「横浜、急行に乗った」安倍拓郎

  「横浜、急行に乗った」
 電車が走り出した。横浜駅の電車内からメールを妻に送ると、乗り継ぎを入れて16分で緑園都市駅に着く。
 夜の相鉄は東海道線ほど混まないから好きだ。今日は車窓の風景をぼんやり見ている。横浜からの電車の中では、仕事で起こった様々な出来事を思い出す時もある。何も考えず、アイフォンで吉田拓郎を聞いている時もある。駅に着くまでの電車の中は、結構好きなひと時だ。
 このひと時が無くなるとは、思っても見なかったのだが。
  「おはよう」「おやすみ」
 目覚ましが鳴った。さあ朝食の準備をしなければ。今日のメニューはトーストとバナナとヨーグルト、それから紅茶だ。昨日も同じだった。明日も多分同じ。
 今、単身赴任で福岡にいる。あと何年一人暮らしなのだろう。会社からは、横浜に帰る時期についての確約は貰っていない。
 住まいは私鉄の西鉄沿線にした。住環境が良かったこともあるが、電車の雰囲気がどことなく相鉄に似ているのも理由の一つだ。会社へ行くには、ターミナル駅の西鉄福岡駅で地下鉄に乗り換える。規模は違うけど、横浜駅での乗り換えに少し似ている。
 単身暮らしの今は、会社帰り妻にショートメールを打つ必要は無い。最近使い始めたLINEで、「おはよう」「おやすみ」を送るのが日課になった。妻は中学生の娘と二人で暮らしている。二人とも元気そうだ。自分が一番元気無いな、とこの頃よく思う。
 「給与はそのままにするから福岡に行ってくれないか」と会社の役員から打診があった時、もうすぐ役職定年を迎える身としては、自分のため、そして家族のためと思い、この打診を受け入れる事にした。間違っていなかったと思うのだが。
 それにしても今日は寂しい夜だ。緑園都市駅前のギンモクセイは、いい香りをさせている頃だろうな。マンションの池で生まれたカルガモの雛七羽は、みんな無事大きくなっているのかな。
 色々考えながら、一人福岡の自宅で焼酎の水割りを飲んでいる。今夜もしたたか酔っている。
  「勝ち点1」
 横浜FCが好きだ。先日レベルファイブスタジアムで、アビスパ福岡とのアウェイ試合あった。当然応援に行った。雹が降る荒れた天気の中での試合となった。結果はスコアレスドロー。どちらのチームも気持ちの入った、いい試合だった。横浜FCサポーターの娘に、LINEで「勝ち点1」と送った。
 早くJ1復帰できるといいな。横浜Fマリノスとの横浜ダービーを三ツ沢で観戦してから10年以上経つ。もう一度、横浜ダービーを実現して欲しいな。
  「18時、天神地下街」
 大学時代の友人、吉田君が単身赴任で福岡に転勤してきた。福岡での飲み仲間ができた。待ち合わせのメールは「18時、天神地下街」。
 「食べ物は旨いし、女性は綺麗だし、うるさい奥さんはいないし、福岡での単身暮らしは最高だなー」と、彼はいつも言う。そう言われればそうだよな、そういう考え方もあるよな、とも思う。
 このところ彼と飲む日が多い。「次、中洲に行く?」とよく聞かれる。「うん」と答える自分がいる。
 「山田、倒れた」
 会社の3年後輩、山田が死んだ。共通の知り合いから一昨日の夜、メールがあり、翌日にあっけなく逝ってしまった。
 彼も自分と同じ単身赴任で大阪にいた。大阪の自宅で、脳溢血で倒れた。家族と一緒に住んでいたら結果は違っていたかも知れないと人づてに聞いた。
 本当にいい奴だった。仕事やプライベートで、いろんな相談に乗ってくれた。一緒に仕事もしたし、よく遊びに行った。酒好きで女好きだったけど、家族の事を愛している奴だった。
 お通夜の帰りに決めた。
 横浜へ帰る。家族と一緒に暮らす。そして緑園都市の四季の道を、妻と一緒に散歩する。
早く仕事に一区切りつけよう。目処が立ったら担当役員に話をしよう。
  「大崎、直通に乗った」
 横浜に帰ると決めたあの日から、2年が過ぎた。単身赴任は無事終わり、緑園都市での家族との生活が再開した。
 今年もカルガモは雛を育てている。ギンモクセイは、もうすぐきっといい香りを放つだろう。四季の道は相変わらず綺麗に整備してある。
 そうそう、横浜FCも念願のJ1復帰を果した。
 昔と変わった事が2つある。
 1つめは娘が高校生になったこと。来週の横浜ダービー、横浜Fマリノス戦は一緒に応援に行く予定だ。
 それから2つめは、JR相鉄の相互乗り入れが実現したこと。会社からの帰り、大崎駅から妻にLINEで連絡する。
  「大崎、直通に乗った」

著者

安倍拓郎