を見たくなると、足が勝手に動いていた。
 壮大な宇宙の中で、ふと何故自分がここにいるのだろうと思った。何か運命的なものを感じ、悠久の思いに耽る。由果は文句も言わずについてきた。彼女が何を感じていたのかは想像もできない。

 運命の分岐点は、その翌年に起こる。わたしが高校一年生、由果が中学二年生の頃だった。母から別居すると言われたのだ。海老名だった。別居理由は教えてくれなかった。
 海老名へ行く日。複雑な表情の父をよそに、由果は、
「いってらっしゃい。元気でね」
 とにこにこ笑って言った。何もかも知り尽くした早熟の女の子に見える一方、まったく分かっていない晩熟すぎる少女にも見えた。
 それから間もなく、両親は病気で亡くなった。離婚届は提出されていた。
 海老名は母の実家であった。祖父は母の死も離婚の話も一度しか口にしなかった。
 実家は中心街から離れていた。平屋の農家にわたしが帰っても祖父の姿はない。ほとんどの時間、田んぼの中で過ごしていた。
 祖父は老衰が進んでいた。わたしは、小さくなる祖父に迷惑がかからない生活を送るようになった。最低限のことは一人でこなせるようにならなくてはいけない。そう、思うようになっていた。

 それから二年間。由果と顔を合わせることはなかった。

 高校三年生の始業式。
「おはようございます! 先輩」
 体育館に向かう廊下で、バッタリ由果と会った。高校生の制服姿になった少女はおどけた口調で挨拶する。大人びた雰囲気を隠すように、ニコニコと笑っていた。
「よう! 久しぶり。ああ、悪かったな、葬式、伺えなくて。申し訳なかった」
 始業式の直前に、由果は祖母を亡くしていた。人づてにその話を聞いた頃、祖父が倒れた。過労による風邪だった。
「数日、休養すれば治ると思いますが……年齢も年齢ですから、こじらせると肺炎になりかねません」
 と主治医は黒白のつかぬことを言った。
「じいちゃんは大丈夫だ。ごほっ、ごほっ。由果さんの傍にいてあげなさい」
 顔面蒼白で大丈夫といわると、余計不安になるものだ。どうしようか、散々迷った挙句、わたしは湘南台へ行くことはなかった。
 由果の祖母とは面識がないことも、わたしの足を鈍らせた。
「大丈夫よ。フフッ、有難う。ねえ、今日一緒に帰ろう?」
 ああ、と返事をすると、足早に駆けていった。
 彼女は高校一年生の総代になっていた。

「ねえ、高校卒業したらどこの大学へ行くの?」
 相鉄線の車内で由果は言った。わたしは、ぼんやりと窓の外に流れる街の風景を眺めていた。
「別に。大学は行かないかもしれないしなぁ」
「ええ? どうして?」
「だって、俺んちは貧乏だしな。由果みたいに頭がいいわけでもないしな」
「そんなことないよ」
 由果は押し黙ってしまった。気に障ることを言ったつもりはない。再び窓の外へ視線を移す。しばらく沈黙の時間が続いた。
「ねえ、絵はどうしたの? 美術部に入っていたじゃない」
 わたしは由果の言葉に苦笑いしてしまう。
 何気ない日常の風景に目が留まるときがある。小学生の頃から、印象に残る景色や建物を描いていた。相鉄線から見える街並み、人々の流れ、季節の変化、感情のうねりが伝わる雰囲気。他人には何でもないであろう時間が、深く心に残ると、スケッチブックを開いていた。
「美大に行けっていうのか? 好きだけで何とかなればなあ」
「何か、投げやりになってるよ。あきらめが良すぎるよ」
 由果は怒ったような口調で言った。珍しいことだった。
「そうかな。大人になったんじゃないかな」
「あきらめることが大人になることなの?」
 由果の真剣なまなざしにわたしは黙ってしまう。
 海老名の実家の暮らしは、お世辞にも余裕があるとはいえないものだった。しかし、わたしは慎ましい生活に不満を抱いたことなどない。
毅然とした祖父の姿は、一日を噛みしめるように後悔なく生きている姿だった。その姿はあきらめや投げやり、好奇心という枠の外に感じた。

 由果とは再び縁が戻った。朝は二俣川で一緒になり、帰りは一緒に帰り二俣川で別れる。徒然なるままに、あーでもない、こーでもないと色々話す。
 湘南台の家に行ったこともある。誰もいない家は、乗客のいない相鉄線に乗っているようで寒々したものを感じた。彼女は待つ人のいない家に帰る孤独感を語ることなどなかった。ただ、ほっとしたような、落ち着いた表情になると、わたしも心が温かくなる気がした。

 彼女の存在はわたしにとって微妙だった。相変わらず級友からは揶揄され、洗脳されるように、「妹と恋人の狭間」になっていった。もちろん、彼女の思いを確認する気などない。わたしの単なる思い込みに過ぎなかった。

 わたしは美大を受験することにした。由果に言われた影響もある。それにも増して、祖父が進学するよう言ってくれたことが大きかった。
「じいちゃんも勉強したいとは思ったよ。でも、昔は奨学金というのは頭のいい学生しか貰えなかった。お前はウチが貧乏だから進学しないんじゃないだろうな? 見損なってもらっては困る。爺はやがて死ぬ。その気になれば、家を売り飛ばせば学費にはなるじゃろ。爺は後悔しておらん。何かを育てることは大変だが、農業は性に合っていた。お前も性に合うものを探しなさい。出来れば好きなことが性に合えばいいんだがなぁ」
 祖父の天職は農業だった。わたしは絵画に関する仕事が天職か分からなかった。それを確かめるために進学しろという。
 これが、受験前に言われたなら、浪人する気にはならなかったかもしれない。祖父は美大の合格発表を一緒に見に行った後、一度、本気でやってみろといってくれたのだ。「家を売る」、「爺は死ぬ」と物騒なことを言われ、少なからず動揺した。結局二浪することになったが、祖父は文句ひとつ言わなかった。

 でも、一生かけるものを見つけることは、それぐらいの覚悟があって当然なのかもしれない。

 それから、由果とは縁がなくなった。

 進学校といっても美大の専門予備校ではない。わたしは横浜の専門学校に通い始めた。
その二年間は厳しいものだった。目に見えるものでありながら、感覚的に判断される。問題が解けるから優秀と判断される世界ではない。「駄目だ駄目だ」、「間違っている」と日々言われても、何がいけないのか自分で自分に問いかけ、答えを導かなければならない。
結果的に、厳しかった二年間で継続力が身についたと思う。自己満足な美意識で構わない。そこに他人を満足させる「何か」が織り込まれていればいいのだ。「何か」を明確な言葉で表現するのは不可能である。更に、「何か」は努力を怠ればすぐに見失ってしまう。
一生かけて追い続けること。追い続けても見つからないかもしれないこと。
わたしたちは、そんな矛盾の世界に生きているのだと腑に落ちたのだ。

 美大に合格した日の帰り。
 横浜駅の相鉄線乗り場で、わたしは由果を見た。再開する一ヶ月前だった。
 学生服の由果の横に、見たことのない青年がいた。二人は連れ立って改札口を抜けた。何故かわたしは柱の陰に隠れてしまった。こっそり様子を覗いてみる。
 青年は別の学校の制服を着ていた。爽やかな顔立ちで同性でも好印象を抱かせる。わずかな時間の仕草でも、確実に伝わってきた。彼は由果に好意を抱いていると。
 由果の様子は相変わらずのようだった。普段から明るく楽しい表情しか印象にないので、特別な感情は伝わってこない。
 そうか、由果にも彼氏が出来たのか。年齢を考えれば当然だった。これで彼女は一人ではなくなったのだ。

 ところが、いざ由果に彼氏が出来たと知ると平静でいられなくなるものだ。
 何度忘れろと思ったか知れない。
 しかし、青年が由果と手をつないでいると思うと落ち着きがなくなった。
 青年が由果の家で食事をすると考えると、食欲がなくなった。
 青年が由果の家に泊まると想像すると、眠れなくなった。
 そして、由果と再会して彼氏でないと言われ、ほっとする自分に気付いた。

 わたしは改めて思った。由果の幸せを心から祈れない嫌な人間。それが自分自身なのだと。わたしは彼女が好きである。ただ、彼女への好意は独りよがりなのだ。自分の幸せのために、彼女の存在が必要不可欠なのだ。
 しかし、それはただのわがままではないだろうか。
 そんな幼稚で恥ずかしい自分を彼女に覚られたくない。
 わたしはまったく成長していないのだろう。

「過ごした時間の積み重ねを大事にしたい。だから、義兄さんは由果と付き合っている。いいじゃない、それで。好きになったり嫌いになったり。お互い、平坦な道を辿ったように見えてもそうじゃない。色々あったし、喧嘩もしたからね」
 由果はわたしの心を見透かしたように言った。
「お前、そんな。軽く言うなよ」
「重すぎるのも疲れるのよ、由果は。それに……」
 ウフフフと由果は笑った。
「な、何だよ」
「義兄さん、由果と手を握ったこともないじゃない」
 わたしは顔を真っ赤にした。その通りだったからだ。
「間もなく、二俣川、二俣川です。湘南台方面に……」と車内アナウンスが流れた。さてと、と由果は席を立った。
「義兄さん、おじいさまの葬式、伺えなくてごめんなさい」
「いいよ、爺さんは安らかな眠りについたんだ」
 由果はどこで祖父の死を聞いたのだろうか。今月の初旬に祖父は亡くなっていた。美大に合格したのを見届けてから、「頑張りなさい」と微笑みながら永遠の眠りについた。
「じゃあ、由果のおばあさんに線香の一本でもあげさせてもらいますか」
 二俣川でわたし達は湘南台行きに乗り換えた。手を繋いで。

著者

山田晃裕